第6話 家族
グィアンに通されたのは、集落で一番大きな建物だった。そこには儀式の際、やぐらに火をつけた老人が座禅を組んでいた。何かの訪れを待っていたかのように。
そして、突発的に目を開く。次の瞬間には、柔和な笑顔が張り付いていた。
「ようこそ、お客人。我らが世界へ」
「流暢なお言葉。……ですね」
スウゼンは私たちの言語を完全に理解していた。聡明な老人だ。
「賛辞を感謝します。座りなされ」
私たちは促されて座った。座布団の上に正座する。エミリーとフィレンは私と同じく姿勢を正したが、ミーナは嫌そうな顔をして結局座りやすい体勢を選んだ。
「ミーナ」
「構いませぬぞ、お客人。……さて、まずは自己紹介を。私はこの土地を預かっている長、スウゼンと申します」
「……丁寧な挨拶、痛み入ります。私はシズク・ヒキガネ。この者たちは私の部下です。名を左からエミリー・コール、フィレン・リペア、ミーナ・カー」
エミリーが礼儀正しく会釈し、フィレンはおどおどしく彼女に合わせる。ミーナはにこにこしながら手を振って、フィレンに慌てて手を下げらされた。
その無礼な振る舞いにしかしスウゼンは微笑むばかり。穏やかな心の持ち主だと一目でわかった。彼はきっと激情に身を任せる性格ではないのだ。しかし、だからと言って全てを黙認するわけではない。ゆえに、私たちを呼び寄せた。
「察しが良いですな、グィアントレリアン」
グィアンの名が出て私は訝しむ。グィアンは首を振った。そこで私は思い出す。グィアンは勇敢という意味を持つとリムルが説明していた。そして、トレリアンは異世界人。私はスウゼンに賞賛されていたのだ。勇敢な異世界人だと。到底、そうは思えないが。
しかし、敵意をむき出しにされないのは好都合なので、口には出さなかった。
「あなた方の訪れは、だいぶ前から予知していた」
「予知……未来予知? 魔法みたいな」
ミーナが首を傾げる。その気持ちは隊員全員に共通していた。
「我々が精霊術と呼ぶ力のことですかな」
「精霊術とは?」
私は初めて聞く単語に疑問を持つ。何か神秘的な、突飛な力を彼らは信じている。哀れな妄想に囚われている。そう突き放つこともできたが、グィアンの力ややぐらに火をつけた老人の炎を見ている。邪険にはできなかったしするつもりもなかった。
知る必要がある。グィアンの力の源を。スウゼンは続ける。
「あなた方の世界がどういう文化を持ち、どういう法則で動いているのかは判然としないが、我々の世界には精霊が住まうのです。精霊は常にそこにいて、私たちの手助けをしてくれる。大地に恵みを与え、災厄から我々を守り、子どもたちを健やかに育んでくださるのです。特にこのグィアンは……精霊に愛されている」
「道理でお前の攻撃はわからなかった。そういう手品か」
私はグィアンに言った。精霊が何なのか。どういう理論が働いているのかは釈然としないが、そういう力があると聞けただけでも十分な収穫だった。未知なる力を目視しているからこそ、別の人物による保証が欲しかったのだ。精霊術の法則の解明は私のような軍人ではなく科学者がするべきことで、私はただそれがあり、グィアンの力の源であると知れればいい。カグヤはもっと知りたがるかもしれないが、私の知的好奇心は特別刺激されなかった。
本題へ戻って構いません。私は老人に促す。良いですかな? 穏笑が返ってくる。
「さて……私とあなたの違いは、住む世界が違うこと。そうですな」
「はい」
「そして、生き方も、言葉や文化も違う。人種も当然。思想も明確に異なっている」
「その通りです」
老人は何も間違ったことを言っていない。私はただ首肯した。
しかし次の言葉には反応に困り果てた。
「だが、心はどうか? 他人を慈しむ、慈愛の心は?」
「……私たちの感情は調整済みです。この身体……遺伝子と同じように」
「にしてはあなた方は反抗を企てた。異世界人を、言葉すら異なる他人を殺すことに躊躇いを覚えた。既に何人かは殺しておられるだろうが……それでも手を止めた。その行いが間違いなのではと疑念を抱き、
