歓楽等部も【無双】を目指すんで、そこんところヨロシク
椎名津雲
プロローグ
零の章・第一話 大乱闘・覇王学園
「なんじゃこりゅぁああああああああああああああ!」
――と言う僕の絶叫が校庭に轟く。
だが、この現状において、その声は誰の耳にも届かない。
右、左、前、後に上。
総勢200人による大乱闘が行われている。
殴る蹴るなんて当たり前だ。
武器あり
僕みたいに弱々しくガクガクと怯えている生徒はいない。
「あわわわわ。ヤバイよこの人たち……完全にバーサ―カーだ……」
萎縮するどころか、全員がこの喧嘩を楽しんでいる。
「かかって来いやぁあああ!」「ぶっ殺してやる!!」「殴るの楽しいぃい!」「死ねぇえええええ!」「隙アリじゃぼけぇええええ!」「キャハハハハ最高にハイだぜ!」
体格差や性別なんて関係ない。
ここでは勝ったヤツが正義。
「ガハハ!! 俺こそが本物の最強!!」「黙れ三下! 私こそが天のなんたら!」「それを言うなら天下統一だろ!!」「いや、天上天下唯我独尊じゃぁああ!」
野蛮人が野蛮な言葉遣いで戦闘を続けている。
口を動かしながら手も動かして……忙しい人たちだ。
「……どうして僕はここにいるんだ……」
詳しい話はまったくもって分からない。
ただ混沌とした状況で分かる事が一つだけある。
どうやら最後まで生き残っていた20人が合格者となるらしい。
「合格者……。つまりここは受験戦争の真っ只中」
けどこれは僕の知ってる受験戦争じゃない。
「……うぐぅ……なんなんだよこのルール……なんで物理なんだよ……」
殴り合いなんてできないよ……。
「……」
戦場の中心で僕はしゃがんだ。
頭を抱えながら子鹿のように震えた。
何もできず、後悔しながら瞳を閉じた。
「絶対おかしいよ……今日は
そもそもどうして僕はここにいるのだろうか?
冷静に考えて、これはおかしいとしか言い様がない。
「そうだ……何かの手違いに決まってる!」
だいたい、正門から校舎を見た時点で変だと思っていた。
校舎の落書き、校内から聞こえてくる断末魔。
何とも言えない、血に飢えた獣の匂い。
一瞬で憲法高校ではないと確信した。
『逃げよう』と思った時にはもう手遅れ。
いきなり黒服の連中に囲まれて、気づいたらこの状況。
あの時点で殺されなかっただけマシだが……。
外国ならそのまま臓器を売られていたかもしれない。
「でも死にそうな状況であることに変わりはないんだよね……」
ここは校庭と言う名の戦場。
四方をは囲まれ逃げ場などない場所。
「僕はここにいるべきではない」
今すぐここから出ないと僕は死ぬ。
「だけど」
暴れる生徒をかいくぐりながら逃げる事は困難。
「僕には頭脳がある。頭を使え。なんかあるはずだ」
コレが『受験戦争』と言う名の試験なら……。
「そうか。勝ち負けが必ず存在する」
勝つことはまず無理なので考える必要はない。
「僕が考えるべきなのは、死なずに負ける方法だ」
だが、どうすれば負けられるだろうか?
