ドレッドノート 異世界開拓記

白銀悠一

第一部 変異

第1話 私の戦争

 薄暗い、青白い発光のみが光源のコックピットの中からは全てが窺えた。

 大自然が。戦場が。

 眼下では、母親が子どもを抱いて逃げ惑っている。

 周囲では煌々とした炎が木々を焼きつくし、その近くでは古風な武器を持った男が下半身を潰されて死んでいる。焼け焦げている死体も複数あった。

 ここには死が溢れすぎている。ふと目を凝らせば、死、死、死……。


「自分を殺して、他人を生かすか」


 何気なく諳んじて、眼下の親子へ目を移す。全方位モニターから覗える母子の表情は鮮明で、活き活きとしていて、それが映画の登場人物キャラクターのような作り物ではないことを如実に表している。


「他人を殺して、自分が生きるか」


 その家族の元へ、動く。私が。私が駆る機体が。

 両手で握る二つの操縦桿には、左右にそれぞれの武装のトリガーが設置されている。

 右にはヴィブロブレード。左にはカービンマシンガン。

 安全性を重視するなら、使用するべき武器は銃器だ。遠距離用の装備で、対象を安全圏から蜂の巣にすればいい。

 だがそれは、敵のスペックが強大である場合に限る。敵にまともな抵抗の意志がないのならば、弾薬に限りのある射撃武器ではなく、機体のエネルギーだけを消費する近接武器が望ましい。

 ゆえに、私は機体を奔らせる。私の望むままに。

 画面に映る親子の大きさがどんどん大きくなっていく。人間の脚力では、レンジャーの名称を持つ二足歩行兵器バトルキャバルリーには敵わない。

 足掻いたところで、運命は変わらない。審判者が判決を覆さない限りは。


「……」


 逃げられないと悟った親が恐怖で顔を引きつらせた。外部音声は遮断しているので、その声はコックピット内に届かない。いや、例え届いたとしてもわかるだろうか。何せ言語データが不足しているので、まともにコミュニケーションを取るためにはもう少し現地言語のデータ収集が必要となる。

 それでも、彼女が何を訴えているかはわかった。わかったまま、見て見ぬフリをする。


『隊長、こちらは片付きました。そちらは?』


 部下であるエミリーの通信。私は、隊長として会話に応じる。


「今、終わらせる」


 私は右手を動かした。呼応してレンジャーのマニピュレーターも剣を振り下ろす。

 母親の顔はすごく、凝っていた。自分たちと何ら変わらない人間であると教えてくれていた。

 それを私は――潰した。剣で真っ二つに。赤ん坊ごと叩き切った。


「殺さなければならない。殺さなければ――あの子が――」


 言い訳を呟く。それが何の言い訳にならないことを知りながらも。



 ※※※



 ――私の妹は愛おしい。それは不変的な事実だ。


「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう、カグヤ」


 リビングに入ると、妹が愛らしい顔で出迎えてくれた。黒色のショートヘアの彼女は、車椅子をキコキコと鳴らして、私の元に近づいてくる。足が悪いのだから無理をしなくてもいい。そう何百回と言ったのだが、カグヤは言うことを聞かない。


「私がこうしたいの。いつも頑張ってるお姉ちゃんのお手伝いをさせてよ」


 そう応えて、健気にも朝食を自前で作ってくれた。わざわざ調理しなくても、オートミールはサーバーから転送できるというのに。

 今日は特別だから、と。


「料理を勉強してるのか、カグは」

「そうだよ。楽しいんだ、料理って」


 妹がテーブルに並べたのは、歴史文献を漁らなければ出てこないであろう古風な料理ばかりだった。パンと言う名称の小麦粉を使用した主食に、卵という鳥類の生殖物を用いて作った料理を再現したという目玉焼き。スープについては見慣れていたので特に疑問を感じなかったが、それでもこの料理の数々は感服するに値する。

 試しにトーストをかじってみる。すると、不思議な感覚が口の中に広がった。


「これは……何だ?」

「味だよ、お姉ちゃん」

「味?」

「そう、味。お姉ちゃん、無駄だって言っていつも無味の栄養調整食品しか食べないでしょ?」

「無駄だと思っていた。確かに」


 カグヤの言う通り、私は食事と言うものに関して無頓着だった。食事とは栄養を摂取する行為。日常的に生活する上で必要不可欠なファクターであり、そこに愉しみを見出すことに何の意味もないと考えていた。

