第18話:ドマ師の来訪。

北の塔に一時的に隔離された私を訪れたのは、王宮付き魔法使い筆頭を務めるドマ師だった。同行してきたナギ先生も続けて部屋に入ってくる。


ドマ師は私が魔法の修行を始める時に〈光球ラ・ルース〉を使えるところを見せた相手で、この王国で1番偉い魔法使いだ。


黒のとんがり帽子に同色のローブを身に付けており、人の良さそうな顔はボーボーの白い眉毛と髭に埋もれている。


ドマ師はいかにも『ハリー・◯ッター』に出てきそうな『魔法使いのおじいさん』という感じの外見だ。年齢不詳で、おそらく60歳くらいだと思うのだが、もし80歳と言われても頷けるかもしれない。背が低くて小柄なので、なんだか小人の魔法使いのようにも思える。


意外な人物の登場に驚いている私に向かって、老人が穏やかに声をかけてきた。


「ルナ様、お久しいですな。……そこの貴方様も、どうぞ出てきてくだされ。貴方様の放つ魔力は強すぎますでな。この塔にいらっしゃることはもとよりわかっておりました。……我らが参ったのは、貴方様にお会いしたかったからでございますじゃ」


えー!


ユージンが隠れているのはお見通しらしい。このおじいさんすごい!


ユージンが枕の下からもそもそと這い出してきた。パタパタと私の方に飛んで来る。


恭しく頭をさげるドマ師とナギ先生を交互に見て、慇懃無礼な口調で言う。


「じいさんの魔法使いか。そこの若いのはルナの先生だな」


「ちょっとユージン、そんな偉そうに言ったら失礼だよ」


「えらそう、じゃない。えらいんだよ、おれは」


ユージンてば、と言おうとする私をドマ師が制した。


「フォッフォッフォ。いいのですぞ、ルナ様。仰る通り、このお方は大変に偉いのです!」


ドマ師はいかにも楽しそうに笑ってから、ユージンに向き直った。


「お初にお目にかかります、気高きドラゴン殿。この城でしがない魔法使いとして仕えておるドマと申しますじゃ。伝説の創造主マスタードラゴンは、黄金色をしていたと伝えられておりますのう。貴方様のその鱗の色はまさしく伝説の通り……。貴方様が、創造主マスタードラゴン様でいらっしゃるのでしょうか?」


「……そうだ。正しく言えばおれはその末裔だ。ようやく話のわかる人間が出てきたのか?」


「ご期待に添えればよいのですが。これは不肖の弟子のナギですじゃ」


「……ナギと申します」


ナギ先生はつい先日、街外れのロイブ公爵家の屋敷の外で、巨大化したユージンの恐ろしさを体験したばかりだ。実際にユージンと話すのは初めてだからか、端正な顔には緊張の色が濃い。


ユージンはナギ先生をちらりと一瞥してから、ドマ師に向き直って言った。


「おれの名はユージンだ。それで、おれたちに何の用だ」


老人はひとつ息を吸い込むと、一気に言った。


「――――単刀直入に申し上げます。ルナ様をこの塔から、いや、この王国から連れ出して欲しい、とお願いに来ましたのじゃ」


ユージンが意外そうな表情になった。私も驚いてドマ師を見つめる。


「どういうことだ?」


つい今しがた、ユージンと私はこの王国から出て行こうと話していたばかりだったのだ。まるで先読みしたかのような老人の発言に金色のドラゴンが訝しげな声調になる。


ドマ師は、難しい顔になり、重々しく告げた。


「もちろん、今すぐにはと言っておりません。しかし、ルナ様が16歳になるまでには……」


「――なぜだ?」


「畏れながら申し上げます。……このままこの王国にいれば、ルナ様はいずれ殺されるでしょう」


「……王妃にか?」


「左様。『銀の乙女』は16歳になったらドラゴンに捧げられると言われておりますのう。それを王妃がみすみす見逃すわけはありません。必ずやその前にルナ様を亡き者となさるでしょう」


えええ。

ドラゴンの花嫁になるくらいだったら死ねってこと?


