蘭学武装集団VS甲冑武者③

 甲冑武者と佐奈、二人の行き着く先には、三層からなる大砦が存在した。蘭学工法ではなく古式ゆかしき日ノ本建築。城と言うにはいささか物足りぬものだ。しかし、組織の偉容を誇るには十分だった。

 そして今、その頂上がにわかに揺れた。


「なに? 先遣部隊と連絡が取れぬと?」

「へぇ。蘭学通信を何度も送っておりやすが、梨の礫で」

「現在、偵察兵を送っとりやす」


 ぐぬう。頂上――本人たちは本丸と呼んでいる――の大広間で、威禍洲血いかずちの首領は唸りを上げた。江戸から流れてきた蘭学技術をもって、この地を支配して以来。最大の危険がこの城に迫っていた。


「おそらくは先刻報告のあった甲冑武者の仕業」

「村の連中、雇ったのでは」

「いずれにしても、ここへ襲い来るかと」


 配下どもが、口々に騒ぎ立てる。首領は重ねて、唸りを上げた。わかり切った話を騒ぎ立てるだけの愚鈍に、用はない。そう言えたらば、どれだけ楽か。

 しかし不意に、一つの音が騒ぎを破った。ドカドカと大広間に向かってくる一つの影。つるりと禿げ上がった頭を持つ、人相の悪い大男だった。


「大将」

「おお、入道か」

「その武者、俺が葬ってやる。この蘭学金砕棒でな」


 入道と呼ばれた人相の悪い男は、手にしている棘付きの金属棒を首領に見せつけた。これは一見ただの金砕棒に見えるが、実態は本人の意志で伸縮可能という。まこと恐るべき武具であった。


「いいだろう。褒美はたんまりくれてやる」


 首領がニヤリと笑う。


「ありがたき幸せ」


 入道も応じる。しかし首領に油断はなかった。彼はでっぷり太った身体を自力で起こすと、配下の連中にしっかと告げた。


「俺はいざという時のための武装を準備する。万が一入道が負けたら、お前たちは全力で敵を押し留めろ」

「へえ!」


 ***


 蘭学荒野の日が、徐々に傾いていく。しかし、甲冑武者たちの旅路には終わりが近付いていた。


「見えて来ました」

「あれか」


 哀れな偵察兵を鏖殺おうさつし、彼らはようやく視界に威禍洲血の城塞を収めた。ここで甲冑武者は、佐奈に告げた。


「案内ご苦労」

「え……」

「後はやる」


 佐奈は首を振り、抵抗を示す。だが武者は、優しく彼女を抱き上げ、そして地上に下ろした。面頬越しに、毅然と告げる。


「賊は滅ぼす。そして戻る」

「だめ」


 少女は首を振った。しかし武者は無言だった。いかめしく彼女に背を向け、馬へと跨った。


「ハッ!」


 鐙で蹴って馬を加速させ、一息に走り去る。その影が砦に向けて消えた後。残されたのは、少女の嗚咽のみだった。


 ***


 かくて四半刻後、ついに武者は城塞へとたどり着いた。しかしその入口には、武者よりも巨大な男が、頑として居座っていた。遠巻きに見つめるのは蘭学武装兵や、頭目連中と思しき散切り頭ども。砦のそこかしこから、数多の目が戦域を捉えていた。


「門番か」

「似たようなものだ」


 巨大な男――入道が腰を上げた。兜は着けておらず、裸に直接、蘭学甲冑を身に着けている。しかし大柄な身体を守るには、あまりにも幅が足りなかった。右手には例の金砕棒。今のところは、大男基準で普通のサイズだった。


「……大きいな」

「おうよ」


 武者が声を漏らすと、入道はからからと笑った。馬に乗っているにもかかわらず、武者が見下ろす角度は、そこまで大きくはない。入道の異様な大きさが、如実に現れていた。しかし。


「……」


 甲冑武者は、静かに馬から降りた。蘭学刀をも斬り裂いた、あの大太刀を抜く。まさか。まさか。


「ほう」


 入道が笑う。甲冑武者の、さらに半分程度は背が高い。己の勝利を、確信したかのような笑みだった。


「馬上でも、卑怯じゃあないぞ」

「構わぬ」


 入道の吐いた言葉に、挑発の色は一切ない。それほどまでに、自信に満ち溢れていた。だが武者は、にべもなく跳ね除けた。どちらからともなく、大太刀と金砕棒が正眼に構えられた。


 ごくり。


 誰かが、喉を鳴らす音が聞こえた。些細な音さえも大きく響くほどの、おごそかな静寂が訪れていた。じり。じりり。両者が横移動を繰り返しながら、間合いを、好機を探る。しかし入道は、その巨体にもかかわらず、巧みな足さばきを見せていた。


「……」

「俺を避けて城へ乗り込もうたって、そうはさせんぞ」


 甲冑武者の意図を読み切り、入道はせせら笑った。おお、なんたる見識力か。彼は甲冑越しであろうと、筋肉の微細な動きを読み取れるのだ。かくなる上は、正面からの戦しかない。入道が、見物人どもが。誰もがそう思った時!


