第4話生と死を見つめて

 いかに聡明なお坊ちゃまと言えど、十歳の子供である。


 待ち望んだ友人が出来たばかりの興奮で心が落ち着かなくなり、夜の寝つきが悪くなるのはやはり子供である。


 お坊ちゃまの体調を一番に考えて、本来ならアタイがつくはずの寝室当番にはスティンガーと言う名のメイドがつく事となった。


 代理のスティンガーに訳を説明して寝室当番を頼むと、無言でコクリと頷いて蝋燭が映し出す調度品の影の中にジワリと溶け込む様に姿を消した。


 あまりに見事な気配の断ち方に、アタイ自身が独り言を言っていたかの様な錯覚を覚えた。


「パトリオット。私室の荷物の整理が終わってからで構いませんので、今夜のミーティングには参加しなさい。よろしいですわね?」


 タイタンがいつの間にかアタイの後ろに出現している。


 ここが戦場であれば今日一日で何度命を失っただろう。


「はい。かしこまりました」


 二人部屋を充てがわれた私室は、簡素な寝台が二つ並ぶだけの殺風景な部屋であった。荷物の整理と言ってもメイド服の予備と、武器のメンテナンス道具位しか持ち合わせが無いので、時間をかける事なくミーティングには顔を出せる筈だ。


 足早に私室へと戻り私物の整理を終えると踵を返しメイド控え室へと急ぐ。


 メイド控え室の側にたどり着くと、部屋の扉からは異様な空気が漏れ出している。野鳥などが居たら一斉に飛び立つ程のプレッシャーが控え室近辺には漂っていて、恐らくは余剰魔力が漏れ出しているからだろう、薄暗い廊下のあちこちで小さな火花が散っていた。魔力関連には疎い獣人のアタイですら近寄るのは御免こうむりたい状態である。


 ヤバイ現場に飛び込む時のアタイの癖の様なもので、大きく深呼吸を数度繰り返し、身体中に空気を巡らせて無呼吸運動に備えると、意を決して控え室の扉をノックしようと汗ばむ握りこぶしを持ち上げたと思ったら、音も無く控え室の扉が開いた。


「失礼致します」


 少し震える脚を悟られぬ様に、スカートで足運びを隠しながら部屋の奥へと進む。


「お入りなさいパトリオット。貴方の忌憚の無い意見を聞きたいわ」


 部屋の中央に戦略会議などで使われる黒板が置かれ、その前で仁王立ちしているタイタンの両脇には東洋系の小柄なメイドが二人、蛮刀をぶら下げたままこちらを見ながらニヤニヤと笑っている。


 黒板を囲む様に椅子に腰掛けるメイド達は、誰もが血の匂いを漂わせ一触即発の雰囲気を纏っていた。


 薄暗い部屋の中で突然黒い影がこちらに飛んで来た気がして、反射的に手を出すとアタイの手には椅子が一脚握られていた。


「早く座るです新入り」


「ぼーっとしてんじゃねーです」


 東洋系の二人がアタイを睨みつける。


 二人のどちらかが椅子を投げ付けて来たのだろうが、予備動作が一切無かったので全く解らない。


「ノドン、テポドン。二人共優雅さに欠ける行為は慎みなさい」


 タイタンが東洋系の二人をたしなめると無言でお辞儀をする。


 ピリピリとした空気の中で気を抜かぬ様に、神経を張り詰めつつ椅子に座ると、タイタンが黒板に向かって白い石灰筆でカツカツと文字を書き出し始めた。


“第三十六回坊ちゃま精通にあたってのメイド心構え「セイとシを見つめて」”


 タイタンは手に付いた石灰を軽く払い、軽く咳払いをした後にメイド達に向き直る。


「我らが坊ちゃまも第二次成長期を迎えるにあたり、これから色々とトラブルを抱えて行く事になるでしょう。その為事前のトラブル対処方法の画一化並びに、情報共有が欠かせぬ事態となって行く事と思われます。ここで大事なのは経験者の体験談などの生きた情報なのですが、ショタイナー家には男性が居ない為に、私達メイドが坊ちゃまの性癖がおかしな方向に向かない様に導いていかなければなりません」


 今すぐ帰りたいが場の空気がそれを許さない、今ピクリとでも動くと間違いなく何がしかの攻撃が飛ぶだろう。ここに居るメイド達の手の内を全く知らないアタイは、池で居眠りをする鴨よりも仕留めやすい獲物に成り下がるに違いない。


 その時椅子に姿勢良く座る小柄なメイドが、東洋系武器の刀をゆっくりと持ち上げた。


「奮龍。何か新しい情報がありましたか?」


「ああ、これは昔聞いた情報なのだが……ど、どうやら年頃の殿方は深夜に淫夢を見る事により、その、アレを放出する事があると言う情報がだな……」


 顔を真っ赤に染め上げた奮龍と呼ばれるメイドは、自分の知る情報を発表している様だが、段々と尻つぼみに聞こえなくなって行き、終いには顔を手で覆い座り込んでしまった。


「それは厄介な情報ですわね……スカッド!」


「ここに」


 タイタンが見上げる天井から女の声が響く。


「情報の裏を取りなさい大至急」


「是」


 どうやってその情報の裏を取るのだろうか。


「メイド長」


「どうしましたニムロッド」


「第二十八回の時に議題に挙がった成長期における男性のその、せ、性器の形状の変化の件なのですが、街に買い出しに出た際に聞いた話ですと、男性器を魔獣エレファントに例える人が多いのです」


 メイドのニムロッドは思い詰めた様に目を伏せて、身体を小刻みに震えさせている。


「ええ、確かにお坊ちゃまをお風呂で清める際に、垣間見えるあの部分は造形的に納得出来る部分はありますね、しかしそれは成長期には関係無いのではなくて?」


 数人が血を噴き出したが、恐らくは鼻血だろう。


 タイタンが冷静に返答を返すと、ニムロッドが目に涙を溜めながら大声で叫んだ。


「お忘れですかメイド長! 魔獣エレファントの成獣の姿を!」


「成獣? はっ! 牙……」


「そうです。魔獣エレファントの成獣には大きな牙が二本生えてきます。これが男性器と同じ成長を辿るのだとしたら……あの可愛らしい坊ちゃまの股間に二本の牙がそそり立つ事になります!」


「そ、そんな……」


 タイタンの顔色が真っ青に染まる。


 帰りたい。


「それだけではありません。もしこれが世間の殿方達の常識なのであれば、何がしかのお手入れが必要な可能性があるのでは無いかと想定されます。現に私も街に買い出しに行く際にこの事が気になりまして、殿方の股間を凝視する様に心掛けているのですが」


 このニムロッドと言うメイドは、真剣な顔をして何を言っているのだろうか……


「街の中で股間から牙を生やしている殿方は皆無でありました。さらに」


「さらに?」


「街行く殿方に気になる事を言われまして……『一本ヌいて欲しい』などと……」


「なんと! やはり牙は抜く物なのか?」


「確認をする前に私の身体に触れて来たので、細切れにして小川を泳ぐ小魚の餌にしてしまいました。悔やまれます」


 ブルブルと震えるタイタンが突然ヒステリックに叫んだ。


「スカアアアアッド!」


「ここに」


「今の情報の確認をなさい! 最優先事項です!」


「是」


 よっぽどこの会議が気になるらしく、スカッドはまだ天井裏に潜んでいたらしい。


 一刻も早く帰りたい。

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子猫メイドの秘密の花園 八田若忠 @yatutawakatiu

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