 だからこそ、味の付与などという些末な権利に、ポイントを使うのを渋っていたのだが、どうやら認識は間違っていたらしい。全くの無駄ではない。推奨はされないが。


「なるほど……。カグといっしょにいると、新しい発見がいっぱいあるな」

「でしょ? せっかくの人生なんだから、楽しまないと損だよ?」

「……そうだな」


 暗い事実が脳裏をよぎったが、面には出さない。微笑を浮かべて、トーストを咀嚼する。

 味が口の中に広がる。味の感想を伝える時に最適なワードは何だったか。


「美味しい。うん、美味しくできた」

「そうだな……美味しい」


 妹の発言のおかげで認識できた。幸せを噛み締めている頭では、処理速度が低下しているのかもしれない。

 それではいけない。今はいい。

 でもこれからはそうではいけない。……生きられない。

 食べかけのトーストを皿に置く。どうしたの? と心配するカグ。

 その顔を愛おしいと思う。家族として。たったひとりの、私の家族。


「ねぇ、ほんとに……」

「何? カグ」

「本当に、行っちゃうの?」

「……ああ」


 キコキコと車輪が軋む。年季の入った車いすだ。そろそろ新しい物と交換するべきだった。

 でも、妹は拒否した。これで私は大丈夫だよ、と。

 私はいいんだよ。私はしょうがないんだから。


「嫌だって言っても?」

「ああ、行く。決めたことだからな」

「でも、お姉ちゃんは何も悪くないのに? 悪いのは……私なのに?」

「お前は何も悪くない、カグ」


 では、一体誰が悪いのだろうか。疑問が自身の中に生じる。

 私を産んだだけでなく、法律を破って二人目を産んでしまった両親か?

 妹に身体障碍が発生していたという現実か?

 それとも……妹を不用品として廃棄しようとする社会か?

 答えは見つからない。いや、最初から答えなど存在しないのかもしれない。

 生殖管理法を破ったのは両親だ。抗議したとしても、社会はそう回答するだろう。

 そしてその法律も必要だから存在している。肥大した人口を抑制するために。

 だから、何が悪いのか私にはわからなかった。でも、妹は悪くないということだけはわかっていた。

 ならば、するべきことは決まっている。

 椅子から立ち上がって妹に目線を合わせた。

 妹は悲しい顔をしている。それを見るのがとても悲しい。


「そんな顔をするな、カグ。私は望んで行くんだ」

「私の、ために?」

「いや、私のためだ。私にはお前が必要だ、カグ」


 カグヤを、愛する家族を抱きしめる。そのぬくもりを記憶する。

 向こうに行ったらしばらくは戻れない。だから、忘れてしまわないように。


「お姉ちゃん、ごめんね……」

「謝らなくていい。大丈夫だ、私には適性がある」


 私の遺伝子調整は幸いにも戦闘用だったので問題はない。

 それもエリートブレンドだ。ブラックベレーに所属できるだけの戦績は残している。

 しかし、ブラックベレー、通称死神部隊では、妹の分まで貢献度は稼げない。

 だから私はホワイトになる。


「食べ終わったら、なんて言うんだ?」

「ごちそうさまだよ、お姉ちゃん」

「じゃあ、ごちそうさま。行ってくる」


 食事を終えて、私は家を後にする。


「行ってらっしゃい……帰って、来てね。お姉ちゃん」


 きこきこという音と不安そうな顔を覗かせる妹を後目に。



 更衣室には、私の身体にぴったりとフィットする制服が支給されていた。それに袖を通す。一般的な軍服ではあるが、一番特徴的なのはその色だ。

 真っ白な服。それを真っ白な肌の私が着込む。

 世界には白人しかいない。黒人や黄色人種は遺伝子調整によって完全にデリートされた。一昔前ならばデザインベビーもいたが、変異確率が高まるとされ、オーソドックスな配合が前提とされている。