「ん? 負けと言えば、ギブアップ。ギブアップと言えば、降参!」
勢いよく立ち上がり、僕は両手を上げた。
「僕は降参します! 負けです。もう一度言います。僕は降参します! だから助けてください!」
白旗を振った。戦意がないと学校側に伝える。
審判がどこにいるのか分からない。
だが入学試験である以上、どこかに居るとは思う。
見えないけれど、確実にコチラを見て審査している。
「受験番号98番。なんのつもりだ?」
「あっ」
ビンゴ。
校舎に取り付けられたスピーカーから男性教員の声が聞こえた。
予想通り、どこからかコチラを見て評価している。
「もう一度言います。僕は降参します!」
「そうか。理解した」
「よかった……コレで助かる……」
日本語が通じる相手で助かった。
これで僕は保護されて、ここから逃げられる。
そして今度こそちゃんと憲法高校を受験する。
断言する。ここは憲法高校ではない。
「受験番号98番。コチラももう一度言う。本当に降参するのか?」
「はい!」
「そうか。聞き間違いではなかったようだ。
「はい!!」
元気よく返事をした。希望の光が見えてきた。
でも大丈夫かな? 憲法高校の受験日は今日だ。
今日受験できなければ試験を受けられない。
「なら、高熱で倒れたと言うことにすればいけるかもしれない」
やむを得ない事情があれば、救済措置は必ず貼るはずだ。
「受験番号98番」
男性の声が再び僕の受験番号を呼んだ。
「あのー、僕の保護はまだでしょうか?」
「保護などしない。さっさと死ね」
「……え?」
物騒な言葉が聞こえたような気がした。
でもまさかな。大の大人が死ねなんて言わないよな。
「弱い者はこの学園にはいらない。だから受験番号98番、お前はいらない」
「……ほへ?」
この男は間違いなくとんでもない事を言った。
「よく聞け総勢200人の受験生よ。そこのインテリメガネを倒せば一発合格にしてやる」
「インテリメガネ……。僕、インテリでメガネだけど……僕のこと?」
ドンパチやっていた総勢200人の手が止まる。
全員の視線が、一気に僕の方へと向けられた。
気のせいではない。僕のことを言っている……。
「あのもやしを倒せば一発合格?」「なになに緊急クエスト?」「おいおい、簡単なお仕事じゃねーか」「楽しくなってきたじゃねぇえええかぁああああ!」
あ、死んだ。
終わった。
殺される。
「あーあ」
法律を学べないまま、ここで殺されるんだ。
でも僕を殺した場合、彼らには殺人罪が適応される。
「……刑法第199条により、人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処される……。本当は僕の手で裁きたいけど……死んだら何もできない……」
「ひゃっほぉおおおおおおおおおお!」「キャハハ!」死ねぇえええ!」
迫り来る強者達。全員が僕を殺しに来ている。
絶望した。空を見上げた。空が綺麗だった。
「……まだ死にたくないなー……」
ごめん、お母さん。
こんなダメな息子で。
ごめんお父さん。
たった一つの夢も叶えられないで……。
「バカもん!! 死にたくないなら最後まで足掻け!!」
「――うわッ!?」
誰かが僕の体を持ち上げ、宙へと飛び上がった。
見上げていた空が、さらに近くへと迫り来る。
「う、浮いてる!?」
足下にあった地面が、今は8メートル先にある。
「ど、どう言うこと!? 僕、飛んでる!? ――あ、もしかして死んだ!?」
天国への一方通行。
精神世界へとこんにちは。
神様ってどんな姿をしてんだろ。
「死んでない! 意識をハッキリさせろ!!」
女性の声が聞こえた。
気高くも優しいような声だ。
誰の声だろうか?
「もしかして僕を迎えに来た天使さん?」
「死んでないと言ってるだろ」
「本当に僕は死んでないの?」
もしかしたら死んでる可能性もある。
だから僕は少ししつこく女性に問うた。
「何度も言わせるな。死んでない」
「でも飛んでるよ」
「飛んでない。ただジャンプしただけだ」
ジャンプ?
つまり女性が僕を掴み、飛び上がったと推測する。
そのお陰で僕は助かった……のか?
「今から着地する。舌を噛まないようにしろ。あと、着地したときの衝撃も凄いと思う……まぁ、それは我慢しろと言うことだ」
「はい。分かりました――って、え、我慢!?」
滞空時間を利用して下を見た。
そこには武器を手に着地を待ち伏せる猛者達。
武器を持たぬ者は拳を構えて殺す気満々だ。
「このまま落ちたら蜂の巣だよ!! 数の暴力にやられちゃう!」
「だからなんだ。人は鳥ではない。飛び上がったら必ず下に落ちる」
「そ、そうだけどさ! 下に敵が沢山いるよ! やられちゃうよ!」
「ギャーギャーうるさいヤツだな。とりあえず黙れ」
助けて貰った命。
数秒後には尽きる。
もうダメだ。終わる。
「その顔をやめろ。言っただろ。生きたいなら抗えと」
「……でも……」
「お前も私も、あんな連中にはやられないから安心しろ」
「……安心……?」
「行くぞ。死にたくなければ口を閉じろ!!」
何も分からない謎の状況。
それでも今はとにかくこの女性を信じる。
「必殺!
