第139話無理は禁物

 午前中に幼子のために力をふりしぼってしまった。

 今になって思うに、なぜこんなに大変なことを気軽に頼んでいくのか。なぜ幼子の相手をわたくしがせねばならなかったか。(今日はカクするつもりだったのに)

 確かに、こんな大変なことをママは毎日している。感嘆もするし、手伝ってやりたいとも思った。

 しかし、産んだのはママなのである。ねえねはどう頑張ってもママにはなれない。非常に冷たいようであるが、「ばぶばぶ」言ってるあかちゃんの言葉をうっすらとでも理解しろという方が無理だ。

 無理なものは無理だ。次回から断ろう。もしくは我が家に来ると決まった時点でママにリンゴジュースを持たせてもらおう。あまりにもひどい。

 ママはにこにこしながら、大泣きする我が子をねえねに預けていったのだ。おかげでこちらはくったくただ。予定が一つも進まなかった。こんな条理があってたまるか。

 R君は(一歳十か月)こちらの気持ちをコントロールしようとしているかのように見受けられる。わざわざ玄関口で波動砲を撃つ。

 これは丈夫に育つぞ、と思って「もっと泣け、もっともっと」と念じたら、だいぶおとなしくなった。あまのじゃくめ。

 あの波動砲を聞いたら、近所の人は「もしや虐待!?」と思うこと間違いなしだが、被害者はこちらだ。虐待する母親の気持ちがわかってきそうで怖い。

 しかし、後になって考えてみると、赤ちゃんだと思って接するから話が通じないのだ。

「おもちゃがあるよ? 遊んでいたらママが来るヨ。それとも……」

 と言葉を並べていった先で「ジュース」にやっと反応してくれたのだ。

 結論。あかちゃんは神様だと思って遇すべし。

 差し出して、さし上げて、満足していただく以外にない。

 泣く子と地頭には勝たれぬとはよくいったものさ。やっとられん。

(しかし、あの強敵を満足させた、というのはかなりの自信につながる。コミュニケーション能力に問題があるわけではないのだと)

 二時間の間、なんて試練をくぐりぬけてきたのだろうか。今日のわたくし、光ってる! きっと明日はレベルアップ間違いなし! えっへん!

 産んだこともない赤ん坊をあやして、力尽きるなんて滅多にあることじゃないし。

 少し、人生笑って過ごす余裕が生まれた気がする。

 一瞬一瞬の間に実に様々なことを考える自分がいたりして。これが人間関係の化学変化というものだ。

 感情をかきまぜられる感じ、ご理解いただけるだろうか?

 波風の立たない静かな暮らしもいいが、たまには困難に大慌てして自分の内面を鍛えてもらうのもいい体験だ。人間力がつく。

 ひととしての感情をめいっぱい味わった。

 あかちゃんが食べかけのアイスを渡してくるのでポリバケツに捨てた、だの、庭先に赤くなったイチゴがなっていたので摘んだら虫が食っていて、甘い証拠だからと洗って与えてしまうだの、ベトベトの手を濡れふきんで拭ってやるだの、そういう経験はなかなかない。

 しかも、R君は全部を積極的に受け入れ、要求? 請求? なんか求めてくる。

 これだけ自分を殺して人に尽くすことってあまりない。

 すべては求められるままにするしかない。

 甘々なねえねだが、ママではないので勘弁してほしい。

 まあ、ボランティアの精神だね!


 わたくしは聖人君子ではない上に多重構造の魂の持ち主だからして。

 たまに、心の中で弱音を吐いて自分を叱ったり、悪態をついては自分をたしなめたりしている。歓びのさなかにネガティブな意見を放りこんだりもする。

 赤ん坊相手だとそれが目まぐるしくやってくる。感情がかきまぜられる、というのはそういう意味だ。

 実はそういう目に遭うのは、初めてではない。ほとんどが自分以外の者に対して起こる反応である。

 別に悪感情を抱いているわけでもない相手に毒づくのも愛情表現だったりするから、親しい人ほどかわいそうな目に遭っていたりするかもしれないのだ。今のところ、心の中に秘めているのでそういうことはないかもしれないが。

 わたしは情が強い。知っているのでセーブすべくストッパーが設置されている。発狂しないためだ。もう、二度と……。

 今はいい薬があるから、それも助けられている。この多重性が統合されてしまうと、わたくしは自殺する以外にないので、あえて内面を濁し、複雑化させ、曖昧にしている。

 だいたい、まっすぐにだけ生きるというのは、スリリングではあるが後に引けない。わたくしは悩んでいる状態が続くと、いつのまにか二階の階段から落っこちていたり、夜中に意識もなくふらふらと歩き回ってしまう人なのだ。

 説明、足りてるかなあ……。

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