サリーへの困惑
「っつーわけで、ここがその丘だ」
駅からしばらく歩いて、”その丘”にたどり着いた。
「……え?ここが?」
僕は驚いた。そりゃそうだ。そこにはピクニックができる丘なんて無く、大きなショッピングモールがあった。
「まあ、10年もたちゃあ、こうもなっちまうよ」
サリーは残念そうに言った。
「そう……だよね……」
僕は、言葉に詰まった。だって、思い出の丘は、今や沢山の人で賑わうショッピングモールだ。二人っきりで話ができると思っていたのだから、この状況は少し気まずい。
「あー、まあ、その、なんだ」
僕があまりにも呆然としたからだろうか。サリーが話しかけてきた。
「せっかくだし、メシでも食わねえか?時間も時間だしよ」
「え、ああ、そうだね」
時計を見ると、もう昼過ぎだ。たしかに、お腹が空いてきた。
「ここ、けっこういろんな店があるんだぜ?ほら、オマエ、あれ好きだったろ?たしか……」
「ピザ?」
サリーの言葉を遮って、思わず言ってしまった。僕はピザが大好きだ。とくに、お腹が空いている時のピザは格別だ。
「そうそう!ピザ!相変わらずオマエは変わらねえなぁ。そんじゃ……」
「あ、待って!」
僕は思わずサリーを止めた。サリーは体が弱いというのもあったけど、たしかピザはあまり好きではなかったはずだ。
「サリーは、ピサ、嫌いじゃなかったけ……?」
言ってからシマッタと思った。もし、10年前の日記をかいたボクがアホで、何かを勘違いしていたなら、サリーがピザ嫌いというのも間違いだからだ。
「ああ、昔はキライだったんだけど、今じゃ食えるようになったんだよ。っていうか好物?っていうの?まあ、とにかく行こうぜ!」
サリーが僕の手を掴んで引っ張る。とりあえず、10年前のボクはアホではなかったようだ。良かったな、10年前のボク。
「え、あ、ああ」
僕はといえば、サリーの言うがまま、引っ張られていくだけだ。
◆
ショッピングモールのピザショップに着た僕たちは、チーズとペパロニたっぷりのピザを食べた。レッドペッパーが効いていて美味い。南育ちの僕にとっては、汗をかきながら食べる唐辛子の味は、故郷の味みたいなものだ。
「その食いっぷり、やっぱり昔と変わんねえな」
口からチーズを伸ばす僕を見て、サリーは笑う。
「ん……!」
モグモグとピサを咀嚼して、慌てて飲み込む。
「ヘヘヘ、慌てんなって。オマエの分まで取って喰いやしねえよ」
「あ、うん。ご、ごめん」
「あやまんなって。……つーかオマエ、なんかそういうとこ変わったなあ」
サリーが目を細めた。悲しそうな、寂しそうな、そういう目つきにも見える。
「え?どこらへんが」
「なんつーか、昔のオマエはもっと自信家だったっつーか、怖いものなしだったつーか、オドオドしてなかったっつーか……」
僕はそれを聞いて少し焦った。確かに僕は、あちこちの学校を転校したりしたせいで性格が変わったかもしれない。それはバレても問題ない。でも、サリーのことを覚えていないということがバレてしまうことだけは、どうしても防ぎたい。彼女を傷つけるわけにはいかない!
「そ、そりゃあ10年もあれば、いろいろあるし、僕だってあちこち転校したりして、いろいろあったんだよ。サリーだって、10年前とはぜんぜん違うじゃ……あ!」
そこまで言って、僕はまたシマッタと思った。サリーだって10年経っているんだし、僕みたいに変わるに決まっている。でも……。
「おい。まさか、アタシがまだゾンビだって疑ってんじゃねえだろうなぁ?」
サリーがテーブルに乗り出して、僕に顔を近づけてくる。顔が近い。とても近い。
「え、あ、いや、そういうわけじゃ」
サリーの呼吸までわかる顔の近さだ。こんな状況なのに、僕はドキドキしていた。焦りとか恐怖とかじゃなく、もっと別のドキドキだ。僕は、思わず後ずさりしようとした。でも、僕が座っている席の後ろは壁だ。もうこれ以上は後ろに下がれない。
「サ、サリー?あ、あの」
視界いっぱいにサリーの顔が広がる。サリーの目は、ずっと僕を見つめている。僕も、サリーの瞳から目を離せなくなった。どうしてだろう、僕はサリーから目が離せない。
「……まあ、いいや」
テーブルの上に乗り出した体を引っ込めて、ドカッと椅子に座り直しながら、サリーは言った。
「約束ったって10年前のことだ。お互いにもう殆ど覚えてねえんじゃねかって気がするんだよ」
「あー……、うん」
無意識のうちに、返事をしてしまっていた。その返事っていうのはつまり、”自分は10年前の約束なんてほとんど覚えていないんだよ”ということを明言するようなものだ。
……やっちまったと思った。さっきから失敗ばっかりだ。これで、サリーの思いには、もう答えられないのだと覚悟した。
「じゃあ、さ。その……」
サリーは言葉を選びながら話す。ああ、僕はやってしまったのだなと、彼女を傷つけてしまったのだなと、それだけで頭がいっぱいだった。でも、サリーから帰ってきた言葉は、予想外のものだった。
「……今からさ。改めて、さ、その……お互いの思い出を探すってのはどうよ……?」
「え……!?」
僕はサリーの言葉に驚いた。まさか、あんな乱暴な彼女が、そんなことを言うなんて。
「それってどういう……」
「なんつーかよお。アタシたち10年間でお互いにいろいろあったっぽいっしよ、そういうの話しながらお互いに昔の思い出を振り返ってもいいんじゃねーかと思ってな……」
その言葉は、僕にとっては願ってもない言葉だった。なにせ、僕は10年前のことを、ほとんど覚えていないのだから。
「じゃ、じゃあ!そういうことなら……」
僕はそう言うと、リュックサックから10年前の絵日記を取り出した。
「これ!これを見ながら、一緒に思い出を探していこうよ!例えば……ほら!」
僕がページをめくって見つけたのは、大きな木だった。
「この木!一緒に登ったって書いてある!ほら!行ってみようよ!それに……」
他のページを説明しようとしてサリーの顔を見た。
サリーは、泣いていた。
「え、あ、ご、ごめん!」
僕は、泣いているサリーに対して、どうすればいいのかわからなくて、謝った。詳しくは分からないけど、とにかく僕がサリーを傷つけてしまったと思ったからだ。
「ごめんって、アンタは、謝ることなんて……」
「え、あ、で、でも、泣いて……ぐぎゃ!」
僕が話しかけところで、サリーのパンチが顔面に飛んできた。
「アタシは泣いてないんだからね!いい!?アンタはなーんにも見ていない!いい!?」
「はい……」
メガネをかけ直した僕は、頷いた。
「よし!それじゃ、アンタのその日記に書いてある場所、手当たり次第めぐってみようか!」
「えー!?ひたすらって……」
「ぐだぐだ言ってないで、行ってみようよ!行ってみれば、なんかわかるかもしれねーだろ?」
サリーを見ると、彼女がゾンビだなんて、全然思えない。ただ単に、10年間でいろいろあって変わっただけなんじゃないだろうか。とか考えたけど、この時点で、僕にとってはそんなことはどうでも良かったのかもしれない。
「あ、うん……じゃあ、いこう!」
僕は、サリーが、その、二回も殴られて言うのも変だけど、……今のサリーのことが、好きになっていた。
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