異世界のゴリラは竜のもの! 【後編】

 ミーナとゴリラが入れ替わった密林地帯は〈アウトサイド〉郊外にあり、アジトから全力で走って三十分ほどで行き着くことができる。

 鬱蒼と茂る森の中は蒸し暑く、赤褐色の鱗の隙間からじわじわと汗がにじみでてくる。

 横を見ればリオたちも汗まみれで、都市特有の布面積が少ない衣服が身体にべったりと張りつき、ただでさえ刺激的な装いをさらに艶めかしいものに変えていた。


竜骸都市マハーカーラにゴリラと分類されるモンスターは十五種類ほどいますが、この辺りに生息しているのは【パイアゴリラ】と呼ばれる種族です」


 ホウホウギャアギャアと得体の知れぬ鳴き声がこだまする中、バニーガール三姉妹のペペが解説する。土地勘がありモンスターの生態に詳しいというので、サポート要員として連れてきたのだ。

 ちなみに今の布陣は縦並びに、俺とペペ、ルウとミーナ(ゴリラ)、リオである。


「パイアゴリラは力が強いので怒らせると危険ですが、基本的には警戒心が薄く温厚で、無害なモンスターと言えるでしょう」

「てことは地球のゴリラとほぼ同じだな。そもそも中に入ってるのはミーナなんだから、名前を呼びながら探してればすぐに見つかるか」


 俺が楽観的な意見を述べると、後ろからルウの湿った声が響く。


「そうでもないの。時間が経てば経つほど入れ替わった身体に心が定着していくから、今ごろはミーナさん、だいぶ野生化しちゃってるかも」

「身も心もゴリラになってるなんて……ミーナさん可哀想……」

「とはいえ他のゴリラ系モンスターではなくて幸いでしたね。少なくとも乳房から破壊光線を射出したり、排泄物を爆発させたりしないわけですから」


 ……ん? そんなクレイジーなゴリラもいるのか? 

 竜骸都市カオスすぎて怖いな。

 そしてう○こ爆弾投げるゴリラと入れ替わらなくてよかったな、ミーナよ。


 とまあそんなふうにして、ペペの解説を聞きつつ密林をさまよっていると、


「ウホ、ウホウホ!」


 不意にミーナの身体に宿るゴリラが騒ぎだす。

 ドラゴンの鋭敏な聴覚を研ぎ澄ませると、ホウホウギャアギャアという鳴き声に交じって、バキバキと木々を踏み倒す音が聞こえてきた。


 物音はどんどん大きくなっていき、やがてピタリと止まる。

 そして――。


「ジャングルカラ、タチサレ。ヨソモノドモ……」


 俺たちの前に、巨大なゴリラが姿を現した。


 がっしりとした体躯、黒檀のように美しい毛並み、凛々しさすら感じさせる野性味のある面構え――どこからどう見てもゴリラ以外の何者でもないが、あからさまに敵意を示していることからして、この個体はミーナではないだろう。


「でもおかしいな。ルウの話だと異世界のゴリラも喋れないはずじゃ」

「別におかしくないし。あれがミーナさんなら……」


 独自の言語を持つミーナの心が宿っているのなら、ゴリラになっても会話はできるということか。

 確かにそうでなければ、自らの名を唱えて術を解除するのは不可能だ。


「オマエタチ、シゼンコワス。ジャングルのチツジョ、ミダス」


 納得しかけたところで、再びゴリラが警告を発する。

 俺たちを悠然と見すえる様は、密林の主と称えるべき威容が漂っていた。


「いや……やっぱりゴリラ違いじゃないか? カタコトだし」

「どう見たってモンスターだよねえ」


 目の前のゴリラがミーナだと信じたくない俺とリオは、口々に否定的な意見を述べる。  

 しかしミーナの身体に宿ったゴリラは「ウホウホッ!」とこいつを指さしているし、


「きっと心が野生に返ってしまったのでしょう。名前を呼んで正気に返してあげなくては。ミーナ様! 自分のことを思い出してくださいっ!」

「ミ、ミーナ……? ナツカシイヒビキ……」


 ペペの呼びかけに動揺しはじめたので、こいつがミーナで間違いないらしい。

 俺は変わり果てた彼女の姿に頭痛を覚えながら、ゴリラ(ミーナ)に語りかける。


「ほら、助けにきてやったぞ。早く元に戻ってアジトに帰ろう!」

「わたしたちのこと忘れちゃったの!? ミーナさあん!」

「……ソレガ……ナマエ……?」

「ああ、そうだよ! お前の名前だよ!」

「ナ……ナ……」

「よし、もうちょい! 口に出せば全て元通りだぞっ!」

「……バナナ?」


 惜しいっ! 

 ていうかナしか合ってねえぞっ!


