operation.8 人魚たちの夕空
機械によって
俺の目の前には、マナナーン・マクリールの体である
あの鯨の中に兄さんを閉じ込めた球体は安置され、俺は先ほどまでそこにいたのだ。
「
その鯨の後ろに広がる光景に、俺は目を奪われていた。
俺の住むテラリウムが、夕陽を浴びて
その中に、俺たちの住む町がある。
町の終わりには、テラリウムの
その壁の向こうに、海があった。
赤く染まった海は、夕陽を飲み込もうとしているかのようだ。その海に、
――いつ見ても、この景色は綺麗で恐いですね……。
頭の中で声が響く。気配を感じた俺は、後ろへと振り向いていた。
――メロウ……。
メロウが
――メロウっ。
――しばらく、こうさせて……。ミサキを、感じていたい……。
弱々しい彼女の言葉に、俺は言葉を失う。かすかに震えるメロウの体を、俺は優しく抱きしめ返していた。
そっと、俺は
その昔、人類はこの地球上のどこにでもいたという。そして、増えすぎた彼らはお互いに争いあった。
地球では人間によって3度、大戦が繰り広げられたという。3度目の戦いで、人類は自分たちが
現在地上で人類が生活できる土地はほとんどないそうだ。大戦中大量の
生き残った人々は、
俺は、夕陽に輝く海を見つめる。
ビルの間に細長いさざ波が生じている。よく見ると、それはイルカの群れだった。ビル群から出てきたイルカたちは、海上へと跳びあがり、その姿を
イルカたちの上空では、渡り鳥たちが群れをつくって空の彼方へと飛んでいくところだった。
地球は核によって
俺たちの住むテラリウムの下には、文明が栄えていた過去よりも豊かな自然が
そこに、俺たちが足を踏み入れることはない。
大戦を経験した人類は、母なる地球を傷つけたことを深く後悔した。そして、自分たちを
かつてのような過ちを犯さないよう、彼らはより正確な判断を可能にするAIにさまざまな
罪を犯した人類はその罪を
そのカミサマが同じ人間だと知ったら、彼らはどうするのだろうか。
――地上のどこかに、漣博士はいるんでしょうか?
メロウが呟く。
彼女へと顔を向ける。メロウは寂しげに眼を細め、イルカの群れを見つめていた。
――
メロウの言葉に、俺は笑ってみせる。
父さんだったら本当にやりかねない。だって、あの人は誰よりもテラリウムの外に広がる光景を楽しそうに
メロウは俺に顔を向け、そっと顔を俺の肩に
――メロウ?
――ミサキは、いなくなったりしませんよね?
震える彼女の声が脳裏に響く。俺は彼女の頭をなで、優しい声で答えていた。
――あたり前だろ。ここは俺の大切な居場所なんだ。兄さんもお前も、ここにいるんだから……。どこにも、いったりしないよ……。
声が震えてしまう。俺は、
――俺は、ここにいてもいいんだよな……?
――ミサキ……。
メロウの声が震えている。思わず俺は顔をあげていた。
――デコピンっ!
――ぐわっ!!
俺の額を、メロウは思いっきり
――何するんだよっ!?
額をさする俺を無視して、メロウは俺の手を掴んできた。
――おい! メロウっ!
――いいからっ! 泣き虫ミサキは
俺の手を思いっきり引っ張り、メロウは夕空を泳ぎ始めた。
――メロウっ!
――ひゃほーい!!
俺を引っ張りながら、メロウは光るテラリウムの周囲を
その姿を、テラリウムの中にいる人々が不思議気に見上げてくる。
そのテラリウムから飛んでくる者たちがいた。尾びれを輝かせながら、メロウと同じ人魚のAIたちがこちらにやってくるのだ。
――なんで、こいつら……。
――私たちが楽しそうだから、みんな遊んで来いってこの子たちを放したんですよっ! ほらミサキ、行きますよっ!!
輝く人魚たちは、テラリウムを
透明なテラリウムの
――綺麗だ……。
俺は人魚たちが
――メロウ……。
――ミサキは、ここにていいんですよ。私が保証します。
泣きそうな俺に、メロウは優しく声をかけてくる。俺は、そんなメロウから顔を
メロウは、俺に優しい。でも、その優しさは兄さんが書き換えたプログラムにもとづく感情なのだ。
メロウの本当の気持じゃない。
――ミサキっ!
メロウが俺を怒鳴りつけてくる。びくりと体を震わせ、俺は彼女に振り向いていた。
その
メロウの顔が、すぐ側にある。ふっと得意げな微笑みを眼に浮かべ、彼女は俺から顔を離してみせた。
――お前……。
――キス、しちゃいました……。
メロウは
――私は、ミサキが好きです。この感情が
――メロウ……。
――それにきっと、この感情が偽物だとしても、私は何度だってミサキを好きになって見せますよ! だってミサキは、世界で1番、アホで、意地悪で、ニブチンなんですから。
――
――なのに、世界で1番私に優しくて、私の中では誰よりもカッコいいんです。だから私の1番は、ずっとずっとミサキですっ!
ぐいっと顔を近づけ、メロウは満面の笑顔を浮かべてみせる。優しい輝きを放つ彼女の眼から、俺は眼が離せなかった。
――例えあなたが偽物だとしても、私の中であなたは、あなたでしかないんですよ。ミサキは、私の大切なミサキ以外の何者でもないんです……。
そっと、メロウの両手が俺の
――ありがとう……。
こみあげてくる涙をこらえ、俺は彼女に言葉を告げる。ぎゅっと力いっぱい、俺はメロウを抱きしめていた。
俺たちは、人間に作られた偽りの存在かもしれない。
でも、痛みを感じる。苦しみも感じる。
楽しさも、嬉しさも、切なさも。
愛しさも。
そんな愛しい存在が、俺の存在を確かなものにしてくれるんだ。
俺の腕の中にいるメロウが――。
太陽が沈み、辺りが暗くなる。
それでもテラリウムを囲む人魚の輪は、明るく周囲を照らし続ける。
その輝く人魚の輪の中で、俺とメロウはいつまでも抱きしめ合っていた。
オペレーションシステムMERROW 猫目 青 @namakemono
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