始まりの物語
日常編 第1話 4月16日 ラブコメの波動を感じる
2012年4月の16日、月曜日だ。
桜の花びらたち~春の訪れ!!
新学期が始まってから一週間が経った。
友達ゼロ。
コミュ力そこそこゼロ。
学園における人生謳歌レベルは……圧倒的ゼロ。
高校二年生になっても全く交友関係が進展しない俺は
そんな俺のことを自分は流行語にちなんで『トリプルゼロ』と呼んでいる。
しかし、こんな人生負け組な俺だが、たった一つだけ勝ち取ったモノがある。
それが、二年二組の学級委員である
「そう」
先ほどまで席替えが行われていた。そしてなななんと男子13人の――いや、一人入院してて不登校だから、男子12人を蹴散らし、頂点に立ったのだ。
実力! ――ではなく、くじ引きだったので完全に運だ。
まぁ、運も才能のうちって言うから、才能と言うことにしておこう。
とにかく、これ程までに嬉しいことはない。
俺の人生はもしかして、今日と言う日のためにあったのではないかと思えてくる。
「フッ」
自分の席に座りながら歓喜に沸いた。教卓の前に立つ伏見さんを見つめる。
彼女は今、使えないハゲの中年教員の代わりに手際よくホームルームの連絡事項を読み上げていた。彼女は愛用の赤いレトロな腕時計を見ながら、一寸の狂いもなく、確実に、的確に、そして正確に話を進めている。さすが伏見理美さんだゼ。
「そう言うことだから。これから三ヶ月、その席で学園生活を送ってちょうだい。異論は認めないけど、相談なら聞くわ。目が悪いのに後ろの席になってしまったとか、前の生徒が自分より身長の大きい生徒で前が見えないとか、言ってくれれば
「おぉ、そうか。さすがは伏見君だ。いつもながら時間厳守だな」
「はい」
彼女は役目を果たし、こちらへ近づいてくる。
ウヒョオ! 俺の隣の席! 隣の席ちゃん!!
伏見さんはクラスメイトから尊敬される存在であり、誰もが認める優等生だ。
キリッとした目、堂々としたたたずまい、お美しい黒髪の左サイドポニー!
黒髪なら清純を彷彿とさせるストレートが定番だが、あえて彼女はサイド。
メガネが似合う大人びた女子生徒。
可愛さと美しさのギャップ。いいとこどりしたハイブリッドJK。
ああ、いい。なんていいんだ。カワイイ! 可愛すぎだろ!!
しかもいいのは
そんな女子生徒が俺の隣の席だなんて……フフフ。フヒヒヒ。最高DAZE。
色んな妄想が捗る。
テスト中に消しゴムを落としてしまい、拾おうとしたときに手がぶつかって赤面とか、『教科書忘れちゃったの、だから見せてちょうだい?』か~ら~のー
そして……そして……今! 伏見さんが俺の隣の席へと――カモーヌッ!
「
あわわわ。伏見さんが、こ、こちらを見て話しかけてきた。
なんて可愛いんだ……近くで見ると眩しいくらいに美しい。
芸能人で言う所の橋本環奈的な可愛さ。
オーラがスゴイ。芸能人が持つオーラと同等の何かが見える。
「桜咲君? 顔が赤いようだけど、大丈夫?? もしかして熱でもあるとか?」
「……あ……あ……いや、鼻水も咳も出てない――出てません!」
まさか俺の体調を気にしてくれるなんて。こんな嬉しいことはない。
ボッチ街道まっしぐらな俺にとって彼女の言葉はまるで光る原石。
惚れてまうやろ! 女の子に優しく話されたらドキドキが止まらない!
今まで何度か挨拶を交わすことはあったかど、こんなに仲良く(?)話すのは初めてかもしれない。ああ、浄化されるぅ~。尊さ5000兆点だよ……。
つーか、なに緊張してんだよ俺! これじゃただの変人じゃねーか!
「あ……えっとー……その……」
クソッ、何かを言おうと思えば思うほど言葉が出てこない。
この会話の結果で、三カ月間の運命が決まると言っても過言ではない。
変な返事をすれば変人だと思われる。まともに返そう。まともに――
「……」
どうしよう。まともってなんだっけ? なんて返せば??
