零の章・第四話 7月7日 死へのカウントダウン
シリアスなアニメを途中で切り、まとめサイトにシフトチェンジ。
大好きなアニソンを聴きながら、スラスラとサイトをスクロールしていく。
伏見さんが好きそうな話題のスレッドを探す。
『ダサい名前の動物』『世界一臭い物』『河童のチンコ見つかる』
どれも微妙だな。女の子にチンコの話はしたらダメな気がする。
なかなか話題が見つからないけど――苛立ちは覚えない。
むしろ楽しい。二人で話題について話す姿を想像すると楽しい。
「あぁ~幸せだな~」
いつもと変わらない登校ルート。なのに気持ち的に嬉しいので、通学路が二割増しくらいキラキラ輝いているように見えた。もちろん実際に通学路が輝いている訳ではない。心の問題だ。歩く人々は流星に見え、歩く道はミルキーウェイ、空はさながら小宇宙!あぁ、キラキラしている。俺の周りの景色が輝いている。
人間とは単純な生き物だ。こんなことだけでこうも変わるなんて。
「楽しみだな~」
登校して、正門をくぐって、下駄箱へGO。上履きに履き替えて、教室へと向かって、伏見さんと朝の挨拶。……デュフフフ。そして最高の一日が始まる。
どんな顔をされるのかな?
やっぱり笑顔かな??
それとも微笑??
照れ隠しとか? フフフフフ。
想像しただけで嬉しい。こんな気持ちにしてくる伏見さんは俺の女神だ。
「そう、今日もいつもと変わらない日常が始まる!」
っと、心がぴょんぴょんしすぎて本題を忘れていた。
中間休みやお昼休みは話題を探す時間なんてないだろうから、今のうちに蓄えておこう。無言の時間が続かないように、最低でも6つの話題を装填しなければ!
引き続きスマホに集中し、手慣れた手つきでウェブをサーフィンした。
……。
……。
……。
「な!? ――イテッ!?」
鼻をぶつけた。
前方不注意で何かに顔をぶつけてしまった。
鼻は鍛えようがないので、地味に痛い。
だけどこれは自業自得だな。歩きスマホをしていた自分が悪い。
ぶつかってしまった対象は壁か電柱か? それとも人間か?
もし人間だったら、素直に謝らなければいけないな。
しっかりと謝罪ができる俺はえらい人間だ。
「……」
キラキラしていた景色が、鼻をぶつけたおかげでいつもと変わらない通学路に戻る。輝いていた人間たちも普通の地味な制服を着た生徒。そして気づいた。
目の前にいた物体は柱でも壁ではなく、立ち尽くす人間の背中だった。
「ぶつかってしまい、すいませんでした」
「……」
「前方不注意でぶつかってしまい、すいませんでした」
「……」
「あのー聞こえてますか? すいませんでした。無視とかひどくないか?」
謝ったのに、相手の生徒からの返事がない。
「感じわりーな。まぁ、いいか。無視されることなんて日常茶飯事だからな……って、ここ、正門前じゃん」
サイトに夢中になり、自分の現在地を把握できていなかった。
それが生徒にぶつかったおかげで、自分の立ち位置を知ることができた。
意識はしていなかったが、どうやら俺の体が通学路を覚えていてくれたよう。
慣れってスゴイな。他のことを考えていても学校に着くなんて驚きだ。
「……」
で、ここが正門前だとして、なんでこの学生くんは立ち止まっているんだ?
スマホを見ながら歩いていた俺も悪いが、コイツにも非があるだろ。
正門なんだから歩いて校舎の方へと向かえよ。
ど真ん中で立ち止まるとか常識なさ過ぎてドン引きだ。
「マジヒクワー……と言いたいところだが、なんだこの状況は?」
妙だな。
立ち尽くしている生徒はコイツだけではなかった。
その横にも縦にも正門の所には生徒の壁ができていてた。
1、2、3、4……男女合わせて20人くらいだろうか?
これは普通ではない。とても異常だ。
きっと何かしらの理由があるのだろうか?
想像できるのは『デモクラシー』とかだろうか??
学生が行う社会運動。いわゆる学生運動だろうか?
