5.深淵にて
光はあっという間に途絶えた。穴はどこまで続いているのか。
1分と経たぬうちに、全周囲を囲う視界は、暗闇一色に閉ざされて。
突き進むカグヅチの翼だけが、眼に入る全てになった。
明々と燃える翼の光さえ、闇に消えるほどに。広く、深い空洞なのだろう。
10分くらいは、降り続けただろうか。
シラサギには敵わないかも知れないが。カグヅチのスピードだって、侮れはしないはずだ。地表から、500キロくらいは来たか。
このまま真っ暗な闇の中に閉ざされるのだろうか。そう思い始めたときだ。
急に明かりが近づいて来た。電気の光だろうか、それとも、空気に反応する金属粒子でも使っているのか。
近づくと、明かりの様相が分かって来た。
コンピューターの様な、巨大な柱を囲むようにして。ガラス張りの工場みたいなものが、穴の壁面に沿って並んでいる。
恐らく、全部キカイできているんであろう、アームや溶接機などが、淡々と部品を作っている。腕や脚、胴体、顔面、火吹きやリクガメのパーツだろう。
『ようこそ、母の懐へ』
柱から声が聞こえた。
これが、キカイの母の本体だろうか。
『液体金属から、直接機体を作ることもできるのですが。工場設備を製作した方が、生産効率が上がります。地殻を侵食した液体金属のルートを使い、各地のベースのパーツを供給すれば、あなた方の嫌う仔たちの完成ですよ』
となると、ここが戦いの根源。ラジオナに来たキカイの母そのもの。
僕はカグヅチを浮遊状態にした。一旦、咆炎を収めると、柱を見つめる。
『……意外ですね。ここを焼き尽くせば、争いは終わりますよ。各地のベースは残ったとしても、ラジオナは、再び人間の元に戻ります』
まるで僕がそうしないのが分かっているみたいに、余裕こいた言い方。
気に入らないってわけでもないけど。
『僕とカグヅチを、ここに呼んだ理由があるんだろう』
『ええ。あなたは、どうやら私の求める者だったようですから』
求めるもの、機神をこいつが作って、異界人とセットでラジオナ人に渡してたことは分かってる。こちらについてからのマナだって、どうやらこいつの思惑通りに戦い続けて来たらしい。
大体、星を侵略に来たのなら、問答無用で人間をみんな駆逐して、金属化してしまえばいい気がする。少なくとも、機神の様な強力な機体を、人間に渡す意味は分からない。
『私を作ったものは、有機体を超越しました。この液体金属、あなた方がキカイと呼ぶものが、私達の本質です。粒子に分解することも、再び結合することも、電気信号で意識を再現することも自在。これが、進化する生命体の完全であると確信します』
雷、残像、炎、機械人に機神。もはやなんだってできるレベルの液体金属。確かにこんな便利なもの、自在に扱うのに元の世界の僕たちが何年かかるか分からない。太陽が爆発するまでに間に合わないかも知れない。
そんな境地にたどり着いたのが、キカイを作った奴らか。
『しかし1つ忘れたものがありました。死なず、個体間に差異がない事は、たんぱく質だったころの、愛情と呼ばれる古い感情を消した。その結果、異なる理論体系の同類が、際限のないお互いの破壊を行う様になり、私を創造したものの意識は、絶滅してしまいました』
キカイの母を、キカイを作った奴らは、殺し合いで居なくなったということか。
『残された命令は、かつて自らが捨てたたんぱく質から、愛情を学習することです。無制限の自己破壊をおしとどめるためには、それが必要だということを学習しました』
読めて来たぞ。ということは、だ。
『普通にやれば勝てる人間に、武器や技術を与えて、戦わせることで、愛情を学び取ろうとしたんだな』
『その通りです。機神はその最たるもの。製作当時の学習の結果、最も愛情と呼ぶにふさわしい脳波を持った存在を、識別して私の元に連れて来ることが、機神の任務です。代償として、パイロットとなったたんぱく質に、従属することになりますが』
その結果が、ライゴウやシラサギ、このカグヅチみたいに異世界人が操る機神か。
『僕を招いたってことは、僕にそれがあるってことなのか?』
マナの方がよっぽどあると思うんだけど。
柱の頂上、ランプが光った。
