零の章・第六話 さあ、君の物語を始めよう

 大切な者を失い、俺は悲しみに暮れていた。

 頭の中が真っ白なのに、時々過るはあの子の死の光景。

 なんで彼女は自殺なんてことをしてしまったのか。

 沢山考えて沢山悩んだけど、何も分からなかった。

 何も分からないが、分かることがいくつかある。


 それが――


「……クソッ……クソッ……なんでだよ……」


 この感情だ。 

 何もない自分に唯一残った感情。


【悲しみ】


 忘れたいのに思い出す。

 何もできなかった自分が悔しい。

 伏見さんの力になれなかった自分が悔しい。

 自殺する前に力に慣れなかった自分が悔しい。


「悔しい……悔しい……」


 階段で足を止める。悲しくて顔を覆った。

 流しても流しても、涙があふれてくる。

 さっきあんなの泣いたのに……なんで涙が止まらないんだよ……。


 どうしてこんなに辛いんだよ。

 

「なんで……なんで……思い出すんだよ……」


「何もできないと思うから、辛いことことばかり思い出すんだろ。何かできることがあれば、きっとお前は過去ではなく、まっすぐと未来だけを見るはずだ」


「……なんで死んじゃうんだよ……伏見さん……」


「死んだことには理由がある。この世界で起きる全ての出来事には必ず意味がある」


「もしかして俺のせいで……? 死んだのかも……俺のことが嫌いで……俺のことを本当は鬱陶しく思っていたのかもしれない……そうだよな。俺みたいなボッチと仲良くしていたら、伏見さんの株まで下がっちゃう。彼女の死は俺のせいだったのか」


「それは違う!!」


「……」


「日々喜ッ! 正気になれ!」


 背後から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 声の主の足音がサササッと俺に近づく。

 そして肩を掴まれ強引に振り向かされる。

 その人物は力強く俺の胸倉を掴んだ。


「冗談でもそれだけは言うな。お前のせいなわけねーだろ! あの子はな、お前といる時間が本当に楽しかったんだ。お前といる時間だけが、あの子がありのままの自分でいられる時間だったんだよ。なのにお前はあの子の株が下がるとか、周りの目が気になるとか、そんなことは全然関係ない。お前の思い込みだ。被害妄想。あの子はお前と一緒にいたかったから一緒にいたんだよ。憐みでも同情でもない。友達だから共に過ごすんだろ。あの子が死んだのはお前のせいなんかじゃない。これだけは断言できる。間違いないからこそ、絶対に『違う』と胸を張って言える。お前は悪くない! だいたい考えてみろ、お前のことが嫌いなら、七夕祭りの誘いを普通に受けるか?」


「……」


「受けねーだろ! 一緒に行きたいからこそ、あの子はOKを出したんだ」


 胸倉を掴んできた人物が、自分のマイナスな思考を全力で否定する。


「日々喜。お前は悪くない。悪いんはこの世界の運命なんだよ」


「世界? 運命?」


「そう。だいたいは世界と政治が悪い。そして運命も共犯だ」


 そう呟くと、相手は俺の胸倉を離してくれた。


「感情的になってすまん。だからそろそろ俯いてないで顔を上げてくれ」


「……」


 暗い気持ち。このまま孤独に帰るつもりだった。

 だけど、廊下で声をかけてきてくれた謎の人物のおかげで、少しだけ、ほんの少しだけ暗い気持ちが晴れたような気がした。それに彼の声。なんだか落ち着く。

 聞き覚えのある男の声だった。

 俺は涙を拭いた。そしてゆっくりと顔を上げた。

 

「やっと顔を見せてくれたな日々喜――って、酷い顔してんな」


「……?」


「なんだその腫れた目は!? 鼻水もすごいし、汚ねーな。まったく、あの日・・・の俺にそっくりだ。俺が決意した日と同じ。泣くことしかできなかった弱い自分。そんな傍観者だった頃の俺と同じ顔をしてやがる」


 笑顔を浮かべるその男。

 目の前に立っていた男の姿。

 やつの顔が、目に写り込む。


「――え?」


 驚いた。驚いて驚いた。

 制服。髪型。容姿。雰囲気。


「え?」


 間違いなく何もかもが――


「俺だ」


 俺が俺と目を合わせている。

 まるで合わせ鏡だった。

 絶望する俺とは対照的に、彼はニッコリと笑う。

 不思議な笑み。明るくて暖かい優しさの笑み。


「どうして俺が二人? え、幻覚? トリック? ホログラム??」


「よく聞け、もう一人の桜咲おうさき日々喜ひびき


「もう一人の俺? じゃあ、お前も桜咲日々喜。え、どういうこと?」

 

 混乱した。ちょっと今日は頭が追い付かない。

 伏見さんの死。もう一人の俺の登場?


