最終話 一撃必殺の理

 勝意しょういの頭の、いや身体の中で、全てが繋がってゆく。

 と繋がってゆく音が聞こえるようだ。


 『磐座いわくら流』が目指したもの。


 ――『一撃必殺のコトワリ


 それがなんなのか、今正しく『構え』に『意』を通す勝意しょういには理解できる。

 『絶望』を具現化したような巨大な獣を前にしながら、勝意しょういはうれしくて走り回りたいような衝動に駆られている。


 己の思った通りだったのだ。

 『磐座いわくら流』は未完成なのではないかと思ってきた。


 まさしくその通りだった。


 今、己の鍛え上げた身体の中に流れ込んでくるものを感じて、勝意しょういは確信する。

 があってはじめて、『磐座いわくら流』は完成する。

 を御する為にこそ、あらゆる鍛錬も、あらゆる術理も存在したのだ。


 そのために己は明けても暮れても、一心不乱に己の身体を鍛え続けてきたのだ。


 今こそ完成する。

 己が人生をかけて追いかけ、目指したものに遂に至る。


 爺様に報告したいと思った。

 社長に聞かせたいと思った。 


 いっちょ前に虐められている友達を守りたいと思ったクソガキが見た夢は、今ここで結実する。


 今、勝意しょういが取り込み、練り上げているものをこの世界では『魔力』と呼ぶ。

 物理法則を超越する、あらゆる超常現象の根幹を成すものだ。

 世界中にあふれるそれを御すものがいれば、文字通りその存在が世界最強である。


 本来、生物は生物であるが故に、己の体内で生じた『魔力』しか御することは出来ない。

 故にこそ残酷な『才能』の選別があり、己の体内で『魔力』を生じさせられない人間は『魔法』とは無縁の人生を送るしかない。

 世界に『魔力』があふれていても、それを扱える術理は存在しないからだ。


 その常識を砕くのが『磐座いわくら流』である。


 世界に溢れる『魔力』を取り込み、それを己のものの如く御し、練り上げる勝意しょういの背後にいるリコとライは、信じられないものを目の当たりにしている。


 先に、勝意しょういが『首輪』をおもちゃのように砕いた時にも相当驚いたが、今はその時の比ではない。

 勝意しょういと共にいながらも、巨大な獣――魔獣が現れた時には死を覚悟した二人だが、今はもうそんな恐怖など吹き飛んでしまっている。


「リコ姉ちゃん、これって……」


「うん。ショーイさんは世界に存在する『魔力』を自由に操れるみたい。それは『首輪』なんておもちゃ以下になるよね」


 『魔力』を持ち、『魔法』の才能を持つ二人であるが故に、今目の前の勝意しょういが行っている事ことの凄まじさを理解できる。

 世界に溢れる『魔力』を自由に制御することが可能なのであれば、勝意しょういの一撃は文字通り必殺になる。


 何も膨大な魔力をその一撃に注ぎ込む必要は無い。

 自分には魔力は一切存在せず、己の外に存在する『魔力』を自在に御せるとはどういうことか。


 魔力を持たない相手であれば、ほんの少しの魔力を周りから集めて叩き込めば事足りる。


 では巨大な魔力を有する相手であればどうするか。


 その相手の魔力を奪い、そのまま叩き返してやればいい。


「管理官たちの魔法防壁とか、私達の『首輪』が何の役にも立たなかったはずだよね……それを成立させている『魔力』を根こそぎ奪われたら、どうしようもないもの」


 強靭なはずの魔法防壁が薄硝子のように砕かれ、魔力による『逸失技術ロスト・テクノロジー』である『首輪』が子供のおもちゃのように壊されるのもむべなるかな。


 『磐座いわくら流』は強者を強者足らしめている根幹を根こそぎ奪い、それをその相手に叩きつけるという、えげつない『術理』なのだ。


