第4話 灰の村 後編
「この娘を森の神の生贄にする」
咄嗟にその言葉の意味を理解できなくて呆けるテオの目の前で、無遠慮に孤児院の中へ踏み込んできた村の大人たちが、乱暴に幼い少女――サクの腕を引っ張る。
当然、サクは必死に抵抗するも、まだ幼い少女の膂力では大人の――農作業で鍛えられた男たちの力に敵うはずもなく、あっさりと村長の前に引き摺り出されてしまった。
大人たちに抵抗を封じられ、おびえた目で見上げるサクを、村長はじろりと睥睨する。
「森の神に生贄を捧げなければ、この村の危機は回避できん……
じゃが村のものたちは自分たちの子供を生贄に差し出すことを拒否しておっての……
そこで身寄りがいなくなったお主に白羽の矢が立ったというわけじゃ……
大人たちの勝手な都合を幼いお主に押しつけることになってしまったのは悪いと思うておるよ……」
心からそう思っているとはまるで思えないほど、村長の言葉は温かみに欠けていることに、幼いサクは気付いていた。
だが、気付いたところでどうしようもない。抗うことなどできはしないのだし、それを思いつくだけの知恵もまだない。
だからこそサクは、すべてを諦めたような眼をしながら立ち上がり、踵を返した村長についていこうと足を踏み出した。
その瞬間だった。
「待ってください」
後ろから制止を呼び掛ける声が聞こえ、思わず振り返ったサクの視線の先には、出会ったばかりの旅の青年の姿。
「なんだね?」
冷酷な眼で見つめ返してきた村長にたじろぎならが、それでも青年――旅の錬金術師のテオは問いかける。
「生贄って……どういうことですか?」
「……………………今説明した通りじゃ……
村が侵されておる「灰になる奇病」……
村唯一の医者も匙を投げて死んだ今、我々に残された道は村の守り神である森の神に祈りを捧げ、この病を止めてもらうしかないのだよ
そのための供物――生贄として、この娘は選ばれたのじゃ……」
話はそれで終わり、とばかりに言葉を切った村長は周りの大人たちに「行くぞ」と合図を出して孤児院を出て行こうした、その直後。
「馬鹿げてる……」
テオがぼそりと呟いた。
「「灰燼病」はただの病気です!
生贄を捧げて祈ったところでこの病が治まるわけが無い!
生贄なんて馬鹿なことはやめてください!
この病気は治せるんです!
そして俺は医療の知識がある錬金術師です!
俺がこの病を止めます!」
「ならん!」
強い決意をこめたテオの言葉を、しかし村長は一蹴した。
「旅のお方……錬金術師さん……
お主は何も言わずにこの村を立ち去りなさい……
わしらはお主の力を信用しておらんし、信用できん……
お主は所詮よそ者じゃからの……
それにこの村には村の掟がある……
「村の危機には森の神に生贄を捧げよ」とな……
じゃからお主がこれ以上この件に関わる必要はない……
いや……関わってはならぬ……」
村長からの明確な拒絶を受けたテオが力なく項垂れる。
そんなときだった。
「…………うっ!?」
突然、サクの横にいた若い男が苦しそうに胸を押さえたかと思うと、その場に蹲って悶え始めた。
「ああっ!? ……がっ……! ぐぅぅぅあああああぁぁああっ!!」
限界まで見開かれた眼からは滂沱のごとく涙が溢れ、口の端からは涎が垂れ流しになり、苦しそうに爪を喉に立ててかきむしる若者。
「おい! しっかりしろ!!」
「嫌だ……まだ死にたくない……!
