サリーとの出会い

 インゴルヌカに着いた僕を迎え入れたのは、まったく記憶に無い街だった。10年の月日というのは、これほどまでに世界を変えるものなのか。夏とはいえ気温は20度前後。南育ちのボクの痩せた体には寒いくらいだ。手袋と上着を用意してきてよかった。

 しかし、サリーは見つかるだろうか。と心配したが、そんな心配は無用だった。

「アンタ、その帽子、ビルじゃないのかい?」

後ろから僕の名を呼ぶ声がした。サリーはすぐに見つかった。というか、サリーの方から僕を見つけてくれたのだけど。

「もしかして、サリー……エッ?」

振り返った僕の目に入ってきた女の子は、10年前の日記とは別人に見えた。

 絵日記では腰まで伸びていた金髪は、バッサリとショートカットに。真っ赤なリボンはまるで鉢巻だ。ゆったりとしたワンピースなんて着ているわけもなく、タイトなショートパンツにへそ出しの革ジャンというパンクなファッションは、夏とはいえインゴルヌカではどう見ても寒いはずだ。体型も、病弱だったとは思えない健康的な体つきだ。

 一方の僕はといえば、明らかに目印の帽子が不釣り合いな、絵に描いたようなギークファッションだ。何も知らない人が僕達をみたら、どう見ても不釣り合いな組み合わせに見えるだろう。僕はメガネを外して、よく拭いてからかけ直す。もちろん、そんなことをしたって目の前の人物の姿は変わらない。

「えーと、あの……サリーさん……ですか?」

恐る恐る聞く。

「おう、アタシがサリーだ!あんたがビルだな?10年ぶり!」

サリーは笑顔で答えた。

「え、あ、えっと、その、なんというか……」

(ええ~っ!?いや、日記と全然別人じゃ!?)

僕は大いに戸惑った。だが、そんな態度を表に出せばサリーに申し訳ない。と思いつつ、口に出た言葉は、ひどいものだった。

「もしかして、ゾンビに……」

「っんなわけネーだろ!?」

「ぐぎゃ!」

僕は、パンクな指ぬきグローブの拳で、おもいっきりぶん殴られた。

 ゾンビ、この世界では、百年くらい前から、そういうものが現れるようになった。一度死んだ人間が、”記憶は保ったまま、人格が新しいものになって蘇る”という現象だ。インターネットのSNSで言えば、それまでの書き込みを残したままでアカウントを使う人がいきなり入れ替わるようなものだ。つまり、僕はサリーのあまりの変わりように、サリーがゾンビになってしまったのではないかと思ったのだ。目の前のサリーは、体はサリーだけど、その人格はまったく別物になってしまったのではないかと。それに、ゾンビは寒さに強い。というか、暑さ寒さ(それから痛み)を感じなくすることができる。サリーがゾンビだとすれば、インゴルヌカで薄着なのもうなずける。

「い、いきなり殴ることないじゃないか!?びっくりするだろ!?」

ずれたメガネを直して僕は立ち上がる。

「人をゾンビ呼ばわりするからだよ。いくらここがインゴルヌカだからって、そんなこと言われちゃショックだぜ?」

 たしかに、サリーの言うとおりだ。ゾンビには、人権がない。正規に生まれた人間とは違っているからなのか、そのほうが政府の都合がいいからなのか、そんなことはよくわからないけど、とにかく人権がない。だが、ここインゴルヌカでは、ちょっと事情が違う。ここは世界最大のネクロポリス、つまりゾンビが大手を振って生活できる町なのだ。

「ごめん、ごめん。悪かったよ」

「わかってくれりゃあいいんだよ」

そういうと、サリーは笑った。ああ、絵日記のとおりだ。笑顔がとても可愛い。

「なんだ?アタシの顔、なんかついてるか?」

「い、いや!なんでもないよ!ハハハッ……」

いつの間にか、サリーの顔を見つめていたらしい。なるほど、10年前のボクが惚れるわけだ。少しずつだけど、昔の記憶が蘇ってくるような気がした。

「さ、行こうか!」

サリーが言った。

「え?どこに?」

「決まってんだろ?約束の場所だよ!覚えてんだろ?」

そう言われて僕は困った。10年前の絵日記には、約束の場所なんて言葉はなかったからだ。

「え、あ、えーと……」

必死で日記の内容を思い出す。ここで忘れたなんて言えない。言ったらサリーを悲しませてしまう。

「もしかして、忘れちまったんじゃ……」

「いや!そんなこと無いよ!無い無い!あそこだろ!えーっと、ほら、みんなでピクニックにいったあの丘!」

日記の記録を思い出し、一番可能性が高そうな場所とっさに言ってしまった。

 10年前の日記には、ボクの家族とサリーの家族で、いっしょに町がよく見える丘にピクニックに行ったと書いてあった。サリーの体調が珍しく良く外出した、思い出に残る日だった。だから、その場所こそ、約束の場所じゃないかと思ったのだ。

「お、おお!やっぱり覚えてんじゃねーのよ!」

サリーは少し驚いたようだ。それでも、僕が本当に覚えていなくてとっさに言ったとは、バレていないらしい。良かった。

「忘れるわけ無いだろう、ハ、ハハハ……」

笑ってごまかす。どうにか最初のピンチは切り抜けられそうだ。

「よーし、そんじゃ行こうぜ!」

サリーはまた笑った。ああ、やっぱり可愛いな、と思ったけど、さっきみたいにボーッと見とれている訳にはいかない。

「あ、ああ!行こうか!」

サリーと一緒に、僕は丘へと向かった。

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