最終話 エンドロール
一週間後。
激しい水しぶきをまき散らし荒れ狂う濁流。それを押し返すほどの激しい突風が洞窟内を駆け巡る。
800万ダウンロード記念イベントで実装されたダンジョンはかつてない難易度だった。現ワンダー・ブレイド中で最強のパーティが来ることを想定して設定され、ヒットポイント、攻撃力、ともに今までのボスの二倍はある。
そんな破格の敵に挑むのは、やはりワンダー・ブレイドが誇る最強パーティだった。
「終わりだ。『エアロ・シュトローム』!」
解き放たれるバルバトスの必殺スキル。洞窟内の全てを嵐が蹂躙し、ボスモンスターは断末魔と共に消滅した。
頭上に現れる『ダンジョンクリア!』の文字。バルバトスはふうと一息つき、剣を鞘に納めた。
「やったあ! やりましたねバルバトスさん!」
飛び跳ねて喜ぶそのキャラクターは――この800万ダウンロード記念イベントで追加され、ラティの代わりにバルバトスパーティに組み込まれた回復キャラだった。
新スキル『オートリジェネ』は毎ターンパーティメンバーのヒットポイントを自動で回復するという強力なもので、一気にプレイヤーの需要を獲得した。ラティの完全上位互換と言えるキャラだった。
「……」
バルバトスは勝利の余韻を感じさせない無表情のまま、イベントダンジョンを後にした。
バルバトスパーティが帰還すると、ちょうど別のパーティが出撃に出るところだった。
「ふ、ふふふ……ついに、この時が来たか……」
「まあまあ……そう気を落とさないで。折角の出撃なんですから頑張りましょうよフリージアさん」
「ディーンさん、半端な慰めは逆効果ですよ」
そこにいたのはディーン、ミーリル、そしてフリージアの三人だった。
どうやらパーティリーダーは、今回のアップデートでスーパーレアに究極進化したディーンのようだった。
「とうとうお前がリーダーのパーティに……サブとして加わることになるとはな……。そして今回も私のアップグレードはなし、か。……なんなんだ? 私、運営に嫌われ過ぎじゃないか?」
「というかぁ、フリージアさんは不遇キャラとしてプレイヤーの間で人気があるそうですよぉ? もちろんネタキャラとしてぇ」
バルバトスのパーティから離れフリージアにちょっかいを出しにいくシンシア。
「ぐ……シンシア、貴様……!」
「まあそうは言っても、出撃頻度は増えてますから気にすることありませんよ」
「あー、出撃コスト低いですもんねぇ」
「うるさい!」
今からフリージア達が出撃するのは通常のダンジョンではない。
800万ダウンロードで追加された新要素『条件付きダンジョン』だ。
今までになかった新感覚ダンジョンであることと、その追加要素のことを運営が一切告知していなかったことがプレイヤーを驚かせ、その話題は一気に広がった。
休日ということも相まって、深夜だというのに多くのプレイヤーが一斉にそのダンジョンに潜り続けた。
――だが運営は突如ワンダー・ブレイドの緊急メンテナンスを開始。その理由も明かさないまま、実に六時間もの間メンテナンスが終了することはなかった。
今回のイベントを待ちわび、早く新ダンジョンで遊びたいプレイヤーの不満は爆発的に高まり、その勢いに呑まれるように運営はメンテナンスの終了を告げた。
メンテナンス終了後も変わらず残り続けた条件付きダンジョン。この新要素が与えた影響は、この始まりの町においても計り知れない。
今まで日の目を見ることがなかったマイナーキャラクター達ですら、一気にその価値を見直され、今ではほぼ全てのキャラクターが今回のイベントで出撃していた。
イベントのメインはやはりバルバトス達が潜っていたダンジョンだが、それでもイベントダンジョンに出撃できるなど、ノーマルキャラ達にしてみれば望外な話だった。
始まりの町はかつてない賑わいと盛り上がりを見せ、どこを見渡しても和やかな笑顔に溢れていた。