片手で僕を持ち、片手で槍を持つ。
その槍を地面へと向け、彼女は空を蹴る。
「うわぁああああああああああああああああ!」
地面へと一直線。
叫ぶなと言われても叫んでしまう。
これはまるで富士Qの絶叫マシーンだ。
なんか今日は叫んでばかりな気がするなぁ。
「あ、地面だ! ――うぐっ!?」
地面に着地した瞬間、凄い重力が僕の肉体を襲う。
ドゥウウウウウウウウウウウウウウウウウン。
凄まじいダメージだが、周りへの被害はもっと大きい。
彼女の槍から放たれた波動が、周囲の人間を吹き飛ばした。
「のぉおおおおおん!」「うわぁああああああ!」「ぎゃぁあああああ!」
僕たちを囲んでいた200人のうち、前線に居た80人の生徒達が倒れていた。
その圧倒的な強さに、中央と後方に居た生徒達の手が一時的に止める。
「なんだあの女……強くね?」「え、乱入クエストヤバめ?」「イビルかよ」「横槍とはこのことだな」「誰が上手いことを言えと……」
この女性は、たった一撃で80人の生徒を倒してしまった。
「何者……なんだ……?」
顔を上げ、僕の目の前に立つその生徒へと視線を向ける。
長い黒髪、凜とした表情、スラッとした足に、華奢な体。
禍々しく長い槍を持ち、自由自在に技を繰り出す女子生徒。
「……美しい……この方が僕を助けてくれた……のか?」
「お前、名前は?」
「名前? ぼ、僕は、九重キバです」
「何ができる?」
「何……? ――と言われましても……」
「早くしろ。時間がない。答え次第でお前を守るか否かが決まる」
守らない、と言う選択肢もあるんだ……。
「えっと、えっと、えっと……」
何か。
何ができる。
何ができるのか?
早く答えないと見捨てられる。
立ち止まっている敵達が動き出してしまう。
「あ、僕はどんな色にも染まることのない黒い心を持っています!」
「つまり?」
「相手の一挙手一投足を観察し、嘘を見抜きます」
「それが戦いにどう役立つ?」
「……弱点……とか? 相手の弱点を見抜く力があります!」
「んー微妙だな」
法廷ではかなり使える能力なのに……。
公平を期すために僕が身につけた力。
なのに彼女は渋い顔を浮かべたままだ。
「あまり魅力的ではない。弱点を知らなくても倒すのが覇王学園の生徒。弱点を知ってしまったら面白くないだおr。助けようとしたが、やっぱりやめた」
ヤバイ。このままじゃ僕が死ぬ。
「まままま待ってください!! 見捨てないでください!! 助けてください!」
生きるためにすがる。生きるために必死になる。
せっかく繋いだ命、ここで失う訳にはいかない。
僕には裁判官になると言う夢があるんだ。
こんなところでその夢を諦める訳にはいかない。
「アナタはそれでいいんですか!? 誰かが僕を倒したら、その人物が一発合格しちゃうんですよ! そしたら20席ある貴重な席の一つがなくなるのですよ!」
「それはイヤだな。私は何が何でもこの学園に入学しないといけない」
「だったら僕を助けてください!」
「なるほど。理解した」
「よかった。コレで今度こそ僕は助かった」
「つまり、私がお前を倒せば済む話だな。これで私は一発合格」
「……え?」
彼女の鋭い眼光が僕を捉える。
槍をコチラへと向け、今にも襲いかかって来そうな雰囲気。
「……そう言う解釈もあるよんね……そっか……そう、だよね……」
勝手に味方だと思っていた。
だけどこの子も受験戦争に参加している敵だ。
そもそもここに味方とか敵とか言う概念はない。
総勢200人。全員が合格目指して殴り合っている。
善も悪も正義も卑怯もない。勝者が全て……。
この子も俺を狙う側の人間。
そして彼女はここにいる僕を倒して合格するだろう。
勝負の世界、勝者がいて、敗者がいる。
「僕は敗北者。遅かれ早かれ、僕は倒されていた……」
ここに来た時点で、敗北は決まっていた……。
そもそも今朝から今日の僕はダメダメだった。
鞄の中に入れていたはずの憲法高校の住所が書かれた紙を、下駄箱の上に置いたまま出てきてしまった。スマホも充電切れ、住所の検索は不可。前に調べた住所の記憶を頼りにそれっぽい所に来た。そこからは道行く人に『けんぽう高校どこですか?』と聞きこの高校の正門へとたどり着く。なんの手違いかは知らないが、俺はケンポウ高校ではない、よくわからない謎の学園へとたどり着いてしまった。