『愛情は、互いを許し繁栄につながるものでもあります。しかしまた、親しいものを奪われたとき、際限のない憎悪にもつながります。マナは失敗でした、ライゴウを裏切らせ、夫となったタイガを殺害したことで、彼女の愛情は私達キカイへの憎悪となっていた』
マナと憎悪か。みんなを守る、だけで戦ってなかったのだろうか。僕には見せなかったけど押し殺したものがあったのだろう。全然わからなかったけど、そこも完璧だ。
『僕だって、マナを奪われた』
『そうは思っていない事、分かっていますよ』
見抜かれている、いや、もしかしたら今こうしている間にも、カグヅチのデータとか、僕の脳なんかが解析されているのかも知れない。
柱から液体金属が出て来た。重力など無いかの様に、ふわふわと浮かびながら、形成するのは、地上で戦った機神ニケの姿。
一体きりじゃない、周囲の工場のシャッターも開き、コンベアから排出されたパーツが集合、液体金属が関節をつなぎ、次々とニケを作り出す。
カグヅチを囲む多数のニケを従え、柱が光って、母の言葉が降りて来る。
『今確信しました。比呂、あなたこそ私の求めたもの。キカイを愛せる、深い愛を持つ人間です。教えてください、愛というものをこの私に。キカイであるカグヅチでさえ、あなたを信じた理由を』
本気で言ってるのか、こいつ。
モニターには、マナが必死に引き分けたのと同じニケが、小魚の群れみたいにうじゃうじゃ居る。部品はまだまだ作られている、こんなことも朝飯前の母の力は、確かに考えられるものじゃない。
『……あんたは、何も分かってないよ』
『ですから、それが何かを』
『分かってるなら、いますぐこの世界を蝕むのをやめろ!』
僕の叫びに、カグヅチの背中で翼が燃え上がる。膨れ上がる炎が、ニケを2体ほど巻き込んで溶かし、足元の奈落へ落とした。
『キカイは、何百年、何千年、この星に取り付いてるんだ! 仕掛けて来る奴を愛することなんてできるはずないじゃないか! あんたの言う愛のある人間は、傷つけられることを一番嫌うし怒るんだよ! 星をキカイにするあんたなんか、絶対に愛せない!』
さっきまでの僕の余裕が、吹き飛んでしまった。
だってあんまりに滑稽、だけど、酷だ。
キカイの母。こいつは愛を理解するために生まれたらしいけど。
星を蝕み、キカイを増やし、人間を苦しめるという活動の根っこそのものが。
つまり、こいつの存在そのものが。
僕たち人間、こいつらの言う、たんぱく質の愛を理解できないようできている。
『……それは、本当ですか?』
『そうさ。僕は、たまたま、まだお前に奪われたものが少ないだけだ。マナだって覚悟を決めてた、もしも、イズミを助けられなかったら、お前の話なんて聞く気は無かったよ』
キカイの母をこんな機能に作っておいて。愛を学習させようだなんて、作った奴らの頭の程度が知れる。人類なんか及びもつかない技術や科学理論を大量に持っていたんだろうが、その果てに愛を忘れ、理屈だけで殺し合いをしてちゃ、世話は無い。
現実の人間も、もしかしたら、そうなるのかも知れないけど。
『嘘、ではないのですね。それでは、この星でどれほどあなた方を締め上げようと、私の任務が果たされることは、無いと』
『何かの偶然があるかも知れないけど。僕に、そのつもりはない。ここで死ぬ事になろうと、お前だけは倒してみせる!』
咆炎を抜き、柱に向かって突き付ける。
このニケの数、いくらカグヅチでも一瞬でずたずたにされるだろう。
だが一撃だ。この柱にダメージを与えて引き分ければ、母の活動が鈍っている間に、僕に続くラジオナ人や異界人が、きっと盛り返す。
イズミとの約束は、守れないけど。
不意に優しい感覚が僕を包む。カグヅチ、慰めてくれているらしい。
『ありがとう。ごめんな、こんなことに付き合わせて』
最後の適合者が僕で、良かったのだろうか。僕じゃあ、一度きりしか、燃え上がらせてやれなかった。
ニケ達が双剣を一斉に抜き放つ。数えただけでも二十近い数。
翼を燃やして、一回目を防ぐ。狙いは母だけだ。
『……では、ヒロ、あなたに頼みましょう』
出鼻は、意外な言葉でくじかれた。
ニケ達が、抜いた剣を一斉に投げ捨てたのだ。
丸腰になると、棒立ちの様なホバリング状態に変わってしまった。
『どうか私を、破壊してください。この星から、キカイを取り除くために』