驚きの表情を浮かべる私に、老人はちらりと視線を送った。


「王妃様はいまだルナ様が貴方様と通じ合ってことはご存知ありませぬ。ロイブ公爵家の館に出撃した魔法使い達には固く口止めしておりますのでのう。……しかし、それも絶対とは言い切れませぬ。事の次第があの方の耳に入れば、必ずやルナ様に危害を加えようとなさるでしょう」


「ドマ師。なんで王妃……じゃない、お母様はそこまで私を嫌っているんですか?」


「ルナ様……お小さいあなたには聞かせるのはつらいのですがのう……。ユーミ王妃は、エンゲルナシオン王国に嫁いでいらっしゃる前に、魔物に襲われたことがございますのじゃ。なんでもその時に、実の兄君であるヘンドリク王子が目の前で殺されたとか……。その事件以来、魔物に関するものすべてが許せなくなったと……そう聞き及んでおりますじゃ」


えぇー!そんな事情があったんだ。


……でも、お兄さんが殺されたっていうことで魔物嫌いになるのはわかるけど、実の娘の私がドラゴンに狙われてるのを助けようとするのではなく殺そうとするっていうのはなんでなんだろう?


疑問を口にすると、ドマ師の代わりにナギ先生が言葉を挟む。


「王妃様がルナ様を邪険にする理由のひとつに、王妃様が『銀の乙女』も魔物側、つまりドラゴン側の存在である、と思い込んでおられるというのがあります。ドラゴンの花嫁に選ばれる乙女はただの人間ではなく、より魔物に近しい存在であると。兄君を殺した魔物に関わる存在を自分が産んでしまった、という自己嫌悪と恐怖が王妃様を狂わせてしまっているのです」


「それで実の子を殺そうというのか。あほらしい。犬猫じゃあるまいし」


あきれたようにユージンが天井を見上げた。ドマ師が苦々しい表情のまま言葉を続ける。


「王妃様は、言うなれば完璧主義でいらっしゃるのでしょうのう。ジャタ王国の王女であった頃から『王女とは常に完璧な存在であらねばならぬ』と厳しく教えてこられたとか。しかし、王妃様は決して完璧な人生を送ることはできなかったのですじゃ。ジャタ国で『完璧な王女』を目指した時には、兄君を無残にも魔物に殺され、『完璧な王妃』を目指して嫁いでこられたエンゲルナシオン王国では、ドラゴンの花嫁になるという『銀の乙女』をお産みになってしまった。おそらく、王妃がご自分で思うところの完璧な存在となるためには、ルナ様の存在が邪魔になっているのでしょうのう」


「そんなぁ……」


「ふん。馬鹿な人間だな。兄を魔物に殺されたら完璧じゃなくなるのか?そういう人間はどっちにしろ『完璧さ』とやらを手に入れることはできないさ。もしも兄を魔物に殺されず、ルナを産まなかったとしても、別の不満を見つけてどっちみち不平をもらすだろうよ」


ユージンの辛辣な台詞がドマ師とナギ先生に容赦なく浴びせられる。老人の魔法使いは、深々と頭を垂れた。


「返す言葉はございませんのう。ですが、事がルナ様にまで及ぶとなると、話は王妃様の個人的な完璧主義の範疇を越えてきますでのう……。貴方様はルナ様と懇意になさっているとナギから聞きました。どうか、ルナ様を守ってやってくださいませんか」


「………………」


「王妃様は大国ジャタから嫁いで来られてからというもの、王宮内で権力を欲しいままにされておりますのじゃ。このままではルナ様を塔に幽閉しただけでは飽き足らず、いずれそのお命を狙うのではとこのじじいは危惧しておるのです」


「……ルナを連れて行ったとして、おれが危害を加える可能性はないと思ってるのか?」


ドマ師はますます真顔になり、ユージンに向き直った。


「正直なところ、我らにとっても賭けなのですじゃ。しかし、ルナ様にとってこの城に居続けるのは危険だということはハッキリしておるのです。王妃様はドラゴンを魔物と見なして嫌っておられるが、魔法使いにとってドラゴンは神聖な生き物。ましてやマスタードラゴンの末裔ともなれば、神とも同様ですじゃ。左様なお方にルナ様をお任せするならば、どんな結果になっても後悔しますまい」