「なんで僕は、住所の書かれたメモを下駄箱に忘れてくるかなぁー……」
「何をブツブツ言ってる? 恐怖で頭でもおかしくなったか?」
僕は生きることを諦めた。
でも死を受け入れた訳ではない。
このまま死んだら死んでも死に切れない。
「未練なんて残してたまるか」
どうせ死ぬなら言いたいことを言って死にたい。
「言ってやる」
槍を向けてくる女子生徒をにらみ返した。
やけくそになり、言いたいことを相手に伝える。
「上等じゃねーか! ほらよ、殺したければ殺せばいい。だがこれだけは覚えておけ。 人の生命と言うのは、究極の
「……」
ギロッと女子生徒が僕を睨む。
だから僕は逆に笑顔を浮かべた。
言いたいことは言えた。
法律だけは僕の味方だ。
なんだかスッキリしたな。
これで悔いなく死ねる……。
お母さん、お父さん。今までありがとう。
「お前、私の槍が怖くないのか?」
お爺ちゃんもお婆ちゃんもありがとう。
あとペットのハムチーとワントンもありがとう。
「答えろ。私の槍が怖くないのか?」
大自然にもありがとう、大海原にも感謝。
「おい、無視するな。答えろ」
さっさと殺せばいいのに、なんで質問タイムなんて始めるのか?
「怖いか怖くないか? それを知って何になる?」
「私にとっては何かにはなる。だから答えろ」
面倒くさいなー。
もう悟りを開いているのに……。
でも質問なら、答えるしかないか。
「もちろん怖いよ。今も体が震えて心臓が爆発しそうだ」
「にも関わらず、お前はあんな眼で私を睨んだ。そして笑う。どうしてだ?」
「まぁ、ある種の諦めかな。もうやけくそだよ。なるようになれってやつ?」
「……やけくそ……やけくそか。なるほど」
彼女は槍を地面に突き刺した。
「面白いヤツだな。お前、生きたいか?」
「死にたくはないね。裁判官になる夢もあるし。僕は生きなきゃいけない」
「そうか。死にたくはないのか。懐かしい台詞だな」
「懐かしい?」
すると彼女は笑顔を浮かべた。
ハハハと言いながら手を差し伸べてきた。
「この手はなに?」
「私の人生の中で、私はあの目をした人間を二人知っている。一人は私の兄、もう一人は私の師匠だ。彼らが戦う目的は、強くなるためではなかった」
「なら、なんのために強くなるの?」
「死なないためだ。つまり生きるために戦う。だから強くなれる。お前の目は、兄と師匠にそっくりだった。もしかしたら、強くなる素質があるかもしれない」
「……僕が……強く? いやいやいや、僕は華奢な人間ですよ」
「関係ない。華奢な人間でも強くなれる。全てはやる気次第。だから九重キバ、私と来い。お前はもっと強くなれる」
「……いや、だから、僕は戦闘狂なんか目指してないって……」
僕の目的は強くなる事ではない。
だからこの野蛮な試験に落ちることが目的。
その後は言い訳を考え、憲法高校を受験すればOK。
「何を迷っている! 私の手を取れ! 私と友達になろう!」
「……」
「ここは戦場だぞ。迷っている時間なんてない!」
確かに……。
けど、僕は彼女の手を取る訳にはいかない。
ここで手を取れば、彼女は僕を守る。
そうなれば僕も彼女も合格してしまう。
この子は兎も角僕は合格したくない。
けど、手を取る以外の選択肢が思いつかない。
「因みに、アナタの手を取らなかったら僕はどうなりますか?」
「私が殺す」
偽りなきお言葉。
この人、本気で言っている。
「人を殺すことは重罪。法律はアナタを許さな――」
「黙れ。法律なんて関係ない。終身刑になろうが死刑になろうが知らない。だが、私はお前が気に入った。だからできれば殺したくはない」
「……」
「殺したくないから仲間に誘う。兄や師匠と同じ目をした人間は絶対強くなる。それと、お前を殺して即合格しようとしている生徒達も気に入らない。そんな馬鹿げたルールがあってはならない。覇王学園は【武力】【武術】【武器】を極めんとする者が集まる場所だ。勝って勝って勝って勝ち残ってこその意味がある。だからお前を狙って楽しようとする連中から私はお前を守る」
敵だと恐ろしいけど、味方だと頼もしい。
「だから手を取れ」
「……」
このまま行けば合格してしまう……。
合格すれば退学はたぶん難しくなるだろう。
退学したとして、今更俺は憲法高校を受験できるのか?
