74匹目 触手へのさよなら

 和平協定が成立してから数日後。

 魔王軍は軍縮作業を徐々に進めていた。

 帝国兵から鹵獲した大砲などの兵器を解体して海に沈め、人工漁礁とした。多くの魚が集まり、魔族領の漁業資源は少しずつ豊富になっている。

 それから、たくさんいた兵士から有志を募って、彼らを戦場跡再興隊へと名前を変えさせた。戦闘によって荒らされた集落の復興や自然再生に力を注いでいる。








     * * *


 ディアボルス・ゴーレムについては、和平協定の軍縮項目に従って魔王城の地下深くに封印されることになった。厳重に鎖で拘束し、そこへ続く厚い扉には何十もの結界を張り巡らせる。解除方法を知るのはルーシー姐さんだけだ。


 僕とデュラハンも封印の様子を見ていた。

 鎖で固められたディアボルスが、徐々に重い扉の奥へ消えていく。


「しかし、私と同じ魔導人形が封印されるというのは、あまり気持ちのいいものではないな」

「え、デュラハンさんって、魔導人形だったんですか?」

「そろそろこのことはカジにも伝えておこうと思ってな。私は当時の魔王と、ルーシー、それから彼女たちと親友だった人間によって作られた存在だ。私はデュラハンという妖精をモデルにして作成されていてな。私の名前もそこから採っている」

「そうだったんですか……」

「当時、バラバラ状態だった種族をまとめるのを手伝うのが私の役目だった。そして、それは今も変わらない。製作者の願いが私の中に込められている」


 ルーシー姐さんは『魔導兵器をたくさん扱ったことがある』と言っていた。

 あれには、デュラハンのことも含まれているのだろう。

 そしてデュラハンは当時の役目を今も背負って活動している。

 昔の魔王、ルーシー姐さん、そしてあの人の意志を継いで――。


 










     * * *


 帝国領内でも様々な動きがあった。


 帝国本土では種族長や反抗勢力レジスタンスリーダーなどの政治犯が釈放された。今後、彼らの中から帝国議会の席に座る人物が出て来るだろう。帝国貴族穏健派であるマリス嬢が適当な人物を選出してくれるはず。


 また、マリス嬢の働きかけによってクリスティーナへの殺害命令は解除され、集落周辺での資源搾取もストップした。

 今頃、クリスティーナは反抗勢力レジスタンスを抜けて故郷に帰還し、家族との再会を楽しんでいるはずだ。


 クリスティーナが所有していた白銀の竜、ファングだが、ヤツは反抗勢力レジスタンスの勝利の象徴としてあがめられるようになった。

 元々植民地だった地域を行き来し、のんびり暮らしている。集落を襲うモンスターなどを食べて生活しているようだ。

 ファングは完全に僕の手から放れてしまったが、自由に空を飛び回るヤツを見るのが嬉しかった。ヤツが幸せならそれでいいと思った。









     * * *


 そして、僕もを手放そうと決めていた。


 誰もいない砂浜。

 日が傾き、空と海が赤く照らされている。エクスキマイラを連れて歩き、僕は波打ち際で立ち止まった。


「頼む、エクスキマイラ。この聖剣エクスカリバーを、海底に沈めてほしい」


 かつて勇者が振るっていた剣、エクスカリバー。

 この古代兵器は危険すぎる。再び戦いの火種を作らないためにも、これを誰の手にも届かない場所へ隠すことが必須だった。

 魔王軍の技術者たちが何度も剣の破壊を試みたが、傷一つ与えることはできなかった。そこで『どこかへ隠す』という方針が決まったのだが、なかなかいい場所が見つからない。地中に埋めようものなら、誰かによってまた採掘されてしまうかもしれない。


 そこで、海中ならどうだ、という話が出た。この世界の技術では地中百メートルに潜るよりも、海中百メートルに潜る方が難しい。一度深海の奥底まで沈んでしまえば、そこから取り戻すには百年以上の年月による技術開発が必要となる。それだけ時間を稼ぐことができれば、海底の地形変化に取り込まれて永遠に埋もれることだろう。