学校に対しての不満を生徒が、一丸となって何かを訴える活動。
「まっ、俺には関係ないけど。さっさと教室に行ってラノベ読も」
こんな奴らは無視するのが一番。
関わっても良いことなんて何もない。
だから生徒の壁の間から敷地内へと一歩。
「――え!?」
一歩、足を踏み入れた瞬間、俺は――
「……」
――震えた。
無意識に持っていたスマホを落としてしまう。
命の次に大事な物を落とすほど体が恐怖を覚えた。
体のすべてがどす黒い靄に包み込まれたような気分だ。
「……」
異変に気付いた。周りの雰囲気が明らかに重い。
嫌悪感が俺を襲う。一歩も動けなくなった。
「なんだ、この空気は……?」
もしかして正門で立ち止まる生徒は――俺と同じような状態に陥っているのか?
間違いない。絶対にそうだ。動かないのではなく……動けないのだ。
「……」
何が生徒を怯えさせるのか?
何がこの重い空気を作り出すのか?
何が俺をこの場にとどまらせているのだろうか?
「……」
その理由を探すために、恐る恐る横に立つ生徒へと視線を向ける。
すると、一人の生徒の顔が見えた。
まるで世界の終わりを見ているかのような恐怖の表情。
視線を上げ、遠くの方に見える屋上へと視線を向けていた。
一人じゃない。全員が同じ方向へと視線を向けていたのだ。
「何を……見ているんだ?」
か細く尋ねると、手前にいた生徒が震える手を上げて指先を屋上へと向ける。
「アレだよ……アレ……なんで……なんで……」
「アレ? 屋上に……何かあるのか?」
彼らの表情。重い空気。あまりいい気分ではない。
校舎。屋上。生徒。視線。青空。恐怖。絶句。重圧。絶望。
この場で足を止める生徒の視線は屋上だ。そこに何かがある。
察していた。心のどこかで何が起きているのか理解した。
心が恐怖に支配される。不安で心臓が落ち潰されそうだ。
見たくない。なのに見なければいけないような気がした。
だから俺はゆっくりと顔を上げた。
そして見てしまう。
「……えっ……?」
光景が目に入る。
屋上だ。屋上に……誰かいる。
俺が通う東雲高校は四階建てだ。
その最上部に生徒がいる。
長い黒髪。スカート。女子生徒である可能性が高い。
屋上は立ち入り禁止のはず。
表向きには危険だからと言う理由だが、本当の理由は飛び降り自殺を防止するためだ。東雲高校で飛び降り自殺をした生徒はいない。だが、かつて別の高校でそういう事件があった。だからこの高校も、屋上へと立ち入りが制限されたのだ。いつもはドアに鍵がかけられている。屋上の鍵の管理は先生がしているので、普通の生徒は入れない。もし入れる生徒がいるとすれば、それは屋上の管理を任された生徒。もしくは職員室から鍵を盗み出した生徒だ。もう一つ考えられるパターンがあるとすれば、屋上の鍵を壊して侵入して入った生徒とかだろう。
だが、どうやって屋上の鍵を開けたかなんて今はどうでもいい。
問題はこの状況だ。
その女子生徒は柵のこちら側にいる。こちら側。つまり危険な方だ。
足を一歩でも前に踏み出せば、簡単に落下できてしまう位置にいる。
彼女がどうしてあんな場所に立っているのか? 多分ここにいる生徒は全員気付いているのだ。だから恐怖している。先の展開が読めるからこそ怯えているのだ。
誰しも予想できるその理由とは――おそらく……飛び降り自殺だ。
彼女は死ぬ気だ。
そしてここままでは、本当に死ぬだろう。
あの子の死が直前にまで迫っている。
この状況に血の気が引いていく。
きっと他の生徒も俺と同じ心境なのだろう。
突然襲い掛かる非日常。足がすくむ。戦慄で声が出ない。
「まさか、自分の通う高校で飛び降りをしようとしている生徒がいるとはな……」
目の前で人が死んだら、人はどんな表情をするのだろうか?
目の前で人が死んだら、人の心にはどんな傷が残るのだろうか?
目の前で人が死んだら、俺の人生はどうなるのだろうか??
