第5話 旅の途中

 腹の底に響くような重低音を轟かせながら、一台の大型バイクが草原に囲まれた未舗装の道を駆け抜けていく。

 後輪の両側にはそれぞれかばんが括り付けられており、さらに荷台にも大型のバックパックが取り付けられていた。

 そんな大型バイクを操るのは一人の青年。つい最近、師匠から卒業を言い渡され、ついでとばかりに旅をして世界を見て来いと放り出された若き錬金術師のテオだ。

 世間一般からすれば、結局何をしているのかも分からない、不審な職業ナンバーワンの錬金術師の青年は、燃料タンクに取り付けられたスマホに自らが搭載した自律思考型人工知能A・Iのティーが指し示す方向を確認しながら、丁寧にバイクを走らせていた。

 と、そこへヘルメットに内蔵されたインカムから、どこか遠慮するような少女の声が聞こえてきた。

『テオさん……

 おしりいたいです……

 おなかすきました……

 わがままいって……すいません……』

 ヘルメット越しにテオを下から見上げるようにしながら、簡潔に話しかけてきたのは、ハンドルとテオによって挟み込まれ、バイクから落ちないようにと体を固定されている少女――サクだった。

 サクはテオが一番最近に寄った、感染したら灰になって死んでしまう奇病「灰燼病」に侵された村で生贄に捧げられそうになっていたところをテオに助けられ、一緒に旅をすることになった孤児の少女だ。

 そのサクの言葉に同意するように、ティーが主に声をかけた。

『マスター……

 そろそろ一度、休憩を取られたらどうでしょうか?

 サク様はマスターと違ってバイクになれているわけでもありませんので、あまり長時間の走行はおすすめできません

 それに、そろそろ食事にもちょうどいい時間かと……』

 むぅ、と小さく唸ったテオは、ティーの横に表示された時間をちらりと確認した後、ゆっくりとバイクを停止させた。

 低く唸りをあげているエンジンを切り、スタンドを引き出してバイクを固定してから、サクを座席からおろしてやり、彼女の頭を覆っていたヘルメットを取ってやる。

「ほぅ……」

 やはり慣れないバイクでの旅にどこか緊張していたのだろう、緊張をほぐすように胸を撫で下ろす少女へ、テオは短く訊ねた。

「疲れた?」

 その問いに、何かを考えるように僅かばかり沈黙したサクは、やがてゆっくりと首肯した。

「すこしだけ……

 でもへいきです……

 ごはんのじゅんびするので……まっててください」

 ぺこり、と頭を下げてから、いそいそとバイクの後輪に取り付けられたかばんを開けると、中からいくつかの缶詰とレトルトパック、携帯コンロや小型ケトルを引っ張り出すと、手際よく準備を進めていく。

 その手馴れた様子に呆気に取られたテオは、少しだけ何かを考えるようにじっと少女を見つめた後、やがてバックパックからテントを引っ張り出して組み立て始めた。


「なあ、ティー……」

 慣れた手つきでグランドシートを敷き、テントの骨組みを組み立てながら、テオは近くの岩の上に置いたスマホへ話しかける。

『はい、何でしょうか、マスター……?』

「どう思う?」

『どう思う……とは?』

 主の不明瞭な問いに、はてと首を傾げる電子の少女。

 テオは作業の手を止めて、着々と食事の準備を進めるサクを見やった。

「あの子……サクのことだよ……

 今のままでいいのかなって思ってさ……」

 視線に気付いたサクが小さく手を振るのに振り返して、テオは続ける。

「あの子を村から連れ出して数日が経つ……

 その間、正直言えばああやって食事の準備をしてくれたりするのはありがたい……

 けど……今のままでいいのかって思うんだ……

 あの村で……俺は俺の意思であの子を村から連れ出した……

 それは後悔してない

 あのままあそこにいれば、サクは生贄として死んでいただろうから……

 それがサクにとって幸せなことにはならないと確信できたし……

 でも今は……? これからは……?

 このまま俺と一緒に旅を続けて……果たしてあの子は幸せになれるのか?

 や、多分だけど……サクは優しいから、俺がそうやって聞いたら「十分幸せだ」とか答えるだろうけど……

 でもさ……俺はこうやって宛てもない旅をしているし……

 ホントは、もっと普通の家族に預ければ、もっとあの子の幸せに繋がるんじゃないか、とも思うんだ……」

 そこまで言ってから、作業の手を再開させるテオに、ティーは言葉を投げかけた。

『マスター……

 私は所詮、人間の感情の機微に疎い電子の存在ですから、何が正しいとか間違っているとか……そういう判断はできかねます……

 ただ、それでも言わせていただくとしたら、マスターはマスターの信じたことをすればいいと思います……

 もちろん、きちんとサク様と話し合って決めるべきことではありますが。何せ、これはサク様の将来に関わる大事なことですから……

 それに……どうせマスターのことですから私に話す前にすでに答えは出ているのでしょう?』

 ティーの言葉に、テオは「まあね」と小さく笑う。

「俺は、サクに判断をゆだねようと思う……

 あの子がどういう答えを出すかは知らないけれど……

 本人のやりたいことをやらせてあげたい……

 まぁ、あの子は遠慮深いみたいだからもしかしたら俺たちのことを気遣って本心とは違うことを言ってしまうかもしれないけど、ね」

『そこはマスターが大人としての力を見せるところ、ですよ』

 ティーのセリフに苦笑したテオは、食事ができたと手を振るサクの元へ歩いていった。



 それからしばらくして。

 食後特有の、どこか気だるい空気に身を任せていたテオは、ぼんやりと星明りを眺めながら徐に切り出した。

「なぁ……サク……」

「…………はい、なんでしょうか……?」

 食べ終えた食器を洗い、丁寧に拭き上げていた手を止めて、ことり、とサクが首をかしげる。

「その……サクはこの後……どうしたい?」

「このあと……?

 おさらをかたづけてから、あしたにそなえてねますけど……?」

「ああ……いや、そうじゃなくて……」

 自分の言葉足らずに思わず苦笑しながら、テオは改めて問い直す。

「サクは将来どうしたい?

 その……正直、こうやって食事の準備をしてくれたり、皿を洗ったり片津k手くれたりするのは俺としても凄く助かるけど……

 いつまでも俺と旅を続けるってわけにも行かないだろ?

 だから、将来どうしたいかなって……」

「…………わからないです……」

 サクは皿を膝の上に置き、おずおずと答える。

「ごめんなさい……」

「…………そっか……」

 なぜか謝るサクの、くすんでしまった色の髪をくしゃりと撫でてテオは笑いかける。

「まぁ、まだ小さいし……

 将来の夢とかそういうの、分からなくて当たり前か」

「ごめんなさい……」

 もう一度謝るサクを優しく撫でながら、テオは微笑む。

「俺だって、サクくらいのころは何も考えてなかったし……

 そういうのはゆっくり考えていけば良いさ……

 とりあえず当面の目標は……、どこか温泉がある村にでも行って、暖かい風呂でのんびりすること、でいいか?」

 テオの提案に、サクは小さく頷く。

「よし、決まりだ

 ティー、どこか温泉がある村はある?」

『少々お待ち下さい…………

 ありました。ここから北へまっすぐ行ったところに、小さいですが有名な温泉の村があります

 早ければ明日の午後にはつくでしょう……』

「それじゃ、明日に備えてそろそろ寝るか」

 もう一度、こくりと頷いたサクはいそいそと皿を仕舞いこむと、テオの隣でさくさくと草を踏みしめてテントへもぐりこんだ。

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