「違います。バナナではありません、ミーナですよ」

「すっごく寒いギャグなの。低レベルすぎるし」


 あまりにもひどい展開に、ペペとルウが死んだ魚のような目になっていた。

 なんつーか……どう転んでも黒歴史を作っていくミーナはすごいな。


 すると微妙な空気を察したのか、ゴリラ(ミーナ)は身体をぷるぷると震わせ、


「ゴリラ、バナナタベル。コレアタリマエ! ……オカシイハ、オマエタチ!」


 両腕を振りあげ――俺たちに襲いかかってきた!


「ああ、くそ! こいつマジで野生に返ってやがるぞっ!」

「カイくうんっ! ゴリラに見えるけどミーナさんだからね、殴ったらダメよ!」

「わ、わかってるよ! でも、そんならどうすりゃいいんだ……?」


 俺はものすごい勢いでつかみかかってきたゴリラ(ミーナ)を強引にいなして距離を取る。想定していた以上の厄介な展開に、自然と口から舌打ちが漏れる。


 ペペから聞いたとおり、ミーナの心が宿ったパイアゴリラのパワーは相当なものだ。

 容赦なくぶん殴っていいならともかく穏便に済ませるとなると、ドラゴンの力をもってしても難しい。しかもこうしている間にミーナはどんどんゴリラ化し、やがてマトモな会話すらままならなくなってしまうのだ。


「チカラコソスベテ! ジャングルノオキテ!」

「ちくしょうっ! このままじゃ……ミーナが……ミーナがっ!」


 俺の大切な女の子が、あの可愛いエルフ娘が――一生ゴリラになっちまう!

 竜骸都市の理不尽な現実が、救いようのない理屈が、俺の心に重くのしかかる。

 しかし――。


「あきらめたらダメでウホッ!」

「な……っ! ミーナが喋っただと?」


 いや、ミーナが喋るのは別におかしくないか。

 正確にはウホウホ言ってるだけのミーナに宿ったゴリラが喋ったのだ。


「驚くことはありませんウホ。ゴリラ化したミーナが野生に返ってカタコトで喋るように、ミーナ化した私もまたエルフの知性を得て言語を話すようになったのでウホ」

「お、おう……。わかるようなわからんような……」


 状況がややこしすぎるというか、超展開すぎてついていけない。

 それは俺以外の面子も同じようで、


「喋りだすと、余計にこっちがミーナさんに見えてきちゃうよお」

「いいえ。むしろ普段のミーナさんより賢そうです」

「人柄もよさそうなの」


 ……お前たちのミーナの印象ってけっこうひどいな。

 困惑する俺たちに構わず、彼女の身体に宿ったゴリラはわりかし知的に語りだす。


「ミーナはパニックに陥っているのでウホ。だからそうやって急かさずに、もっと優しく包みこむように接すれば、ちゃんと話を聞いてくれるはずでウホ。さあ……」


 ミーナ(ゴリラ)はゴリラ(ミーナ)に向けてゆっくりと両手を広げ、まるで暴徒に説法を唱える聖女のごとき慈愛に満ちた笑みを浮かべてみせる。


「恐れることはありませんウホ。ラブアンドピース」

「ラ……ラブアンド……ピース……?」


「すごい! ゴリラの動きが止まったわ!」

「ミーナさんがまるで天使みたいなのっ!」

「待て待て! ややこしいから間違えるのは仕方ないが逆だ逆っ!」


 思わずツッコミを入れてしまうが、ゴリラの心が宿ったミーナが天使に見えて、ミーナの心が宿ったゴリラがモンスターにしか見えないという事実は、あまりにも残酷すぎて俺としても目を背けたくなる。


「大丈夫……もう何も怖くないウホ……だから思いだして……大切な名前をウホ」

「ナマエ……ソウ……ワスレタクナイ……」

「君の名はウホ……?」

「ミ、ミーナ……!」


 次の瞬間、ミーナ(ゴリラ)とゴリラ(ミーナ)の身体が眩い光に包まれる。

 そして――全てが元通りになったのだ。


 こうして恐るべき惨劇は未然に回避された。

 ミーナはゴリラになっていた時のことをまったく覚えていないらしく、俺が「この前は大変だったな」と言っても「はあ?」というコメントしか返してこなかった。


 まあ致命的な黒歴史だし、彼女のためにも闇に葬ってしまったほうがいいだろう。

 とはいえ起こってしまった出来事というのは、完全になかったことにはできないものだ。


「なあミーナ、何を食ってるんだ?」

「バナナよ。なんでか知らないけど、最近やけに食べたくなるのよ」


 ゴリラ化した後遺症は、今でもばっちり残っているらしい。


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異世界の姫は竜<オレ>のもの! エルフ娘とやらかすチート強奪生活/為三 MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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