「フリージアさんは今のままでいいんじゃないですかぁ? 私たちとはまた違った意味でプレイヤーから人気が出てるわけですしぃ」
「黙れえええ! 運営! さっさと私をアップグレードしろおおお!」
中にはフリージアのような顔もあるが。
だが、彼女にしても以前よりはそれなりに充実した日々を送っているはずだ。
今までは月に一度出撃する日があれば良しくらいの頻度だったが、この一週間は毎日なにかしら出撃している。
スキルは確かに酷いが、基本ステータスは決して悪くないことと、出撃コストが低いという点で、条件付きダンジョン用パーティに組み込む際にはそれなりに人気があるようだ。
「歓談も盛り上がってるようだし、ここで解散にしよう。いいなシンシア」
「あ、はぁい。お疲れ様でしたぁ」
バルバトスはパーティを解除し、始まりの町に戻っていった。
上層へと向かう道すがら、見知った顔に出くわした。
「あ、バルバトス様。お帰りなさいませ」
「ただいま、ラティ」
恭しく礼をするラティ。その後ろには四人のキャラクターがいた。
「あ、こ、こんにちは!」
「どうもっす」
「こんにちは」
ミルド、マリー、リーブ。バルバトスとはほとんど面識はないものの、その名前は知っていた。今回のイベントでもよく同じパーティになって出撃しているらしい。
「――――」
……彼らのことをどこで知ったのか。
バルバトスはどうしても思い出せないまま、社交辞令的に挨拶を返した。
「今から彼らと中層で食事をするんですけど、よかったらバルバトス様もいかがですか?」
「いや、僕はいいよ。寄りたい場所があるから」
そう言うとラティは残念そうに「わかりました」と頷いた。
「いやぁほんとすみませんラティさん。俺たちなんかに付き合ってもらっちゃって」
「いいよ別に。私も最近は随分出撃も落ち着いてきたし」
上位互換が追加されてから、ラティの出撃頻度は確かに減少した。
だがディーンと同じくスーパーレアへの究極進化が実装され、またガチャを回さずとも初期レアとして獲得できることから、未だに根強い人気を誇っている。
彼女はバルバトスパーティをしばしば外されるようになった現状に、特に不満は抱いていないようだった。ただ、時折寂しそうにすることはあったが。
そのとき、ミルドが何かに気付いたのかぴくりと反応する。
「お、おお! 来た! 出撃要請きた!」
「うわ、また?」
「よかったですねミルドさん」
喜ぶリーブと、若干羨ましそうなマリー。ハイテンションにガッツポーズを決めるミルドは、ふぅーと長い息を吐いた。
「やっべーやっぱ緊張するわ。こればっかりは慣れねえな」
「まあ出撃なんて何ヶ月ぶりかって感じだしね」
「私なんて今回のイベントが始まるまで十ヶ月も出撃してませんでしたし」
笑い合う面々の中、一人会話に参加せず佇んでいる者がいることに気付くバルバトス。
リーブも気になったのか、その人物に向けて声をかけた。
「この調子だとまたこの四人でパーティを組む日があるかもしれませんね。――ね、カインさん」
皆の視線が一斉に彼、カインへと向けられる。
カインは皆の視線をじっと見つめ返したあと、
「おう、また皆で頑張ろうぜ!」
ニカッと明るく笑ってそう言った。
カインの言葉で和やかな空気に包まれる。皆の話題はやはりスーパーレアに進化したカインとラティへと移り、二人を中心に会話が弾み続けた。
そんな中、リーブだけがどこか腑に落ちない表情を浮かべていた。彼女はおそらく、バルバトスと同じ疑問を感じているのだろう。
カインは……こんなキャラだっただろうか。
確かに活発で元気のいい性格だったような気がするが、こんな風に笑う男ではなかったように思う。
その笑みはまるで仮面をかぶったような、キャラクターの立ち絵のグラフィックをそのまま貼り付けたような、どこか感情を匂わせない無機質なものに見えた。
「……いや」
そもそも、自分はそんなカインに違和感を覚えるほど、彼と多く話したことがあっただろうか?
