蘭学武装集団VS甲冑武者④

 どちらからともなく響いた勝負の声。先に動いたのもまた、どちらだったか。瞬く間にぎぃん、と刃のぶつかる音が響いた。


「やるなぁ、おい」

「ふん」


 威禍洲血いかずちの首領と甲冑武者。ほとんど同じ高さでつらを突き合わせた両者が、言葉を交わす。だが、ほんの短い言葉だ。次の瞬間には離れ、再び攻勢に移る。


「ハッ、ハッ、キエリャアッ!」


 蘭学光線サーベルと大太刀が、幾度となく刃を鳴らす。だがこれは、容易ならざる光景だった。蘭学光線サーベルは、本来であれば鉄などたやすく両断する。そしてかの大太刀もまた、この世ならざる切れ味である。しかしながら、両者ともに相手を断つことは叶わずにいた。


「フハハハハ! 高性能蘭学計算機と、新鋭蘭学装甲服をナメるなあっ! キサマごときの剣、全て見切って適切な角度を定めてくれるのだぁ!」


 甲冑武者の鋭い太刀筋を受け止めながら、ヘルメット越しに首領が吠える。だが甲冑武者も負けてはいない。


「殺せてはいない」

「ぬかせっ!」


 再び両者が寸毫すんごうの距離にまで至った瞬間、首領は喧嘩技じみた前蹴りを繰り出した。甲冑武者にとって想定の外だったその一撃は、あっけなく武者の身体を突き飛ばした。


「死ねっ!」


 たたらを踏む甲冑武者。その姿を好機と見た首領は、すかさず光線サーベルを突き出した。装甲服の補助によって繰り出された一撃は、あやまつことなく甲冑を貫き、心臓を穿つかに見えた! しかし!


「くっ!」


 甲冑武者の身のこなしもまた超常だった。すんでのところで大具足を翻し、必殺の一撃を無為なるものへと変えた。さらにその回旋で威力を増強させ、大太刀を横薙ぎに繰り出していく。


「ぬぅん!」

「なんの!」


 だがその一撃は空を斬った。一手早く、首領が太った身体を、凄まじい速さでかがめたのだ。げに恐るべきは蘭学装甲服の補助。首領の思考を、より素早く伝達しているのだ。


「ちぃっ!」


 甲冑武者が声を荒げる。しかし首領は、すでに次の手を打っていた。かがんだところから、せり上がるようにサーベルを斬り上げていく。


「ぐぬっ!」


 武者は再び、鎧を翻した。二回、三回と回ってから立ち止まる。両者の攻防に、幾ばくかの間が訪れた。だが息をつく間もなく、両者は再びせめぎ合った。


「えいしゃあ!」

「ハッ!」


 鉄と光線がせめぎ合い、時に両者の顔が照らされる。しかし、両者の表情は誰にも見えぬ。片方は面頬と兜が。片方はヘルメットが。顔貌かおかたちを覆い尽くしていた。


「おおおおおっ、死ね! 死ねい! 旧時代の遺物め!」


 剣戟の中、首領が意気を上げる。サーベルさばきの、勢いが増す。彼は、武士に恨みを持っていた。幼い頃は、農民として虐げられてきた。蘭学大爆発ルネッサンスの後は、侍の復権を目論む武装集団に雑兵として扱われた。武装集団の壊滅を機に金を奪って脱走し、蘭学荒野を行き来する商人から蘭学技術を買い上げてここまでのし上がった。今更、旧時代の象徴めいた甲冑武者に後れを取るわけにはいかなかった。


「死ねっ! 死ねえっ!」


 突く。薙ぐ。払う。断つ。蘭学光線サーベルの動きが、徐々に鬼気迫るものとなっていく。甲冑武者のまとう大具足に、少なからず傷がついていく。しかしこれといった致命傷は奪えず、動きも鈍らない。


「おおおっ!」


 故に、首領は奥の手を切った。サーベルの柄にある、秘密のスイッチを密かに押した。突き出したサーベルを弾かれ、剣先が己へと向いた瞬間。首領はそこに、好機を見出した。それまでなにもなかったはずの柄の先端から、紫色の光線が飛び出した。


「ぐぬっ!」

「ふははっ!」


 甲冑武者の動きが、縫い留められた。新たに生えた剣先が、彼の胴を撃ち抜いていた。首領は、ヘルメットの中でほくそ笑んだ。後はサーベルを引き抜いてしまえば。そう思った時だった。

 抜けぬ。

 彼はおののいた。蘭学光線サーベルが、ただの人の手によって握り込まれている。

 よくよく見れば、甲冑武者の左手が、サーベルの刀身を握り締めていた。手甲てっこうの繊維が焼けているのか、嫌な臭いが漂う。繊維が焦げる音までもが、聴こえてくる。しかし武者は、意に介してなどいなかった。


「おおおっ!」


 ぐいっ。

 首領は、引き込まれる感覚を得た。否、実際に引き込まれていた。甲冑武者が、あえてのだ。

 サーベルから、手を離せば良かった。

 しかし、知覚から判断までに遅れラグがあった。脳の判断が一拍遅れた。蘭学計算機の反応も、わずかに間に合わなかった。その遅れが、首領の運命を決めた。


「ぬんっ!」

「がはっ……!」


 首――装甲服とヘルメットのわずかな隙間――から、大太刀が突き出される。己を賭した甲冑武者の一撃が、首領の命脈を断った瞬間だった。その刃先が、右へと動く。首と胴が、物理的に寸断される。首領の身体は金属音を立てつつ、崩折れていった。


「……負けた」

「首領様が負けた!」

「威禍洲血はおしまいだ!」


 途端、恐慌が砦に訪れた。現実を認識した雑兵どもが、次々と逃走を図る。先刻は逃亡を押し留めようとしていた幹部連中も、似たようなものだった。首領の残した金を取り合い、戦う者までいる始末だった。

 しかし甲冑武者は、その一切全てに興味を示さなかった。武者は己に挑もうとする者がいないことを確認すると、あっさりと砦に背を向けた。そして待ち続けていた馬に跨り、蘭学荒野へと去って行った。


 ***


 時は既に、夜を迎えていた。村の入口にて、五助は孫娘を待ちわびていた。村の衆が声を掛けてきても、彼は頑として家に入ろうとはしなかった。帰って来るであろう佐奈を、いの一番に迎えるためである。

 そんな彼の耳に、馬の足音が聞こえてきた。それは昼前に聞いた、あの音と同じだった。やがて、彼の目にも馬が見えてくる。そこには多少の傷はあるが壮健な甲冑武者が跨っていた。五助は、必死に足を巡らせ、駆け寄った。すると武者の後ろで、孫娘は目を閉じていた。


「疲れたのだろう。眠っている」


 武者が小さく、彼に告げる。五助はうなずき、優しく起こした。孫娘はすぐに目を覚まし、あられもない姿を晒したことに赤面した。しかし甲冑武者が首を横に振ると、彼女は花のような笑顔を見せ、馬を降り、祖父の胸へと飛び込んだ。


「爺ちゃん!」

「佐奈!」


 互いの体温を認め、抱きしめ合う二人。甲冑武者はそんな姿を兜の奥にある眼に納めると、静かにその場を去って行った。

 ひとしきり無事を喜びあった二人が、甲冑武者への礼を思い出した頃。既に二人の眼前には無限の蘭学荒野が広がっていた。



 蘭学武装集団VS甲冑武者・完

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南雲・エンタメ・実験場 南雲麗 @nagumo_rei

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