私は黙る。反論がないのを確認すると、老人は私たちを見回した。
「罪悪感を持つのは……心がある証拠だ。人間には感情がある。それは諸刃の剣ではあるが……封じられるものでもない」
「感情調整薬で、私たちは心……脳内の一機能をコントロールできる」
心、心理とはスピリチュアルな概念ではない。脳機能の一部であり、脳内物質のバランスでどういう感情を持つかが決定される。身体の一部である以上、薬で精神は簡単に統制できるのだ。
やろうと思えば一切の感情を破壊してただ機械のように振る舞うこともできる。しかし私はやらなかった。エミリーたちもそうだ。様々な言い訳は考えついたが、一番しっくりくる理由は、恐怖だ。怖かったのだ。感情を喪うことよりも、恐怖を感じられなくなることが恐ろしかった。
「しかし、私たちは必要に迫られるまで使用しません。感情は、戦闘においても重要なファクターですから」
私は言い訳の一つを嘯いた。間違ったことは言っていない。他人の思考と共感できるのは、私にインストールされた遺伝子に含まれた機能ではないが、このシステムはとても使い勝手がいい。相手の思考を読めるのは、戦争においてアドバンテージとなる。だから、感情は捨てない。その言い訳に老人は同意した。
「心を持てば様々なものを感じられますからな。心なき兵……ただ命令のままに動くだけの敵など取るに足らないでしょう」
「はい」
私は肯定。脅威を感じるのは予期せぬ行動であり、マニュアル通り、淡白とした機械的トレース運動であればただ攻略法を見つけ対処するだけでいい。幸い私たちは――例え精神異常者の寄せ集めだとしても――機械そのものよりもハイスペックだった。アンドロイドが実用化されなかったのはそのためだ。
だがどれだけ高性能な人間でも、ただ命令に従うだけの機械では何の役にも立たない。一定の成果は上げられるかもしれないが、それは短期的に見ればの話だ。長期に及べば必ず脆弱性を露呈する。だから私は心を持つ。戦術的優位性があるから。
「……我々とあなた方はやはり同じ人間だ。立場も思想も生き方も違くとも、心を持つ人間ですな」
「その通りですね」
「であらば、我々とあなた方の世界……どちらも救済するための戦いを、我らと共に行っていただきたい」
「どちらも、ですか?」
流石にこの発言には意表を突かれた。私の視線はグィアンに注がれる。彼は黙すだけだった。私は逡巡して、口を開く。
「心がある人間を無闇に殺すわけにはいかない。そういう理屈でしょうか」
「そうなりますな。それに、我らが連中を蹂躙したところで……これは現在の戦力差に目を瞑ったかりそめの話ですが……何かを得られるとは思えないのです。願わくば、和平を結びたい。グィアンから聞き及んだ話では、あなた方はひっ迫した状況にあるとか」
「はい。我々は絶滅寸前の状態です」
人口が致命的に減少したのではなく、爆発的に増加したせいで。
切実な問題としてそこにあるからこそリアリティある難問として感じられるが、どこか別の世界の出来事であれば、鼻で笑ったかもしれなかった。しかし、どれだけ滑稽でも私たちの身体は丈夫で、セックスをすれば必ず子供ができて、中絶も不可能で、病死も事故死も滅多に起こさない。私たちを強くし過ぎた遺伝子コードの改変ができないというおまけ付きだ。
過去の科学者たちは追い詰められていたのだろう。世界は核の冬に凍えそうだったから。禁忌とされた兵器をうっかり使い過ぎて滅びかけた人類は、どうにか知恵を振り絞って絶滅を回避する手段を思いついた。そして今や、その回避手段が牙を剥いて、生きられる人間と死ぬべき人間を取捨選択している。世界という椅子に座るべく、私たちはゲームをしている。
しかし、それが私たちの世界なので、納得せざるを得ない。だが、スウゼンやグィアン、リムル……インディアンたちには関係のないことだ。偶発的に繋がった異世界の侵略者たちを心配する理由などない。しかしスウゼンは優しい手を差し伸べようとしている。
