零の章・第三話 七夕祭りの約束
♪ピピピピピピッ ピピピピピピッ ポプピピピピピピック♪
7時30分にセットした目覚まし時計のアラームが鳴る。
覇王学園のことを考えていたらあっという間に時間が過ぎてしまった。
いつもは8時にセットして、登校時間ギリギリに学校へと向かうのだが、今日はいつもより30分早い。なぜかって? フフフッ、今日は特別な日だからだ。
言うなれば今日しか訪れないであろうスペシャルなイベントの日なのだ。
「楽しみだな~」
因みに目覚まし時計よりも早く起きたと言ったが、少しだけ語弊がある。
実は俺は、昨晩から一睡もしていないのだ。
寝ようと思えば思うほど眠れず、夜通し天井を見つめていた。
深夜の二時ぐらいにホットミルクを飲んでみたが――眠れなかった。
布団の中でYouTubeを見ていたが――眠るどころか目が覚めた。
最近推しているVTuberが
エロ同人誌をむさぼって自家発電したが――発電後も眠れなかった。
別に不眠症とかではなく、単純に今日が楽しみだったから眠れなかったのだ。
『遠足前の小学生』と同じ感覚だ。妙に興奮して意識がハッキリ。
年齢的に高校二年生だが、脳みそはある意味小学生のまま。
少年の心をいつまでも忘れない。すごく大事なことだと思う。
でだ、今日は祭日でもなければ遠足の日でもない。
ただの7月7日。
七夕。
毎年多くの人が短冊に願いを書いて、それを笹の葉に飾ると願いが叶うとされている行事だ。俺が通う東雲高校は七夕のような季節のイベントが大好きな高校なので、七夕の短冊イベントは毎年やっている。学食の前の廊下には笹が飾られ、律義にテーブルがあり、その上にはペンと短冊が置かれている。毎年結構な人数の生徒が短冊に願いを書いている光景を目にする。俺は見ているだけで書いたことないはけど。
願いを書いたところで、それが叶うとも思えないからな。書いても無駄だ。
それに俺は神頼みとか短冊頼みがあまり好きではないタイプの人間だしな。
まぁ、願い事や短冊にまったく興味がないない訳ではない。毎年俺も七夕の日は食堂へと向かい、在校生が書いたであろう短冊は興味本位で見ている。
書いてあることは『彼女/彼氏が欲しい』とか『お金が欲しい』とかが大半。
いわゆる定番枠だな。
たまにネタ枠で『倒れるだけでフッキンワンダコァアアアア』とか書いてあるヤツも見かける。それはもう願いとかじゃなくて心の叫びだろ。
あとはマジメ枠で『今年こそは○○部の○○君に告白できますように』とか『就職活動に成功して親を安心させられますように』とかがある。まぁ、頑張れ。
で、7月7日と言えば織姫と彦星が一年に一度会える日。うんうん、なんてロマンティックなんだ。すごく切ないね、悲しいね。でも、正直に言おう。俺には――
「関係ない」
本日は世間からすれば七夕かもしれない。
しかァアアアし!
俺にとっては七夕ではない! 七夕ではないが、凄く意味のある日になるだろう!
俺が彦星で
早く早く早く学校へと行きたい。今日と言う日をどれほど待ち望んだことか!
「フフフフフッ! フゥウウウッハハハハッハハッ!! ゲホッゲホッゲホッ」
あぁ~ダメだ。あーダメダメ。昨日の放課後のことを思い出すだけで幸せな気持ちになる。思い出し笑いが止まらない。もう幸せスパイラルで口角が破裂しそうだよ。
有名な宇宙飛行士・ニール A アームストロングの言葉を借りて言うのであれば、俺はこう告げるだろう。
「『リア充にとっては小さな一歩だが、彼女いない歴=歳の童貞にとっては偉大な一歩だ』とな」
そう、昨日の放課後は俺にとっての大きな一歩。
そろそろ話そう。
何を隠そう!!
俺は――!!
同じクラスの学級委員の――!!
七夕祭りに誘うことができたのですぅうううううう!!!
パフパフ!!
「やべぇよなぁ、マジで。ヤバいよヤバいよ」
あの伏見さんだよ。学級委員の伏見さん。
黒髪サイドポニーで眼鏡がとても似合うインテリ美少女。
ずーっと片思いだったワイ。幼稚園、小学校、中学と同じ学校だった。
告白しようと努力はしたけど……結局いつになってもできなかった自分。
そしてついに高校受験という避けては通れない壁が立ちはだかる。
学力下位の俺と学力上位の伏見さん。同じ高校に行けるはずがない。
告白できないまま終わるなんてイヤだ!! 同じ高校に行く!!
