プロローグ

 これが三日目の出来事。


 僕は第一世代の怪人の子であることが分かった。

 僕の体には怪人の血が流れ怪人の能力も備わっていた。


 いや、怪人の能力が備わっているのは生まれた時からであり、特に変化した部分ではないか。変わったのは僕の心。


 怪人の子として怪人を一体残らず全て葬り去る覚悟をした。これが僕の変化。


 人によっては、怪人は悪なんだから刮目しなければならないほどの変化じゃないと言うかもしれないし、人によっては怪人の血が半分は入っているのに殺す覚悟をする事は、刮目するほどの変化だと言うかもしれない。

 人の変化なんか他人からは分からない事。


 刮目しなければならいかどうかなんて、人それぞれ。本当に刮目して見なければならないのは自分自身なんだ。


 だから僕は自分自身で見てみようと思う。


 三日前まではいなかった彼女も出来、死という物を受け入れるようにもなった。

 だからこそ僕はMに人を喰らいそうになったら殺してくれと頼むことが出来た。


 なぜそんなこと言ったのか? それは自分が怪人になる事を恐れたから。怪人の血を受け入れながらも怪人になり誰かを喰らってしまう事を恐れたから。


 だから『人を喰らってしまったら殺して』では無く、『人を喰らおうとしたら殺して』と、言ったんだ。


 人でいるために。


 喰らったら怪人。喰らう前なら人。


 自分の半分が怪人だとしても、残り半分は人間だ。


 怪人になる事無く人間として生きていける。


 怪人の力を利用しても、ヒーローと言う名の人間で居続けられる。


 そう自分に言い聞かせていたのだろう。


 いや、言い聞かせねばならなかったのだろう。

 怪人とは、食物連鎖の頂点であった人間の上に立った存在。


 僕の中には人間の血と、人を超えた存在の血が半分半分合わさっている。その血が争ったらどうだろうか?

 答えは考えるまでもないだろう。


 怪人の血が勝つ。


 その事実に諍うため、僕は人間の血に縋ったんだ。十五年間勝ち続けてきた人間の血に。


 けど……あの時、僕は気づくべきだった。


 僕は燃え盛る炎の前でMとキスをした。ファーストキスの味は血の味だった。


 自分の背後に忍び寄る怪人の足音に。直ぐ背後まで迫っていたその足跡に。

 気づくべきだった。


 けれど僕は目を逸らし、耳を塞いでいた。何も見えない何も聴こえない状態になり、心を閉ざし、思考を止めたんだ。


 だから僕は気づけなかった。Mの思いも、音ちゃんの思惑も。

 あの三日間で気づく事が出来たというのに。


 僕は……全てを放棄した。背を向け逃げ出したんだ。


 タコハーフが言った通りだった。怪人からは決して逃げられない。そりゃそうだ。怪人は僕の中に潜んでいるんだから。

 怪人は、僕の半身なんだから。


 一日目、怪人を殺した僕は、二日目にヒーローになり、三日目に自分が怪人と人間のハーフだと知った。

 けれど一貫して変わらなかった点がある。それは信頼していた点だ。

 怪人を倒してくれるブルーを信頼し、背中を押してくれるMを信頼し、自分の中の、半分の人の血を信頼した。


 信頼……信じて――頼る。


 僕は人に頼ってばかりだった。


 男子三日会わざれば刮目して見よと言うけれど、僕は何も変らなかった。三日じゃ人間は変われないんだ。三日じゃ怪人も変れないんだ。


 僕が変わったのはもっとずっと後。

 僕が変わった事に気づけたのはもっとずっと後。

 変わったのは信頼しなくなったあの日。


 信じなくなったあの日に。

 僕が疑うようになったあの日に。


 Mと出会った半年後のあの日に。


 『化け猫』は僕を仲間と言った。けれど、彼女は仲間を売る怪人だと言う事に気づいたあの日。


 彼女は二十キロ圏内にいる怪人に脳波を送り、存在を感知する事が出来る能力を持っていて、僕がMと出会った日に父さん――『無限の狂犬』――の存在を偶然発見したと言っていた。

 けれど、僕の家とMの部屋の距離は十キロほどしか離れていない。もっとずっと前に『無限の狂犬』の存在に気づいていたんだろう。


 僕らが出会うずっと前に。


 僕が生まれた十五年より前に。


 弱すぎるから人を食べた怪人の肉で生きていける?

 なぜ僕はあんな嘘を信じていたのか。彼女は……『墓守音子』は……人を喰らう化け物だと『無限の狂犬』は教えてくれたじゃないか。


 信頼していたから僕は彼女の本性に気づけなかった。


 『悪夢の女』は僕を恋人と言った。恋しい――人間と。けれど恋しい――怪人でも恋人になると気づいたあの日。


 Mは頭の切れる人間だ。その一挙手一動は全てに意味がある。

 Mが僕の恋人になったのも、自分の管理下に置き、生きる希望を持たせる為かもしれないし、Mが僕に父を殺させたのも、第一世代の怪人――『羽持ち蟻姫』を殺す為の道具にする為かもしれない。


 手にした刀を鋭く研ぐように、僕と言う兵器の切れ味を良くするため、全て仕組んでいたのかもしれない。


 だから十分待たずに、家が崩壊した後に光学式を解いた。だから肩を痛めたと偽って戦いから身を引いた。独りで戦わせるために。強さを確認するために。


 Mはヒーローのマネージャー。マネージャーとはマネージメントする人間。

 彼女はマネージメントしていたんだ。ヒーローと言う名の兵器を作るために。


 だから僕にこう言った。英雄君のこと――信用していると。


 信用。


 信じて用いると言うこと。信じて頼る信頼ではなく。僕は用いられていた。


 だからきっとキスをした時に自分の血が僕の口腔内に入ることに気づいていたんだ。信じるために。用いるために。わざと血を僕に呑ませた。


 僕はその時試された。信じるに値するかを。用いるに値するかを。


 そして、その時僕が思ったことにも気づいていたんだろう。


 けれど彼女は非情に成りきる事が出来なかった。僕を用いることに罪悪感を感じ戸惑ってしまった。

 だから僕を見て悲しげな顔をした。

 僕を見て涙した。

 あの三日目に僕がその事に気づき追求していたらきっと結末も変わっていたかもしれない。


 偽りのハッピーエンドから、真実のバッドエンドに。


 けれど、そんな事は今となってはどうでもいい。用いられようが、頼られようがもう今となってはどうでもいい事だ。


 事実を知れただろうが知れなかっただろうがホントにどうでもいいことだ。


 約束さえ守ってもらえれば。


 君は約束を守る女と言ったよね。


 僕はその一点だけはMを――信頼している。


 信じて頼っている。


 だからあの約束だけは守ってくれ。


 約束したよね。


 もし僕が人を喰らおうとしたら――殺してあげると。

 

 ファーストキスを失ったあの日、僕は思った。

 Mの血は――なんて美味しいのだろうと。


 Mの血の味はまどろむような心地よさを僕に与えてくれた。


 ファーストキスを失ったあの日、人としての人生を失っていたんだ。


 人生。人として――生きる。


 あの日から人間の僕は死んで、怪人に生まれ変わったんだ。


 その事実に背を向けて気づかないようにしていた。


 三日目に気づけた事実に背を向けて生き続けた。


 人を喰らう化け物なんて気持ち悪い……だから――死なせてくれ。


 僕が怪人になり半年後。


 早咲きの桜が咲き始めた日、Mは約束を守った。

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ヒーローマネジメント 也麻田麻也 @aykty1219

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