第3話秘密のお坊ちゃま

「ペットがその日のうちに死ぬ事なんて良くある事よね……そうね、坊っちゃまをお慰めするのもメイドの務めですもの……」


 タイタンがブツブツと物騒な事を呟きだした。


「ま、待ってくれ、そう、アタイはペットだ! ペット相手に張り合おうってのがそもそもおかしな話なんだ! アタイは獣人だ。あの坊っちゃんにアタイが発情する事もないし、身体中に走る虎の縞模様を見て発情する人間も一部の変態だけだ。だから坊っちゃんに邪な気持ちを抱いたりする事は一切無いから信じてくれ!」


 アタイは全身の毛を逆立てて必死にタイタンの誤解を解いた。


「エルフの一族に伝わる伝説の紅い花を知ってるかしら? パトリオット」


 突然花の話を始めたタイタンに、今しがたまで必死に命乞いに似た説得を続けていたアタイは、話の筋に理解が追い付かずにキョトンとしてしまった。


「は?」


「その植物はね、生きた動物の傷口に寄生して宿主の養分を吸い取り、身体中の神経を乗っ取り、宿主を生かしたまま大事に土の中へと引きずりこんで、やがて血の様な真っ赤な花を咲かせるのよ。あまりに危険過ぎてエルフの里では根絶やしにしたらしいわね」


 タイタンは、ほうっと溜め息を吐き、廊下の窓を開け放つ。


「一部の古いエルフの里ではいまだにその花の種を大事に保管をして、大罪人に対しての罰として使用されているらしわ、少しロマンチックですわね……大罪人の咲かせる紅い花なんて」


 窓を開けてタイタンが見つめる先には見事な花園が広がり、綺麗な紅い花が咲き誇っていた。


「罪が重ければ重い程、紅い花をつけるらしいわよ」


 呆然と花園を見つめるアタイの背後に周ったタイタンが、耳元で囁きながらクスリと嗤った。


「パトリオット、あなたの事を信用しましょう」


 ニッコリとタイタンが微笑むが、まるで信用された気がしないのはアタイに学が無い所為だと思いたい。


「アタイの呪いを解いてくれた事に感謝をして敬愛はすれど、それを恋愛感情として昇華させる事はありません」


 真っ赤に染まる花園とは相対的に真っ青な顔色になっているだろうアタイは、邪な気持ちを念を押して否定した。


「ああ、それで思い出しましたけど。坊っちゃまの能力の事は他言無用にお願い致しますね」


「能力?」


 タイタンは無言で首輪をなぞる様な仕草をする。


「解呪スキルですか?」


「隷属の首輪は解呪スキルでは剥がれないですわよ」


「魔法? ですか?」


 魔法はアタイ達獣人とは相性が悪いらしく、アタイも全くと言って良いほどに知識は持ち合わせていない。


「解呪の魔法は神殿の神官以外は門外不出ですし、神官如きの魔法では隷属の首輪は剥がせません」


 ならば、何故首輪が外れた……固有能力?


「解呪ではなく、祝福です」


「祝福?」


 聞いた事が無い、神が気まぐれに与える加護みたいな物か?


「それこそ神の御業ですが、世界中で唯一ショタイナー家の血統のみに許された奇跡の御業です」


 隷属の呪いを凌駕する程の祝福とは一体……


「美味しい餌が有ると、テーブルマナーを気にしない様な下賎なドブネズミが出易くなるものです。その辺は追々教えて行きますので、今夜からミーティングに参加しなさい」


「か、かしこまりました」


 人の一生を縛る程の呪力を込められた隷属の呪いを、あっさりと打ち消してしまう祝福の能力。呪いに縛られたアタイだけでは無く。呪いを受けていない人間に祝福を授ければ、どんな呪いをも跳ね返してしまう事が可能なのか……喉から手が出る程欲しがる人間は山程居そうだな。


 色々と考える事はあるが、その後は坊っちゃんの側仕えとして朝食の給仕をそつ無くこなし、午前中の雑務処理の座学などを側で見守っているのだが、坊ちゃんの様子が落ち着かない。


 チラチラとこちらを見てはニコニコと微笑んでいるのだ。


 アタイにはこんな集中力を無くした子供の見覚えがあった。


 スラムの子供達が野良犬を拾って来て、こっそりと飼っていた時にそっくりだ。


 昼食後のお茶の時間にそっとメイド服の尻付近のボタンを一つ外し、普段は邪魔にならない様に脚に巻き付けている尻尾を取り出した。


「パトリオット! 尻尾だよね? 尻尾だよね!」


 ソワソワと落ち着かない坊ちゃんが、アタイの尻尾を見て椅子から立ち上がった。


 やっぱりか……


「いつも頑張り屋で聡明な坊ちゃんだとタイタンから伺っておりましたが、どうやら猫好きの悪い癖が出てらした様で、ワタクシの耳や尻尾が気になりお勉強に身が入らないご様子。このまま坊ちゃんのお勉強の妨げになる様でしたら、パトリオットはこの御屋敷からつまみ出されてしまいます」


「ずっと一緒って言ったのに?」


 坊ちゃんは一転寂しそうな表情を見せて目尻に涙を貯める。


 坊ちゃんからは見えない位置で殺気を放つタイタンとスパロー。


「パトリオットは坊ちゃんとずっと一緒に在りたいと思っております。どうしたらよろしいのかと……」


 アタイが困った様に肩を落とすと、坊ちゃんがアタイのスカートの裾を握り締めフルフルと首を振る。


「パトリオットと一緒にいる為なら僕、お勉強頑張るよ!」


「まあ、坊ちゃん。ありがとうございます。パトリオットも嬉しゅうございます。それでは午後からのお勉強が終わった後の自由時間に、パトリオットと遊んで下さいますか?」


「もちろんだよ! パトリオットもそれまで我慢して待っててね!」


「はい。楽しみにしております」


 アタイは長い虎の尻尾を坊ちゃんに巻き付けると、フワリと持ち上げて椅子に座らせた。


 尻尾で持ち上げられて目を白黒させていた坊ちゃんも、離れ際に尻尾の毛でコショリと頬を撫でられて俄然やる気が出た様だ。


 子供は貴族の子もスラムの子も似た様なものだと思う。


 近くで一部始終を見ていたタイタンとスパローは、悔しそうに下唇を噛み締め血を滴らせている。


 スラムのガキよりタチが悪そうだ。


「ぼ、坊っちゃま。今日の坊っちゃまは集中力が……」


「タイタン、お勉強を始めるから用意をお願いするよ」


「ウグゥ」


「スパロー、腰に下げているカーテンの飾り紐は元に戻しておいてね」


「ヘウッ」


 どうして坊ちゃんの前だとこの二人はポンコツになるのだろう。

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