 主に配列をいじるのは職業適性項目のみ。だから、皆美形であり、皆ある程度の特徴を兼ね備えている。社会に適合するための能力も有している。

 ――ここに集う者たちを除いては。


「……白い帽子か」


 ロッカーから部隊の印であるベレー帽を取り出し、被った。

 ホワイトベレー。それが所属予定の部隊コードだった。


「シズク・ヒキガネ隊長、お久しぶりです」

「エミリー。お前も私と同じ隊なのか」


 白い軍服を着た者たちが整列する広場で、私は自部隊のメンバーと合流した。同じ帽子を被った長髪のエミリーが最初に応対してくれる。

 一面に広がる花畑を彷彿とさせる光景が目の前に広がっている。どこを見渡しても、白、白、白。男女別に分けられた数十、数百に渡るチームは皆同一の格好に身を包んでいる。

 しかし、外見が同じでも中身は全く違かった。それは私に与えられた部下の面々を見ても容易に想像がついた。

 背後に立つ少女のひとりは、延々何かを咀嚼している。事前に閲覧していたプロファイルデータでは、彼女の名前はミーナ。

 変異体バリアント。主な変異内容は過食症。

 遺伝子調整された私たち人間は、基本的に病気とは無縁だ。外的要因が加わらない限り五体満足が前提あり、精神状態も健康色グリーンカラーがベーシックとなる。

 しかし、彼女は違う。危険色レッドカラーだ。一種の精神病を患った状態だった。


「隊長さん? 食べます? 美味しいですよ?」

「結構だ。……食事で貢献度を使い果たしてしまうとは」

「彼女はまだ良好の類です。あちらを」


 冷静沈着なエミリーがミーナの後ろで小刻みに震えている三つ編みおさげの少女を見る。

 彼女については情報を閲覧できなかった。普段ならすぐに済むはずの食事に時間がかかってしまったからだ。しかし妹のせいにはしない。私が予想できなかったのが悪い。

 だが、名前は記憶している。彼女はフィレン。震えは止まる気配がなかった。


「緊張と怯えですね。彼女は不安障害を持っているんです」

「そうか。……身体障害者はいないのか?」

「この部隊にはいません。……一部の例外を除いて廃棄されているかと」 

「そうか、そうだな」


 当然だった。カグヤが生きているのは私が彼女の分も稼いでいるからだ。

 妹の生存が当たり前になっていて、社会では例外的存在だということを失念していた。


「……お前は大丈夫か?」

「私の障害ですか。……プロファイルを閲覧しましたか?」

「最後のひとりが未決定と聞いていたから、まだだ。見た方がいいか?」


 エミリーとは士官学校で顔を合わせたことがあるので、そこまでは気にしていない。念のためのチェックだった。いくら権限があるとはいえ、コンプレックスを見られるのはあまり良い気分はしないはずだ。

