9/23(金)発売直前! 特別書き下ろし掌編

異世界のゴリラは竜のもの!【前編】

 ぽかぽかとした陽ざしが心地よい、ある日の昼下がり。

 アジトのテラスで日光浴をしていた俺のところに、前触れもなく悲劇がやってきた。


「カイくんカイくんっ! 大変っ! 大変なのお!」

「そんなに慌ててどうした、リオ。てか今日はミーナと出かけたはずじゃ……」


 確か〈アウトサイド〉郊外の密林地帯ジャングルで、魔術の実地訓練をするという話だったはずだ。

 あの辺りは野生のモンスターが多いものの、さほど危険な種族が生息していないので、いまだ魔術の扱いが不慣れなリオにとって絶好の訓練スポットなのである。


「だからあ……そのミーナさんが大変なことに……」

「まさか、あいつに何かあったのか!」


 ぜえぜえと息を荒げて訴えるリオの様子から、切迫した空気が伝わってくる。

 不安にかられた俺はミーナを探すが――なんてことはない。彼女もリオの後ろにぽけーっと突っ立っていた。

 見たところ怪我をした様子はないし、俺と目が合うとニコニコと笑い返してきた。


「なんだよ、ピンピンしてるじゃねえか。むしろ普段よりお元気そうだ」

「ち、違うのカイくん! 今のミーナさん、なんともないように見えるけど……」


「ウッホゥ! ウッホウッ!」

「!?」


 あまりの出来事に、俺は絶句する。

 ミーナが唐突に変な声を出しやがったのだ。


「ちょっ……急にどうした。一発ギャグを披露するタイミングじゃなかったぞ」

「ウッホウッホ! ウッホホィ!」

「だからその、ゴリラの真似みたいなのはやめろって。会話になんねえだろ」

「ウホ?」


 言葉の意味がわからんとでも言いたげに、ミーナは首をかしげる。

 いや、わかんねーのはこっちだから。


「たぶんなんだけど、ミーナさんゴリラになっちゃったみたいで……」

「はあ?」


 リオまで意味不明なことを言ってくる。

 ゴリラになるってどういうこっちゃ。


 しかし戸惑う俺に追い打ちをかけるように、ミーナはウホウホ奇声を発しながら前かがみの姿勢を取ると、テラスのテーブルに置かれていたおやつ――バナナによく似た異世界の果実をむしゃむしゃと食べはじめた。

 ……即興のモノマネにしちゃ本格的すぎる。

 完全に理性を捨てなければできないような仕草だ。


 尋常でない気配を察した俺に、リオは神妙な顔で語りだす。


「森の中でミーナさんと訓練してたらね、野生のゴリラさんと出会ったの」

「ウホウホ、ウホ」

「おとなしくて人懐っこい感じだったから『お話できたらなあ』って言ったの。そしたらミーナさんが『魔術を使えばイケるかも』って……」

「ウホウホ、ウホウホホ」


 ……ああ、くそ。横のゴリラ声がうざすぎて会話に集中できん。

 とはいえ何が原因でこうなったのかは、なんとなく察しがついた。


「つまりミーナは【動物と会話する魔術】を使ったせいで、おかしくなったのか」

「たぶん。術が発動する直前に『あ、間違えた』って言ってたし」

「明らかに大失敗してんなあ……」


 しかし魔術が原因だとすれば、知識に乏しい俺とリオでは対処が難しい。

 ゴリラ化したミーナを眺めて困っていると、思わぬところから助け船がやってきた。


「騒がしくてお昼寝できないの……。お姉ちゃんたち、もうちょっと静かにしてよお」

「ルウちゃん! ちょうどいいところに!」

「え、ええ?」


 必死な形相の姉に詰め寄られたルウは、眠そうな顔をゴシゴシとこする。

 彼女は俺たちに助けだされて以降、アジトの自室に引きこもり夜中まで絵を描いてあとは寝るという、小学生らしからぬ退廃的な生活を貫いている。

 そのため昼間に見かけることすら稀なのだが――彼女はアドラメレクから指南を受けているから、ミーナほどではないにしてもそれなりに魔術の知識がありそうだ。


「実はな、ルウ。かくかくしかじかで……」

「なるほど。ゴリラになっちゃうなんて、ミーナさんらしいの」


 知り合ってからさほど経っていないのに、ルウの中でもミーナはトンデモ失敗をやらかすやつという認識なのだろうか。驚くほどあっさりと状況を呑みこんでくれた。


「きっと【魂を入れ替える魔術】を使っちゃったんだと思うの。同じ精神系の術だから、お醤油とソースくらい間違えやすいし」

「確かにミーナは刺身にソースかけちゃうタイプだな」

「ウッホゥ!」


 ……いや、そんな野性味のある返事はいらん。


 ルウの推測によれば――ミーナが使おうとしていたのは【動物と会話する術】ではなく、正確には【精神的に意思疎通を図る】テレパシーの術だと思われるという。

 なんでも対象が独自に言語を持っていないと、俺たちが普段しているような会話は成り立たないらしいのだ。

 言われてみれば……動物と言葉を使って話せるのなら、そもそも都市に施された〈竜言語〉の秘術によって、自動的に翻訳されているはずである。


 つまりミーナは動物と【心を通わせる術】を使おうとして、うっかり【心を入れ替える術】のほうを使ってしまったわけである。

 都会のイケメンとかでなくゴリラと入れ替わるとは……つくづく残念なやつだ。


「お互いの心が入れ替わったのなら、本当のミーナさんは今もゴリラになったまま、森の中にいるってことなのかなあ?」

「うわあ……。いくらなんでも不憫すぎるぞ……」

「元に戻す方法は一つなの。お互いをもう一度引き合わせて、術の使用者――つまり今はゴリラさんになってるミーナさんに、自分の名前を唱えさせるだけ」

「わりと簡単なんだな」

「意外とあっさり解決できそうだねえ」


 ほっと安堵の息を漏らす俺とリオ。

 しかしルウの表情は浮かない。


「とにかく急いだほうがいいかも。時間が経つほど入れ替わった身体に心が定着して、そのうち元に戻れなくなっちゃうし」

「そんな……っ! ミーナさんが一生ゴリラさんだなんてっ!」


 リオがショックのあまり卒倒しそうになる。

 確かに想像するだけで恐ろしい未来だ。


「色んな意味でヤバイなっ! ――今すぐ密林に向かうぞ!」

「ウホッ! ウホホホッ! ドムドムドムドムドムッ!」


 俺の言葉に呼応して、ミーナ(ゴリラ)が激しく胸を叩いてドラミングする。

 豊満な胸をぷるんぷるんと揺らす姿は、野生の獣ならではの猛々しさを感じさせた。

 くそ、マジで早くなんとかしないと……。

 

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