「単純に考えれば、我々と土地を共有するのが最善の策でしょうな。しかし、あなた方の長……政府は応じない」
「遺伝子を書き換えられなければ……また同じことが繰り返されるだけですから」
それはもちろんインディアンを絶滅させた後も同様だ。どちらの道を選んでも、最終的には同胞との椅子取りゲームが待っている。しかし、政府の役人たちは口を揃えてこう説明するだろう――インディアンがいなければ猶予期間が延びる。その間に対策を講じられるはずだ。
どれだけ素晴らしい説得や和平条件を提示したところで、カグヤを不良品扱いにした政府は大義名分を掲げて異世界人を虐殺し続ける。そもそも、この行為は戦争ではなく開拓なのだ。和平などという単語が湧き出るはずもない。
「となるとやはり……扉を閉じるしか、手立てはない。そうなりますな」
スウゼンの方法は私のものと同一だった。扉を閉じる――ゲートを構築するワープドライブの破壊。
もしこれが設計通りの運用方法であれば、ドライブを破壊したところでまた別の転送炉が稼働させられるだけだ。ドライブを狙う意味はせいぜい時間を稼ぐ程度しかない。だが、異世界との接続は……発明者の意図しない動作だ。一度ドライブが破壊されればまた同じ異世界へコネクトできるかは未知数。可能性は限りなく低いだろう。そして、その中核はたった一基のドライブが担っている。その核の機能を停止すれば、戦争は、開拓は強制終了せざるを得なくなる。
メインドライブは一度も停止させていないらしい。フロンティアの喪失を恐れてのことだ。それは管理政府にとっては不便だが、私たちにとっては格好の標的となる。
そしてスウゼンの望まない無用な殺戮も起きない。私としても倒す敵が少なくて済む。一石二鳥だった。
だが、そう都合よくいかない事情があった。個人的な、自己中心的な理由が。
「私が思いつく最善の方法です。しかし……問題が一つ」
カグヤ。私の愛おしい妹。
住む世界はどちらでもいい。カグヤを人間として扱ってくれるのなら。
しかし、引っ越しは大変となる。いろんな手続きが必要となるのだ。
主に銃と騎兵を使用したものが。
「私には妹がいます。彼女を見捨てるわけにはいきません」
世界規模からしてみればちっぽけな話を私は言う。しかし、私の生きる理由と言って差し支えない話だ。
何をバカなことを言ってるんだ。そうインディアンたちは糾弾するだろう。そんな個人の問題など捨て置き、社会のために命を賭せと。
だがそれでは、今までの社会と何一つ変わらない。管理政府と何も変わらないのだ。
私はカグヤの命が保障されない限り味方とはならない。どれだけ自己中心的だとしても。彼らが何も悪くないことは知っている。だが、管理政府とて……やりすぎではあるが……客観的に見れば大差ない。どちらも生きるために、種の存続のために戦っている。
だから、私はどちらにでもつく。その返答次第で。カグヤの命次第で。
果たして、スウゼンはよき理解者だった。
「至極当然でありましょうな。構いませぬぞ。救出に尽力させていただきましょう」
スウゼンは答えた後、グィアンに同意を求めた。
「構わぬか、グィアン」
「私は精霊の御言葉に従うだけです。彼らは言っている。正しき選択をせよと」
「なれば……我らの一員として、あなた方を迎えましょう。今日から私たちは……仲間であり、家族です」
スウゼンの言葉は理想的だった。敵にも寛容な偉大なる指導者。
しかし、指導者と下々の者は異なる。思想と、その心の許容量も。
彼の言葉が現実的でないことはわかっていた。
しかし、その言葉には、そんな暗い情念を吹き飛ばすだけの力があった。
※※※
「私たちは家族ですね、シズク」
「そうだな」
私は荷物運びを手伝いながら、リムルに淡々と応じる。彼女の言葉を正しく認識できるようになっていた。