 ミーナやフィレンのように一目でわかる場合はともかくとして。

 そもそも彼女がホワイトベレーにいること自体が驚きだった。今の状態を見ても、彼女に精神的問題が発生しているとは考えにくい。

 だが、心は不可視的概念なので、断定は不可能ではある。少なくとも彼女は何らかの精神障害を自覚しているようだ。

 彼女の状態を分析していると、フィレンが呻いて座り込んだ。


「あ、ああ、あああ……」

「フィレンちゃん大丈夫? お菓子食べるー?」

「無理だ、私には無理……帰りたい……」


 その様子は居た堪れないと同時に、作戦の不確定因子とも成り得る。

 そのために放った忠告を、エミリーが遮った。


「無理に出撃しなくてもいい」

「ダメです、隊長。彼女はもう既に三度出兵を見送っています。これ以上延期すると、ポイントが尽きて処分されます」

「行かないと死ぬのか」

「ひっ……」


 死という単語がフィレンの恐怖を倍増させる。仕方ない、と嘆息した私はフィレンの身体を抱きしめた。


「落ち着け、フィレン」

「お、落ち着く……」

「そうだ、落ち着け。息をゆっくり吐け。過呼吸になったことは?」

「い、一度だけ」

「なら、私はお前に他の誰よりも目を配ろう」


 言葉よりも人のぬくもりの方が精神安定剤となる。単純な方法だが、フィレンの震えはゆっくりと静まっていった。少なくとも、同僚としては信頼されているようだ。


「…………」

「どうかしたか?」

「いえ……」


 エミリーが顔を背けた。心なしか頬が紅潮していたようにも思えるが、なぜそうなっているのかはわからない。

 視線を注ぐのはエミリーだけではなかった。他の部隊員もこちらを見ている。物珍しそうに。囁き声も聞こえてきた。――あれが異端者よ。


「お気になさらずに、隊長。皆、あなたが珍しいのです」

「わかっている。場違いだということもな。でも、そうするしかない」


 そうしなければ妹が処分されるから。


「あ、ありがとうございます、隊長……エミリーさんの言ってた通り、優しい方、ですね」

「そんなことを言っていたのか、エミリー」

「事実ですから」


 言い返そうとして止めた。少なくともフィレンにとってはその方が都合がいい。

 私の精神動作が優しいとは思えない。それはカグヤにこそ与えられるべき賞賛のはずだ。

 私は私を優しい人間とは定義できない。両親がコロニーの労働作業中に死んだと聞いても涙一つ流さなかったのが私だ。

 法を破った当然の報いを受けた、と思っていた。軽蔑もなければ、悲しみも怒りもない。ただ、死んだのか、と漠然と事実確認をしただけ。非情な人間だ。それでも私は適性コードで、普通の人間の反応をする妹が、不適正だとカテゴライズされている。

 それは、理不尽だと思う。妹は何も悪いことはしていない。

 そして、ここにいる人たちも、生まれついて何らかの変異が起きていたか、生きている最中に何らかの異変が生じたか、というだけでしかない。自発的に何かを行って戦場送りにされるような人間は社会にいるはずがなかった。そんな人間はそもそも処分されてしまう。

 彼ら、彼女たちは、私たちすべての人類は、生まれから罪を背負わされていた。その罪を払拭するための労働がこれから行われようとしている。

 その責任者らしき男が空中に浮かぶホログラムモニターに投影されて、全員が背筋を伸ばした。上級士官が数人。だが、一番目を引くのは赤色の軍服に身を包んだ最高責任者ではなく、椅子に座る彼らから距離を取るようにして壁にもたれ掛かっている男だった。彼はスーツを着ている。厳かな空気の中で含み笑いをしている異端者だ。

 何気なく視線を注いで――訝しむ。なぜか目が合った気がしたためだ。


『諸君らはこれから名誉ある職務につく。我ら管理政府と人類の発展のために』


 最高責任者が演説を始めたため、私は視線を戻した。スピーチはとても立派だった。人のため社会のため、君たちは世界を開拓する。話だけを聞くと軍とも戦いとも無縁な任務に就任するための儀式のように思える。

 だが、実際は違う。建前だ。両親を社会更生プログラムという名の死刑判決で殺した社会は、開拓作業という名目の戦争を行っている。


『事態は切迫している。資源は枯渇し、住むための土地もない。コロニープラントの存続は至難を極め、外宇宙進出のための燃料も確保できず、我々は追い詰められている。君たちホワイトベレーがその状況を打開し、人類を救うのだ』


 敵を殺すか、自身を殺すか。その二択によって。

 最高責任者の説明には、大事な部分が覆い隠されている。無論、言葉通りの意味に捉えてしまうようなピュアな人間は少ないだろうが、それでも卑怯に感じる。

 地球圏は人間という荒波に呑み込まれかけている。その業は、ここにいる人々のみならず、人類全体に生まれついて刻み込まれていた。

 遺伝子調整。私たちが旧人類から新人類に変化したのは、戦争で人口が急激に減少したせいだ。それの解決策として、当時の社会は遺伝子の調整を試みた。出生率の改善、病気への耐性、身体機能の大幅な強化。その調整コーディネイトによって私たちは遺伝子組み換え人間GMHとなり、減少した人口は瞬く間に回復した。

 だが、その解決策は短絡的だった。今度は人口が増えすぎたのだ。そして、当時の研究者たちは遺伝子という命の設計図を侮っていた。一度変えたのならまた戻せばいいとでも考えていたのだろう。だが、変化した遺伝子はどれだけ調律を加えても、元に戻らなかった。セックスすれば確実に子どもはできるし、生まれてしまえば病死や衰弱死もあり得ない。人間は人を頑丈にしすぎた。地球の資源はあっという間に枯渇。コロニー開発や近隣惑星の植民地化も進められたが、爆発的に増加する人口にその場しのぎの策が間に合うはずもない。