猛勉強する準備はできていた。
「だけど――」
伏見さんの志望校は一流の名門校ではなく、俺でも行けるようなゴクゴク平凡な高校だった。どうして伏見さんがあんな高校を選んだのかは未だに不明だ。
だけど、おかげで同じ高校に入ることができた。
合格発表の日は狂気乱舞したが――クラス分けを見て絶望する。
せっかく同じ高校に入れたのに……俺たちは別々のクラスになってしまった。
「同じ高校に入れたのに……」
高校一年は孤独だった。友達を作らず、自ら孤独を選んだ学園生活。
でも二年になってからまた同じクラスになれた。
しかも隣の席!?
しかもしかも声をかけてくれた!!
しかもしかもしかも仲良くなれた!!
こんなボッチで友達の少ないオタクにも、友達沢山リア充ガールは普通に接してくれた。今までの人生の中で、初めて人間として扱われたような気がした。
「感動……本当に感動」
伏見さんが居てくれたおかげで、俺の学園生活が少しだけ明るくなった。
闇の中から俺を救い出してくれた憧れの存在。それが伏見理美さんなのだッ!
だから告白したい。俺の思いをあの子に伝えたい。そして俺は決意する。
決意する! 決意……決意しただけで実行はできなかった。
小心者である俺は、フラれることが怖くて自分の思いを伝えることができなかった。当たり前だ。今のあの子と俺とでは生きる次元が違う。
それが昨日の放課後だ。俺は勇気を振り絞り、大きな一歩を踏み出した。
皆が帰った教室、学級委員である伏見さんだけが作業のため残っていた。
俺は拳に力を入れ、伏見さんが残っている教室へと足を踏み入れた。
ガラガラッ。
「あら、桜咲君、何か忘れ物でもしたの??」
「伏見さん!!」
「はい?」
「もしよければ! 明日の夜、商店街で行われる七夕祭りに一緒に行きませんか!」
「ん??」
彼女は首をかしげる。
言葉の意味が分からなかったのか? それとも突然のことで戸惑っていたのか?
定かではないが、少しだけ彼女は考え込むようなそぶりを見せる。
「商店街のお祭りです。ダメ、ですかね? やっぱり、もう先客がいるとか? まぁ、友達が沢山いる伏見さんのことです。もう行く人は決まってますよね……」
やはり俺みたいな根暗くそゴミ虫ボッチ人間では、女神級の伏見さんとは不釣り合い。ダメか……と一度は諦めたが――彼女は微笑みながら言った。
「いいわよ。楽しそうだし。桜咲君となら行ってみたいかも」
「!?!?!? ……嘘。ですよね?」
「どうして嘘を吐く必要があるの?」
「え、あ、あの……本当に、こんな俺でいいの?」
「ええ」
「あ、分かった。他の人も呼んで皆で行くとか?」
「いいえ、二人っきりで」
二人っきりってどういう意味だっけ?? 二人。二人。理解した。
「マジで」
「ええ、マジよ。楽しみね」
もうね。ヤバいよね。
だって伏見さんはクラスの人気者だよ。実家はお金持ちで、父は会社を経営しているエリート社長だ。母親は世界的にも有名なファッションブランドのデザイナー。
その娘である伏見さんもエリートで学校では学級委員だよ。高校三年生になったら絶対生徒会長とかに選ばれちゃうタイプの陽キャラだ。
対して俺は両親に捨てられたできそこない。学校でも友達ゼロ人説でボッチ行動が大好き一匹狼。間違いなく陰キャラ。ランクで言ったら下の下。
まさかOKがもらえるとは思わないじゃん。
嬉しすぎてこの短時間で思考が三回は死だよ。
アナタは俺を『幸せ殺し』する気ですか??
教室を出た瞬間バジリスクタイム。踊り出したい気分。
え、何?? 『告白してないじゃん、この逃げ腰チキン野郎が!』だって??
まぁ、いいんだよ。告白はまた今度だ。まずは友達以上の関係から始めようと思った。決して逃げた訳ではない。陰キャにとってはこれが大きな一歩なのだ。
そんな感じで、昨日の放課後から今の今まで一睡もできなかった。
友達1000人の伏見さんからしたら、俺なんて友達の一人でしかない。
でも、それでいい。別にあの人に特別扱いされたい訳じゃない。大事なのは切っ掛け。どんな恋愛だって、始まりは友達から。俺は最初のステージはクリアした。
友達→仲良し→付き合う?→いいよ→恋人→ゴール→結婚!!
「あぁ、早く学校に行きたい!!」
早く伏見さんに会いに行きたいよぉ!!