カインと初めて言葉を交わしたのは、いつだったかラティと食事をした帰りだった。そのときはむしろカインとは口論になり剣を交えた。それから――
――それからは、ほとんど会っていないような気がする。いや、工場地帯で何かを話したことがあったか。
「……馬鹿な」
あり得ない。あんな所、キャラクターには立ち寄る意味もない場所だ。
気味の悪い違和感がついて離れず、バルバトスは頭を振った。
「じゃあ、僕はこれから行くところがあるから」
バルバトスが告げると、皆は最後に挨拶を返してきた。
それに手を振って応え、バルバトスは一人、上層に向かった。
このイベントが始まってからずっと付きまとっていた違和感。それをより強く感じるのは、ガチャで召喚されたときだった。
――正確には、神殿に訪れたとき、だ。
「……」
神殿内に入り、周囲をざっと見回す。
見覚えのある内装。それは別にいい。多くのキャラクターは神殿で召喚された経験くらいある。ある程度内部を知っていること自体は不自然ではない。
だがそれ以上の……召喚で呼び出された際に通る通路以外の内装まで全て把握しているのは、どう考えても不自然だ。普通、神殿内など誰も出歩かない。バルバトスにもそんな経験はない。
だがバルバトスの足はまるで勝手知ったる我が家のように神殿を突き進み、やがて一つの部屋の前で止まった。
「……見覚えがある」
このドアも。このドアに向かうまでの道のりも、全て覚えがあった。
だがこんな部屋に来たことなどない。あるはずがない。あったら逆におかしいのだ。
なのに確かに見覚えがある。それこそがまさに違和感に他ならない。
ノブを回して中に入る。
「…………」
部屋の中を見た瞬間、バルバトスの疑念は確信へと変わった。
知っている。間違いなくこの部屋を知っている。ここで誰かを相手に、何かを話した。それも何度も。
部屋の中を歩いてみる。馴染んだ感触がある。窓辺に立って始まりの町を見下ろす。……ああ、間違いなくこの景色を見たことがある。――なぜ思い出せない?
そのとき、部屋のドアが外から開けられた。バルバトスの視線がドアに向けられ、入ってきた来訪者と視線がかち合う。
「あ、バルバトスさん。こんにちは」
「やあ、こんにちはリリィ」
黒装束に身を包んだ少女、リリィだった。
リリィは窓辺に佇むバルバトスを見つけると、くい、と眉を寄せた。まるでつい先ほどまでのバルバトスのようだった。
神殿の一室の窓辺で佇むバルバトスの姿に、何か思うところでもあるのだろうか。
「こんなところに何か用かい?」
「いえ……少し、気になることがあって」
「……ああ、僕もだ」
きっとリリィもバルバトスと同じ違和感を抱いているのだろう。
「バルバトスさん……」
「なんだ?」
リリィは言うべきかどうかしばし逡巡していたが、意を決したようにバルバトスに問いを投げかけた。
「私たちって……どこで知り合ったんでしたっけ」
「……」
バルバトスは返答できなかった。
彼女とはそれなりに長い付き合いのはずだ。お互いに意気投合し、バルバトスは彼女に対してかなり強い信頼を寄せていた。
だが接点などほとんどないはずの二人が、どのようにして親しくなったのか。その経緯を思い出せない。バルバトスも、そしてリリィも。
「――たぶん……何かに関する記憶だけ消えているんだと思う」
「……」
問いへの直接的な回答ではないものの、その本質を突いた返答に、リリィも同意して頷いた。
この一週間感じ続けていた違和感の正体を、バルバトスはそう結論づけた。
「運営が、何かプログラムを修正したんでしょうか」
「どうだろうね。ここの運営がわざわざそんなことするとは思えないけど。ただ……」
バルバトスは窓辺からそっと町を見下ろした。バルバトスがこの世界に生まれたときから、この町はレアリティ格差による妬心で満ち溢れていた。
だが今回のイベントが始まって、その気配はだいぶ収まったように見える。誰もがレアリティに依らない自分自身の価値を探し始めていると感じる。
「ただ……消えるべきだから消された。そんな気がするんだ」
そんな今の始まりの町が、バルバトスは決して嫌いではなかった。
多くのプレイヤーとキャラクター達に歓迎された条件付きダンジョン。
それに対する運営の曖昧な反応と、不自然な緊急メンテナンス。そこにもバルバトスは違和感を覚えずにはいられなかったが、それでも……今、この町には多くの笑顔が溢れている。互いに憎み合うことなく、役割の住み分けができつつある。
「――む」
その時、システムからバルバトスに出撃要請が届いた。誰かがまたバルバトスのパーティでイベントダンジョンに挑むようだ。
ワンダー・ブレイドの人気は未だ衰えを見せない。今はただ、この日々が少しでも長く続くことだけを願えばいい。
――叶うならばこのゲームのサービスが終了する、その時まで。
「まだまだ終わりそうにないね、このゲームは」
ソーシャル・レアリティ 橋本ツカサ @hashimoto_T
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