言葉の壁は大きいが、乗り越えれば限りない力となる。私は集落に溶け込むことができた。敵意は完全に消え失せていないが、少なくとも私たちを見て怯えるインディアンはいなくなった。それだけでも十分すぎる進歩だ。如何にスウゼンが彼らに慕われているのかが窺える。管理政府の司令官とは大違いだ。
私の善悪のものさしはまともに機能せず、必ずカグヤという別の尺度が必要となるが、それでもインディアンの生活は今までの過酷な制度とは打って変わり天国のようなものだった。彼らは能力がなかったり、何らかの障害を持ち合わせていても気にしないどころか、むしろ積極的に気にかけて手を貸す。彼らは善人にカテゴライズされる人間だろう。
「思いやり……死語だな」
「シズク?」
隣に座るリムルが難しそうな顔をする。気にするな。私は彼女の顔を朗らかなものに戻す。
「これはどこに置けばいい?」
私は中に大量の葉物が入った箱の行き先を尋ねる。これはこちらのお茶という飲料らしい。フィレンが私に用意してくれたものと同種のものだ。
「あっち!」
「了解した」
指で示された場所へ私はお茶を運ぶ。そして、言葉を耳にした。
言語中枢が最適なものへと切り替わる。聞こえてきたのは私たちの言葉だった。
グィアンやスウゼンなどの一部の例外を除いて理解できない言葉だ。
「わかっていますね。自らの立場が。あなたたちは捕虜。そうですね?」
「そ、そう……そう、ですけど……」
「何か言いたいことがありそうですね。発言を許可します。どうぞ」
エミリーが捕虜と会話している。私は即座に目的を理解したが、早とちりの可能性もゼロではないので踏み止まった。とは言え、その可能性は限りなく低いだろう。
「こ、この集落で……捕まった捕虜は記憶を消されて政府に保護されると……」
「なるほど。ゆえに自らの最低限の安全は保障される。そう思われているのですね」
エミリーの感心する声。すぐに震える声。そうです。そう……ですよね?
「生憎私にはその記憶消去がどうやって行われるか……定かではありません。そしてそれを実行する義務も責務も、私にはありません」
「え……ひっ!?」
短い悲鳴。同時にスライドが引かれる音。私はお茶を置いて、声の下である小屋の扉を開いた。エミリーは用意周到に牢屋から彼女たちを移したらしい。牢の中で死体が発見されれば咎めは避けられないが、忽然と姿を消せばどうにかして脱出したという言い訳が通る。この手段が最適解であると知っているのだ。
私の登場に戸惑う捕虜たち。彼女たちほどではないが、エミリーも気まずそうに視線を彷徨わせた。いたずらを見つかってしまった子どものようだ。いたずらをする自由があった頃の映画のキャラクターのように居た堪れないエミリーへ私は話しかけた。
「殺すつもりだった。そうだな」
私は証拠を見つめて指摘する。白色のホワイトベレー標準仕様拳銃。
「独断なのは謝罪します。しかし、彼女たちを生かして帰すわけにはいきません」
「敵に裏切りが露見するリスクを避けるためか。だが」
私は拳銃を取り上げる。申し訳なさそうなエミリーの顔。ほっと安堵する捕虜たち。
しかし、その表情はすぐに一変することとなった。当惑するエミリー。目まぐるしく切り替わる状況にヒステリックな声を上げる捕虜。
「お手を煩わせるわけには……!」
「いや、私がやる」
私はエミリーから取り上げた拳銃を捕虜に向ける。縄で縛られて自由に身動きできない捕虜たちが逃げようともがいた。しかし、その程度で殺意の籠った銃口からは逃れられない。私はどちらにでもつく。それはどちらも平気で殺せるということだ。
私は優しくなどない。情報漏洩は避けねばならない。敵に死んだと誤認させておきたかった。できるなら、ゲートの向こう側に渡り、カグヤを救出するその時まで。
「そこまで怯えることはない。……勘付いているだろう? 記憶を消されて政府に戻ったとしても……不用品として処分される可能性が高い。今死ぬか、後で死ぬかだ。誤作動を起こした歯車をわざわざ再利用する理由はないからな」
私は事実を述べる。丈夫な私たち