 その隠し役に、僕のエクスキマイラが選ばれたのだ。

 ヤツの体には深海棲モンスターの素材が大量に使われている。深海の水圧にも耐えられる。それに泳ぎもうまい。触手には発光物質のルシフェリンが蓄積されており、その光で暗闇でも周囲の様子を観察できる。隠し場所に最適なところを発見してくれるはずだ。


 将来的に潜水技術が開発されても、決して見つからないような深い場所へ。

 再び誰かがこの剣を握らないように。


「これを海底の、誰も手が届かないところへ隠してほしい。そしてお前の寿命が終えるまで、誰かの手に渡らないように守ってほしいんだ」


 帝国側は戦場で成果を上げてきたエクスキマイラを危険視している。いつまでも僕の手元にヤツを置いておくのもまずいかもしれない。


「ワカッタ。イッテクルネ、オトウサン」


 エクスキマイラは触手を伸ばし、僕の手からエクスカリバーを受け取った。触手でぐるぐる巻きにして、体の奥へしまい込む。


 エクスキマイラとの別れ。長い間連れ添ってきた相棒とのさよならだ。


「ごめんな、こんなことさせて。寂しいよな」

「ダイジョウブダヨ。オトウサン」

「え……?」


 エクスキマイラは触手をうねうねと宙で動かす。

 様々な形をしたたくさんの触手が僕の目に映り込んだ。吸盤のある触手、先端の尖った触手、刺胞だらけの触手――あらゆるタイプの触手を網羅している。


「ボクノカラダニハ、ミンナノタマシイガ、ヤドッテル」

「そっか……」

「ミンナ、イッショニイル。ダカラ、サミシクナイヨ」


 エクスキマイラはエクセルサスを中心として他の合成触手モンスターをさらに合成した特殊モンスターだ。彼らの命は勇者との戦闘で失ってしまったが、僕が死体を回収してエクスキマイラの素材としたのだ。その体には彼らの魂も宿っている。


「ミンナ、オトウサンノコト、ダイスキダヨ」

「うん……」

「イッテキマス。オトウサン、サヨウナラ」


 エクスキマイラは海へ潜っていく。

 そして、一瞬だけ振り返った。


「イママデ、アリガトウ」


 波の音に混じって、確かに聞こえた。

 夕暮れで赤く染まる海へ消えていく。


 僕はしばらく波打ち際で泣き尽くしていた。地面に着いた手が海水と涙で濡れる。

 エクスキマイラ以上に、僕の方が寂しさを感じていたのだ。

 気が付けば空には何万もの星が輝き、僕はその優しい光に照らされていた。








     * * *


「それじゃあ、後のことは頼みます。デュラハンさん」

「ああ、この鍵は預かっておく」


 モンスター・デベロッパー用の研究所前。

 僕は研究所の鍵を閉め、それをデュラハンに渡した。


「ニルニィも元気でな」

「先輩、本当に行っちゃうんですか?」

「ああ」


 僕はニルニィの頭を撫でた。彼女は今にも号泣しそうな顔をしている。


 僕はこの研究所をしばらく留守にすることにしたのだ。モンスター・デベロッパー研究部署も魔王軍から存在が消える。

 魔術に疎い後輩だけを残すのも僕の心配事が増えてしまうから、ニルニィは強制的に部署を移させた。今後は僕の代わりにルーシー姐さんが面倒を見てくれるはずだ。


「魔王軍での席は、カジがいつでも戻れるように確保しておくぞ」

「ありがとうございます」

「先輩、気を付けてくださいね! いつでも戻ってきてくださいね!」

「うん。ありがとう、ニルニィ」


 僕は旅行用荷物ケースを持ち上げる。


「それじゃ、行ってきます」


 僕はを果たすために、魔王城を出た。

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