「ハアッ!」


 甲冑武者が、高らかに吠えた! 大具足をまとっているにもかかわらず、高い跳躍を見せる! それは入道とほぼ同じ、否、それよりも高い!


「左右がダメなら上か! 死ねえ!」


 しかし機敏にして雑兵どもの意表をついたその動きも、入道にとっては予想の範疇! 金砕棒が縮んで振り上げられ、武者の眼前で大きく膨らむ! 当然、甲冑武者にとっては想定の外!


「なっ――」

ったぁ!」


 ドッガァ!


 一息。それですべてが終わったかに見えた。空中にいた武者は巨大化金砕棒に叩きつけられ、割れた地面に埋もれたかに見えた。だが。ああ、だが。


「ぬううう……」


 信じ難い唸りを最初に聞き取ったのは、誰だったか。雑兵どもは、それぞれに顔を見合わせた。続いて、入道が首をひねった。おかしい。確実に殺したはずなのに、なにか手応えが鈍い。事実、金砕棒を引き上げられずにいた。


「どうした入道!」

「早く死体を見せてくれよ!」


 雑兵どもが騒ぎ立てる。生命の安堵が見えてきたため、気が大きくなっているのだ。入道は金砕棒を小さくし、持ち上げようとする。しかし。


「んんんっ!?」


 気付く。金砕棒に、大太刀が食い込んでいた。見よ。武者は身体の寸前にて大太刀を構え、金砕棒を防御せしめたのだ! 地面に叩きつけられてなお、卓越した膂力で粉砕を押し留めたのである!


「ぬんっ」


 入道の耳は、低い声を確かに捉えた。金砕棒が、膾のごとくスパンと斬られた。いかに縮めていたとはいえ、鋼鉄製の蘭学金砕棒がだ。先の蘭学刀の際といい、なんたる剣技、切れ味か。否、甲冑武者そのものが人たるを越えているやもしれぬ。

 かくて、甲冑武者は入道の前に立った。だが、先の対峙とは全く様相が異なっていた。入道は得物を失い、甲冑武者は得物を維持していた。


「やられたな」

「介錯してやろう。首を出せ」

「ふん。だが、参った……とのたまうほど俺は馬鹿じゃない」


 入道はどっかと座り込む。なんと彼は、腹に一物を抱えていた。蘭学爆弾ダイナマイトの束を、己に巻きつけていた。


「入道殿! なにを!?」

最初ハナからこれくらいやる覚悟がなけりゃ、門番は勤まんねえよ」


 雑兵どもがざわめく。入道は意に介さず、平然と爆弾の導火線に火を点けた。死へのカウントダウンが、始まろうとしていた。しかし――


「ちぇいっ!」


 気合一閃。甲冑武者は、入道の最期の一手すら許さなかった。あらかじめ短く切られていた導火線。その爆弾本体と火花の隙間を、卓越した眼力で見切り、切断せしめたのである。大太刀でありながら、なんたる軽快精妙な剣さばきか。しかも。おお、しかも。


「やるじゃねえか」

「……」


 恐るべき剣技は、導火線とともに入道の腹をも断っていた。臓腑を斬られた入道は、口の端から血を溢している。その生命は、もはや風前の灯であった。


「さらば」

「おうよ」


 腹に爆弾を巻き付けた大男が、前のめりに崩折れた。誰もが一瞬口をつぐんだ。だが直後、砦は騒然となった。


「入道様がやられたぞ!」

「もうダメだ!」

「お前ら逃げるな! 迎え撃て! 殺すぞ!」


 逃げ出そうとする者。押し留めんとする頭目たち。内部で騒乱が起き、一部では頭目が囲まれ、討ち取られたりした。

 しかし。


「うるせぇ……!」


 地獄の底から響くような低い声が、場の空気を穿った。声の主、威禍洲血の首領は。砦の最上層、本丸に立っていた。武者が見えるところまで顔を出し、仁王の如く立っていた。その身体は、見慣れぬ甲冑に包まれていた。否、蘭学装甲服である。厚みと運動補助を兼ね備えた、蘭学の内でも先端に近い方の武具であった。


「そこに直れや、甲冑野郎」


 首領が、見慣れぬ丸っこい兜ヘルメットをかぶる。しかし深い蘭学知識を持った者なら気付くであろう。あれこそが、蘭学計算機コンピューターを内蔵した、戦闘補助頭脳装置であると。無論、その外周は強度の蘭学装甲に護られている。並の腕前、並の太刀では敵うどころか刃が折られる代物だった。


「ハッ!」


 でっぷり太った身体でありながら砦の欄干に登った首領は、そのままふわりと空に飛び出した。二回、三回と回転し、なんと、足音すら立てることなく着陸した! これが、これこそが。蘭学装備の極みだというのか?


「いつの日か江戸に攻め上る時まで、取って置きたかった。だが貴様は殺す。必ず殺す」


 首領が、腰に着けていた蘭学光線サーベルを抜く。禍々しい紫の光が、見守る者どもの眼を焼いた。


「良かろう」


 甲冑武者が大太刀を構えた。あの金砕棒を断ってなお、その刃筋は輝いていた。一体全体、いかなる金属で構成されているのか。


「勝負!」


 どちらからともなく、最終戦を告げる鬨の声が放たれた。

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