映像や映画ではない。今から起こることは紛れもない現実。
「――しみ、――み、さん、なんで……なんで……」
今にも泣きそうな声で、隣にいた女子生徒が屋上のこの名前を口にした。
聞き覚えのあるその名前に、俺は衝撃を受ける。
「……え? ……ちょっと……待って……今、なんて言った……?」
生唾を飲んだ。眉間にしわを寄せて目を凝らす。
屋上に立つ黒髪の女子へと鋭い視線を向けた。
あの女子生徒は……まさか……いや、気のせいだよな。
「……見間違い……」
そう、気のせい。
きっとこれは気のせいだ。
勘違い。別人。見間違い。
必死にそう言い聞かせた。
隣の生徒も勘違いしているのだろう。
アハハハ、変なことを言う生徒だ。
「……だけど……」
どうしても
「あの生徒……見れば見るほど……」
俺の知っている人間に雰囲気がすごく似ている。
ヒラヒラとなびく黒い髪。左のサイドポニー。
だらんっと下ろした腕には多分赤い腕時計が巻かれていた。
それにあの右腕にした腕章は……嘘だよな……。
この学園で腕章を持つ生徒は限られてくる。
――既視感――
あのサイドポニーテール
ずっと好きだった女の子の髪型と同じだ。
あの赤い腕時計
隣の席に座っている生徒の時計と同じだ。
あの腕章
生徒の憧れである学級委員が付けている腕章と同じだ。
悪い予感がした。
「……ぐ、偶然……だよな……」
黒髪サイドポニーの生徒なんて沢山いるだろう――きっと。
赤い腕時計をしている生徒なんて沢山いるだろう――たぶん。
腕章なんてしている生徒なんて沢山いるだろう――おそらく。
絶対に俺の知り合いではないと思いたい。
なのに、見れば見るほど、同じクラスのあの子に見えてしまう。
きっと違う。同じ特徴のある生徒なんて沢山いるはずだ。
「でも……」
もしあの生徒が、俺が想像している生徒だとしたら……?
それはとっても不幸で、悲しいことなのではないだろうか?
「……いや……いや。違う。違う違う違う。そんな訳ないだろ……」
俺は一度顔を下げ、口元を隠した。
「あの子が自殺をする? バカげた妄想だな。そんなはずはない」
だけど……悲劇が思考を支配する。
違うと思えば思うほど、その生徒の顔がしつこく映る。
「……」
再び顔を上げた。あの子のことをもっとよく見たかった。
「――!?」
その瞬間、屋上にいたそのこと目が合った。
数十メートル離れた位置にいるその子が俺を見ている。
多くの生徒がいる中、彼女はどうして俺を見てんだ?
「……嘘、だよな……」
確信する。
あの眼、あの顔立ち、間違いなく……あの子だ。
毎日見ているのだから、見間違えるはずがない。
毎日どころか、何年も前から俺は彼女のことを目で追っていた。
そりゃそうだ。好きな子の顔を忘れる訳がない。
何年片思いを続けていると思ってんだよ。ずっとだよ。ずっと。
隣の席で、面白動画で笑いあって、一緒に七夕祭りに行く予定の子。
学級委員で将来を約束された優等生。クラスの人気者で友達沢山。
両親はお金持ちで、父は社長、母は有名人、約束された未来。
「そんな君が――」
どうして柵の外側にいるんだ?
そんな危険な場所に……なぜ君が立っている?
一瞬で死ねるような位置に……どうして君がいるんだ?
分からなかった。あの子がそこにいる理由が分からない。
だけど運命は、何も分からない俺を待ってはくれない。
こちらを見つめる彼女の表情が、少しだけ微笑んだように見えた。
そして次の瞬間「キャァアア」と、そばにいた女子生徒が悲鳴を上げた。
「……」
悲鳴を上げた理由。
屋上にいた生徒が、一歩、足を踏み出したのだ。
つまり――
飛び降りた。
「……」
動くことができなかった。
俺はアホみたいに口を開けたまま、見ていることしかできなかった。
上から下へ、彼女の体が落ちていく。
早いようで遅い、遅いようで早い。
意味の分からない時間が流れる。
一瞬の出来事? はたまた5秒ほどの出来事?