『コチラの高校は滑り止めでした!』と言う言い訳も通用しない。
AとBの高校が同じ日に試験を行っていたとしよう。なのに俺は本命の高校を受験せず、滑り止めの試験を受けていることになる。しかも合格までしている。
冷静に考えて、 とても奇妙な行動としか言い様がない。
「もし合格したら、この
大遅刻した人間が筆記試験を受けられるとは思えない。
けど、今の俺には遅刻したと言う言い訳しか思いつかない。
「お前はさっきから何をブツブツ言ってる? 本物のケンポウ高校に行く? だったらお前の目的地はここじゃないか!」
「……ハァ?」
「なーんだ。やっぱりお前も強くなりたいんじゃないか! 素直じゃないヤツだな」
彼女の言葉に思考が止まる。
「……ごめん、理解できない。アンタは何を言ってんだ?」
「これからよろしくな。お前と私はもう友だ。共に切磋琢磨しよう!」
ここが
僕が憧れていた法律を学ぶ場所?
校舎はホームページの写真とだいぶ違う。
受験を受けている生徒の姿も想像と違う。
「……まさか……」
さきほど俺は、道行く人に『けんぽう高校はどこですか?』と言葉のみで聞いたことが全ての間違いだと言った。最初は僕の発音が悪く、相手が聞き間違えたのではないかと思っていた。けれど、この子は間違いなく『ケンポウ』と言った。
格闘技=武術=戦闘狂=切磋琢磨する血に飢えた生徒達。
「……嘘だろ……」
信じられないが、あり得ない話ではない。
気づいてしまった真実に頭が痛くなっていく。
「もしかしてここは、ケンポウ高校なのか?」
「そう言っているだろ。ここは
「……」
あー。はいはい。なるほど。
「ちなみにケンポウの漢字って、法律とかに出てくる『憲法』?」
「そんな訳ないだろ。拳だ、拳。ここは拳法を極める学園だ」
「……」
道を尋ねた人たちは憲法と拳法を間違えていたのか……。
憲法高校と伝えたつもりが、拳法学園へと案内された。
「……でも覇王学園って言っていた」
「それは総称だ。正式名称は拳法高校」
「……」
頭を抱えた。おかしいとは思っていた。
明らかに以前調べた住所と違いなーとは思っていた。
でも高校の住所と受験場所が違うなんて良くあること。
今回も別場所に試験会場があると勝手に解釈していた。
「僕のバカバカ。おたんこなす。どうして僕はこんなにアホなんだ」
普通の高校なら飛び入り受験なんて不可能だ。
でもここは違う。いきなり黒服に捕まるレベル。
異常な高校に近づいた時点で僕の詰み。
「さぁ、死にたくなければ私の手を取れ。もう時間はないぞ」。
憲法と拳法……。紛らわしい……。
しかもどうして同じ区にあるんだよ。
憲法高校の具体的な番地までは覚えてないが、この区にあったことは確かだ。
「さぁ! さぁ!」
「……」
小さくため息をついた。
プランCに移行しよう。
ここは潔く彼女の手を取るが吉。
そして適当な理由で退学しよう。
退学できなければ、来年憲法高校を受験しよう。
「命さえあれば、何度だって挑戦できる――はず。ここは前向きにいこう」
なら、僕がやるべき事は一つ。
「わかったよ。君の手を取る。だから頼む。僕を守ってくれ」
「お安い御用だ」
彼女の手を取り、名も知らない美人と友になった。
「私の名前は
「……はい……」
出会って間もないのに下の名前で呼ぶんだ。
ちょっとこそばゆいけど、なんだか嬉しい。
見た目も綺麗だし、凜としてるし、何より優しい。
「それじゃ、今から全力で君を守る!」
「はい」
「さぁああああ殺戮ショーの始まりだ! かかってこい雑魚ども!!」
戦闘のスイッチが入ったのか、彼女が戦闘狂となる。
「……」
もしかしたら僕はとんでもない人と友になってしまったのかもしれない。
「キャハハハハハハハ!! 足掻け足掻け! 私を殺す気でかかってこいや!」
この人の手を取ったことが、本当に正解だったのか今の僕にはまだ分からない。
