今日も、一緒にごはん。

 はじめは、何だかおままごとみたいだなって、思ってた。




「おはようっ! セルシオ」


 寝巻きのままダイニングに入ってきたセルシオに笑いかける。

 挨拶を返してるつもりか、セルシオは眠そうに「んー」とだけ答えて席に着いた。


 アルトも朝食を並べ、向かい側に腰かける。

 両手を合わせ、


「いただきます」




 ぼくがご飯を作って、キミと食べる。

 それがいつしか当たり前になって。




「セルシオ、今日何食べたい?」


 セルシオは遅刻間際で焦っているのか、それとも同居人なのにまるで奥さんのようなセリフに戸惑っているのか、ぶっきらぼうに定番の言葉を投げた。


「何でもいい」

「何でもって何さ。温かいのとか冷たいのとかあるでしょう」


 コートを羽織りマフラーを巻きながら、それ訊くかと言いたげに半眼で頰を引きつらせる。


「……温かいのがいい」

「ん、分かった。この間スフィアに教えてもらったお鍋にしよう。お肉がいい? お魚? そういえば、猫の階の魚屋さんでねっ」


 楽しそうに喋り始めるので、セルシオは苦い顔をしていつも通り「行ってきます」も言わずにバタバタと出て行った。




 洗濯物を取り込み終えて、


「セルシオ、ぼくこれから晩ご飯の買い物に行ってくる……」


 ダイニングに入ると、セルシオはソファに仰向けで眠っていた。

 本を読んでいる途中で寝てしまったらしい。

 そのお腹の上で、仔猫のソラも丸まってすやすや眠っている。


 穏やかな光景にふふっと笑うと、そっとブランケットを掛けた。




「おかわり」


 綺麗に空になった皿を差し出され、えっ、とアルトが驚く。


「どうしたのセルシオ。最近よく食べるね」


 うん、とうなずき、


「美味い」


 わずかに照れた様子で言う。

 アルトが目を見開き、くすぐったそうにえへっと笑った。




 重い足取りでセルシオがダイニングに入ってくる。

 アルトが挨拶しないでいると、無言で席についた。


 二人とも黙ったまま、向かい合わせで朝食を食べ始める。


 ちらりとセルシオを見ると顔色が悪い。動きが鈍く、表情も暗い。

 きっと昨夜ゆうべ起こしたことを繰り返し思い出し、一睡もできなかったのだろう。


 でも。


 ーーーご飯、ちゃんと食べられるのなら、よかった。




 二週間ぶりに立つキッチン。


 セルシオが後ろでそわそわする気配を感じる。

 朝食を作るアルトもドキドキして落ち着かない。

 今までどんな風に一緒にいたんだっけ、と混乱してくる。

 自分の部屋に行っててくれないかなと思うが、セルシオも離れがたいのだろう。


 セルシオが近寄り隣に立ったので、アルトの心臓がドキンと跳ね上がる。


「あー……これはソラのか?」


 ドロドロに溶けた白い食べ物が入った皿を手に取る。


「それはパン粥。セルシオのだよ」


 え、と目を点にする。


「だってそのほっぺたじゃ、固い物食べられないでしょう」


 レナードソンに殴られた頬は、内側にまで腫れが広がっていた。

 歯で切れて傷になっているので、しみる物も食べられない。


 そうか、とセルシオが落胆する。

 あからさまにしょぼくれた様子に、アルトが吹き出す。

 あはははっと明るい笑い声を響かせると、セルシオが照れ混じりに苦笑いした。


「セルシオの好きな物作るよ、ほっぺたが治ったら」


 その言葉にセルシオはほっとした、少し泣きそうな顔で「頼む」と微笑んだ。




 毎日毎日、そんな小さなことを積み重ねてーーー。




 ルカが小さな口を縦に開け、アルトがスプーンを差し入れる。


「美味しい?」


 人参を頬張り、無表情のままぴょんぴょん飛び跳ねた。


「痛っ、ルカちょっと」


 セルシオの顎にゴチゴチぶつかるので、大丈夫かと心配そうにルカの頭を撫でる。

 アルトが軽快に笑い声を立てた。


「押さえてないと、ジャンプしてぐるぐる回り出しちゃうんだよね」

「嬉しいんだな。アルトのご飯が美味いから」


 えへへっとアルトが照れ笑いする。


 口を懸命に大きく開けて待つルカにくすっと笑って、スプーンを口に運ぶ。

 嬉しそうに飛び跳ねるので、二人が笑い合った。




 こうやって段々と、家族になっていくんだろうなーーー。




 ただいまーと家の中に声をかけ、重い買い物袋を下ろす。

 そろそろおばあちゃんの歳になるソラは、眠っているらしく出てこない。


「どうぞ、お父様。あんなところで会うなんて、本当にびっくりしました」


 後ろの父が禿頭を撫でながら笑う。


 父は『たまたま近くに来たから』という耳慣れた理由を引っさげ家に向かっていたところ、晩ご飯の買い物をしていたアルトと偶然出会ったのだ。

 来訪を知ったアルトは急遽大量の食材を買い込んで、父の従者にも家の前まで持ってもらったがかなりの大荷物になった。


 ダイニングの床に転がって寝ているソラを避け、食材をひとまず保冷庫に入れる。

 さて、とエプロンをつけたところでルカが学校から帰ってきた。

 ダイニングに入るなり目を丸くして、


「ただいまー。あれ、じーじいる」

「おかえりっ、ルカ。ちょうどよかった」


 孫娘を溺愛する父に捕まる前に、玄関へ押し戻す。


「研究所へ行って、じーじ来たっておとーさんに言ってきて。今日は早く帰ってきてね、って」


 分かった、と早速踵を返す。


「中に入るときは、スフィアかレナードソンさんについてもらって……って」


 みなまで聞かず、通学鞄を背負ったままルカは駆け出していった。

 まあいっか、と鼻から息を吐く。


 そしてうんっ、と気合いを入れて、


「よしっ。じゃあ今日も美味しい物作ろうっ」



[今日も、一緒にごはん。 終わり]

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砂時計の街 ー番外編ー 紅璃 夕[こうり ゆう] @kouri_yu

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