時間の概念すらも分からなくなっていた。
だけど一つだけ確かなことがある。
全てが終わっている。
瞬き一つ。きっとあの子の命が終わりを告げる。
『助けたい』
頭の中でそう思う。
でも、ヒーローのようには動けない。
俺は弱い人間だ。
アニメやラノベの主人公のように誰かを救うことなんてできない。
魔法も使えないし、異能力も使えないし、霊力も何も無い。
これが現実。咄嗟に体が動くわけがない。
むしろ恐怖で一歩も動けない。 クソダサくて情けない。
そして彼女が地面に衝突する直前、俺は瞳を……閉じだ。
まるで現実から逃げるように、咄嗟に目をそらしたのだ。
愛しい人の存在が消える瞬間なんて見たくない。
チキン野郎だ。現実を逃避することしかできないクソ野郎。
――ゴッ――
聞いたことのないような鈍い音が響いた。
「……」
飛び降りた女子生徒の体がコンクリートにぶつかった音だ。
頭蓋骨か、足先の骨か、何かがぶつかった音……。
即死だと思う。生きれば地獄。死ねば天国。
ベシャ、ブシャ、ドバ、あらゆる音が次々と聞こえた。
目を閉じているからこそ、周囲の音が余計に聞こえてきてしまう。
悲鳴。
泣き叫ぶ声。
血が噴き出す音。
助けを呼ぶ生徒の声。
吐き出す生徒の音。
心の中で心臓が張り裂けた音。
聴覚が研ぎ澄まされてしまう。
怖い。怖くて怖くて仕方がなかった。
両手で耳を塞いでも、聞きたくない音が耳に届く。
「イヤだ……イヤだ……イヤだイヤだイヤだ……もうこんな音は聞きたくない!!」
音に耐え切れなくなった俺は重たい瞼を持ち上げた。
「――」
20メートルほど先のコンクリートの上には……体から血を流す生徒。
ゆっくりと、まるで絵の具を垂らしたパレットのように赤い血がアスファルトを覆っていく。浸透し、流れ、広がっていく。止まらない。血が止まらない。
ドクンッと心臓が強く脈を打つ。
軽い立ち
腰を抜かした俺とは対照的に、即座に動く生徒も何人かいた。
「伏見学級委員!」「理美ちゃん!」「伏見さん!」「理美さん!!」
伏見さんの方へと駆け寄っていく生徒たち。
多分コイツらは俺よりも、彼女と親しい連中なのだろう。
「あぁ、本当なんだ……」
飛び降りた生徒の名前は、信じたくはないが――
「
2年2組の学級委員、才色兼備・伏見理美さんだった。
彼らが言うのだから間違いない。他人の空似ではなさそうだ。
これが現実なのか? これがリアルなのか??
ゲームじゃないよな? アニメじゃないよな?
現実なはずなのに、まるで異世界に迷い込んだような感覚。
夢でも見ているような感じだ。夢? そうか。これは夢か。
夢なら覚めてくれ。
夢なら終わってくれ。
夢なら伏見さんを奪わないでくれ。
「俺から友達を……奪わないでくれ……」
しかしこの夢が覚めることはなかった。
なぜなら現実だからだ。伏見理美は飛び降りた。
周りの生徒が「救急車!」とか「先生を呼べ!!」とか騒ぎ出す。
救急車なんてもう遅い。今更先生を呼んでも手遅れだ。
何もかもが遅い。あの子の魂は誰がどう見てもそこにはない。
「……」
絶望する中、腰が抜けた俺は、這うようにして女子生徒の方へと近づく。
「本当に伏見さんなのか? ……違うよな……なぁ……伏見さん……」
この目で、近くで、ハッキリと確かめたかった。
周りの連中は「伏見さん」と言うが、きっとそれは人違い。
お願いだ。お願いだから人違いであってくれ。
ただの同じ髪型、同じ外見、同じ雰囲気の人であってくれ。
「なんで……なんで君は……」
何度も自分を否定したが――運命は残酷だ。
近づけば近づくほど、その生徒が誰なのか分かっていく。
その子の顔は、目も当てられないほど酷く歪んでいた。
落ちた時、最も重い頭から落下したのだろう。
顔が確認できなくても俺にも分かる。
「……伏見さん」
飛び降りた生徒の手首に巻かれた時計は間違いなく伏見さんの物。
飛び降りた生徒の腕に巻かれている腕章は間違いなく学級委員の物。
そして何よりの証拠。彼女の制服の襟に付けられていた丸いバッジ。
『学・二』と書かれたこのバッジは、彼女が二組学級委員であることの証。
このバッジを付けている生徒は、知る限りこの学校でただ一人だ。
すべての情報がそこにはある。探偵でなくても誰なのか分かった。
「嘘だと言ってくれ……嘘だと言ってくれよ……」
歯を噛み締めた。
拳に力が入る。
唇をかむ。
顔をしかめた。
「……」
なんで……なんでだよ……なんで……?
