第7話 ホワイトベレー

 作戦が決まり、拠点も得られた。後は計画を練り込んで実行すればいい。

 言葉にすれば非常に簡易だが、そう易々といくとは私は考えていなかった。

 ホワイトベレーが相手の内は対処は容易であろう。私は彼ら彼女らの動きを逐一把握できている。有能な通信士であるエミリーはホワイトベレーが使用するセキュリティがあってないようなお粗末なネットワークにハッキングして、私たちをゴーストにした。形式的には死亡扱いとなっている。敵に裏切りは発覚していないだろう。私たちの部隊はアンノウンの貢献度に魅せられて戦闘、敗北し死亡したとされている。

 だから、アドバンテージは消え失せていない。敵は私たちを見ても即座に敵だと見抜けないはずだ。

 その利点を用いて早急に作戦を決行し、カグヤを救出、ゲートに工作をして脱出するという手筈も考えられた。

 だが、それには由々しき問題が一つあった。私が抱える命題と同じようなものだ。

 私たちには、家族を守る責任があるのだ。


『隊長さん、本当に大丈夫なんですか?』

「問題ない。そっちは配置についたな」


 私はレンジャーのコックピット内から応える。無線通信で不安そうなミーナの声が聞こえてきた。今回は彼女にも出撃してもらう。心配そうな声音とは裏腹に、バリボリと菓子を頬張る咀嚼音も並列して聞こえてきた。


「菓子の類は向こうから補給できないぞ。わかっているな?」

『大丈夫ですよ。こっちの食べ物はとても美味しいですし』


 ミーナは平気そうに言うが、私としては少々不安も残る。彼女にとって味のある食事とは古い映画に出てきたたばこや酒と同様の依存性の高い嗜好品だ。在庫が切れれば暴れ出して手が付けられなくなる。

 慣れ親しんだ私たちの世界の高級品を何の計画もなく消費していくことに私は危機感を抱いていたが、彼女は気にも留めない様子で食べ進めていた。

 そこへエミリーが報告を通信。


『敵機を捕捉。……地中内物質の解析も済んでいます。問題は未検出』

「了解した。音声認識。流動装甲をホースモードへ」


 卵の殻が割れる。新たな生命が誕生する。私は騎兵が騎馬へと変わる瞬間を俯瞰モニターで眺めていた。殻が二つに割れるように平らとなり、片面に三本ずつ、総数六本もの足が両側面に生えた。コード上ではホースだが、私には巨大な白いダンゴムシに見える。それがホワイトベレーに与えられたバトルキャバルリーレンジャーの第二の姿だった。

 人型の機体は様々な環境に適応できるが、完全にとまではいかない。だからこそ搭載された可変機構だ。私は馬という名のダンゴムシの中に納まった。


『やっぱりその形態気持ち悪いなぁ。そう思いません? エミリーさん』

『そのような感慨は持ち合わせていません。フィレンに訊ねてみては?』

『聞くまでもなさそう……さっきから無言だし……』

「私は可愛いと思うが」


 背中上部に格納されているランチャーの具合を確かめながら私は話を合わせる。

 ええっ!? というミーナの驚く声。彼女の感性がよくわからない。


『絶対キモイですよそれー! 隊長さんはゲテモノ好きー!?』

「ゲテモノがどういう意味を持つ単語なのかわからない。……出撃する。これより通信は遮断される。手筈通りに」


 私はダンゴムシの前足を動かし始めた。騎兵時とは違って、直感的な操作とはいかない。私の身体構造がダンゴムシのそれとは異なっているためだ。だが、鍛錬は重ねているので何不自由なく動かすことができた。前足で地面に穴を掘る。ダンゴムシともホースとも違う不自然な姿をして白い騎馬は地中深くへと潜っていった。



 ※※※



「それは何だ、カグ」

「これ……? 図鑑!」


 私たちに支給された小さな部屋の中で、カグヤは私に大きな本を差し出した。

 資源の無駄遣いである記録媒体。カグヤが持つのは本という革命期以前ですらも死語になりつつあった記録メディアだった。

 私が無理矢理握らせた貢献度で申請したという。古紙再生が不可能な年季の入った代物で、意外にもかなり安く購入できたそうだ。

 その見開きには無用の長物である知識が羅列されている。ほとんどが絶滅種。もしくは絶滅危惧種。その図鑑をカグヤは楽しそうに眺めている。壊れかけの車いすの上で。


「図鑑……。楽しいのか、カグ」

「楽しいよ! 面白いもの!」


 カグヤは普段内気な性格だが、何か面白い物や興味を惹かれる物を見つけた途端とても生き生きとする。そんな彼女の笑顔を見るのが嬉しかった。


「世界にはね、本当はいっぱい、たくさんの動物がいたんだよ! それも全部が管理されてなくて、自由なの! のびのびと生きているんだ。お腹が空いたらご飯を食べて、自分の縄張りを点検して、眠くなったら寝て、喧嘩したくなったら喧嘩するんだって!」