死にたくない……死にたくない……死にたくない……死にたく……」
側にいた村人が声をかける中、何度も「死にたくない」と繰り返していた若者の声が、突然ぴたりと止み、同時に体がまるで時間を止めたかのように動かなくなった。
そして……。
指先が、足先が、髪の毛が、元の健康的な色から徐々にくすんだ灰色へと変じていき、色が変わったところから徐々にボロボロと崩れ始めた。
「…………っ!?」
村人の誰かが息を呑む中、若者の体すべてが灰色へと染まり、やがて「ぱさり」と軽い音とともに、若者の体は灰となって完全に崩れ去った。
「おお……」
村の誰かが嘆きとも恐れとも取れるうめき声を漏らし、その場に膝を着く。その視線の先には、完全に原形を失った灰の山。
「これで分かったじゃろ……
ここにおぬしの居場所は無い……
早々に立ち去りなさい……」
静かにそう告げた村長は、項垂れる村人たちとサクを連れて孤児院から出て行き、まるでその後を追うかのように風に巻かれた灰が、ふわりと舞い上がった。
そして、一人誰もいなくなった孤児院に残されたテオへ、相棒のティーが気遣わしげに声をかけた。
『マスター……』
「ティー……俺は間違ってるのかな?
助けられるはずの人たちを見捨てて
『マスター……私は所詮、マスターが作り上げた人工知能です……
ですから、人間の機微について私はよく分かりません……
だから私がマスターに言えることはただ一つだけです……
「あなたの信じる正しいことを……」』
「…………そうだな」
呟いたテオの顔に、迷いは無かった。
――その日の夜。
森の奥に作られた生贄の祭壇の上で、普段とは違う、綺麗に着飾ったサクが不安そうに周囲を見回していた。
村の人たちはすでに祭壇を後にし、サクは一人くらい森の奥に置き去りにされていた。
周りで葉っぱが擦れる音や茂みが揺れる音が鳴るたびに、びくりと体を震わせてそちらを注視し、何事も無いことを確認してからホッと息をつく。
何時間も同じ行為を繰り返し、流石に疲労の色が濃くなってきたころ、祭壇の正面の茂みが一際大きく揺れ、サクは恐怖のあまり体を小さくして震わせながら、待ち受ける自分の運命に諦めようとしたときだった。
「ふぅ……やっと見つけた……」
聞き覚えのある、どこか落ち着く声に顔を上げてみれば、そこには昼間に孤児院の前で出会った旅の青年の姿があった。
「テオさん……?」
小さく呟く少女に微笑を向けて祭壇に登ったテオは、彼女が逃げられないようにと付けられた足かせを、腰のポーチから取り出した工具であっという間に外すと、バックパックからローブを取り出して、サクの頭から被せる。
「なにを……?」
戸惑う少女へ、錬金術師の青年は微笑みながら手を掴んで立ち上がらせる。
「もう、君が生贄になる必要は無いんだ……」
「…………?」
「村の目立つところに「灰燼病」の薬を置いてきた
それを使うかどうかは彼ら次第だけど、あれを使えば確実に病気は治る……
だからもう君が生贄になる必要は無いんだ……」
説明しても「よく分からない」とばかりに首を傾げるサクへ、テオのスマホから浮かび上がった電子の少女が補足した。
『つまり、サク様は死ななくてよい、と言うことです』
ティーの言葉に、サクは大きな瞳をゆっくりと見開く。
「わたし……いきてていいの?
かみさまにたべられなくていいの?」
その問いかけに、テオとティー、二人が同時に頷くと、サクはお尻をぺたりと地面につけてへたりこむと、安心したように泣き始めた。
そんなサクが泣き止むまで側にい続けたテオは、泣き止んだタイミングを見計らって少女に問いかける。
「村に見捨てられた君は、もう村にはいられないわけだけど……
もし……よかったら、俺たちと一緒に来る?
まぁ、しばらくは当ても無い旅になるわけだけど……」
『計画性も何も無い、行き当たりばったりの旅ですけどね』
相棒のツッコミに苦笑いするテオが差し伸べた手を、サクはしばし考えた後、おずおずと掴んで頷いた。
その翌朝。
幼い少女は、錬金術師と電子の少女に連れられて生まれ育った村を旅立った。
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