それが幸せなのかどうか。私は彼女たちとは違うので断言はできないが、恐らく幸福とはとても呼べない生活が待っているに違いない。
その至福の時を過ごした後に、殺処分が待っている。不具合が発生した不良品を再利用をする必要はないのだ。
「苦しんで死ぬよりは、楽に死んだ方がいいはずだ。違うか?」
私は問い質す。どちらを選んでも死。それは避けられない。
捕虜たちは一様に取り乱したが、隊長が意を決して回答を述べた。
「そ、それでも、私たちは生きられる可能性に賭ける……!」
「聞けない、願いだ」
私は間髪入れずに引き金を入れた。想定通り銃声がこだまする。
しかし弾道は予定通りとはいかなかった。強引に逸らされた銃口から吐き出された弾丸は、不本意な形で天井に激突し跳弾することなく潰れた。
「グィアン」
「殺す必要はない」
私の右腕を掴むグィアンと至近距離で睨み合う。彼とは思考が似ているが、根本的な部分では異なるようだ。私は平気で他人を殺すが、彼は殺す必要のない敵は殺さない。
「どうするつもりだ。彼女たちを仲間にする気か? 不可能だな。彼女たちには信念がない」
「そうだな。現状のままでは難しい」
「では、記憶を消して政府に送り返すのか? 地獄が待っていると思うが」
「記憶を消すのは正しい」
「……この村で保護するのか」
確かにそれは十分な処置だ。しかし人間的に一度死ぬと言っても過言ではない。
そうだとしてもやはり、この選択肢が最善のはずだ。彼女たちに新たな選択肢が提示される。私にも、グィアンにとっても最良の選択肢が。
「さて、話は聞いていたか。いや、聞いてなくてもお前たちに残された選択肢は一つだ」
捕虜たちが息を呑む。私は拳銃のセーフティを掛けながら告げた。
「記憶を消去して――生まれ変わる。生きられる可能性に賭けるのだろう?」
捕虜たちは顔を見合わせると、その選択肢に同意した。
記憶さえ、情報流失の恐れさえなくなれば私としてもこだわる必要性は感じない。
そのためリムルの手伝いへ戻ろうとした時だった。突然腕の端末が鳴り響く。
「敵襲か」
「そのようですね。手配を」
「待て、エミリー」
私は現在の戦略物資量を思い返しながら制止する。エミリーは実直に命令を待った。
「騎乗の前に、インディアン捕縛用ネットを用意してくれ。グレネードランチャーも。グィアン」
次に私はインディアンの戦士……仲間であり、家族である男に告げた。
「お前は出張るな。私たちを……家族を信用しろ」
※※※
『敵機接近中。見えますか』
「ああ、よく見える」
私はスリープモードのレンジャーの上で敵部隊を観察していた。レンジャーの正体で数は六機だ。全戦力を惜しみなく投入している。賞金を稼ぎに来たのだ。名うてのインディアン……アンノウンに懸けられた貢献度を。
「しかし、無警戒だな。固まってくるとは」
私はほくそ笑む。或いはそれが最良の自衛方法だと誤解しているのだろう。数量で敵を威嚇する効果はあるが、それは相手が格下か同等の戦力を保持する場合に限る。格上相手には、ネギを背負ってくるカモも同然だ。
「カグヤはカモの好物がネギだと誤解していたな」
『隊長?』
「独り言だ。準備は?」
『完了です。そうですね、フィレン?』
『は、はい……! 言われたとおりの場所に設置してきました。たぶん、大丈夫……』
『憶測では困りますが』
フィレンの曖昧な返答にエミリーが言葉を鋭くする。言葉に詰まったフィレンを私は庇った。
「フィレンは優秀だ。問題はない」
『しかし、何か手違いがあれば……』
「あったとしても問題ない」
私は即答して、コックピットハッチの中に閉じ込む。
狩りの時間だった。バトルではない。ハンティングだ。
機体を接敵予定地点へと動かす。豊かに生い茂る草木は、白色で目立つ騎兵を覆い隠してくれた。仮に予期せぬ会敵をしたとしても、友軍機として認識されるはずなので不意打ちされる恐れはない。不意打ちはされるのではなくするものだ。
