第7話 騎士、二百年前の真相を知る
「あ、あぶねえ。なんて奴だ……仲間ごとぶっ飛ばすなんて」
間一髪。ディオンの魔法が直撃する前にギャスパーはファリンの体から抜け出ていた。
「パーティで一番やべえのはあの男だったか。煙で見えない内に今度は奴を……」
「どこへ行くんですかー?」
「んなっ!?」
肉体がないにも関わらず、心臓を鷲掴みにされたようなぞっとする感覚に、ギャスパーが動きを止める。その瞬間、床から伸びた光がギャスパーの体に絡みつく。
「――『
「ぐえぇっ!?」
まるでそこに本体があるかのように、光がギャスパーを縛り上げて拘束する。驚いたギャスパーが見たものは、煙の中でゆっくりと立ち上がるファリンの姿だった。
「けほっ、けほっ……あー、死ぬかと思いました」
「てめえ、何で生きて――うおっ!?」
「やっぱり加減してましたか……さすがに痛かったですけど、まあこの姿なら耐えられなくはないですからね」
尖った耳。白い肌。その眼は深紅に染まり、魔族の象徴たる黒い翼が背には展開する。ファリンの魔族本来の姿だった。
この姿であれば魔法は制限なく使える。耐久力も本来のものを引き出せ、魔法に対する抵抗力も人間体より高い。
「て、てめえ魔ぞ――」
「はい、それ以上言わせませんよー」
「むぐっ!?」
にっこりと笑い、ファリンが光を操ってギャスパーの口を封じる。その目は明らかに笑っていない。
「よくも人の体を好き勝手使ってくれましたねー」
「むぐう、ぐぐぐ!」
「あ、そろそろ煙が晴れそうですね。というわけで――」
ファリンが変化の魔法を使い、先ほどまでと同じ人間の姿に戻る。
「ファリン、大丈夫!?」
「ファリン殿!」
「けほけほ……大丈夫です。ディオン様が手加減してくれましたので」
「当然だ。この程度で死ぬようでは私の従者は務まらん」
「あんたら、いったいどんな日常送ってんのよ!?」
そもそも、伊達に長年ディオンの従者を務めていない。いざこざに巻き込まれることは日常だ。数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女にとって、この程度のことなど命の危機ですらない。
「あ、そうだ。とりあえず魔族、捕まえましたけど、どうしますアンリさん?」
「わ、私ですか?」
「はい、だってこの魔族。
「……は?」
予想外の言葉にアンリが絶句する。そして、ギャスパーも動揺し始める。
「さっき憑りつかれた影響だと思うんですが、この魔族の記憶を見まして。その中にその剣を持つ子供を殺そうとしていた光景があったんですよ」
「んんっ!?」
もちろん嘘だ。記憶の共有はギャスパーの能力にはない。ファリンの体を乗っ取った時に魔法を一つ一つ試すように使っていたのがその証だ。
「それって、アンリが話していたご先祖様のことじゃない?」
「かもしれません……この剣は一族が皆殺しになる中、わが祖先を守り抜いた、一族の守りの象徴。ファリン殿の言う光景がその時のことである可能性はあり得ます」
「んーっ! んんーっ!」
「うるさいですよ?」
ファリンが笑顔の奥から放たれる猛烈な殺気でギャスパーを黙らせる。そして、ディオンも続いて話し始める。
「こいつは人の体を乗っ取って同士討ちを起こさせるのがやり口のようだ。特に誇り高く、人々に慕われる存在を乗っ取ることで敵に最大の損害を起こすことができるだろうな」
ちなみに、全てが嘘というわけではない。ディオンが言っているのはギャスパーの手口そのものだ。
「大戦の時に一部隊を任されるほどだ。アンリの先祖はさぞ王家の信頼も厚く、人々にも慕われていたのだろうな。それが同士討ちで壊滅したとなればその影響は波及する。いや、見事だと思うよこのやり方は。強者と正面からのぶつかり合いを好む私にはできん」
事実、アンリの先祖の反逆によって人間たちは撤退することになり、アンリの一族は一人を残して全滅。大陸の解放はかなりの遅れを余儀なくされた。
そして、その子孫も汚名を着せられて長い苦難を味わうこととなった。アンリたちにとってその人物は名前を呼ぶのも忌まわしい存在だ。
だが、それがもしも本人の意思によるものでなかったとすれば。
もし、魔族によって操られていたのだとすれば――。
「ふ……ふふふ。貴様だったのか、全部……何もかも!」
剣を握る手に力が入る。不謹慎かもしれないが、思わず笑みがこぼれそうになる。
当然だ。長年憎んでいた存在が無実であり、その元凶が目の前にいるのだ。
自分に流れているのは呪わしい血ではない。高潔な騎士の血であったのだ。これを喜ばずして何を喜ぶというのか。
「んぐぐ、んんーっ!?」
「ギャスパー、『なぜ、そのことを?』と言った狼狽ぶりだな……なに、答えは簡単だ」
ディオンはギャスパーにのみ聞こえるよう、小さい声で言いながら嘲笑う。
「そう報告したのはお前自身だろう?」
「んぐっ!?」
その冷たい笑みと隠しきれない怒りをはらんだ声は、ギャスパーの記憶を呼び起こす。気にも留めていなかったが、宿帳に書かれた名前、圧倒的な魔力、常識の中を力づくで押し通る強引さ。それでいて人々を引き付ける人柄。
かつての大戦中、圧倒的な力で敵を屠り、今は先代の地位を継ぎ、魔族を統べる立場として君臨する主君。
(ま、まさか――!?)
「
その一人称は彼の怒りが頂点に達した時に使う言葉。ギャスパーは己の主とは知らずに牙を向けていたことを死の間際に後悔する。
「貴様の勝手な振る舞いは万死に値する。二度と蘇らぬように消滅するがいい」
ディオンがギャスパーの体の一部をとらえる。
気体の体を、しかも素手で。
(つ、冷てえ!?)
ディオンの手から強烈な冷気をギャスパーは感じる。
「その身が気体であるなら、冷やせば凍るだろ?」
いかに気体状の体を持つとはいえ、その特性故に周囲の大気の影響をもろに受けてしまうのがこの魔族の弱点だった。
故にディオンは告げる。気体すら瞬時に氷漬けにさせるほどの冷気を、魔力を全開にして放つ。
「――『
瞬時に凝固点まで下げられた温度によってギャスパーのその身が一気に氷結する。そして、固体になってしまえば物理的な攻撃も可能となる。
「今よ、やりなさいアンリ!」
「はい、エミリア殿! 感謝致します、ディオン殿!」
魔滅剣を振りかぶり、アンリが氷の塊となったギャスパー目掛けて刃を振り下ろす。
「父よ、母よ、先祖よ! 一族の悲願、今ここに!」
「ギャアアアアーーっ!」
まるで溶けかけのバターにナイフを入れるように、氷と化したギャスパーの体に易々と刃が入る。そして、魔力で作られた氷を魔滅剣が消滅させるのと同時に氷の一部となっていた体もまた崩壊を始める。
「こ、こいつはあの時、ガキが持っていた剣! まさか、そんな!?」
「滅びよ、魔族!」
「デ、
断末魔の悲鳴の中、両断した氷が蒸気を上げていく。
そして、その身は氷と共に跡形もなく消滅するのだった。
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