 殺意を持って勝意しょういの前に立つ『魔力』持つものは、その全てを奪われて一撃で砕かれる。


 無謬無敵。


 一撃必殺。


 その嘘偽り無き体現者。


 それが今の、勝意しょういだ。


 勝意しょういを中心として渦巻く『魔力』に、今まで己以外は全て餌としか思っていなかった巨大な獣が、生まれて初めて『恐怖』を感じている。

 その証拠にすぐ襲い掛かる事をせず、絶対的強者ゆえにただ強大な顎門で噛み砕くだけしかしてこなかった獣が、初めて己に備わった各種スキルを使用している。


 それらは無慈悲にも、全て無駄に終わっているのだが。


 巨大な顎門から吐き出すブレスも、天候そのものを操るかのような『魔法』も、発動する端から、勝意しょういを中心にして渦巻く『魔力』に取り込まれるだけだ。


 『磐座いわくら流』の構えである、前に突き出された左掌底。

 構えの最も前に存在する左掌底――護乃掌まもりのしょうに触れた瞬間、全ての『魔力』を元とした攻撃は本来の『魔力』に還元されて勝意しょういの周りの渦に吸収される。


 そしてその魔力の渦は、引いて構えた右拳骨――砕乃拳くだきのけんに吸収され、練り上げられてゆく。


 殺気。


 殺意。


 相手を、いやを殺すという絶対の意志。

 その意志によって引き起こされるあらゆる行動を、護乃掌まもりのしょうは全て丸裸にする。


 そして己の殺意を乗せて、砕乃拳くだきのけんを叩き込む。


 気を静める?


 殺気を抑える?


 そんな理は、磐座いわくら流には存在しない。


 敵が発する津波のような殺意を御し。

 森羅万象――『魔力』を取り込んだ力を、己の殺意に従って振るう。


 それが磐座いわくら流、『一撃必殺のことわり


 勝意しょういは今己が御している力に内心で叫びを上げている。

 今対峙している、獣の如き叫びだ。


 叩きのめす。

 ぶち殺す。


 いま己が御している力を全て叩き込んで、跡形も残らないくらいズタズタにしてやる。


 叫びを上げているのは己なのか。

 取り込んだ力そのものが獣と化しているのか。


 勝意しょういにはもうわからない。


 解っているのは圧倒的な快感と、脳が痺れそうになる全能感だけだ。


 己は強い。

 己は無敵だ。


 逆らう奴はすべてこの拳で砕いてくれる。


 『磐座いわくら流』を馬鹿にした流派どもも。

 馬鹿にするどころか知りもしない、最強を謳う有象無象どもも。


 何もかもこの技で――


『一撃必殺! 憧れるよなぁ磐座よう』


 ――社長が、飽きるほど言ってた言葉だ。


『勝てなくてもいいんス。悔しいですけど、勝てるまで積み上げるだけなんで』


 ――若い頃に強がった、己の言葉だ。


『おう勝意しょうい! じいちゃんの教えてやった拳骨で、公園の可愛い子は守れたかよ? おう、上等じゃねえか。『武』なんてもんはよ、突き詰めりゃ己の好きなものを護れりゃそれで事足りるんだよ。ああ? その子は別のやつが好きだった? ああ、あるあるそんなこたいくらでもあふれてら。だけど勝意しょうい、おめえが護りたいと思って、護れた事はおめえだけの勲章だ。泣きべそかきながら胸張っとけ!』


 ――これは爺様の……おじいちゃんに初めて『拳骨の使い方』を教わった時の、言葉だ。


 ――目が覚めた。

 

 完全に力に呑まれていた。

 力そのものは御せていても、それを得た自分の『我』をまるで御せていなかった。


 血の気が引いた。

 今我にかえれたのは、直前に助けた少年少女の影響があったからだ。

 ただ一人でいたのであれば、完全に力に呑まれていただろう。 

 