 結果、解決策として提示されたのが、外宇宙移住計画。第一段階として開発された転移装置テレポートシステムだったが、かの人類救済システムが意図しない動作を起こした。


『フロンティアはすぐそこだ。君たちの任務は土地を確保し、開拓すること』


 最高責任者が左側にあるゲートを指し示した。彼の言葉は正しい。

 テレポートシステムの誤作動は、思わぬ恩恵を管理政府に与えた。ポータルが異世界に通じたのだ。

 つまり命令はこうだ。異世界に行って土地を確保・開拓し、移民政策を円滑に進ませること。言葉にすればたった一文で終わる簡易な命令。だが、遥か昔、アメリカ人と呼ばれることになる人々が北アメリカ大陸に乗り込んで行った開拓がスムーズに終わらなかったように、異世界の開拓がそう易々と終わるはずもない。

 現地には、敵がいる。先住民とも言うべき存在が。もしくは、異世界人か。

 だから、管理政府は嘘つきだ。大事なことを言わないでいる。

 しかし私はその不満をおくびにも出さず、盲目的な信徒を演じる。なぜかまたスーツの男と目が合った気がしたが、これもまた反応には出さない。


『では諸君の健闘を祈る。出撃せよ!』


 まさに自らが指揮を執るという風体で、最高責任者の話が終結する。現実には彼は指示を出さず、ろくに監督もしないというのに。

 私たちはその号令を受けて、自らの部隊に割り振られた輸送車両へと向かい始める。統制が執れた動きとは言い難いが、全員の目的は一致している。単純に、行かなければ殺される。政府としては人口が減らせればいいのだ。精神構造に欠陥がある人間には複雑な命令よりも、単純な結果だけをちらつかせてやればいい。まさにパブロフの犬だ。この場合はエサではなく、死という概念事象であるが。

 私はスカウトチームに志願したので、割り振られた戦闘兵器バトルキャバルリーの数は少ない。だが、これは不利には働かないと考えている。未知の土地では武器の数よりも情報の数の方が生存確率を高める。それに、下手に大人数よりも少人数の方が動きやすく統制も容易い。

 効率的観点から選んだ。戦いにおいて重要なのは情報収集だ。


「全員、搭乗せよ」


 まさに規範に束縛された軍人のように私は部下に命じる。総勢四人というささやかなチームのメンバーは装甲トレーラーへと乗り込んだ。私はふと今いるコロニーを見渡す。

 ここには大勢の人間がすし詰めのように暮らしている。太陽系の惑星は全て植民地化された。もはや逃げ場はない。人類絶滅を避けるために施された遺伝子調整が、人間を絶滅させるための引き金になりかけている。

 恐らくは、この場にいる者は誰も悪くないのだ。そしてそれは、現地に住まう者たちもそうだ。

 それが世界なのだ。だから、私はトレーラーに乗り込む。

 直後、ビークルが絨毯のように並ぶ先に、巨大な門が出現した。神の門であり、地獄の門のように。機械化された扉のロックが仰々しい音と共に解除され、青白い光に包まれた空間が露出し始める。

 オペレーターの出撃サインを確認すると、発進号令を運転席に座るミーナに出した。


「出撃」

「了解しましたー」


 何かを食べながら気楽に応えるミーナ。もし私が軍規に凝り固まった人間ならば、懲罰を与えたかもしれない。

 だが、そんなことをする理由は見当たらなかった。私は異端者なのだから。

 前方の部隊がワープポータルの中に吸い込まれていく。その様は進撃というよりも、炎に向かっていく虫のようにも思えた。自身が燃えることも知らずに、無邪気に光へ導かれていく哀れな虫に。

 ついに私たちの番がくる。青白い光が真っ白な輸送用ビークルを呑み込んだ。

 フィレンが小さな悲鳴を漏らす。能面のように前を私は見据える。

 だが、次の光景には感情を乱さずにはいられなかった。圧倒的な緑が、視界に飛び込んでくる。

 未開の地。新天地。人類を人口爆発から救うフロンティア。

 自然豊かな大地に、私たちは転移した。このような光景は初めて見る。アーカイブに保存されるフィクション混じりではない大自然。酸素供給用の人工植物のような生かされている木々はそこには存在しない。ただ生きている。刻まれたプログラムに従って、ただ純粋に生きている。


「化け物っ!?」


 冷静さを忘れた私の隣でフィレンがまたもや叫び声をあげた。原因は窓の外を舞う奇妙な虫を目の当たりにしたせいだ。羽根が生えて空を舞う虫。害虫ではないので、フィレンの肩に手を置いて落ち着かせてやる。