次第に目から涙がこぼれる。
「なんで!! なんでなんだよ!!」
気づけば俺は叫びを上げていた。
伏見さんの周りには、涙を流す生徒が沢山揃っている。
俺は大勢の輪の中には入らず、少し離れたところで泣いていた。
今まで出したことのないような声で泣いた。
母に捨てられた時も、父に捨てられた時も、俺は泣かなかった。
そんな俺が、今までの人生で一番泣いているかもしれない。
「まだこれからじゃないか!! まだ始まってもいないじゃないか! ようやく数年ごしの願いが叶うってーのに!! なんでだよ!! ずっと憧れの存在で、ずっと好きで、ずっと、ずっと……。 なんで……なんで七夕の日なんだよ……。なんで今日なんだよ。なぁ、なんで……なんでOKしてくれた次の日に……死ぬんだよ……」
頭の中が真っ白になった。
「なんで……なんで……」
その言葉以外の単語が見つからない。
壊れたラジオのように、そのフレーズだけを吐き出した。
「なんで飛び降りたんだよ……なんで……なんで……なんで……」
確かに伏見さんには誰にも言えない悩みがあるような気はしていた。
でもそれはみんな同じでしょ? 悩みのない人間なんていない。
俺にだって悩みはある。友達がいないとか、家族がいないとか、学校がつまらないとか、あげたらキリがない。でも伏見さんと仲良くなってすべてが変わった。
つまらなかった学校も楽しくなった。家族や友達がいなくても悲しくなくなった。
君と言う存在が、孤独だった俺の人生を変えてくれたんじゃないか。
だから俺も君の力になりたかった。そして力になれているような気がした。
いつも心配していた。いつも気にかけていた。いつも見守っていた。
君が暗い顔をしている時は「伏見さん、最近無理してない」と尋ねた。
君のそばには頼れる友達がいることを知って欲しかった。
すると君は毎回、優しい笑みを浮かべながら「大丈夫」と答える。
「……大丈夫って……言ってたじゃないか……」
あの笑みは嘘だったのか? あの笑顔は偽りだったのか?
君の大丈夫は……信用しちゃいけなかったの……。
俺はその大丈夫を真実だと思い、追及はしなかった。
全部。俺のせいだ。君に本心に気付かなかった俺のせい。
あの時、もう少し声をかけていれば、
あの時、もう少し話を聞いていれば、
あの時、
あの時、
あの時。
頭の中は考えても仕方がないことで埋め尽くされた。
俺が悪いんだ。伏見さんの嘘に気付かなかった俺が……。
自分の勘の鈍さを憎む。
俺に嘘を見破る力があれば、彼女は自殺をせずにすんだかもしれない。
「かもしれない」
全部全部全部かもしれないの話。
何かが変わっていたかもしれないし、何も変わらなかったかもしれない。
そもそも彼女が屋上に上がった時点で死へのカウントダウンは始まっていた。
あの時点で、俺にできることは何もなかった。どうすることもできなかった。
すべてが遅かったんだ。
大きなクッションを用意することもできないし、受け止めることもできない。
4階から落ちてくる人間を受け止めたら俺も彼女も二人とも死んでしまう。
運命としか言いようがない。どうあがいても彼女の命は戻らない。
「どうすることも……できなかったんだ……」
突然の自殺。なんの前触れもなく彼女の死が訪れた。
「……前触れ……」
本当に前触れはなかったか? 予兆はなかったか?
「ある……あった……あの言葉だ……」
三カ月前。席替えの日に聞いた彼女の
思い当たる節。
彼女の『大丈夫』と言う言葉に甘えて考えるのをやめていた。
思い返せばヒントはあった。なのに俺は見て見ぬふりをしていた。
彼女の叫びを知っていながら、俺は眼を逸らし続けたんだ。
「やっぱり俺が……悪いんだ……」
伏見さんは俺に助けを求めていた。
助けられる期間は三カ月もあったのに何もしようとしなかった。
あの子の事情に首を突っ込むことはダメなことだと思った。
「どうして俺は……もっと何かをしようとは思わなかったんだ……?」
過去の俺が憎い。
どうして……どうして……どうして……。
「……意気地なし……」
ねぇ、伏見さん。ごめんなさい。
俺さ、弱い人間だからさ。君の辛さや悩みに気付けなかった。
気づけても、知らぬふりをしてしまった。
もっと相談に乗っていれば、違う運命があったのかな?
自分だけバカみたいに舞い上がって、情けないよな……。
「……」
彼女の亡骸へと目を向け、強く、強く、強く、自分の弱さを後悔した。
「本当に……ごめん、なさい」
それしかない。今の俺には、この言葉しか届けられない。
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