第6話 フェスタ

 腹の底に響くような重厚な音を響かせながら、一台の大型バイクが夕暮れに染まる街道を走り抜けていく。

 後輪の両脇にサイドバッグをくくりつけ、荷台にも大きなバックパックを取り付けたそのバイクを操るのは一人の青年、師匠から卒業を言い渡されて世界を見て回るために旅をする錬金術師のテオ。

 その旅をサポートするのは、小さな電子の少女AIのティー。彼女は今、自らを搭載したスマホごと、ガソリンタンクの上に固定されながら道案内をしている。

 そしてもう一人。テオのハンドルを握る両腕の間にすっぽりと納まっている一人の少女がサク。発症したものは例外なく灰となって死んでしまう奇病――灰燼病に侵された村において、森の神へのいけにえにされそうになったところをテオが救い出し、旅を共にしている。

 そのサクは今、必死に眠気と戦っていた。

 もとより、昼食をたっぷりと食べて腹を満たし、かつ慣れない旅の疲れも重なっていたところへ、退屈しないようにとテオが気遣って流しているゆったりとした音楽と、バイクのシートを通してお尻から伝わるどこどこという振動が、一定のリズムを刻みながら彼女を揺らしているのだから、瞼が徐々に垂れ下がってしまうことも無理からぬことだった。今もまた。

 本人の意思とは無関係にゆっくりと瞼が落ちてきて、同時に耳を刺激する音が遠くなり、体に力を入れることができなくなって徐々に前のめりに……。

「…………っ!」

 かくん、と首が垂れ下がった瞬間、己の中の意志をかき集めてどうにか意識を取り戻したサクは、再び自分を襲おうとする睡魔の誘惑から逃れようと頭を振った。

 さっきからこの繰り返しで、サクの首が力なく垂れ下がっていくたびに、それを目の当たりにするティーは、内心ではらはらしていた。いや、プログラムAIがはらはらするのもおかしな話ではあるが。

 ともあれ、サクを心配したティーは、主に話しかけた。

『マスター

 そろそろ日が暮れます

 これ以上の移動は危険ですし、そろそろどこかで休まれませんか?

 それにサク様もお疲れのようですし……』

「……そうだな……

 ここら辺で野宿したほうがいいな……」

 そういってバイクを止めようとしたときだった。

『だいじょうぶ……ですから……』

 少女の声がインカムから響いた。

『へいきですから……このまま…………』

 眠気と必死に戦いながらの言葉に、ヘルメット越しにティーと顔を見合わせたテオは、やはりバイクをゆっくりと停止させる。

 スタンドを引き出してバイクを立て、サクのヘルメットを取って自らも脱ぐと、少女に視線を合わせた。

「サク……

 そんなに眠たそうなお前をバイクに乗せたままだと、下手をしたらお前はバイクから落ちてしまう……

 そうしたらお前はきっと怪我をしてしまう……それが心配なんだ……

 一緒に旅をする仲間をバイクから落としたら、それはバイク乗りライダーとしても失格だし……

 あと、俺もそろそろ疲れてきたから……ここで休もうな?」

 サクはしばらく考えるように黙った後、ゆっくりと首を縦に振った。

「いい子だ」

 褒めながら、すっかりくすんで痛んでしまった髪を撫で付けてくるテオに、くすぐったそうに笑いかけたサクが、そのままバイクに括り付けられたサイドバッグとバックパックから野営のための荷物を引っ張り出そうとするのを、テオが呼び止めた。

「サク……それはいいから、お前は近くの水場で水浴びをしてくるといい」

「え……でも……ごはんのじゅんびとか……」

「そういうのは俺がやっておくから……。ティー、お前はサクについていって、周囲の警戒とか頼む」

『心得ました、マスター

 さぁ、サク様。行きましょう』

「え……でも……いいん……ですか?」

 戸惑うように荷物とテオの間で視線を彷徨わせるサクの頭をくしゃり、と撫でて、テオはさっさと野営の準備を始めた。

「えと……それじゃ……すいません……」

 それでも遠慮するようにぺこり、と腰を折ってから、ようやくサクはティーを連れて近くの水場へと向かった。

 遠ざかっていくその小さな背中を見送りながら、テオは思わず嘆息した。

「なんかサクはいつも遠慮ばかりしてるよな……

 もう少しわがままを言ってくれてもいいけど……

 後はあの敬語だな……

 ……………………よし!」

 何かを心に決めて、テオは改めて野営の準備を進めた。



 翌日。

 テオはティーの案内ナビに従いながら、迷いなくバイクを走らせていた。

 いつも(といってもここ数日の間でしかないが)と違って、まるでどこか目的地があるかのようなその進み方を、ふと疑問に感じたサクが、おずおずとその問いを発した。

『あの……どこへ……いくんですか?』

「ん?

 ああ……、実はここから少しいったところにある村で、ちょうど今お祭りフェスタをやってるんだよ

 せっかくだから見物して行こうと思ってね」

『フェスタ……?』

「そう

 楽しいぞ?

