第6話 騎士、仲間を盾にとられる
「あんたがこの町に入り込んだ魔族ね!」
姿を現したギャスパーを見るや否や、エミリアが拳銃を抜き放ち。銃弾を撃ち込む。
「フハハハハ、馬鹿だな! この俺に物理的な攻撃は通じねえよ!」
だが、銃弾は魔族の体を通り抜ける。定まった形を持たない気体状の姿は挑発するように形を変えながら宙を飛び回った。
「人間は不便だよなあ。脆弱な肉体、限界のある身体能力、劣った魔力。そして――」
再びギャスパーは転がっている人々の死体にその身を分けて入り込む。次々に亡者が起き上がり、四肢を動かしてディオンたちに向かって歩んでくる。
「『死者への尊厳』とか言う妙な道徳心! 馬鹿言ってんじゃねえ。死んだらそれまでだろうが!」
全てが一つの意思の下に動かされる中、個々の死体は独立して襲い掛かって来る。
ガス状生命体であるギャスパーには手足という概念はない。それ故に人間が手足を別々に動かせるように、死体も別々に動かすことが可能なのだ。
「お前らは死体になってるとはいえ、『操られている』『可哀そうな人々』に対して容赦なく攻撃することができないからなあ!」
「くっ……外道な!」
「コロシテクレ……私タチヲ……タスケテクレ……なあんちゃってな、ぎゃはははは――」
「――よし、わかった」
「は?」
ディオンが指を鳴らす。
「だああああっ!?」
ギャスパーが憑りついている人々の死体が爆発に包まれ、宿の壁を突き破って外へと吹き飛ばされていく。
「なっ、いや、ちょっと待てお前!?」
「ファリン、燃やせ」
「了解です!」
ファリンが杖を掲げる。
「――『
宿を囲む死体の群衆の中心にその魔力を撃ち込む。瞬時に点火したそれは、腐敗しつつあった死体を伝って一気に燃え広がる。
「ぎゃああああ!」
「おおー、さすが死体。よく燃えますねえ」
「ふっ、炎を見下ろすのはいつ見てもいいものだ」
「あのー、勇者がしちゃいけない表情になってますよ?」
「おっと、いかんいかん」
いつの間にか悦に浸る表情を作っていたようだ。ディオンは慌てて表情を真顔に戻す。
「ちょっと待てお前ら、なんで平然と焼き尽くせる!?」
死体から抜け出したガスが再び集まり、ギャスパーが姿を宙に表す。
「殺せと言うのだろう? ならそうしてやらねば死者も浮かばれまい」
「いや、死者への尊厳は……」
「む、エミリア。悪いことをした。この国では火葬より土葬の方が主流だったか?」
「そうじゃねえよ! というか、特にそっちの小娘、てめえはプリーストだろう! 良いのか!?」
「え? だってそんなもので死者の仲間入りしたくないですから」
「お前、本当にプリーストか!?」
相変わらずの物言いに、エミリアもアンリも今更とは言え、苦笑いを浮かべる。
「……で、どうする気。もう死体はないわ。あんたはこれ以上戦えるの?」
「舐めんなよ人間……別に憑りつけるのは死体だけじゃねえんだからなあ!」
ギャスパーが動き出す。その向かう先は――。
「ほえ?」
ファリンだった。
「わ、わわわわ!?」
「ファリン!」
「ファリン殿!」
ファリンを取り囲むようにガスがまとわりつく。魔法を発動して吹き飛ばそうとするが、その前にガスが一部を液体に代えて手足の動きを封じる。
「がはははは、すげえ魔法使えるお嬢ちゃん。その体貰ったぜ!」
「な、やめ――!」
動けないファリンの口の中にギャスパーが入っていく。そして、紫色の気体が全てその中へ消える。
「……ククク。ハハハハハハ!」
そして、彼女が発することのない喜悦に染まった笑みを浮かべながらその顔を上げる。
「なかなかいい体だ。見た目は子供だが社会的な信用のあるプリースト、さらに魔法が得意と来てる」
「この、ファリンを返しなさい!」
「おおーっと、いいのか? 俺を攻撃するってことはこの嬢ちゃんの体を傷つけるってことだ」
「くっ……」
エミリアが歯ぎしりしながら構えかけた銃を下ろす。
「だが、こっちは何の遠慮もいらねえ!」
嘲笑いながら、ギャスパーはファリンの体で魔法を発動させる。まずは得た力の腕試しだ。
「――『
ファリンが放った魔力が空中で集結し、周囲に火の玉が次々と展開していく。
この魔法は術者の魔力があるほどに生み出される弾は増加するため、術者の力量を見せつけることもできる。
「ちょっ、十三個って世界でも指折りのレベルよ!?」
「ははは! この嬢ちゃん、実力を隠していたみたいだな! そら!」
「エミリア殿、危ない!」
エミリアを庇うように割込み、飛来する炎弾を剣で叩き落す。
だがいかにアンリと言えど全てをはじき返すことができない。エミリアは守り切ることはできたが、そのいくつかはアンリの身を打つ。
「ハハハ、上手く守りきったじゃねえか。それじゃあこっちは――」
杖で足元を突く。蒼い魔法陣が展開され、その手で床を叩いて発動を告げる。
「――『
魔法陣から水柱が立ち上る。その水流にファリンは飛び乗りるとその水流の方向を操り、龍のごとく縦横無尽に天を駆けて壁や天井を破壊していく。
「冗談でしょ!?」
「ほらほら逃げろ。飲み込まれちまうぜ! ハーハッハッハ!」
そしてその矛先がエミリアたちに向く。アンリは先の魔法で体を焼かれ、まだそのダメージで満足に動けない。
「くっ……エミリア殿!」
水の奔流がエミリアをとらえ――。
「いい加減にしろ貴様」
「何っ!?」
その前に魔力の壁が展開する。水が衝突するがその壁はびくともせず、逆に水流の方がバラバラに散っていく。
「ちっ、この威力を止めただと!」
水流を消され、ギャスパーは再び床に降り立つ。そして、自分を睨むディオンの目を見て言いようのない寒気が走った。
「な、なんだこいつは……」
「調子に乗りすぎだ、ギャスパー」
「う、うるさい! ちょっと腕が立つからと言っていい気に……」
しかし、ギャスパーは自分の身に起こった異変に気付く。
「な、何だ。体がまともに動かん!?」
ディオンに睨みつけられてから、ファリンの体の動きが鈍い。魔法を唱えようにも声は震え、手足は強張って満足に魔法を行使できる体勢になれない。
「それは当然だ。今がどんな状態か、こいつが一番わかっているからな」
彼のそば仕えになってからと言うもの、ディオンの粛清の容赦のなさをファリンは間近で見続けていた。普段はそれを傍観する立場であったが今回は自分がその渦中にいる。
「体が理解しているのさ。今の状況の恐ろしさを」
ディオンが掌に魔力を集中させる。先に放った爆裂魔法とは比べ物にならない威力であることはその場にいる者全員が分かった。
「ちょっと、あんたまさか!?」
「いけません、やめてください!」
「やややや、やめろろろろ。ここここいつはお前らのななな仲間じゃ!?」
「長い付き合いだ。きっとわかってくれる」
もはやまともに喋れないほどに震え上がり、足がすくんで逃げることすらできない。このままではファリンもろとも魔法の直撃を受けてしまう。
「せめてもの慈悲だ。痛みは少なくしてやる」
「う、うわぁーっ!」
ディオンが光球を躊躇いなく投げつける。動けないままのファリンの姿は、爆炎の中に消えた。
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