 え……?


 ……え?

  

「俺は伏見さんを失ったショックで頭でもおかしくなったのか?」


「そんなんじゃねーよ。お前はどこからどう見ても正常だ」


「いやいやいや、正常な人間はドッペルゲンガーなんて見ない」


「まぁ、なんでもいいや。とりあえずお前は正常だから黙って聞け。本来であれば今年の12月24日が終焉の日だった」


「終焉の日? 何言ってんだお前?」


「12月24日、何千年に一度来ると言われているレベルの大災害が発生する。それにより伏見理美も他の皆も、老若男女問わず人口の大半が命を落とす」


「……ハァ? 俺も死ぬってこと?」


「ああ、例外なく死ぬ」


 何を言うかと思えば、終焉だの死だの、意味が不明だ。

 21世紀にも関わらずノストラダムスの大予言を信じるタイプの人間か?


「……しかし……」


 先ほどまで意気揚々と説明していたもう一人の俺の顔が曇る。


「なんだよ。なんでそんな顔すんだよ?」


「実はな。お前には伝えなきゃいけないことがある」


「……なに?」


「俺とお前が出会ったことにより、世界のメインシナリオが大きく分かってしまった。どうしてこんなことになったか分からないが……これが世界の選択だ。包み隠さずにいうと、俺の選択により、伏見理美という存在の死期が大幅に縮まった」


「……」


「その結果、7月7日である今日が世界の分岐点となってしまったんだ」


「え……? 死期が縮まった? え、本当の話なのか?」


 この男は何を言っているのだろうか?

 数か月後には世界が崩壊するとかいう話。

 本来であれば数か月後に伏見さんが死ぬ? 

 俺は冷静だが、何一つ彼の話が理解できない。


「俺はバッドエンドが嫌いでな。どうせやるならハッピーエンドがいい」


 理解できないが、ハッピーエンドと言う点では同意できる。

 俺もバッドエンドは嫌いだ。明るいエンディングの方が好きだ。


「桜咲日々喜。お前はここで潰れていい存在じゃない。現実から目をそらしてもいいことなんてない。お前は立てる奴だってことを俺は知っている。だから大切な者の死を乗り越え、ハッピーエンドの向こう側へ行こう。明るい未来が必ず待っている」


 彼は決意の籠った眼差しで手を前に突き出した。


「その手は何?」


「君の物語を始めよう。次の主人公は――君だ」


「俺?」


「君だ!」


「……俺……なのか?」


 まるで全身に風が駆け巡ったようだ。

 いや……まるでじゃない。風が全身を包む。 

 俺は目を見開いた。次の主人公は俺なのか。

 だが、彼の手を取って「了解」とはならない。


「ちょっと待って。やっぱり意味が分からない。俺の物語? 次の主人公?? 何言ってんだお前。こんな才能なんてない俺みたいなモブが、主人公になれる訳ないだろ。未来の分岐点とか、明るい未来とか。伏見さんがいないこの世界に明るい未来なんてある訳ないだろ。悪質な冗談と嫌がらせならやめてくれ。俺は満身創痍なんだ」


