名探偵ぷりん――あたちのぷりんたべたのだぁれ?

おおさわ

あたちのぷりんたべたのだぁれ?

 重い瞼をぱちくりさせて、私は見慣れた天井の染みをじっと眺めるの。

 意識を失っていた間、私は何を口に入れられてしまったのかしら?

 口の中が、やたら甘いわ。


 畳の上で横になる身体に申し訳程度に被せられた毛布を、小さなぷにぷにした手で押し退け、少しよろめきながら上半身を起こす。


(ぁ……わ、ぁわうぅ……)


 ちっちゃなお口を、「あ」と「わ」の形に交互に変えて、両手の指をぴんと張り、ほっぺを押し上げ、大きなあくびを存分にした。

 特に意味もなく、にこにこと表情を緩ませる。

 寝惚け眼に雫を溜め、ぼぉ~っと虚空を見つめた後、ハッと背筋を伸ばし、両手と両足を確かめる。


 身体が小さいッ!?


 これでは……

 これではまるで……

 幼稚園の年長さんみたいな身体ではないかッ!!!


 口中の甘い味覚、小さい身体、意識を失っていた私、まさか……!?


 毎週パパと一緒に録画を見ているアニメ『童偵オナンくん』と同じ!?


「あぁ~うぅ~……」


 天然木の安心安全を謳ったベビーベッドから、私の弟『たっくん』の声が聞こえる。どうしたのかしら、様子を見てあげなきゃ、私は『おねえちゃん』なんだから。


 玄関を横切り、キッチンへ。テーブルに並ぶ椅子の横から小さな踏み台を両手で抱えて戻ると、その上に乗って、弟の顔を覗き込む。


「きゃーふふぅ、んふー」


 私よりも小さな、まだ喋られない可愛い弟は、ぷよぷよした手の平を向けて、足をばたつかせながら、にんまりとした笑顔を向ける。


 パパとママがそうするように、私も可愛い弟に『ちゅー』するの。 


「んーちゅうぅー」


 たっくんも、ちゅー仕返してくれるのだけれど、何かしら、舌でぺろぺろしてくるわね。ま、おませさんねっ! そんな歳から舌を入れてくるなんてっ! 将来、シスコンにならなきゃいいけどっ。


「あぁうぅ……」


 たっくんのぺろぺろが、唇からほっぺに移ったとき、どうしたのかしら。何だか、苦々しいといった表情になったわ。

 例えるならそう……苦いカラメルソースを舐めたかのような顔ね。いったい、どうしたのかしら?


 カラメルソース! そうよ、そう言えば、今日の3時のおやつはプリンだってママが言ってた!


 私は踏み台と共に、再びキッチンにとたとたと音を鳴らして駆け込むの。


 冷蔵庫!


 踏み台に乗って、扉を開くわ。どうでもいいけど、この冷蔵庫、右でも左でもどちらからでも開くのよ?


 プリン! ぷりん! ぷっりーん♪ あの、ぷるぷるしていてぷわぷわしていて、ちゅるりと溶けて、あまあまな美味しいーの。上に乗ってる黒い部分は、ちょっと苦手だけど、私知ってる、これが大人の味なんでしょ? ふふん、私は大人、おねーさんなのよ?


 さあ! 私のおやつ、ぷりん! 出ておいでっ!!!


「……」


 私は、冷蔵庫の扉をそっと閉じるわ……


 ない。

 無いわ。

 ない! ない!? ないのッ!?!? 何で! 無いのぅッ!?!?!?


 私の三時のおやつ、プリンが消えている……ッ!?


 震える足の爪先で、ちょこんと踏み台から降りて、この衝撃に目を見開いて周囲を見渡すわ。


「……」


 冷蔵庫。

 私のお家。

 キッチンから出て、玄関の扉に手をかけるの……固く、閉じられている。

 外からの出入りは、不可能……つまり。


 密室!……クローズド・サークル!! イン・プリン!!!


 あ、あああ! あああああっ!?

 そんな! まさかっ?

 家族、愛する血肉を分けた人達を疑わなくてはいけないの!?


 容疑者は、三人。


 キッチンで、とんとん包丁の音を立てながら、夕ご飯の支度をしているママ。


 まだ、帰宅していないけれど、無類の甘味好き、パパ。


 そして、たっくん。


 待って、そう、待って……そうね。

 毎週録画で、『童偵オナンくん』を欠かさず視聴している私なら、この謎、解決出来るはずよ!


