第5話 戦闘騎兵

「推進剤の使用量を三倍に増加」

『警告。必要以上の推進力は機体制御に支障をきたします』

「問題ない。どのみち、まともに制御などできないからな」


 私は機体を駆りながら状況を見極める。不意を衝いて敵機を下がらせはしたが、メインモニターに映る五体満足のレンジャーに撤退の選択肢は存在しないだろう。

 対して、私の機体は満身創痍。グィアンの不可思議な攻撃によって左腕と右足を喪失している。背部補助スラスターで姿勢制御しなければ、まともに直立すらできない状態だ。無論、別形態への変更など望むべくもない。

 だが、撤退の選択肢がないのは私も同じだった。こいつは放っておけない。なぜなら私の敵だからだ。そして相手のパイロットもそれは同じだった。


『裏切ったのか……お前!』

「ああ、そうだ。裏切った」


 その可能性は私も出撃前に考慮していた。ホワイトベレーに着任する前に。私にとっての最重要目標はカグヤの生存。それに尽きた。あの子が生きられるのなら場所はどこだっていい。自由に、相応の振る舞いを許される場所でならば。

 今までは、そこが私たちの家だった。

 だが、これからは異世界となる。広大で自然の豊かなフロンティアに。


「お前に恨みはないが、逃がさない。情報を漏らされたら困る」

『冗談を、この裏切り者が!!』


 私は機体を後退させる。敵レンジャーの動きはマニュアル通りだった。

 私が危惧をしていた通り。予測した通りの動き。

 ブレードは私の前で無残に空振りする。敵が踏み込もうとした瞬間に、私はペダルを最大まで踏み込んだ。機体が前進。接触。手足の不自由なレンジャーが、何一つ縛るもののない機体へと激突した。


『お前……!!』

「リムル、ウルティ、カ」


 掴まれという警告にリムルは戸惑いながらも応じる。私は敵のブレードを持つ右腕を拘束し、敵パイロットが機体の制御を取り戻そうと躍起になる姿を想像しながらそのままひたすら直進させる。

 焦ったパイロットが息を乱すが、それでも友軍への援護は求めない。せっかくの獲物。ブラックベレーが狩る対象をホワイトベレーが始末したとなればかなりの貢献とみなされる。だから彼女は通信しなかった。欲張りな女だ。私は自分を差し置いて呟く。


「その判断は間違いだ」

『ぐあッ……あ……』


 私は敵レンジャーを大木にぶつけた。猛スピードでの突進は、果たして流動装甲を破損させるには至らなかったものの、内部への衝撃は確実に加わった。ホワイトベレーの乗る戦闘騎兵には最低限の防御機構しか備わっていない。裏切りは想定されていないので、バトルキャバルリー同士の戦闘に対する人体保護システムは搭載されていなかった。

 なので、眼前の機体はシステム的不具合を起こすことなく沈黙する。これで敵全体に気取られることはない。

 間近で裏切り行為を目撃していた相手は無理だが。


『稼ぎ時だと言うわけか……異端者』

「ああ、そうだな」


 私は気絶したパイロットと似たような思考に至った敵にほくそ笑む。機体のバランスを保つため、ヴィブロブレードを取り出し、刀身を地面に突き刺した。ブレードを杖代わりとしながら、敵の状態を分析する。


『友軍機レンジャーを確認。武装はハンドガンタイプ』

「問題はない」


 私はブレードを地面から引き抜いた。私の接近に合わせて、敵機が引き金を引く。


『弾道予測――』

「必要ない。切れ」


 そんなものがなくとも、敵の狙いは明確だ。私は右腕の操作に集中する。レンジャーにはシールドが装備されていない。それはどこの部隊も平等だ。申請も不可能。なぜなら敵の攻撃は装甲を通さないからだ。