「フフッ、フフフフフ。フゥーハハハハハハハハハッ!!」
♪ピピピピピピ! ポポポポポ! ポピーザぱフォーマー♪
目覚まし時計のアラームを完全に止めなかったのでリマインダーが鳴る。
「こんなことをしている場合ではなかった。早く登校の準備をしないと」
のんびりしてたら30分早く家を出ようとした意味がなくなってしまう。
「――よしっ!」
気合を入れて上体を起こす。さっさと準備を始めようか。
× 玄関 → → → 通学路 ×
制服に着替え、3分弱で登校の準備を終えた。
朝食はウイダーinゼリーなのですぐに飲むことができる。
起きてから5分もしなうちに家を後にする。
完璧だ。完璧なタイムアタック。早着替えの記録更新だな。
寝癖が多少気になるが、ファッションと言うことにしておこう。どうせ誰も俺の寝癖について言及する人間はいないだろうから。
「それにしても、早く放課後にならないから~」
まだ登校すらしていないのに頭の中は夜のことでいっぱいだ。
七夕祭りは毎年行われているらしいが、一緒に行く友達がいないので一度も行ったことがない。なので、どういうお祭りなのか詳しいことは一切分からない。
夏祭りみたいに美味しい食べ物とか出すのかな? 出し物ともある系?
夏祭りと違い、商店街で行われるので出店とかはないのだろうか?
商店街の人たちが半額セールとか特売とかそんな感じなのかな??
まぁ、どんなイベントが行われているにしろ、とにかく楽しみだ。
なんたって憧れの伏見さんと二人っきりなのだからな!!
「ぐへへぐへへへへへ……ヘヘッ……おっ」
視線の先に、こちらを不審な眼で見ている二人の小学生幼女が映る。
彼女たちは俺のキモイ笑みに怯えているように見えた。その子たちと目が合うと、女児は『廊下に投げ捨てられた雑巾』を見るような表情で逃げて行った。
あの蔑みの眼差し。ロリコンなら歓喜だろうが、俺は断じてロリではない。
だから精神的ダメージが大きかった。辛い。悲しい。痛い。
「フヒヒ」
この表情のままでは間違いなくランドセルのブザーを鳴らされるレベル。
どうにかして平常心を取り戻さなければ、警察のお世話になってしまう。
「こんな時はアニメだな」
ひとまずアニメでも観て落ち着こう。できれば心がぴょんぴょんするニヤニヤアニメではなく、神妙な面持ちができるシリアス作品がいいと思う。うん。
早速ポケットからスマホとイヤフォンを取り出し、Cアニメストでアニメの最新話を観ることにした。これは歩きスマホではあるが、ちゃんと前を見て歩くから許してちょ。人が来たら気配を感じて自動で体が避けてくれる――と信じている。
↓ ↓ ↓
学校に近づけば近づくほど
それに比例して顔を上げる回数も増えるのでアニメに集中できない。
「クソッ。画面に集中できない。これじゃアニメじゃなくて音声作品だ」
周辺にいる生徒の数は12人。今後もっと増えるだろう。
ここら辺に住んでいる人間と少し遠いが学力が平均的な人間はだいたい
だから居心地はかなりいい。バカな俺でもバカにされることがないからだ。
全校生徒は人数は1年~3年合わせてだいたい500人くらいだった気がする。
正確な数字は知らないが、全校生徒が体育館に集まったときにそんくらいの人数だった。で、果たしてそんな生徒の中で、何人のリア充がいて、何人の生徒が七夕祭りに行くのだろうか? 正直知らんが、俺は今日から七夕祭りデビューである。
「そう言えばお祭りって何が必要なんだっけ? 金だけでいいんだよな?」
服は別に私服でいいだろう。あと消臭剤とガムと――会話か。
会話の種とか必要かも。会話が途切れたら気まずいからな。
共通の話題とか? 共通の話題か。共通の話題……。共通の話題?
んー、伏見さんの趣味って手芸や茶道で、読んでる本はルビのない漢字だらけの一般文芸だからなぁー……。ラノベやルビ大好きな俺とは正反対&専門外だ。
普段の会話は俺がツイッターやYouTubeで見つけた面白動画の話。伏見さんは笑みを浮かべながら「楽しそうに話す桜咲君って面白いわね」と言ってくれる。
動画が面白いというより、熱弁する俺を面白がっているようにも思える。
どちらにしろ、伏見さんが笑ってくれるなら俺は笑われても構わないのだが――
「しかし」
お祭りは外で行われるので、座って動画を見れる教室とは違う。
わざわざ外に出てまでスマホで動画を見る訳にはいかないしな。
何か歩きながら会話ができる話題的な何かを見つけないといけない。
伏見さんのことだから、やっぱり政治や芸能の話とかかな?
だな、決まり。
ニュースサイトを見ながら話しのネタを収集しよう。目指せリア充ッ!!
会話の種よし、天候よし。天気は快晴。今週はずっと晴れ。降水量ゼロ%。
今日は最高のお祭り日和と言える。ニヤニヤ。ウフウフ。ワクワク。ドキドキ。
楽しみだな~~~。今まで俺は人生はクソゲーでつまらないゴミだと思っていたけど、前言撤回だ。人生は素晴らしく、見上げれば幸せにあふれてるぅ~~~!
羞恥心を忘れ、ウキウキな気分を押さえきれず、駆け足で登校した。
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