 私は、まず玄関に戻って、小さなサンダルに足を通すわ。


 ぴぷぅー♪ ぴぷぅー♪


 音の鳴るやつよ。


 ドアの取っ手を背伸びしながら、何度もにぎにぎして、確かめる。

 鍵は掛かっていたわ。

 間違いない。


 パパは、まだ帰ってきていない。

 なら、犯人の線から消えるわね。


 サンダルを脱いで居間へ。

 ベビーベッドのたっくんの元へ。

 馬鹿ね、私。

 たっくんは、一人で歩けないのよ? 共犯者でもいなければ、不可能だわ。


 それに、あんな可愛い顔して眠る弟を疑うなんて、姉には出来ない所業よ。


 なら……


 とんとんとん……


 包丁が規則的にまな板を叩く音。


 ことことこと……


 鍋が蓋を鳴らす音。


 犯人は……ママしかいないじゃないッ!?


 包丁の音が止む。

 カチッとコンロのスイッチを切って、鍋の蓋も動きを止める。

 静寂が訪れる。

 そして……ぺた、ぺた、とスリッパの音だけが響き渡る。


「あらぁ~、たっくんのお世話してたの? さすがお姉さんねえ、偉い偉いっ♪」


 ママは、私の頭に手を乗せて優しく髪を撫でる。しゃがんで目を合わせるとニッコリ微笑んで、ほっぺに『ちゅー』をしてくれる。


 うん、犯人は、ママじゃないわね。こんなに優しいんだもの。

 それに、昨日一緒にお風呂に入って、上がったときよ。

 バスタオル姿のママは、体重計に載って「増えてる……」って、絶句していたもの。そんな絶賛ダイエット中のママが、あんなカロリーの爆弾みたいなプリンを食べるわけないもの、そうなのよ。


 でも困ったわ。

 犯人捜しの推理は袋小路よ、容疑者は一巡しちゃった。


 そう、そういうときは初心に返るの。

 まず動機よ。


 プリンを食べる術がない『たっくん』は論外。

 プリンを食べちゃいけない『ママ』も除外。

 プリンが大好物な『パパ』は……パパが犯人じゃない?


 何てこと、鍵が閉まっているなら開ければいいのよ!

 そして、パパは鍵を持っている!


 こっそりおうちに帰ってきて。

 こっそり私のプリンを食べて。

 こっそり鍵を閉めてしまえば。


 犯行は可能だわッ!?


 ねえ、パパ? どうして私のプリンを食べちゃったの?

 どうして?

 パパ、パパ……

 パパ……!



「……パ? パパってば? あーなーたっ?」


 居間のテーブルにノートパソコンを拡げながら、パパは思わずマウスから手を離して顔を上げた。


「ゴメンゴメン、つい熱中しちゃって……何? ママ」


 腰に手を当てて、困った顔をしているエプロン姿のママ。


「さっきから、ぶつぶつ呟いちゃってて気持ち悪いったら」

「えぇ? 傷付くなぁ。僕たちの娘が可愛すぎるからいけないんじゃないかあ」


 パパは、ノートパソコンに目を落とし、今まで編集作業をしていた動画の画面をママにも見せる。


「この間、撮ってたやつね? なぁに、アナタがナレーションを入れてたの?」

「だって、ほら、この動きなんか、そうとしか見えなかったろ?」


 おやつのプリンを食べて、満足げにお昼寝する娘の姿。

 その後、おかわりが欲しかったのか、それとも寝惚けて自分で食べたことも忘れてしまったのか。


 夫婦で、ふふっと微笑み合う。


「なぁ、この可愛さは全世界に発信すべきだと思うんだ」

「だぁめ! DVDにして、田舎のお義父さんとお義母さんに送って差し上げるって話だったでしょう? 投稿なんてとんでもないわ!」

「そんなぁ、再生回数全世界一位だって、夢じゃないよお!」

「駄目ったら駄目で・す! 親馬鹿も大概にして頂戴な」


 大声で騒ぎすぎたか、ベビーベッドからぐずる泣き声が漏れ出した。


「あぁ、もう! たっくん起きちゃったじゃない。あやしてあげてくださいな。もうすぐ、あの子も幼稚園から帰ってきちゃうわ」


 そのとき、勢いよく玄関ドアが開けられた。


「ただいまぁー、きょうのおやつなぁにぃーっ?」


 もちろん、プリン。



「……ところで、パパ?」

「なんだい、ママ?」

「誰の体重が増えたって?」

「あっ……」


 再び、事件の予感。

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