退学したくても物理的に退学でさせてくれないかもしれない……。
などと今後の事を考えながら、僕は一方的に守られていた。
僕は弱い。そんなこと分かってる。
「だって僕は戦うために生まれた訳じゃない」
たとえ覇王学園に入学しても戦う気はない。
「まぁ、自分の弱さなんて今考えても仕方がないか」
だけど、考えずにはいられない。
なぜならここは――
「殺す殺す!」「さぁあああいい声でなけ!」「まだまだ本気じゃねーだろ!」「あと二つの変身を残してる!」「もっと俺を殴ってくれぇえええええ!」
――猛者が集う覇王学園。
「退学する前に殺されちゃう」
最低限自分の命を守れるくらいの力は必要かもしれない……。
「アハハハハハハハ! 覇王学園を目指すお前等の力はこんなもんか!」
猛者の中でひときわ目立つ僕の友達になった女の子。
彼女は戦場を駆け回り、生徒を次々となぎ倒していく。
「退学以前にこの子が僕を退学させてくれるとは思えない」
あの人に『退学します』なんて伝えたら……殺される。
今の僕では、この学園から穏便に去る方法が思いつかない。
「あぁ、終わった」
「もやし君の命、この俺様が貰ったぁああああああああああ!」
「私の友に手を出すなッ! 必殺:
カッキーン! と風車渚左が槍を野球バットのように振り、僕に襲いかかって来た男子生徒を吹き飛ばした。大男を一撃で倒すその威力。……半端ないって……。
「か、風車さん、ありがとうございます」
「
「は……はい。……で、あの」
「なんだ? 質問か?」
「はい。拳法高校の受験って毎年こんな野蛮な感じなのですか?」
「急に敬語とは変なヤツだな」
獲物を狩る目をした彼女の前だと萎縮してしまう。
「で、質問の答えだが、そうだな、
「しほうしけん?」
拳法と憲法。死法試験と司法試験。
逆にわざと寄せているとすら思えてきた。
「そもそもこの学園って、強いヤツを集めて何がしたいんですか?」
「覇王を誕生させる事が目的だ」
「はおう?」
「ここにいる連中はおそらく、全員がソレを目指す」
「どうして?」
「それしかもう道が残されてないからだ」
「ん?」
その発言がいまいち理解できなかった。
道なんて沢山あるような気もするが……。
「ここは、表の世界で何かを極めてしまったがために、公式戦では戦う相手がいなくなってしまって生徒が集まる場所・拳法科高校だ。戦う相手がいなくなっても尚、血が騒ぐ猛者共。さらに強い相手と戦いたい。さらに上へと行きたい。高みを目指したいと願う。そんな生徒たちが、蜜に誘われるここへとたどり着く。目的はただ強くなること。人生の目的をなくした連中が、目的を見つけるために戦う学園」
「……」
「最強の生徒が最強の学園に集う。最強と最強のぶつかり合い! ワクワクが止まらない!」
絶句である。
「根性! 友情! 努力! 勝利! 九重キバ、想像するだけで楽しいな!」
どうしよう。ヤバすぎて失神しそう。
しそうと言うか……あ、意識が飛んだ。
◆―――――◆―――――◆―――――◆―――ー◆
――と言うのが、俺の大好きな漫画作品の第1話である。
自室のベッドで横になり、大好きな漫画を読んでいた。
この覇王学園と言う作品は、本当に最高だ。
第1話も大好きだが、第2話以降も面白い。
ストーリー構成、キャラクター、コマ割り。
どれをとっても俺の趣味にぶっ刺さる。
「あぁ~素晴らしい」
何度も読んで、何度も余韻に浸れる。
もう10回以上はこの漫画を読んでいる。
「それでも飽きない」
俺は本当にこの本が好きなんだなー。
「余は満足じゃ~」
本を閉じ、瞳を閉じ、笑顔を浮かべた。
こんな学園生活が送れたら、俺の人生も少しは楽しい物になっていたのかな。
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