6.愛すること


 色々あったけど、やっぱり人間はめんどうくさい。


「ヒロ、ヒロ、これなに? なに、ねえ? よっつだよ、よっつ」


 どことなく、イズミの面影がある女の子が差しだしてきたのは、懐かしい四つ葉のクローバーだった。といっても、ラジオナに生えて来る牧草は、こればっかりだったりする。


「クローバーでいいのかな。うん、多分」


「ふーん、くろーばー……」


 こんなのがなんで珍しいんだろう。いや、そりゃあまだ生まれて4年だから、見るものが全部珍しいのは分かるけど。僕はそうでも無いからな。


 あれから大分経つ。自然の雨と穏やかな気候に支えられ。キカイに覆われた土地は、見事に柔らかい草や灌木の目立つ草原に変わり始めた。

 こうやって、ど素人の僕が、麦を作ったり、山羊を放したりできる程度には、無難な土地になっている。

 今日も平和。トーチカの跡や、うずくまったハントレスが、草生した巨体に子供たちをまとわせ、あくびでもしたそうに、そよ風に吹かれている。


「なんか、思い出しちゃうなあ」


 柵にもたれて頬杖を突く。10年ひと昔、なんて言葉があるけど。


「なにを? ヒロ」


 見上げてたずねる黒髪をそっとなでる。本当、この子は何も知らない。生まれたときから、穏やかなラジオナで、すくすく育っている。どれほどの犠牲があったかも知らないで。


 なんて、自分の娘だし、それくらいの違いは平気だけどね。


「お父さんに、昔あったことだよ。マナ」


「ふーん……あのこわいのの、ことなの?」


 僕の娘が指さした先には、しゃがみこんで草木に埋もれた鎧の巨体。

 結局あれから動かしてないカグヅチだ。マナの言う通り顔は怖いけど。ふわふわと眠ってる、インターフェイスを思い出させる。


「まあ、ちょっと関係あるかな。また話すよ、母さんが君を生む前、色々あった」


「へー」


 分かってないんだろうなあ。僕の感慨とか。ま、そういうもんだけど。


「にーちゃーん! マナー! お昼ご飯、できてるよー!」


「おかあさん、すぐいくから! ……またにーちゃんってよんだね」


「にーちゃんだったからね。君も僕をヒロって呼ぶだろ。そういうことがあるんだよ」


「そっか。ヒロ、ヒロだもんね」


 うんうんとうなずくマナ。名前の由来はいつ明かそうか。

 面影があるって言われたら、嫌がるかな。一応、イズミと話して、村のみんなとも話して決めた名前なんだけど。

 考えるのが面倒くさくなって、僕はマナを背中に背負った。


「ヒロ、おんぶなんていらない。わたし、はしれる!」


「いっつもせがむじゃないか。サービスだよ。重くなったなあ」


「きい! このヒロ!」


 ぽかぽか叩いてくるのに耐えながら、マナの成長を背中に感じる。


「ヒロ、無理しちゃだめだよ!」


 スープを煮てた木じゃくしを持って、イズミが叫んでる。本当に昔のマナに似て来た。

 

 というか僕はまだ27歳と7か月。心配される様な年じゃない。


 いや、結構足腰に来てるけど。

 息も切れて来てるけど。


 無理して走っていると、そよ風に乗って、笑い声が聞こえた気がした。

 僕は立ち止まり、マナを下ろして振り向いた。


「ヒロ、なんかきこえた」


「……気のせいだよ」


 カグヅチが、笑ったのかも知れない。

 あれだけひねくれていた僕が、人を愛する様を見て。


 誰もかれも、本当にめんどうくさいな。

 べつに、いいんだけどね。


 マナと手をつなぎ、イズミの待つ小屋を目指す。


 いつか、3人で食事をしたときみたいに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終機神カグヅチ 片山順一 @moni111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