 だが、バトルキャバルリーの装備は通す。中破状態の私の機体は言うまでもない。

 ゆえに……防御した。弾丸をブレードで切り裂くという方法で。


「くッ、生意気!」

「正確な狙いだ。訓練通りに……」


 戦闘教本通りの正しさのお手本。しかしそれは、同じ本を読んだ相手に行動が筒抜けになることと等しい。味方であれば、効率的な連携が行える。

 しかし、敵ならば――。


「フロンティアでマニュアルはあてにならない」


 マニュアルで対処できる敵は、そもそも敵ではない。ただの的だ。本当の敵はマニュアルで対応できない奴だ。

 しかし、彼女も見誤った。私がグィアンに油断したのと同じように。


『チッ!!』

「もっとも適した近接迎撃方法は突き。そうだ。その通り」


 だから私は機体を貫かれる瞬間に横へとずらした。リムルの短い悲鳴。敵の大きな悲鳴。二つの悲鳴を聞きながら、私は敵機の利き腕を切断する。

 敵パイロットはまるで自分の右腕が切られたかのような大絶叫を上げた。


『一体どうしたの? さっきから』


 呆れたような声音が追加。同時に味方てきの増援を検知。味方機に騎乗しているとは言え、仲間の機体の右腕を切り落とす存在を敵と認識し、部隊全員に通告するぐらいには、そのパイロットは有能だった。


『敵発見……敵はバトルキャバルリーに乗ってる!』

『どういうことです?』

『いいから撃て! あいつがアンノウンの正体だ!』


 残念ながらその判断は誤っている。しかし、指摘してやる理由は私にない。

 

「お前が指揮官か」

『そしてあなたがアンノウンね。……これでやっと家に帰れる』


 敵の喜ぶ顔がありありと思いついた。満身創痍のアンノウン。何人もの味方を戦闘不能にした後、どういうわけか記憶を消して送り返していた謎の敵を発見。しかも味方が大規模な損傷を与えた――。彼女はそう考えているだろう。

 そしてその考えは誤りであり、正しい。私は同意した。


「ああ……そうだな」


 敵機から距離を取り、放たれる弾丸を避ける。流石にあの敵へ接近戦を仕掛けるつもりはなかった。近くの大木へ弾丸を切り裂きながら進行。そして、木の幹へ背中を預ける。

 ブレードを手放し、マシンカービンを装備。西部劇のガンマンが披露するような早撃ちを図らずも私はすることとなった。敵の銃器を破壊する。


『く……ッ! やるッ!?』

「投降した方が身のためだ。私はアンノウンだぞ」


 私は堂々と嘘を吐いた。たかが銃を破壊したぐらいで何を! 敵は不必要に興奮している。初めての本格的な戦闘。初めてのバトルキャバルリー同士での実戦。

 ホワイトベレーに所属した以上、そのための訓練は受けている。だが、それは私も同じだ。だから、彼女の行動は完全に読める。


「利口だ。深追いせずに、後退して友軍機を待つ。お前の選択は正しい」


 しかしそれは敵が単騎であると確証してからするべきだった。私は俯瞰モニターの一部を拡大し、リムルが声を上げた。


「グィアン!!」


 グィアンが弓を構えていた。木の上から。私は丁寧に彼へ説明する必要性を感じなかった。奴は全てを把握している。私が味方で、私のみを注視しインディアンになど目も暮れない巨人が敵であるということを。


『――何がッ!?』

「油断大敵だ。私も身をもって実感した」


 足が撃ち抜かれ、敵機の体勢が崩れる。敵がシールド替わりに構えたブレードから僅かに露出した無防備な頭部へと私は弾丸をお見舞いした。

 敵の絶叫。メインカメラへ迸る弾丸は不慣れだと自分自身に真っ直ぐ向かってくるように錯覚してしまう。彼女は自分が死ぬ瞬間を目の当たりにしたと誤解してパニックを引き起こした。指揮官らしき演技をしたところで、所詮は何らかの精神障害を持つ変異体バリアントだ。その叫び声が通信を搔き乱す。敵部隊に混乱を引き起こす原因となる。

 やってきたはいいが、隊長のパニックに陥る声を聞いて立ち止まる騎兵。私はそこへ射撃をし、棒立ちの一機を行動不能にした。装備と相手こそ異なっているものの、やっていることはこの集落を襲撃した時と変わらない。

 今後のことを考えると、できるだけ機体は無傷で確保しておきたかった。損傷は最低限に抑える必要がある。

 と、また新たな敵が現れた。今度は二機。しかも連携を取っている。


『二対一なら――』

「二対二だ」


 射撃と近接という異なる挟撃をしようとした敵の片方へ私は掴み取ったブレードを振るった。同時に私を撃ち抜こうとした敵の武器が爆発する。そちらへ視線を向ける必要は感じられない。目の前の敵へ集中し、ブレードを弾き、両足を切断する。ダウンしながら左腕で構えた散弾銃はブレードを軸とした蹴りで蹴飛ばし、その勢いのまま、咄嗟に向けてきた刃の背を回転蹴りして武装解除させる。