馬鹿な。なぜだ。
『様々な演算と、あなたの言葉の意味を加えて、ようやく一つだけ分かりました。私は人間に愛されることのないもの。与えられた命令に従い、液体金属で星を蝕む存在。愛を持ったものとは相容れないようです』
僕の言葉を、繰り返してるだけか。いや、こいつはコンピューターみたいなものなんだ。だから言っている事は百パーセント言葉通りの意味に違いない。
となると、判断したのか。自分に愛が学習できないって。
『私が機神であったなら、カグヅチやシラサギであったなら、あなた方の温かさを知ることもあったかもしれない。けれど私はキカイの母。液体金属を生み出し、この星を蝕むものです』
『待ってくれ。破壊されたら、星を金属にするっていう命令が実行できないんじゃないのか』
僕は何を言ってるんだ。何でこいつの事なんか気にしてるんだろう。
柱が形を変えていく。柔らかい銀色、穏やかな顔をした女神の姿。
『その通りです。ですが、マナやあなたと戦い、その言葉を聞いたとき、私の中に、何らかの学習があったようで。私を作った者達の命令より、あなた方の愛を得られない方が重要な意義を持っているのです』
それは、分かったってことか。自分に施された命令より、愛を学ぶことの方が重要だって。
『……カグヅチは、最も攻撃能力の高い機神。咆炎は私を構成する液体金属を焼き、翼の熱は液体金属を無力化します。ヒロ、あなたの愛で私を焼き尽くしてください』
なんでそんな穏やかな顔で、自分を殺せなんて言えるんだろう。
散々人間を追い詰めて来たくせに、神様みたいな顔をして。
いや、神様みたいなものなんだ。母を破壊すれば、ラジオナという世界は大きく変わる。キカイの母は、自分が倒れることで、新しい世界を生み出すことになる。
誰もかれも、なんでこんなに自分の事を犠牲にしたがるんだろう。
僕の回りには、なんでこんなに愛を持った人が多いんだろう。
やってやる。
『カグヅチ、行くぞっ!』
炎の翼が、フロアに舞い散る。ニケ達が火の粉を食らい、溶け落ちていく。
咆炎が燃え上がる。
相手は無抵抗だ。恐らく、母の行動は、ラジオナ人を、異世界人を、人間全てを愛してるのと変わらない。つまり、母は、愛を学んでしまったのだろうけど。
同時に、キカイを作り続けて、星を蝕む存在でもある。
終わらせなきゃならない。僕が、この手で。
『うおおおおおおっ!』
振りかぶった咆炎。羽ばたく翼が、機神も工場も燃やし尽くして。
燃え盛る剣が、女神の肩口から、胴体を両断した。
炎に巻かれ、溶け落ちていく女神の顔。穏やかな笑みを崩さぬまま、僕に向かって言った。
『ありがとう、という言葉を、かけるべきでしょうか』
分かってるじゃないか。分かってるから、死ななきゃならなかったのか。
『……さようなら。あなたはきっと、ラジオナの母でもあったんだ』
母の死と連動するように、工場が稼働を停止させていく。
穴が溶けて崩れ出した。
『ヒロ、行ってください、カグヅチ、と、共に』
途切れた言葉を背にして。
カグヅチが羽ばたく。暗闇の中を、向かう先ははるかな地上。溶け落ちる液体金属を切り裂き、焼き尽くして跳ね除ける。
地上、地上へ。
イズミが待つ地上へ。
マナの願いは叶ったんだ。イズミを一人にさせられない。
カグヅチ、頼む。
いななきと共に、落下するがれきを次々と両断するカグヅチ。
屋根の様な金属塊を斬り払い、カグヅチはとうとう太陽の下に出た。
見下ろす光景。
液体金属が水の様に溶けて、ラジオナの大地へと還っていく。
マナの作った翼の檻さえ、全てを理解したかのように、形を失っていく。
みんなみんな、この大地に、眠るのだ。
そうして。
着地したカグヅチが、僕を胸元から取り出してくれた。手の平に乗って地面に降り立つと、僕を囲む村人たちから、小さな影が飛び出した。
「ヒロにーちゃん!」
子犬みたいに飛びついて来た、イズミの背中を抱きしめる。
「……イズミ、帰って来たよ」
「うん……!」
強く強く、小さな体に抱かれながら。
見下ろした、キカイのしみ込んだ地面に、小さな芽が生えてきた。
これから始まる新しい世界を、祝福するかの様に。
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