ユージンはしばらく黙っていたが、やがて大きく首を縦に振った。


「しかたないな。じいさんの魔法使いよ。あんたの口車に乗ってやろう。しかし、この貸しは大きいぞ」


本当はドマ師に言われなくても私を連れ出すと言っていたくせに、ユージンはちゃっかりこの老人に恩を売っている。どうやらこのドラゴンは、狸の一面も持ち合わせているようだった。


「で?具体的にどうしてほしいんだ?ただルナを連れて行くだけなら朝飯前だが」


ユージンの問いかけに、ナギ先生が一歩進み出た。


「そのことでございますが、ルナ様をただ単純に貴方様が連れ出してしまうと……その……この王国の面目が立たないのです。失礼を承知で申し上げますが、ドラゴンに王女が連れ去られたということになれば、王妃様が仰ったようにエンゲルナシオンの王族全体が周辺国から倦厭され、リューイ王子やレイラ王女の縁談にも響く可能性があります」


「そんな。じゃあユージンが私を連れ出したってわからないようにこっそり抜け出せば?」


「それであっても、犯人がわからなければ結局はドラゴンの仕業ということに落ち着くでしょう。それに誰が連れ出したかわからない、どこな行ったのかもわからない、というような状態で国を出てしまうとなると、イノラーン陛下やリューイ王子、それにレイラ王女がどれほどご心配なさるか……」


ナギ先生の言葉をドマ師が補足する。


「それに、ルナ様の人相書きも全国各地に配られるでしょうな。我が国だけでなく、隣国にももちろん。さすれば、どこへ行こうと指名手配犯のようになってしまうやもしれませんでのう。ホッホッホ!」


これって笑うとこ?

ユージンは苛ついたように羽根を震わせた。


「おい。それで一体おれにどうしてほしいんだ。要点を言え」


「畏れながら申し上げますじゃ。先日貴方様は猫の姿に変化されていたと、このナギめが申しておりましてのう。それで思いついたのですが……貴方様は人間の姿にもなれるのではありませぬか?」


「まあな」


「それであれば、ぜひ人間のフリをしていただきたいのですじゃ。それも貴族の子弟として、ルナ様に正式に婚約を申し込んでいただきたい」


『はあ!?』


私とユージンの声が重なった。


ドマ師が勢い込んで言う。


「王妃様の今の1番の懸念は、王子王女の縁談なのですじゃ!『完璧な王妃』となるには子供達がそれぞれ良縁に恵まれなくてはいけないとお考えなのでのう。ルナ様がドラゴンの花嫁になるのではなく、人間との縁談が持ちあがり、そのままご成約となれば、必ずやルナ様を見る目もお変わりになることでしょうっ!」


「ちょっと待ってよ!貴族のフリって言ったって、ユージンが人間に変化して身分を詐称するってこと?王女に婚約なんか申し込んだらすぐに調べ上げられちゃうんじゃないの?それに、貴族って言ったって名前だけでいいわけ?領地とか屋敷なんかも必要になるんじゃないの?」


めちゃくちゃな話にさすがに私も黙っていられなくなり、口を挟んだ。もういい加減に5歳児らしく思われなくてもどうでもよくなってきてしまっている。


突然大人顔負けの発言をし始めた私を、ドマ師とナギ先生はしばし面食らったように見つめていた。が、さすが不思議な現象に慣れている魔法使い達だからなのか、そのまま話は進んでいった。


「実は領地も爵位もご用意できるのですじゃ。ワシは実は元々は男爵家の出身でしてな。幼くして魔法の才能を見出され魔法使いの道を歩むことになりましたが。家の方は弟に譲りましてな。それでうまくいっておったのですが、実は先日弟が亡くなりましてな」


老人の顔がやや暗くなる。悲しみを振り切るように顔を上げて話を続けた。


「突然の馬車の事故でしたのじゃ。まだ若かったのに……」


「おいくつだったんですか?」


「たったの120歳ですじゃ」


……思わずコケそうになった私の横でユージンが頷く。


「それは若いな」


ええええ!そこ同意するとこなんだ!

ていうか、ドマ師もユージンも何歳なんだろう?