 皆でおいしいものを食べながら、踊ったりして騒ぐんだ

 たまの息抜きにはちょうどいいかなって……」

『そう……ですか……

 ちょっとたのしみです……』

 サクの、ちょっとだけ弾んだ語尾に、テオはヘルメット越しにティーと顔を見合わせ、静かに微笑んだ。


 それからしばらくして二人が辿り着いたのは、サクがいた村より大きな村だった。

 村の中央の時計塔を中心に、あちこちに色とりどりな紙や旗が飾り付けられ、打ち上げられた花火が青空に白い花を咲かせている。

 中央通にはたくさんの出店が軒を連ね、道行く人々は皆が手にそれぞれ食べ物や飲み物を持ちながら、笑顔で往来している。

 村の入り口からでも分かるその楽しげで活気にあふれた空気に、ヘルメットを取ってもらったサクは思わず目を輝かせた。

「ふあ~~~~~!」

 感嘆の声を漏らしながら一帯をぐるりと見回したサクは、そのままテオを振り返る。

「これがフェスタですか?」

「ああ、そうだよ

 作物が豊作であることを神様にお祈りしたり、逆に作物がたくさん取れたことを祝ったり、ご先祖様が村に帰ってくるのをお迎えしたり、目的はいろいろだけどね

 中には昔亡くなった偉い人の誕生日をお祝いしたりもするんだ

 まぁ、やってることはこうやって皆で騒ぐだけだけど」

 最後におどけるように言ったテオの言葉を、果たしてサクは聞いていたのか聞いていなかったのか、ともかく村の様子を眺めてばかりいた。

 恐らく本心はすぐにでも祭りの中に飛び込んで、その空気を存分に楽しみたいのだろうけど、彼女の遠慮がちな性格が邪魔をしているのか、テオの側にいながらもどこかそわそわした様子を見せていた。

 そんなサクの様子に、テオはティーと顔を見合わせた後、そっとサクに手を差し伸べた。

「それじゃ、俺たちも行こうか?」

「はい!」

 ぱっと顔を輝かせたサクは、テオの手を握り返す。そして二人は、まるで親子のように村の中へと入っていった。


「あれはなんですか?」

「ああ、あれは射的だよ

 棚の上に並べられたお菓子やおもちゃを、あのコルクを飛ばす銃で撃ち落したら、それが景品としてもらえるんだ」

「そうなんですか……

 じゃああの白くてふわふわしたのは?」

「あれは綿菓子だ

 粗目と呼ばれる砂糖を熱で溶かして、割り箸に撒きつけて食べるんだ

 甘くて美味しいんだ。食べるか?」

「え……でも……」

 ちらちらと綿菓子の出店とテオの間で視線を彷徨わせるサク。

 村に入ってからずっとこんな調子だった。どんな出店なのかをテオに訊ねるだけで、テオが「やってみるか?」とか「食べるか?」と訊いても、その出店とテオをちらちらと見つめた後、やがて首を振るのだ。

 本当は食べたいし体験したい。けれどテオに悪い。そういう遠慮の心がありありと見て取れて、やがて小さくため息を漏らしたテオは、真っ直ぐに綿菓子屋に向かうと、財布からお金を取り出して綿菓子を買い求めた。

「毎度あり!」

 景気よく声を出すおっちゃんに微笑んでから、テオは綿菓子をサクに手渡す。

「ほら」

 差し出された綿菓子とテオを交互に見つめたサクは、やがておずおずと菓子を受け取り、なぜか意を決するように大きく頷いてから、かぷりと小さく噛み付いた。途端、

「~~~~~~~~っ!?」

 ふわりと口の中に広がった甘さと、一瞬で口の中に解けていくその食感に、サクは眼を白黒させた。

「美味いか?」

 テオが訊ねると、サクはゆっくりと頷いた。

「とてもあまくておいしいです……

 それでいて、くちのなかでいっしゅんでとけてなくなって……

 とてもふしぎです……」

 気に入ったのか、あっという間に綿菓子を食べつくしたサクの、べたべたになった口を拭ってやっていたテオの耳に、村中に響くアナウンスが飛び込んできた。

『さぁさぁ!

 今年も派手にメインイベントの大ビンゴ大会を開催します!

 今回も豪華景品をたくさん用意してますよ!

 今回の目玉の景品は、なんと言ってもサイドカー!

 荷物を運ぶのも良し、連れ合いを乗せて旅をするのも良し!

 村人の皆さんも、旅人の皆さんも奮ってご参加ください!

 開催場所は村の中央時計塔前です!』

「へぇ……そんなこともやってるんだ……

 行くか、サク?」

「…………はい」

 小さく、それでいてはっきりと頷いたサクと連れ立って、テオは村の中心に歩いていった。


 なお、ビンゴが初めてだったサクが一番に列を揃え、豪華景品のサイドカーを当てたのはまた別のお話。

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錬金術師の旅日記 @gachamuk

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