「到着した。エミリー、そっちはどうだ」
『待機しています、隊長』
「では、仕掛ける」
私は右腕の操縦桿を目いっぱい後ろに引く。連動してレンジャーの右腕も高く上がった。丁度、グィアンに邪魔をされて上向きとなった拳銃の位置にカービンマシンガンが合わさる。私はあの男の勇敢さ、もしくは蛮勇さを思い出しながらトリガーボタンを押した。
銃声が轟く。しかし、木々をなぎ倒しながら近づいてくる部隊は警戒心を強めない。ただ不思議がった通信が送られてきた。一体どうしたんです? 予期せぬ性行為を避けるために同性で構成された部隊員の一人が訊ねてくる。
『例のアンノウンを発見したとか……でも、レーダーには何も映っていませんが』
「当然だ。狩りをしている」
『狩り、ですか……鳥か何か……』
「騎兵狩りだ」
私は無警戒の敵機の至近距離に銃弾を穿った。至近弾に慄いた敵が、悲鳴を喚いて通信を独占する。
『きゃあ! あああああッ!』
『落ち着け、くそ、敵だ! 裏切り者!』
「ご明察だ。少し、遅いが」
もはや手遅れなぐらいには。
私は機体を操って、左腕で掴んだブレードを敵機を掠めそうな位置に振り下ろす。慌てる敵。パイロットの判断がダイレクトに反映された機体は焦燥感を誰から見ても検出できるほど動揺している。
『焦るな! 攻撃は外れている』
その通信は的中していたが、完全にとまではいかない。
外れているのではない。外しているのだ。しかし敵は夢中で気が付かない。
私は敵機を囲むように、機体を左右に動かした。サディスティック傾向があれば嗜虐心をくすぐられたかもしれないが、私は黙々と作戦を遂行した。
作戦――補給作戦を。
状況を好転させるべく近接武器を選択した敵騎兵のブレードを剣技で叩き落とし、敵の銃撃を切り裂いて防御しながら銃弾で敵を誘導していく。さながら狩猟犬の気分だった。羊を追い立てる犬が私だ。
「エミリー」
『準備は整っています』
「頼む」
私の指示と同時にグレネードが放出される。直後に爆発が起きたが、それは敵の一団から離れ、引火すらも抑えた控えめなものだった。しかし敵陣はパニックに陥る。攻撃が一切当たらない裏切り者に加えていずこかから放たれた擲弾。混乱も致し方ないと私は自身の行為を棚に上げて思う。
「スモークグレネードを」
『了解』
今度は敵騎兵隊に擲弾が命中する。非殺傷の煙幕弾だが、敵は金切り声を出した。恐怖が伝染し、通信が要領を得ないものになっていく。どうにかして危機を周辺部隊に通信手が伝えようとしたが、エミリーが事前に準備したジャマーのせいで声は私たちにしか届かない。
私はあえて敵に通信を送った。声色を危機的な赤いものにして。
「後退しましょう! 後ろに下がるんです!」
私の提案通り混乱した敵は後退してくれた――捕縛用の罠がある地点に。
ネットが起動し、敵部隊がコントロールを失う。騎兵が網に足を取られ、ドミノ倒しのように転倒していった。
『成功、ですよね……。でも、意外でした』
「何?」
フィレンの通信に私は訊き返す。
『隊長ってそんな可愛い声を出すんですね。いつもクールな印象でしたけど……』
「……」
――お姉ちゃんっていつも硬い話し方だよね。もっと女の子らしく話さないの?
妹の言葉がフラッシュバックする。
『あ、あれ? 隊長……?』
黙りこくる私にフィレンは焦った声を漏らしたが、私は気にしなかった。
狩りの成功にだけ集中する。三人に機体の回収と捕虜の確保を指示した後、その護衛任務へとシフトした。
回収は苦も無く行えた。敵が戦意喪失していたからだ。抜け殻となった機体と捕虜たちを連れて、私たちの居住地となった集落に舞い戻る。
そして、家族に出迎えられた。走ってきたリムルが手を振っている。
「シズク! シーズク! おかえりー!」
私の視線が彼女に吸い込まれる。
覗き込むモニターに、私の小さな笑みが反射していた。
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