 取り込む『魔力』が強大であればあるほど、その対象が凶悪な魔物モンスターであればあるほど、その取り込んだ力に己も引っ張られる。


 それこそがこの技の最も恐ろしいところだ。

 それを律するためにこそ、『磐座いわくら流』のあらゆる教えがあった筈なのに、それすら己は吹き飛んでいた。

 数十年間鍛錬したにもかかわらずだ。


 まだまだ自分は未熟だと理解した。

 この技を手に入れたからといって、いや手に入れたからこそ、より一層の鍛錬が必要だ。


 とくに精神面の。


 ここがどこであれ、今目の前の脅威を排除したら己を鍛えよう。

 そう決めた。 

 

 今は『魔力』の枯れ果てた『地球』では機能し得ないその術理。

 それは魔物モンスターが跋扈し、人類がほとんど広がっていないこの世界においては無敵の力を発揮する。


 もはや逃げることも叶わぬ巨大な獣は、己の生涯で初めて恐怖の吼叫をひしり上げている。


 ふと訪れた凪のように、勝意しょういの周りに渦巻いていた『魔力』が消失する。

 己を取り戻した勝意しょういが、必要な分の『魔力』を右の拳――砕乃拳くだきのけんに取り込んだのだ。


 残りの魔力は世界に還す。

 要らぬ力を溜め込んでおく必要は無い。

 そんな器も無い。


 その状態からなんの気負いもなく勝意しょういがそれなりの距離がある間合いを一息に踏み込み、その拳を魔獣の巨躯、その右前脚に

 『叩き込む』という激しいものではなく、風に散る桜花がふわりと地につくかのように、勝意しょういの拳がとん、と触れる。


 それでお仕舞い。


 幾重とも知れぬ魔力結界の全ては音もなく砕け散り、悠久の時を生きてきたであろう強大な魔獣の生命をも砕く。


 まるではじめから死んでかのように、魔獣はその巨躯を轟音と共に地面に叩きつけた。

 外傷はまるでなく、内臓も何一つ傷付いてはいない。


 勝意しょういは己と己の護るべき二人の命を奪われぬために、ただを斃しただけだ。


 尋常なる勝負。

 そういっていいだろう。


 ――吹っかけてきたのはお前だから、恨んでくれるなよ。


 後ろから抱き着いてくる二人の子供を相手にしながら、さてどこで修行を始めようかと勝意しょういは考える。

 その前に何とか社長に伝える手段がないものかと考えるが、それはもはや無理だろうとも思う。

 さすがの勝意しょういであっても、此処が己の知る世界であるとは最早思ってはいない。


 ――まずは言葉を覚えて、リコとライに頼るのが一番かな。


 『一撃必殺のコトワリ』は成った。

 だが完成には程遠い。


 己はまだまだ己を磨いていかなければならない。

 なんだかわけのわからないこの地で、とりあえず二人を保護しながら。


 そう思って二人を見ると、大喜びで抱きついてきた二人がまたぞろびっくりした顔をしている。

 また何か余計な事をやったかな? と思う勝意しょういだが、心当たりは無い。


 まさか膨大な『魔力』を御し、吸収した己の身体が、肉体的な全盛期である二十歳前後まで若返っていることを、鏡の無いこの場で勝意しょういが気付く事は不可能だった。


『えーっと、なんでおじさんが兄ちゃんになってるの?』


『私に聞かれたってわかるわけ無いでしょう!』


 なぜ自分が怒られるのかわからないライは肩をすくめるが、なんでリコの顔が真っ赤になっているのかも謎だ。

 だけどこれから面白い日々が待ってるような気が、生まれて初めてするライである。


 それはきっと、横で真っ赤な顔をしているリコも同じだろうと思う。


 まずは兄ちゃんに言葉覚えてもらわないとなーと、先生気取りのライである。




 『一撃のショウイとその弟子達』の伝説はここから始まる。




 だがそれはまた別のお話し。



 Fin

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一撃必殺の理 Sin Guilty @SinGuilty

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