信じてみた

「あたし、全然疑えなくってさ」

 意識の戻った男子高校生に、あたしはそう告げた。なんとなく、コイツならあたしの言いたいこと理解してくれるかもしれないと思ったからだ。

「あり得なさそうなことも全部全部、吸収しちゃうんだ。きっと本当に心から信じたことなんてなかったってゆーか」

「ああ、それはあるかもな。というか、みんなそうなんじゃねーかな。俺もさ、勉強ばっかで毎日つまんなくて、なにか起こらないかなーって。なにか信じてみたら毎日が変わるかなって。でもそれって、信じてたんじゃなくて、きっと依存するものが欲しかっただけなんだよな」

「うわ、長文きっも」

「うるせえ」

 でも、あたしもそうかなーって思うとこあるし。やっぱ優等生ってすげえわ。

 あたしたちはそれからざっくりと、自分らがここに呼ばれるまでの経緯とかを話した。

「あたしもさ、『疑うこと』あっての信頼かなーとか考えたこともあるんよ。あたしなりにね。1回さ、言われたことあるんだー。『疑うこと』を覚えろってさ」

「なるほどな。……でも、それってお前が」

「あたしが?」

「いや、なんでもない」

「は? なにそれきっも、誰の真似だよ?」

「誰の真似でもねーよ。言いたいことが言えないんだよ。適切な台詞が見つからねーの」

「はっ、優等生も所詮その程度か。あたしと変わんないんじゃんウケる」

「ああ、……変わらねーよ。だから今こんなことになってんだろ」

 皮肉ったつもりだったけど上のやつに肯定されるとなんか腹立つ。

「まあさ、そういうことなんだ。あたしは信じて生きることしかできないから、諦めた。んいや、開き直ったんさ。水素水買ったのもそういうことがあって……と、話しすぎか」

 男子は考え込むポーズをとる。話したのに相槌もないとか常識知らずか? あ?

「無視とか、ないわ」

「ん、あぁ、悪い。そんだけ自分のことわかってて、生き方も決めてて、お前がここに召喚された理由ってなんだろうと思ってさ。こういうのって、人が成長するために起こるもんじゃないか?」

「さあなー。でも」

 荒廃した周りの景色を見て思う。

「よっぽどあたしたちの世界よりキレイだよね、ここ」

「……え?」

「みんな真っ向からモノを言ってきてさ、何も難しいこと考えてなくて、澄んでるってゆーかさ。それだけで来た価値はあるっぽくね」

 男子は口を開いたままにする。なんだ、みっともない。

「やっぱお前ってなんか……」

「なんだ、また焦らしか?」

「いいや、多分お前のこと心の底から嫌いになる人間ってそういないだろうなって思ってさ」

「んなっ」

「あと、多分分かったわ。お前がここに呼ばれた意味」

 あたしが首をかしげる動作をすると、男子は人差し指をたててドヤ顔を見せた。

「人を成長させるため、とだけ言っておくかな。そんでさ」

 何か言いかけた男子。そういやコイツ、名前なんだっけ。

「俺もお前と一緒にいたら、毎日結構楽しいのかもな。なんてな」

「アンタ、」


 言いかけて一歩踏み出すと、足で飲みかけの水素水を倒してしまった。キャップは開いていた。


「うっ」


 滴る水に、太陽が照りつける。

 まぶしい。

 この感覚は、この前の……。


 徐々に遠くなっていく、男子との距離。

 待って、あたしはまだ……


「詐欺には気を付けろよー!」


 男子は光のなかで、にかっと笑った気がした。最初会ったときでは想像もできないような顔だった。




 ――熱中症で、倒れていた。


 目覚めると同時に部屋に入ってきたママから聞くに、宅急便を受け取った直後突然ふらっと気を失ってしまったらしい。ここまでは、ある意味記憶と一致する。


 水素水は数本なくなっている。

「あんたが部屋に一人になったときに飲んだんじゃないの」とママは言う。ここは記憶と違う。あたしはあっちの世界でそれらを飲んだ。


 おもむろに歩き出す。意識が朦朧とし、頭はぐちゃぐちゃ。そんな中、千鳥足で向かったのは体重計だった。


「って、痩せてないじゃん!」


 あたしは叫んだ。むしろ水の分増している。


 焦って、さらに飲む。

 どんどん増えてく。


「は、はははははは!」

 なぜか笑いと涙が込み上げてきた。


「嘘ってか! 全部全部、本当は無いってか!!」


 やっぱ詐欺商品だったか。騙された。


「やっぱり、水素水ってクソだわ」


 しばらく放心したあとに洗面所へ向かう。もう使わないであろう水素水で顔を洗った。

 鏡に映るあたしの顔は、なんだかスッキリしていた。でもわかる。これは水素のおかげじゃない。


「はぁ、運動しよ」


 そう呟くとあたしは運動靴に履き替え、水分補給用にペットボトルを持って家を出た。


 そんな気分にさせてくれただけ、ある意味効果あったのかも。

 つまりは、あれはただの水だった。オカルトウォーター。調べたら医学的に証明されてるとか大嘘じゃん、マジウケる。


 小顔ローラー、振動する腹巻き、そんな怪しいものを買って、自らを奮い立たせてるんだ。運動しなきゃって。

 いつもそう。

 決して、決して、騙されたわけじゃない。


 でも全部無かったことにされると、モヤモヤが残らないわけでもないんだ。

 あたしは騙された怒りをぶつけるように、無我夢中で駆けた。


 悔しい。

 報われないって、悔しい。


「信じても……信じても……」


 いくら走っても、悔しさが晴れることはない。腹部に少しのたるみを感じながら、今までされた裏切りの数々を想起してしまう。

 飲み過ぎで溜まっていたしょっぱい水素水が、目から溢れてきた。


「みんな、なんでウソをつくの……?」


 どんっ!


 人とぶつかった。


「ちょ、あんた前見て……」

 そう言って顔をあげると眼前に飛沫が舞った。瞼に溜まった滴を払う。

「ご、ごめんなさい!」

 相手はうろたえる。

「ったく、気をつけ……」


 その顔を視認して、分かったことがある。


「……え?」


 やっぱり、水素水って――。



 おしまい

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水素水で始める異世界無双 つじは @tsujihaneta

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