”サリー”との”約束”

 それから、僕とサリーはインゴルヌカの街を歩きまわった。僕の持ってきた絵日記を見ながら、二人で思い出の場所を巡り歩いた。インゴルヌカの町を歩くたびに、僕の記憶はどんどん保管されていった。失われたものを一つ一つ取り戻すような、そんな感じがした。

 服屋での買い物、食べ歩き、有名な遺跡跡地観光……絵日記に書いてある場を、とにかく一通りめぐった。サリーは、行く先々で楽しそうに笑っていた。僕も、一緒にいっぱい笑った。そして、気がつけば、夜になろうとなっていた。

「はーっ!楽しかったーっ!」

橋の上でから川を眺めながら、サリーは言った。僕はといえば、その言葉に安心していた。10年ぶりの再会を、サリーには楽しんでもらえたのだ。

 そう、あとは、僕がボロを出さなければ、サリーに嫌な思いをさせずにすむ。10年前の絵日記よ、僕に力を貸してくれ。そう祈りながら、サリーとの会話を続けた。

「でも、ごめんね、なんというか、昔のこと全然覚えてなくて……」

「いや、いいんだよ。10年もありゃあ、人なんて変わっちまうんだ……」

僕もサリーも、いつの間にか川をずっと見て話していた。川に映る自分の顔と、それから相手の顔を見ながら。それから、少しだけ長い、無言の時間が続いた。なんだか、妙な気まずさがあった。

「……そろそろ時間だ。今日はアリガトな」

サリーがポツリと呟いた。いつの間にか、お別れの時間になっていた。

「あの……」

このまま今日が終われば、彼女を傷つけないという最初の目的は達成できる。万々歳だ。もし、僕がサリーを覚えてないと言ってしまえば、今日一日の間ずっと騙していたと告白してしまったら、サリーはひどく傷つくだろう。でも、僕は、サリーを騙した罪悪感に耐えられなくなった。僕は最後に、結局は自分の心に負けてしまった。

「僕、」

「なあ、アタシ、アンタにずっと言いたかったことがあったんだ」

僕の言葉を遮るようにサリーが言った。

「あのさ、最後まで黙ってようと思ってたんだけどさ、」

(どうしよう、もしかして、愛の告白!?いや、まさか、絵日記には結婚しようとかそんなこと書いてなかったし、でも、もしかしてそれも含めての”約束”だったら、いや、でも、もしそうだとしたら、僕は)

サリーは、僕の顔を見た。じっと目を見つめてくる。僕は、サリーから目が離せなくなった。

「……アタシ、ゾンビなんだ」

サリーは、革グローブを外した手の甲を見せてきた。そこにはしっかりと、ゾンビ証明印がついていた。紛れも無く、ゾンビだ。


「ゾンビ……それだけ?」

予想外の言葉と、勝手に愛の告白だとか勘違いしていた恥ずかしさで、それだけ言うのが精一杯だった。確かにゾンビには人権がない。周りからの扱いもひどくなる。でも、ここインゴルヌカは、世界最大のネクロポリスだ。ゾンビだからといっても、他の場所に比べれば問題も少ない。それに、僕の住んでいる町もネクロポリスだから、僕にとってはゾンビは身近な存在だ。だから、サリーがゾンビでもそんなに気にはならなかった。だって、たとえゾンビでも、サリーはサリーなのだから。

「いや、あー、言い方が悪かったな。……アタシは、10年前のサリーじゃないってことなんだよ」

 それから、サリーは詳しく話してくれた。ゾンビになったのは8年くらい前のこと、元々体が弱かったサリーは、病で死んで、ゾンビとして蘇ったということ。ゾンビだから、10年前とは人格が違うこと。それでも、ビルのために約束を果たそうとしたこと。

僕は、それを黙って聞いていることしかできなかった。

「……っとまあ、そういうわけで、昔のサリーのふりしようとして日記を読み返したりしたんだけど、練習してもうまく行かなくって、それで、結局はいつもどーりのアタシで行くことにしたんだ。ゴメンな。アタシ、アンタをずっと騙してた」

僕は、ショックだった。だって、僕だってサリーを騙していたのだから。

「最後に、謝りたかったんだ。最後まで隠しとうそうと思ったけど、ビルみたいなイイヤツに嘘つき続けるってのが、耐え切れなくってさ……」

僕だって同じだ。最後まで隠し通せばサリーを傷つけない、そいう自分に言い聞かせて、ずっと逃げていた。僕は、いつの間にかうつむいていた。

「アンタが日記を見せてくれた時も、騙すのが辛くなって、ちょっと泣いちゃったんだ。その……アタシ、アンタの思っているサリーじゃなくて、ゴメンな」

サリーの声は、涙で掠れている。

(違う、そんなことない、いや、そんなことはある、けど、ああ、そうじゃなくて)

「っつーわけで、これでサヨナラな。今日は、本当に楽しかったよ。これは本当だ」

サリーは振り返って、僕から離れていく。僕は、僕は!

「待って!僕も、サリーを騙してたんだ!」

サリーが立ち止まる。サリーは、本当のことを言ってくれた。だから、僕も本当のことを言わなきゃいけない。

「僕も、ゾンビなんだ!僕は10年前のビルじゃない!約束のことも、ボクの記憶だけど、僕の思い出じゃない!僕は、今日ずっと、キミを騙していたんだ!」

僕は手袋を取って、ゾンビ証明印がついた手の甲をサリーに向けながら、そう言った。


「ハハッ、なんだよそれ、笑えねえジョークだな……」

「本当、なんだよ。ゾンビになったのは5年位前で、僕は、ずっと10年前のビルのふりをしていた。手紙が届いて、サリーを悲しませちゃいけないと思って、それで、ずっと、嘘ついて……」

サリーが僕の方を振り返って、僕の方に歩いてきた。顔が近い。もう日が沈んであたりが暗いのに、サリーの目が涙で光っているのが、よく見える。

「こんなフクザツな気持ち、初めてだよ。それじゃあ何か?アタシたちは、お互いに嘘ついて、お互いに偽者を演じていて、それで……」

「お互いに、それを伝えた」

僕は、サリーの言葉に、そう続けた。

「ップ!ハハッ!アハハ!」

「ハハハッ!」

サリーは泣きながら笑い出した。僕もつられて、なんだかおかしくなってきて、一緒になって笑った。


 ひとしきり笑って、落ち着いた僕達は、また見つめ合っていた。

「なあ、それ」

サリーは、僕の帽子を指差して言った。

「次に合うときも、また”ビル”を連れてこいよな。アタシも”サリー”を連れてくるからさ」

僕は、鉢巻みたいに頭に巻かれているサリーのリボンを見る。そこに、”サリー”がいる気がした。

「うん、わかった」

「あ、ヤバイ!もう帰らないと叱られちまう!それじゃーまたな!」

サリーは慌てて走りだした。

「待って!!またって、いつーっ!?」

「次はアンタが決めてよー!!手紙送ったから、住所わかるだろー!!」

それだけ言うと、サリーは人混みへと消えていった。

サリーを見送った僕は、帽子を手にとって眺める。そこに、”ビル”がいる気がした。

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「死者、インゴルヌカにて」二次創作小説『10年ぶりの再会』 デバスズメ @debasuzume

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