「う、ぷ……」


 リムルが気持ち悪そうに口元を抑えた。強引な回し蹴りでコックピットが激しく揺れたからだ。瞬間、私の注意が削がれる。モニターから目を放し、リムルの様子を注視してしまった。振動に加えて、グィアンの警告。


『シズク!』

「……損傷甚大か」


 敵の狙いは恐らく外れた。が、レンジャーの右腕を使用不能にするラッキーには恵まれていた。


「そこまでマニュアル通りだとは。スナイパーを配置していたのか」


 インディアン殺しに対騎兵用ライフルは無価値。しかし、戦術教本には部隊には必ず一人狙撃手を配置することが推奨される、という一文が記されている。

 ゆえにこの部隊の隊長はスナイパー装備を取り入れていたのだろう。神経質な奴だ。或いはそれがこの隊の隊長の変異か。

 しかし、私は大して驚いていなかった。騎兵が使えないのなら、別の方法を考えるだけだ。機体を捨て、新しい機体に乗り換えてもいいし、もしくは歩兵ならではの戦法で敵を打倒してもいい。

 だが、一つだけ問題があった。その問題は怯えて私の手を掴んでいる。


「どうするか……」


 グィアンはスナイパーへ弓矢を放とうとしたが、別の敵が銃撃したため攻撃を中断させられた。友軍機のライフルにロックされていますという自動音声の警告がコックピット内に響く。レンジャーの装備に、友軍誤爆防止用の賢いセーフティなどはついていない。

 私は体当たりによる攻撃を選択。突撃しながら回避行動に徹しようとしたが、先に銃声が轟いた。通信と共に。


『三対二。三対、一。三対……ゼロです』

「エミリー」


 馴染みの声に私は応える。敵の残党を掃討した部下は、私の方向に歩み寄ってくる。否、元部下だ。彼女がどう反応するかはわからない。

 案の定、エミリーはレンジャーのライフルの銃口を、片膝をつく私に向けた。


『どういうつもりですか、隊長』

「……ありの、ままだ」


 私は具体的な説明の必要性を感じている。しかし、言葉に出せなかった。カグヤのことを上手く説明できなかったのと同じだ。今の状況を、心理状態を言葉に変換することなどできない。

 何かが起きて、何かが狂った。それはわかる。だが、なぜそうなったのかはわからない。


「リマ症候群かもしれない」


 私は一番回答に近そうなものを呟く。しかし、その真偽を判定できる者はいない。


『あなたが、ですか? ホワイトベレーで唯一の健常者ヘルスであるあなたが?』

「または、健常だと思い込んでいたのか、だ。もしくは、今さっき……私の精神に致命的な欠陥が発生した」


 社会の敵と成り得る不具合が起きた。きちんと調整されていた歯車が狂った。


「私を撃つか、エミリー」

『あなたはそれを望みますか?』


 エミリーは問うてくる。私は正直に気持ちを白状した。


「望まない」

『ならば、武装解除しましょう。命令に従って』

 

