ある創生神の独白

阿房饅頭

私は独りでは生きていけなかった

 ある闇があった。

 本当に何もない虚空にはダークマターと言われるような生命のスープのようなものさえもなかった。

 何もない。闇という無機物ともいえないモノしかなかった。

 私がうまれるまでは。


 闇の中に少し違う異質な闇が混ざり始め、墨をたらした水のようにしみこんでいく。

 気の遠くなるような時間をかけて、じっくりと。悠久ともいえるような時間をかけてゆっくりと闇は形をとっていく。

 気付けば私が生まれていた。


 独りだけ私は闇の中で虚空の中でクラゲのように漂っているように現れた。


 最初は自我のない赤子のような私の姿は定まらず、何にも囚われない無邪気な存在だった。

 だが、年月が経つと闇という揺り篭の中ですやすやと眠る私はふと闇の中でしこりのようなものを感じ始めていた。

 

 一体、この違和感のようものはなんだろうか。どこかが詰まっていて、開放されない気持ちがあふれ出して、私は夢を見る。

 その夢の中で私は見たことのない姿をしていた。


 今思い出すとそれはヒトだったのだと思う。

 男性。大きな赤熱した剣を持って、敵と戦っている。

 自分の身の丈は2メートルは行かなかっただろうが、美術の芸術品のような完璧な体をした美丈夫だったと言えるような体。堅牢な筋肉に身を包んで鉄で組まれた鎧と兜をつけた雄々しき戦士。

 力強い戦士の私は目の前の敵と対峙している。


 自分の体を超える赤く燃え上がるような熱量を持った剣を持っている。


 敵の姿はどのような姿をしていたか。


 今の私には思い出すことがどうにも出来ない。

 ピントの外れたカメラのようにぼやけている上に黒い塊のようなもののようにしか思い出すことが出来ない。

 

 ああ、そうだ。

 周りがとても広い平原だったのは覚えている。

 だだっ広い平原に私と敵が一人だけ。

 あとは遠くに一つの塔が見えていたような気がする。

 地上から、空を貫くようなオブジェのような塔があって、私達の姿を見ている。

 石造りの塔が私達を遠く見つめている。


 何故だろうか。

 私はそれを見て、一瞬だけ憎く思え、怒りを覚えたのだが口元をにいっとさせて笑みの形を作る。


 初めての感情だった。


 憎しみ、悲しみ。

 憤怒。


 ああ、この気持ちはなんだろうか。

 歪なもので空っぽの私には必要なものではないはずなのにどうして感情を抱いてしまったのだろうか。


 感情。


 意識したことがない言葉が生まれる。

 私がずっと思わなかったこと。


 何故私は在っただけなのだろうか。

 存在意義など考えたことはない。


 私の前にいた敵、それは本当に敵だったのだろうか。

 今となっては考えることも出来ない。


 私は気付けば赤い剣は敵を一刀両断していた。


 私は夢から目覚めた。


************************************

 夢から覚めた時、私は酷い喪失感を味わった。

 敵との戦いに興奮して、色のある世界に私は羨望を抱いたのだろう。

 あのような姿の世界を私は見たい。

 見たくて見たくてしょうがない。


 小さな子供が描く落書きのような外界への好奇心を抱いた。

 ああでもないこうでもない。

 そうだ、私の世界は平原ではなくて、色々なものがあればいい。敵だけではない。夢の自分の姿以外のものがあふれるものにしよう。

 綺麗なものがあればいい。汚いもの、それももしかしたらいつしか綺麗なものになれるものがあれば最高じゃないか。

 

 そして、

 私の夢想は花開いた。


 ただ、想うだけで私の夢の世界は現実となる。


 大きな平原、山、川、そして、海。

 空は青くしよう。

 その方が綺麗だから。


 よし、あとは自分が見つめる為の何かを用意しよう。



 そうだな、塔にしよう。


 ああ、今いるこの塔の一番上から私は作った。

 この世界を上から見渡せる空の上から。


 そして、世界は創生された。


 私の世界は作られ、敵ではないけれども他者が生まれた。


 私は思う。

 あれは敵ではなく、初めての他者。


 私は寂しかったのだと思う。

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