身体がどんどん熱くなっていく。まるで真夏のサマーレッスンだよ。
「桜咲君、本当に大丈夫? 顔や耳がどんどん赤くなっているけど」
「え、あ、あの」
マジか。俺って照れると耳が真っ赤になるタイプなのか。
今まで指摘してくる人がいなかったので知らなかった。
だからこそ、改めて指摘されるとすっごく恥ずかしい。
まるで渋谷の街中でチ◯コを女子に見られたような感覚だ。
「具合が悪かったら遠慮せずに言ってよね。無理は良くないから」
「お、俺は、大丈夫だ、です。ちょっと昨晩見たお笑い番組を思い出してしまって、笑いを堪えていたら体が熱くなっちゃったんですよ。アハハ。なんて」
「お笑い動画?」
「は、はい。好きなんですよ、お笑い動画」
「ふーん。まっ、病気ではないなら安心ね」
彼女は笑みを浮かべ、隣の席に座った。
ああーなんだかシャンプーの匂いがする。
スーハー。すっごい幸せな香りだなぁ~。
「今日から隣同士。ふふっ、これじゃ近所とあまり変わらないわね」
「そ、そうですね」
確かに変わらない。一応家は隣同士だ。
ただ、学級委員である伏見さんと、一般凡人である俺とでは登校時間や下校時間が別々だ。だから近所付き合いもないし、玄関先で偶然会うこともない。
しかし驚いたな。伏見さんが俺の家のことを覚えていてくれていたなんてな。
なんだか嬉しいような気がした。その話題で少しだけ緊張が緩和された。
「あの、伏見さん」
「なにかしら?」
大丈夫。さっきは普通に喋れた。会話はそれの延長線。
思い出せ。隣の席になることが決まってから今の今までの数分間、脳内で何百回も伏見さんとの会話を練習したじゃないか。まずはフレンドリーが大事なんだよ。
今はホームルーム中だが小声でなら話せる。真面目な伏見さんが俺に話してきたことが証明。これから三カ月間はこの席なんだ。最初の挨拶は必要不可欠。
「伏見さん」
「えぇ、そうよ。私が伏見理美よ」
よし、受け答えができたぞ。この調子で行こう。
周りの男子生徒がうらやましそうにこちらを見ているが、今の俺には関係ない。
彼らに言ってやりたい、『恨むなら自分の運命を恨め』とな。
どうせ奴らはリア充だ。すでに俺の何十倍もの幸せを手にしているだろう。
だからこそ、このポジションだけは譲る訳にはいかない
この席は、俺がようやく手にした唯一の幸せなんだよ。
だから俺は男になる。男らしく、堂々と伏見さんに挨拶をする。
いざ――
「よよよよ、よろ、よろしくお願いしましゅ!」
「しましゅ?」
「あ……しゅいません……」
ふっ。これもまた運命か……。緊張しすぎて噛んでしまった。
緊張感が緩和された? されてないじゃないか!!
可愛い子を前にして緩和される緊張などない!!
キュゥウウウン。
なんだよこれ、滅茶苦茶恥ずかしい。PCの向こうにいる美少女とは普通に話せるのに、リアルの女性になると、ハードルがオリンピック級に爆上げされる。
「あの、よ、よろしくお願いします! 伏見様!!」
今度はちゃんと言えた。
「「……ん?」」
待て。まさか俺、本人に『様』と言ってしまったか!?
うわぁ、いつもの癖で『様』と言ってしまった。思考が先走った結果だ。
絶対キモイヤツだと思われたに違いない。
いや、俺がキモイことは否定しないが、人にキモイとは思われたくない。
モブにキモイと思われるのはまぁ仕方がない。でも伏見さんに『桜咲君……キモッ』なんて思われたら……ごめん、俺もう不登校になる。不登校になろう。
「伏見様? 変なの。ふふっ、おもしろいわね、桜咲君って」
「……え?」
「私のことはいつも通り『さん』でいいわよ。ねっ、桜咲君。隣の席なんだしカタッ苦しいのはなしよ。私たちはもう友達でしょ?」
「……伏見、さん?」
「あ、でも、友達なんだし、『ちゃん』も……。いや、私の方がなんだか恥ずかしいわ。ごめんなさい。やっぱり『さん』でお願いできるかしら?」
「はい。伏見さん」
「フフッ、桜咲君」
彼女は口元を抑え、優しく微笑んだ。
予想外。脳内展開では『キモイ』と言われ、舌打ちをされて、蔑まれて、嫌われるかと思った。秒で『同級生のことを様付けとかドン引きなんですけどー。君さ、見るからにキモオタじゃん。評判が下がるから近づかないでくれる』と言われるかと思った。だが、そんなことは一切ない。こんな俺でも受け入れてくれる。
冷静に考えてみれば、彼女は伏見さんだ。脳内展開のような行動はしない。
そうだ。思い出せ。伏見さんは女神なんだよ。そこらのモブとは違う。
そんな女神が俺を蔑むと思っていたのか?
伏見さんは全校生徒を平等に扱う天使。誰かを蔑むなんてありえない。
すまない、伏見さん。そこらのモブと一緒にして申し訳ございません。
緊張と動揺から変な妄想をしてしまった。心からお詫び申し上げます。
「どうしたの桜咲君? 私の顔をじろじろ見て、何かついてる?」
「い、いえ、何もついてません! ちょっと見惚れちゃって」
「見惚れる?」
「な、なんでもありません!!」
「そう? なら、ちゃんと前を向いて先生に話を聞きましょ」
「はい!」
可憐だ。こんな笑顔がこんなにも近くで見れる日が来るなんて。
今日の朝の占いはおひつじ座が最下位だったが、そんな占いは滅びてしまえ。
今の俺は銀河級のラッキーボーイなんだよ。これから始まる青春高校ライフ。
妄想しただけで心が爆発しそうになる。まずは高ぶる自分の鼓動を落ち着かせよう。机の下で繰り広げられるフルボッキのことは内緒だよ。シーーー。
ラブコメの波動と共に、隣の席に座る伏見さんを全神経で感じていた。
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