 エミリーはあっさりライフルを捨てると、機体から降りた。私もハッチを開いて、片足で支える戦闘騎兵から慄くリムルと共に地面へ降り立つ。


「怒るか、自己中心的だと」


 私は単刀直入に訊ねた。エミリーは否定する。


「いいえ。自己中心的という評価は変わりませんが、怒るという感情を持つ理由が見当たりません」

「なぜ」

「私はあなたの部下ですので」

「離反した私にまだ付くのか」

「どこまでも」


 エミリーは恭しく頭を下げる。そして、顔を上げた。

 その視線は一種の熱狂に近いものを秘めている。どうしてだ、という私の問いはミーナの大声に吹き飛ばされた。


「隊長さーん!! ご無事ですかー!!」

「無事だ。しかし私はもうお前の隊長では」

「水臭いこと言いますね、隊長さんはー。私を仲間はずれにしないでくださいよ!」

「お前も私側に付く気か? 何の利益も――」

「食事があります! ここには美味しい食事が!」


 ミーナが両手を広げて、くるくると回転した。その姿は可愛らしいという感想を思い浮かぶが、同時に異常という負の評価も想起される。


「たくさんの食べ物ですよ? しかも私たちの世界より美味しい! こちら側に付かない理由なんてないですよ!」

「……お前は、どうだ」


 煌く炎の中で笑声を漏らしながら踊るミーナから目を離し、木の陰から様子を窺っているフィレンに訊く。フィレンは逡巡したように視線を彷徨わせながら答えた。


「これって……反逆ですよね」

「そうだ」

「謀反? 抵抗?」

「そうだな」


 フィレンは顔を真っ青にして、首を振る。現実から目を逸らすように。

 そして、言い訳を呟き始めた。


「私の責任じゃ、ないですよね……?」

「ああ、私の責任だ」

「なし崩し的に、しょうがなく、ですよね……?」

「そうだ。お前は巻き込まれた」

「…………」


 フィレンはぎゅっと目を瞑る。迷いを断ち切るように。そして、木陰から姿を現した。恐る恐る私の前へと近づき、宣誓する。


「わ、私は私の命と安全が保障される側に付きます! た、隊長は私の安全を……保証してくれますか……?」

「保障する。できる範囲で」


 私は素直に淡々と応じた。


「いじめ、ませんか?」

「いじめない。できる限り善処する」

「で、では、隊長の側に付きます。どうぞ、よろしく……」

「なぜだ?」


 私は今一度問う。フィレンに。ミーナに。エミリーに。私の部下たちに。

 彼女たちは顔を見合わせると、自分たちがやってきた方向へと揃えて振り返った。

 異世界の門。ワープポータルを。


「管理政府の庇護の下で……生きる理由が見当たらないから。簡潔に述べるとそうなります」

「なぜ」

「それはあなたが一番理解できているのでは」


 エミリーの言葉に私は黙す。胸を打たれた。

 脳裏に浮かぶのはカグヤの顔だ。妹を不用品として処分する社会。

 幸いなことに私は今まで処分対象ではなかったが……眼前の少女たちは、ホワイトベレーは違うのだ。死ぬために送り込まれた。もしくはノルマを満たすために。

 死という脅し文句で強要されて、戦い続ける哀れな消耗品。それは周辺に転がり、コックピットの中で恐怖するパイロットたちも同じだ。

 私たちの社会では、貢献しなければ生きられない。衣食住はもちろん、生理欲求も制限される。

 働かざるもの食うべからず、ということわざがある。だが、その言葉が常用されていた時代とは社会の仕組みは変わっていた。

 貢献せざるもの生きるべからず。無意味に酸素を消費するだけで有罪となる。私たちは生を受けた瞬間から、社会に借金をしている。酸素代だ。栄養を補給するための点滴代。適切な遺伝子に配合してもらった調整代。命を作ってもらった借りを返さなければならない。返せないなら殺される。そのプロセスに誰も疑いを持たない。疑いを持てば変異体バリアント扱いだ。

 だから私は従順な兵士だった。しかし、それももう終わりだ。

 私は変異したのだ。誰のためでもない。私のために。


「わかった。次は……お前だな、グィアン」


 私は戻ってきたグィアンを見上げた。木の太い枝に立つ彼は、何の補助も借りずにそのまま飛び降りて着地を決める。驚異的な身体能力。だが、私は平然としていた。

 グィアンも冷静だ。私と目を合わせる。しばしの間見つめ合った。


「お前は私を敵と認定するか?」

「そうだ」


 グィアンは肯定する。予想通りに。そして、想定内のセリフを続ける。その合致率とくれば、まるで初めから打ち合わせしていたかのような自然さだった。


「だが、それは過去の、今までの話だ。これからはお前たちを味方と認知する」

「同胞を虐殺した私たちを迎え入れるのか? 反感を持つこともなく?」

「味方となるなら、そうだ。そして、お前たちはそれを選択した。何より……リムルを救った」

「無実の赤子を……逃げ惑う母親を私は殺したことがある。それでもか?」

「問題を感じない。俺は犠牲を最小限に抑えるべく行動するだけだ」

「大量殺人犯も遠慮なく利用する。そうだな」

「そうだ。それに、お前たちは強要されて殺していた。自発的にではなくな」

「それは」

「少なくとも俺からはそう見える。ゆえに、そう判断する。お前の意見は求めていない」


 グィアンの断言にしばらく無言の抗議を注いでいたが、私は自分から折れた。視線を私の手をずっと握りしめるリムルに変える。彼女は奇妙な、様々な感情が混ざった表情をしている。

