第三幕
『月日は…流れていった』
『彼はここで笑っていた』
「おはようみんな!!」
少年がこの隠れ家に来てから設けられた彼の部屋。
そこから跳びだしてきた彼は学生服を着ていた。
「ふわ~あ。今日も早いのね。」
それをテーブルの前で迎える三人。
「母さんたちが遅いんだよ。今日は中学の入学式だよ?清々しい朝だよ!?」
「確かにそうですね。この身が妖怪でなければ日光浴したいくらいです。」
「兄さんもそう思う?僕もあと何年かしたら大人だから、今の内に太陽を感じとかないとね!」
息をするかのように、まるで当然のように、ハクシャクはワインをすする。
「すまないな、少年。式に出れなくて。何せ大人の妖怪は、太陽の光に当たると砂になってお陀仏だからな。」
大人の妖怪『は』?
その言葉に妖怪二人は眉を動かした。
「それは昔からよく知ってるよ父さん。…じゃ行ってくるよ、学校に一番乗りしてくる!」
カバンを背負い、少年は部屋を後にした。
その姿を各々見送る三人。
女は彼の姿が見えなくなった二、三秒後に、振っていた手を下ろした。
「とりあえず、純粋な子に育ってくれてるようで、安心だわ。」
「わたくしはいつから彼の兄になったんですかね…。最近になって妙に馴れ馴れしくなった気が。」
「いいではないか、いわば私たちは『家族』、なのだから。」
家族の定義。
それは人間にとっても難しいモノである。
血が繋がっているから家族なのか。
血が繋がっていないから家族ではないのか。
それとも、ともに過ごしてきた時間がそれを決めるのか。
わからないからこそ、難しい。
故に『家族』という言葉に、セバスチャンは瞬時に反応した。
「『家族』、ですか?」
家族、でないのなら
彼らが家族でないのなら?
それは一体、何?
「『家族ごっこ』の間違いでしょう、ハクシャク。…ですが、あの兄さんという呼び方だけは気に入りません。仕える者としては。」
セバスチャンの両の目が、刃物のように鋭くなる。
呼び方に腹を立てたわけではない。
いや、そもそも彼は怒っていない。
その目でハクシャクを捕らえると、ゾンビは次の言葉を口にした。
「…貴方、よく平気で嘘吐けますね。」
微かに、ハクシャクの瞼が動く。
「…何の話だ?」
「太陽の光のくだりよ。」
女は男を指差した。
「普通、妖怪は、大人も子どもも日光に当たったら死ぬわ。…いつまで誤魔化すつもり?」
やはり全うな意見を口にすると、ドールはハクシャクに詰め寄った。
「ばれたらその時はその時だ。所詮はヒマ潰しだ。だが…。」
ハクシャクは少し俯いた。
そして、
笑ってみせた。
小さく小さく
笑った。
「あいつの成長は見ていて飽きないな。」
その言葉に二人は戸惑いながらも頷いた。
ヒマではない。
飽きない。
それはすなわち面白いということだ。
彼らにとってこれは、この『家族ごっこ』は面白いモノなのだ。
…多少の不満はあるだろうが。
だがしばらくして、物思いに耽っている三人は驚くモノを目にした。
目の前に戻ってきたその姿に。
地上へと続く階段の前にいたのは、ひどく落ち込んだ顔をしている、
「ただいまー…。」
少年だった。
「「「は?」」」
呆けた顔をした後に、冷静な対応をしたのは女だった。
「あなた学校は?何かあったの?」
少年の背丈にあわせて屈み、彼の目線に立つ。
女の目は優しかった。
「…さっき偶然、同じ制服を着てた子が何人かいたから話しかけたんだ。」
「うん、それで?」
「自慢しようと思って、『僕は妖怪の子だぞ』って言ったら、からかわれて…叩かれた。」
…純粋すぎる。
ドールがそう思うより先に、彼女の体はハクシャクに払いのけられていた。
「おい…まさかそれだけの理由で戻ってきたのか、貴様…?」
「え、?」
ばさぁ、と
今や普段着となってしまったマントを、男はなびかせる。
彼の眼は笑っていた。
「いいか、少年!所詮世の中弱肉強食、強い者が正義!それは魔界も人間界も同じだ。やられたらやり返せ!私からの、教えだ。」
何百年、何千年妖怪として生きた男の言葉。
それには何かしらの説得力があった。
特に、自分を妖怪だと思っている少年にとっては…。
「そ、っか…僕は妖怪の子なんだもんね。強いん、だもんね。」
「あぁ、わかったらさっさと行け!」
その語気の強さとは逆に、ハクシャクの顔は楽しそうだった。
「うん、行ってきまーす!」
先程より勢いよく、少年は部屋を出た。
「車に気をつけるんだぞー。ははははははははははんが…。」
笑っている最中にとんできたのは女の平手だった。
「ふふ…ヒマ潰し、ていう割には、満更でもないんじゃないの?」
「…はん、貴様の方こそどうなんだ?」
喧嘩、言い争い。
これはそんなモノではない。
これは皮肉、悪態。
悪態をつきあえるのは、彼らが妖怪だから。
故に、二人の間に入った執事はにやついていた。
「はいはい、お二人さん。ごっこ遊びに本気にならないで下さいよ。」
悪態をついても笑えるのは、
彼らが妖怪だから。
TRICK OR TREAT OR…? @akarixyuri
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