episode 7 それは、どこまでも高く青い

 熱線の照射を終えた都市殲滅砲が、青白い光の粒子へと分解していく。


 同時に、空を守り抜いたセレスティアも、崩れた姿を光の霧へと変えつつあった。


 “空……残念だが、私の構成体は、活動状態を維持するのに必要な残存体積を下回っている。これ以上、君と一緒にいることはできない”


 ぼろぼろになった白銀の守護天使は、崩れた部分の形を光の粒子で補いながら、人の姿をとって、少女と向かい合った。


 「そんな……!!だめ……消えちゃだめ!!」


 空の眼からは、大粒の涙があふれ、セレスティアの粒子と一緒に上に向かってこぼれていた。


 「ティア……!!どうして私のために、そんなになるまで……!!」


 空が涙目で叫ぶ。


 “『誰かのために行動できるのが人間だ』と、君は言った”


 セレスティアは壊れかけの無線機のように、ときおり声を途切れさせながら話した。


 “その『誰か』が、私にとっては、君だった。空”


 「ティア……すごく嬉しいよ、でも、私にとってティアは特別なの!!あなたに出逢わなかったら、私はずっと一人だった……!!ティアがいなくなったら、私、また……!!」


 “君が未来に向けて示した強い志は、多くの人間を救った。君はもう、一人ではない”


 セレスティアは視線を横に向けた。


 空がその視線を目で追った。




 その向こうには――射出座席の落下傘パラシュートに揺られる、伸也の姿が見えた。


 伸也は二人に向かって、ニッと笑いながら両手の親指を立てていた。




 熱線の照射を終えた都市殲滅砲が、青白い光の粒子へと分解していく。


 その向こう、全天を覆う惑星球殻もまた、曇天が晴れるように、雲消霧散を始めた。


 その隙間から差す、ひとすじの眩しい光。


 人類が十年越しに拝む、太陽の光であった。


 それは直上からスポットライトのように二人を照らした。光の中、少女は目の上に手をかざし、その先に広がった景色を見た。


 「……これが……」


 それは、どこまでも高く青い――。




 「…………『空』…………!」




 少女は、自分に与えられたその名前が示すものを、今、はっきりと目に焼き付けた。


 “『空』……美しいな。君の心のようだ”


 呟いたセレスティアの体は、光の雫へと変わりつつあった。


 “最後に君に言いたい言葉がある。君が最初に教えてくれた言葉だ”


 セレスティアの両手が、空の両肩を抱いた。




 “『ありがとう』”




 セレスティアは空の唇に優しく口づけをして――無数の光の雫へと、分解した。




 空は必死に、上に向かって落ちてゆく雫をかき集めたが――それらは次から次へと、指の間からこぼれていった。




 空の体がゆっくり地面へと近づいていく。


 空は雫の最後の一握りを胸に押し当てて、嗚咽を押し殺した。


 その最後の一滴もやがて手をすり抜けて、青い空へと、落ちていった。


 それと同時に、少女の足はふわりと地面に降り立った。




 「ティアーーーーっ!!」




 地球を覆う青白い光の雲は、太陽風に吹かれ、彗星の尾のように、宇宙の深淵へと向かってなびいていた。




 落下傘パラシュートの着地点。


 「今度は流石さすがに死ぬと思った……」


 伸也は疲れ果てた表情で、畳んだ落下傘パラシュートをよいしょと肩に担いだ。


 「伸也さぁぁぁぁん!!」


 少女の声と足音が聞こえた。空が駆け寄り、ぶつかるようにして抱きついた。


 「空ちゃん……無事で何よりだ」


 伸也は空の頭を優しく撫でた。


 「伸也さんこそですっ……!私を助けるために……たった一人で……!」


 空は息を切らしながら伸也の胸板に泣き顔をうずめた。


 その姿を一瞥した伸也は、一瞬驚き、気まずそうに視線をそらした。


 「はは……っ、大仕事を果たして出迎えてくれた勝利の女神が半裸の女子高生とは、麗子にバレたらゲンコツくらうな、こりゃ」


 「え………………ふぇっ!?」


 なんということであろうか。空が身に着けていたのは、大破して辛うじて形を保ったボロボロのセーラー服であった。セレスティアが文字通り身を粉にして空を守ったとき、その構成体に溶け込んでいた服の大部分もまた、露と消えてしまったのである。


 「いやああああああああああ!!!」


 少女の叫びと平手打ちの快音が、晴天の下に響き渡った。


 悠久の時を過ごしてきた古都の史跡たちは、陽光に包まれ、再び地上で始まる人間の営みを見守ろうとしていた。


 地下の指揮所に帰還したのは、真っ赤な手形が付いた頬をさする伸也と、彼のフライトジャケットを羽織った茫然自失の空だった。




 それから、半年が過ぎた後。




 空と博士は、復旧した研究所にいた。二人の目の前には、修復された円筒形の収容装置。


 「空ちゃん、いつでもええで」

 「はい!」


 空は、目の前の操作盤から伸びたアームを奥へと倒した。収容装置に満たされた銀色の流体金属に、上から透明な水溶液が一滴、ぽとりと落とされた。水溶液には、空の体内からわずかに回収された、セレスティアの構成体が溶け込んでいる。


 ……何も起こらない。


 「また失敗や……」


 博士が目を手の平で覆う。


 「待ってください!」


 空は装置の中を注意深く観察し続けていた。……流体金属の水面が、かすかに波打った。


 波はやがてうねりとなり、自在に形を成し――等身大の人の姿を作り上げた。


 空の涙腺が、歓喜で緩んだ。


 「ティア!!!」


 人の形をしたそれは、空の聞き慣れた声を発した。


 “これは想定外だ。君たち人類の技術力では、私を再構築するのに百年はかかると計算していたが”


 「この子の執念のおかげや。君の構成体を体内から探し出すためとはいえ、健康な人間から人工透析を頼まれるなんて、これが最初で最後やろうなぁ」


 装置に泣き付く少女の後ろ姿を、博士はしみじみとした表情で見ていた。


 「……ティア」


 空は涙をぬぐい、顔を上げた。


 「……ずっとあなたに聞きたかったことがあるの」


 “……私は君からのあらゆる質問を拒絶しない”


 セレスティアは、変わらぬ紳士的な口調で応じた。


 空は、震える唇を開いて、彼女に尋ねた。




 ……ものすごい剣幕で。




 「どうしてあのとき服を元に戻してくれなかったのよ!!おかげで恥ずかしい目に遭ったじゃない!!!」

 “私の構成体の質量をエネルギーに変換する際、私の全質量をもってしても君を守り切れるか不明だった。従って、やむを得ず君の着衣もエネルギー源にするしかなかった。防衛局の勇敢な攻撃によって都市殲滅砲の威力が減少していなければ、私と一緒に君の着衣も完全に消滅するところだった“


 説明を聞いた空は、自分のあられもない姿が白日の下に晒されるのを、想像した。




 少女は、ひどく顔を赤らめた。




 「ティアの、ばかっ!!!」




 ――完――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

燐光のセレスティア 三笠利也 @toshiya_mikasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