 喜んでいるような、悲しんでいるような。一つだけ確かなのは、彼女は怒っていないということだけだった。

 彼女は眺めていた。倒れるレンジャーを。インディアンの死体を。

 悪くない者たち同士の戦場を、ずっと見つめていた。カグヤと同じように。



 ※※※



 戦いの後は必ずそうであるように、私たちは仕事に取り掛かった。

 ざっくり言えば掃除だった。私たちが反逆を起こしてからの最初の仕事。一見地味だが、大切で重要な任務だった。破壊された家屋はそのままにしておけないし、無造作に転がったバトルキャバルリーもそうだ。もちろん、インディアンの死体とホワイトベレーの生体も然るべき処置を行った後、片づけなければならない。


「捕虜たちは営巣へ。あれを営巣と呼んでいいのかはわかりませんが」

「構わない。お前に任せる。通信システムは」

「細工しておきました。これで管理政府及びホワイトベレー隊は私たちが戦死したものだと誤認するはずです。通信傍受も可能に設定しましたので、味方……いえ、敵の通信もリアルタイムで傍受できます。位置座標についても同様です」

「有能だな」


 かつて放った褒め言葉と同じものを私は話しかける。私はトレーラーの未使用の機体に騎乗し、ハッチを開きっぱなしにしていた。ハッチを閉じないのは、無用な恐怖をインディアンたち――味方に与えないためだ。


「では、作業を続行する。ミーナとフィレンにも指示を頼む」

「了承しました」


 私はトレーラーの外に立つエミリーから離れると、まだ戦闘の名残がある集落へと騎兵を進ませた。

 戦士たちが黒焦げとなった住宅の一部を運び出している。その近くで泣き崩れる女性。家を失っただけではない。家族も、大切な人間も失っているだろう。

 彼女はずっと泣き喚いていた。私はその声を聞きながら横を通る。

 開いたハッチから見える光景は、昔の人々が見れば凄惨だとでもいったのだろうか。しかし私は慣れているので、ありきたりという感想しか抱けなかった。

 大量の遺体が積み重なっていて、その中心にやぐらのようなものが組まれている。何をするかは定かではないが、死者を悼む儀式とやらだろう。

 死者を悼む風習というものがあることに私は驚きを覚えていた。死者を思い出し号泣したミーナのようなケースは極めてまれだ。普通は死人に涙を流したりしない。死者は死ぬべくして死ぬのだ。遺伝子調整を施され優秀で丈夫な私たちに事故や病死は滅多に発生しない。死ぬということは、死んだ当人に何らかの問題があることを示唆している。そのため、悲しむという感情を湧き起こす理由がなかったのだ。

 しかしここでは違う。私は騎兵を進行させる。


「文化の違いとやらか」


 自分の足を歩かせるように滑らかに騎兵を動かして、私は目的のものを抱え上げる。敵の破損したバトルキャバルリー。あえてコックピットを狙わなかったのは、爆発を抑えるためだ。

 これは貴重なパーツとなる。補給源だ。完全に破壊するなど考えられない。予備パーツはいくらあっても足りないのだ。騎兵が騎兵を持ち上げて、既定の個所へと運んでいく。


「シズク! シーズク!」


 リムルの呼び声に私は視線を凝らす。リムルはバゲットらしきものを左手に持ち、右手で勢いよく手を振っていた。私はハッチから身を乗り出して訊ねた。


「どうした?」

「キュウケイシマショウ!」


 リムルの言葉をスムーズで脳内変換できるようになりつつあった。後少し言語データを収集できれば、第二の日常言語として常用が可能となるだろう。

 私は機体から降りて、リムルの傍へと歩み寄った。リムルは衛生上多数の問題が見つかるであろう地面に平然と座り込む。


「服が汚れないのか?」

「ダイジョウブ!」


 その返答は服が汚れないという意味ではなく、服が汚れても平気という意味だった。私はリムルの隣に座る。ピクニックに行ってみたいね、お姉ちゃん。幻のカグヤが笑いかけた。


