第8話 騎士、改めて旅へ出る

「ここでいいのか?」


 まだ夜も明ける前から、ディオンはエミリアに言われて大岩を町外れから運んでいた。

 あれから生存者がいないか町をくまなく探したが、残念ながら町の人々は全てギャスパーによって殺されていた。


「ええ。ファリン、後は指示した様に」

「お任せください」


 担ぎ上げていた大岩を町の中心に置く。ディオンが離れたことを確認し、ファリンが風の魔法を放つ。


「――『断ち切る風の刃ブレイド・ゲイル』」


 放たれた刃が岩肌を削る。ごつごつとした大岩はその形が整えられていく。


「こんな所でしょうか?」

「いいと思うわ。まあ、間に合わせだけどね」


 三人の前に円柱状のモニュメントが完成する。この事件で亡くなった人々の慰霊碑だ。


「いや、せっかくならしっかりと形を整えておこう」

「え?」


 言うや否や、ディオンが石柱に向けて跳躍する。そして、ファリンの魔法だけでは整いきれなかった歪な部分をで削っていく。


「ふむ、こんな所だろう」

「……相変わらず無茶苦茶ね」

「……まあ、ディオン様ですし」


 頂上の部分も尖らせて、ただの円柱は六角錘の下に柱が伸びる形に直される。


「これなら日時計の役割も果たせるだろう。復興の助けになるんじゃないのか?」

「一度滅びた町が新たな時を刻み始める……なかなか洒落たことするじゃないの」

「新しい町のシンボルにもなりそうですね」


 ポージの町が滅ぼされてしまったことはエミリアにとっても胸が痛い。これから王国に報告し、復興のための人々を募り、再建計画を進めなければならない。

 とは言え、エミリアが旅に出なければ今回の件は判明しなかったのだ。各地に異常がないか、彼女が世界を巡る理由がまたできたとも言える。


「すいません、お任せしてしまって」


 一行から離れていたアンリが合流する。


「いいのよアンリ。あなただって一人で気持ちの整理をしたかったんじゃない?」

「はい……しかし、また凄い物ができましたね」


 見事な石柱が立っているのを見て彼女も驚きを見せる。だが、微笑んだその表情は出会った時と比べて幾分か柔らかいものになっていた。

 本人に自覚はないかもしれないが、長い間一族を苦しめていた国賊の汚名から解放されたことで憑き物が落ちたのだろう。


「あのう……これは、憑りつかれた時に見た物なんですが」


 そんなアンリを気遣うように、ファリンは言う。


「二百年前、部下や一族を手にかけた時、アンリさんのご先祖は心の中で必死に止めようとしていたみたいです。息子さんが生き延びたのは、魂が消される直前まで必死に抵抗して……その」


 二百年前にギャスパーが報告したことをファリンが伝える。その当時は前の魔王、すなわちディオンの父が手口を称賛していたという。

 だが、ディオンはあまりそのやり方が好きではない。停戦になってからギャスパーは自分の評価を高める方法を探っていた。それが今回のことに繋がったのではないかとディオンは考えていた。


「ファリン殿……ありがとうございます。その言葉、一族の者たちに伝えようと思います」

「あとで手紙を書いて、王宮に事の次第を報告しておくわ。あなたの一族は決して国賊なんかじゃないって証明されたんだし」

「ありがとうございます……このアンリ、感謝の言葉もありません」

「それで、どうするつもりだアンリ。お前は一族の汚名を晴らすのが旅の目的だったのだろう?」


 ディオンの言葉にアンリが表情を曇らせる。


「……そのことを考えていました。大きな目的を果たしたことで、これから旅を続けられるのだろうかと」


 元々ディオンとともに魔王を討伐し、汚名以上の武功を立てようとしていたのが彼女の目的だ。その目的が果たされてしまった以上、アンリの旅の理由はなくなってしまう。


「え、えーっと。無理をしなくてもいいんですよ」


 魔滅剣デモンスレイヤーを持つアンリは魔族相手には絶大な戦力となる。だが、ディオンとファリンも常に命の危険が身近にあるので心安らかではいられない。


「……確かに、皆様のお陰で一族の汚名を晴らすことができました」


 アンリが剣を抜く。ギャスパーを屠ったその刃を明けつつある空に向けてかざす。


「ですが、人々は今も魔王の恐怖に怯えいます。それに、この旅を通じて一握りの存在に搾取され、苦められている人々もいることを知りました。騎士として、そんな人々を守ることこそ、私の次なる使命だと見出しました」

「ええっと……つまり」

「はい。これからも、旅に同行させていただきます」

「そう。なら止める理由はないわ。騎士アンリ、王家の名の下に命じます。人々を……いえ、世界を救う騎士となりなさい。誇り高き祖先がそうあろうとしたように」

「このアンリ=アルテミス。命を賭してその使命を果たすと誓います。我が一族の名と名誉に懸けて」


 その名を名乗るのに、もはや何もはばかる必要はない。アンリは誇らしく、アルテミスの名を口にした。

 どうやら意志は固いようだ。こうなってしまえば無下に「帰れ」とも言えない。最大の天敵を所有する女騎士はこれからも同行することに決まった。


「まあ、何はともあれ一件落着だな」

「勇者ディオン殿、これからも私は貴方の剣として悪と戦い抜きましょう。さあ皆さん、参りましょう!」

「ええ、新たな世直しへの旅立ちよ!」


 道の彼方から太陽が昇る。また一つ、世界が平和になったことを実感し、ディオン一行はまた歩き出すのだった。







「――って、何をいい話でまとめようとしているんですか、ディオン様?」


 歩き出そうとしたディオンの服を、後ろから引っ張ってファリンが止めた。


「昨夜の戦いの一件、忘れたとは言わせませんよ?」


 体を乗っ取られていたとはいえ、魔法の直撃を受けているのだ。ギャスパー討伐をアンリに譲ったために彼女の怒りはやり場を失ったままだ。


「……ちっ、覚えていたか」

「当たり前です!」

「無事だったから良いではないか」

「そういう問題じゃありません!」


 ファリンが杖を振り上げる。先端に展開した魔法陣からいくつもの炎弾が飛び出る。


「大義のための小さな犠牲だぞ」

「それじゃあ、これも小さな犠牲の内にしておいてください!」


 ディオン目掛けて炎弾が放たれる。だが、あっさりと回避された。


「逃げないでください!」

「いや、逃げるに決まっているだろうが。さすがに食らえば痛い」

「私は痛かったんです!」

「落ち着けファリン」

「この鬼! 悪魔! 魔王!」

「勇者だぞ」

「うがー! ああ言えばこう言う!」


 降り注ぐ炎弾から逃げだすディオン。ファリンも杖を振り回して追いかける。そんな二人のやり取りを見ながら、エミリアとアンリは苦笑するのだった。


episode4 国賊と呼ばれた家 完

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限界突破の勇者さま~勇者な魔王の世直し道中記~ 結葉 天樹 @fujimiyaitsuki

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