 くだらない。

 ちょっとワクワクした自分が愚かだ。

 オタクトークをしたい気分じゃないんだよ。

 テーブルトークアールピージーならよそでやってくれ。


「話は終わりか? なら俺は帰る。俺は伏見さんを失ったショックで悲しいんだ。主人公だとかなんだとか、俺には関係のない話だ。俺は主人公にはなれない」


 彼に背を向け、スタスタと歩き出した。


「いいや、関係ある。関係大ありだ。日々喜、俺は本気だ。俺は本気でお前が主人公になれると信じている。そして俺の手を取ってくれると信じている」


 無駄話に付き合う義理はない。

 彼を無視した。黙って歩き続けた。

 ヤツは再び――


 「お前は主人公になれる!」


 などと彼が叫んだ。

 イライラする。

 なんなんだよ。

 なんだアイツ。

 ヤツの声を消し去るように、俺も叫んだ。


「なんなんだよさっきから!! 主人公主人公主人公って!!! 馬鹿の一つ覚えみかよ。今更俺が主人公になったところでなんだってんだ! 好きな女の子一人すらも救えないくそみたいな人間が、主人公になってどうするんだよ!! 救う者も、守る者も、大切な者も、もうこの世界にはねーんだよ!!」


「いいや、まだある。俺も救いたいんだよ。伏見理美をな」


「……え?」


 俺は振り向いた。

 彼の口から出た言葉に耳を疑う。

 コイツ、正気か?

 伏見さんは死んだんだぞ。


「『え?』じゃない。ハッキリと聞こえただろ。言葉通りだ。お前が主人公になって、伏見理美を救え」


 どうやって救う?


         一度死んだ人間は救えない。


 どうやって助ける?

  

         一度死んだ人間は助からない。


 どうやってする蘇る?

 

         一度死んだ人間は蘇らない。


 あらゆる疑問が思考を埋め尽くす。


「無理に決まってんだろ。伏見さんは死んだんだぞ」


「無理じゃない! この世界には不可能もないし、変わらない運命もない!」


 彼は叫んだ。その声に俺の体がビクッとする。


「一人じゃ無理でも、みんなとならできる。世界は、俺らの味方だ」


 何言ったんだコイツ。ガチで頭のネジがぶっ飛んでいる。


「俺とお前ならきっとできる。1+1は2じゃない。100にも1000にもなるんだよ。奇跡を起こそう。そして理美を救おう! あの女・・・が作り出した物語に従う必要なんてない。俺らで変えて行こう! 俺らの運命は俺らが決める!!」


「……」


 根拠のない自信。詳細の分からない発言。

 なのに、なんだか彼の言葉には力があった。

 嘘だろうが何だろうが、本当のように思えた。

 ハッタリではない。あの眼は本気の眼だ。

 本気で伏見理美を救えると信じている。


 ここまで言うからには何か考えがあるんだろう。

 だったら、少しくらいは信じても損はないはず。


「なぁ、聞いてもいいか。もう一人の俺」


「なんだ? なんでも聞いてくれ」


「本当に、一度死んだ伏見さんを、救えるのか?」

 

「ああ、君が誰かを救いたいと心から強く望めばな。奇跡ってーのは神頼みなんかじゃねー。奇跡ってーのは、諦めない心で起こせるんだよ。だから俺の手を取れ」


「……そうか……」


 瞳を閉じた。


 相変わらず何を言っているか分からない。

 奇跡とか、望みとか、なんたらとか。

 言葉の意味を考えたけど分からなかった。

 だから心で感じることにした。


 熱い思いだけは本当だ。


 拳に力を込めた。


 結論を出す。


「伏見さんの笑顔が……また見たい……」

 

 伏見さんを救える方法があるのだとすれば俺はなんだってする。

 伏見さんを助ける方法があるのだとすれば俺はなんだってする。

 伏見さんを生き返らせる方法があるのだとすれば俺はなんだってする。


「なんだってする」


 何日かかろうが、何カ月かかろうが、何年かかろうが関係ない。

 まだコイツの言葉を信じたわけではないが、彼の存在自体が俺にとっちゃ非現実だ。だったらもう、この船に乗るしかない。非現実の世界に飛び込むしかない。


 たとえ失敗しても、諦めなければきっとその先にある光がある。

 俺は漫画のヒーローのように強くないし、ラノベの主人公のように格好よくもない。けど、彼らと同じように、誰かを救いたいと気持ちは存在している。


 だから俺は、もう一人の俺の手を取る。


「分かった。力になる」


「日々喜。理美を救って、行こうぜ、希望に満ち溢れた幸せな世界へ」


「あぁ、一人じゃ無理でも、お前とならできる気がする」



 これは――


 

 謎の死を遂げたクラスメイト・伏見理美を救うための――



 俺の、いいや、俺たち桜咲日々喜の物語である。

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