「これは?」

「ノステリア!」


 記憶した単語に該当しなかったので、独特の郷土料理だろう。私は緑の塊を受け取って噛り付いた。

 奇妙な味がする。思わず眉を顰める。


「オイシクナカッタデス……?」

「いや……よくわからない」


 初めての感覚に私は戸惑う。何らかの果実であるとはわかるが……俗に言う口に合わないというものなのかもしれない。


「あー隊長さんがサボっておやつ食べてる!」

「仕事はこなしている。今は……そうだな。休憩だ」


 私は臆面なく答える。何かの装置を運んでいるミーナは膨れ面だ。感情豊かな奴だな、と思う。それはカグヤと共に鑑賞した古い映画作品に出てくる登場人物たちの喜怒哀楽に類似している。或いはこれが本来の人間だったのだろうか。笑い怒り悲しむという感情機構を何も考えずにフル稼働することが。

 ふと何気なく……隣のリムルを見習って笑ってみる。ガシャン、という落下音がした。

 目の前のミーナが物を落としたのではなく、少し離れたところで別の作業をしていたエミリーが呆けている。頬が紅潮しているようにも見えた。異世界特有の風土病にやられたのかもしれないと思い、私が端末を使ってサーモに掛けようとするが、


「何でもありません隊長。少し、手を滑らしただけです」

「お前がか?」

「私はバリアントですよ。お忘れなく」


 エミリーは再び作業に戻っていく。私は立ち上がろうとしたが、リムルが手を掴んで止めた。


「マダ、デス。マダ……」

「問題ない。私は……」

「オハナシガ、アリマス……シズク」


 私は意外に思いながらリムルを見つめる。彼女は視線を迷わせたが、やがて私に戻した。


「グィアンノコト、ドウオモウ」


 私は顎に手を当てた。回答は思い浮かぶが、彼女が求めるものかがわからない。


「味方だ。仲間」


 率直に述べた。現状、それ以上でも以下でもない。


「ジャア、ミンナハ」

「同じく、仲間だ。みんながどう考えているのかはわからないが」


 嘘を吐いた。敵意は既に検出している。全てのインディアンがグィアンのように割り切れるはずもないことはわかっていた。


「ナラ……ワタシハ?」


 リムルは純粋な瞳で私を射抜いてくる。言葉に詰まった。

 リムルは何なのだ。私は未だに回答を得ていない。


「お前……お前は……」


 今度は私が視線を乱す番だった。リムルは何だ? ただの現地人?

 妹の他人の空似? それとも……。


「お前は、カグヤに似ている……今はそれしか言えない」

「ソウ……ナンダ」


 リムルが悲しそうに目を伏せた。彼女は何て言って欲しかったのだろうか。

 あの時、燃え盛る炎の中、私はリムルを見たおかげで、自身の行為が間違っていると気付けた。いや……そこまで立派な理由だろうか。リムルをカグヤと重ねて、私は大切なものが目の前で奪われる予感がした。

 だから身体が動き、リムルを助けて反逆した。結局は自分のためだ。そこに綺麗な物語も、感動のシナリオも存在しない。

 そうこうしている間に、前方で異変が起きた。いや、それはよそ者である私にとっての異変であり、傍に座るリムルやインディアンたちにとっては日常だ。

 いや、訂正。インディアンにとっても、それは日常ではなかった。

 前方には大量の遺体と、その中心にはやぐら。さらにそれを囲むように老若男女を問わないインディアンたちが集まっていた。長らしき老齢の男が人々の間を通り抜けて、全員の顔を観察する。そして、木の棒を取り出し、不可思議なことにその先端から突然発火した。あの謎の力だ。しかしグィアンのものと比べると遥かに弱い。

 修正、儚いという評価が最適だ。老人はやぐらに火をつけるとその炎は瞬く間に周辺に燃え広がった。死体たちが燃えていく。煙が天に昇っていく。インディアンたちは両手を組んで祈りをささげて、目を瞑っている。

 異常に気付き集ってきたエミリーたちが困惑しながら私を見てくる。

 何をするべきか。その資格があるのかも定かではないが……私は横のリムルと同じように手を組んで、祈った。

 ただ謝罪の意を込めて。私が殺した数多のインディアンたちに。

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