「ただの蝶だ」

「蝶……チョウ?」

「ああ、そうだ。害はない」


 事前に収集した異世界の情報と、偶然持ち合わせていた知識によって、私はその虫を知っていた。主に妹の、カグヤのおかげだ。

 だが、地球産のそれとは違い、鮮やかな虹色だった。妹が見たらどんな感想を漏らすだろうか。

 自然とそう考えてしまい、自らを律す。気が緩んでいる。ここは戦場だ。


「ミーナ、車線を開けるように前の車両に通達しろ。私たちはスカウトだ」

「わかりました。あのーすみません。道開けてくださーい」


 気怠げな連絡だが、前方の車両はマニュアルに従い道を開けてくれる。

 そう、マニュアル。誰もが目を通すあまり役に立たない教科書。願わくば彼らがマニュアル通りに作戦を実行しないことを願うばかりだが、今はそれでよかった。スカウトチームが先行しなければ、本体は何もわからない。敵も、地形についても。

 似たようなスカウトたちが私たちと同じように車両を走らせている。スピードを出している部隊もいくつか。貢献度をいち早く、より多く獲得するために必死なのだろう。先に着けば、それだけポイント稼ぎという点で有利にはなる。だが、危険性もまた同時に上昇する。

 さらには、無闇な加速は燃料を無駄に消費する。だから私は振り返って反応を窺うミーナにそのままでいいと指令を飛ばした。そこに疑問の声は掛からない。


「今のうちに装備を再点検する」

「でも、整備係が既に――」

「隊長の指示に従いなさい、フィレン」

「わ、わかり、ました……」


 エミリーに窘められて整備士の役割を持つフィレンが奥の武器庫へと引っ込んでいく。私も席から立ち上がり、そこそこの広さを持つトレーラーの奥部屋へと移動した。そして、並べられた武器の数々を眺める。数は少ない。事前支給される武器に限りがあり、追加武装はポイントを使って申請する必要があった。

 だが、多くは機体の装備と予備燃料につぎ込んでしまったため、私の装備も最低限だ。代わりにたくさんのカスタムを施した。


「し、シズク隊長の装備……すごいですね」

「普通だ」

「でも、みんなは……」

「他人と比較するな。装備と、自分自身についてはな。自身に合ったものを選択しろ。周囲に合わせるな。それがお前にとって最適解とは限らない」

「は、はい……」


 私は作業台にサブマシンガンとハンドガンを並べる。ナイフと各種グレネードも。迷彩効果を考慮していない白色の銃器は、目立って死ぬことを政府が期待しているようにも感じられる。だが、最低限の装備は、最小限の性能を保持していた。マシンカービン33サブマシンガン用の三十発入り実弾式マガジンはちゃんと実用に耐えられるものだし、各種アクセサリーを装着しておめかしすれば、射程を伸ばすことも可能だった。ゆえにアサルトライフルは申請しなかった。これ一つで十分だ。森林地帯では遭遇戦が基本となる。

 M2765ハンドガンもナイフと同時運用が可能なようにグリップを削って持ちやすくし、ホルスターから抜く時に邪魔になる残弾表示用のコンパクトモニターは排除してある。そのおかげで取り出しやすくなった。緊急時用の武装なので、いざという時に使えればいい。十二発ぐらいならば、モニターをチェックせずとも残弾は記憶してられる。サブマシンガンのモニターも役割は残弾表示から射程観測へと変わっていた。

 マガジンを付けては外し、スライドを引いたり安全装置を確かめたりする。簡易な確認を終えた私は残りを整備技能を持つフィレンに引き継ぎ、最後に点検するべき装備が鎮座する格納区画へと足を運んだ。


「レンジャー……」


 フロンティアを開拓するための戦闘騎兵バトルキャバルリー。白で塗りたくられた二足歩行兵器は、ヴィブロブレードと実弾式カービンマシンガンという二つの基礎武装の他に、可変機構を搭載している。基本形態である人型と、環境適応型のホースモード。しかし、目の前にそびえ立つ卵状の球体に、そのような賢い機能が装備されているとは思えないだろう。

 流動装甲で機体構成を変質させる騎兵は、全長十メートル。しかし、現在は休止モードであるために球体を維持して格納庫へと収まっている。この有人型ロボットが私たちの切り札だ。このレンジャーで私は救うのだ。

 世界ではない。人類でもない。妹を。そして、私を。

 私の妹は愛おしい。その事実は変わらない。

 だからこそ、私は戦う。カグヤを救うために。私のために。

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