話の腰を折って2人の年齢を聞きたかったが、そうもいかない。


ユージンがドマ師に尋ねる。


「それで、おまえの家をおれに譲るとでもいうのか」


「左様でございます。我らは2人兄弟でしてのう、他に跡継ぎもおりませんのですじゃ。ワシには妻はおりませんしのう。弟は結婚こそしたのですが、夫人に先立たれてからは男やもめとして過ごしておったのですじゃ。そこで、貴方様にはこのじじいがどこかで蒔いた落としだねとして男爵家の跡継ぎになっていただけたらと思っておりますのじゃ。もちろん領地は私が管理しますのでのう」


「おれがおまえの息子のフリをするのかよ。何歳の息子にさせる気だ?さすがに無理があるだろ」


「そうだよー、おじいちゃん過ぎるじゃん」


「なんの、まだまだこのじじいも若い者には負けておりませぬぞ。フォッフォッフォッ!」


口々に言うユージンと私に、ドマ師が笑って答える。いやいやいや!無理だって!


「……まあ、とにかく話はわかった」


「では!我らの願いを聞いていただけると?」


「検討するさ。おれの仲間に悪だくみに詳しいやつがいるんだ。今夜そいつを連れてくるから、細かい話はそいつとやってくれ」


「は……お仲間、ですか?」


ドマ師とナギ先生は鳩が豆鉄砲をくらったような顔つきになった。ユージンに仲間がいるという可能性はひとつも考えていなかったのだろう。もちろん、私も会ったことはないが。


ユージンはその場の困惑に構わず話を進める。


「そうだ。今夜、そいつとおまえの家にいく。もうここには来るなよ、ドマじいさんにルナの先生。ルナのところで魔法使いどもが頻繁にたむろしてたら王妃に気づかれるかもしれないからな」


「……これは迂闊でした。ごもっともですじゃ」


「じゃあ、夜にな。ルナも行きたいか?」


「決まってるよ!私のことなんだから」


「それじゃ、迎えにくるから」


「でもどうやって抜け出すの?」


「窓からだよ。おれは<瞬間移動テレプエルト>使えないしな。こんなことなら覚えときゃよかったな」


「でも私は窓の鉄格子に引っかかっちゃうよ」


「それもそうか。ネズミにでも変化するか?」


「えー!ネズミぃ〜?」


私とユージンが緊張感なく相談していると、ナギ先生が慌てて言葉を挟んできた。


「いけません、ユージン殿。この塔には魔法の結界が施されています。貴方様のように魔力の塊のような方が出入りするとなると、結界に反応してしまいます」


「なにを言ってる。おれがどうやってここに入り込んだと思ってるんだ」


「……は?」


「魔法の結界って、この塔の周りにあるおもちゃの張り紙みたいなやつのことか?こんなの破るまでもない。あちこちにほころびがあるからな。そこを抜けちまえば簡単さ」


ナギ先生の顔色がみるみるうちに青くなっていく。 


「お、王宮付きの魔法使い5人がかりでかけている結界を……お、おもちゃ扱いとは……」


「罪人がいるのは下の階層だろ。そこだけでも結界を貼り直しといたほうがいいぞ。アルマーの野郎に逃げられたら困るからな」


ユージンの身も蓋もない言い方にナギ先生ががっくりと肩を落とした。ドマ師が険しい顔になり叱咤する。


「こりゃ、ナギ!ユージン殿にとっては我らの魔法の結界など子供だましにすぎん。落ち込んでいる暇があったら少しでも魔法の腕を磨くように精進しなさい。……ユージン殿、ためになるご助言をいただきましてありがとうございますじゃ」


「ふん。じゃあなルナ」


言いおいて、ユージンは窓の鉄格子の間をすり抜けて飛んで行ってしまった。何の反応もないところを見ると、魔法の結界とやらはすり抜けて行ったのだろう。


ドマ師とナギ先生もその後すぐに礼をして部屋を退出していった。


塔の自室に1人になると、部屋が広く感じられた。


でも、寂しくはない。

今夜、またユージンに会える。


何かが始まる予感に、私は胸がワクワクしていたのだった。

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乙女ゲーの主人公に憧れて異世界転生したら婚約者はドラゴンでした 平岩屮枝 @Hira-kakikaki

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