「……非効率的な生き方だな。それに教えただろう。過ぎた自由は混沌を生む」


 自然と硬質的な言葉が口を衝いていた。悪習が漏れ慌てて声を濁す。


「すまない、今のは……」

「ふふ、ふふふっ」


 しかし予想に反してカグヤは笑っていた。その笑顔は曇っていない。


「わかってるよ、お姉ちゃん。珍しいね。そんなに慌てたお姉ちゃん初めて見た」

「私が取り乱すのは、お前が相手の時だけだ、カグ」

「うん……」


 カグヤは顔を伏せた。内心、冷や冷やする。しかし目に飛び込んできたのは、弾けんばかりの笑顔だった。


「変な丸くなる虫! これどう思う?」

「ダンゴムシ……?」


 図鑑を両手で広げるカグヤ。記載されたダンゴムシという甲殻類の親戚である存在を見て、私は単純な感想を伝えた。

 不要だが、有用な感情というものを出力する。


「可愛いんじゃないか……? いいと思う」


 するとカグヤは一瞬ポカンとした後に、腹を抱えて笑った。とても、愉快に。嬉しそうに。



 ※※※



「可愛いという表現は間違っているのか」


 私は独白しながらも、地下世界アンダーグラウンドを探索していく。地中にはたくさんの原生生物が存在していた。元々生体反応は人型のみ優先表示設定にしているが、もしその機能をオフにすれば、反応検知アラートはひっきりなしに鳴り響くことだろう。

 それだけこの大地は生きている。私たちの世界では、砂に混じった砂金を探すような苦行だというのに。

 しかし、今回の目的は地質調査でも生体分布マップのアップデートでもない。

 家族を守る。私の基本指針であり、我々の共通優先事項を遂行するために土潜りに興じている。アンダーグラウンドには明確な世界という形がなかった。いや、あるべき場所にはあるのだろうが、ここにはない。ただ無数の土の壁、多くの小型原生生物が住まう場所を通りやすいように粉々に砕いて進行を続けた。開拓と同様に。

 モニターにマップを表示し、進行度をチェックする。

 此度の戦闘――狩りではない――は挟撃で敵に反撃させずに終えるつもりだった。エミリーが付近の集落に敵部隊が接近しているという報告をしたのがおよそ五時間前。私がグィアンに連絡すると、彼はそこには友好的な部族が住んでいると答えた。

 この世界のインディアンは私たちの世界のような一塊ではない。敵対する部族もあれば仲間である者もいる。

 それは明確な弱点であるのだが、今は文句を言っても仕方ない。なので、当面の目標――家族の防衛――を実行するに至った。

 ミーナとエミリーがキャバルリーモードのレンジャーで目的地に待機。私はホースモードのレンジャーで後ろから挟み撃ちにする。声に出せば簡単だが、敵に感知されないで動くのは難易度が高い。じっくり遠回りする時間があれば安全に回り込めるのだが、敵は移動しているのでそうはいかない。最短距離で敵の背後に向かう必要があった。

 がりごりと土や石、岩を削り壊す。スコップやつるはしで金を目当てに金脈を掘りつくしたフォーティナイナーのように。ゴールドラッシュで新大陸へと渡ってきた多くの人々はそのほとんどが実際には儲からなかったという。真の勝ち組は彼ら相手に商売をした商人たちだ。

 しかし、私はそうはならない。ナビゲートシステムによる案内で目的地に到着したと知り、キャバルリーモードとは異なるコックピット内で、左部操縦桿を思いっきり引き下げた。




「予定より敵の進行速度が速い。連中、急いたか」


 俯瞰モニターで地面から突き破るように出現するダンゴムシを確認しながら、私は呟いた。敵の動きが想定より早い。

 敵に応援を要請させないために敷いたジャミングは私たちの通信にも影響を及ぼす。使えないわけではないが、伝達距離が非常に短くなるのだ。敵を挟んでの通信ではなおさらだった。レーザー通信を用いても敵に検知される恐れがある。内容は暗号化してあるので解読はされないだろうが、何かが後ろにいると勘付かれる恐れがある。

 となれば、彼女たちが計画通り動いてくれることを祈るしかない。幸いエミリーは優秀だが、ミーナの行動が不安だった。

 しかし私は不安障害持ちではないので、臆面なく進んでいく。


「機体を球体可変。進行開始」


 私はオペレーティングシステムに指示を飛ばす。レンジャーはさらなる変化を起こし、ダンゴムシのように丸まった。六足でじんわりと進むよりも、木々などの障害物をへし折って進む方が早い。

 コックピットと外部の装甲やフレームは別運動をするので、中は多少揺れる程度で回転することはなかった。私はペダルを踏んで機体を転がしていく。

 ある程度大型熱源体の集団に近づくと、傍受した敵部隊の通信が聞こえてきた。


『なぜかネットワークがオフラインです。どういうことでしょうね』

『ジャミング? どうして? 何かそういう鉱石でもあるの?』


 彼女たちはジャミングの原因をジャマーではなく似た性質を持つ鉱石のせいにした。有り得ないことではないが、無警戒だ。喜々とした会話が傍受され続ける。


『もしそういう阻害物質を見つけて回収したら、報酬増えますかね?』

『まぁ、開拓終わって健常者の皆さんが住む時通信できなかったら不便だし……増えるんじゃないかしら』


 能天気な、不抜けた話。彼女たちは死が前方と後方から迫っていることに気付いていない。好都合だったが、やはり未確定要素は含まれていた。


『あ、あの……ちょっといいですか?』

『何、ジル』


 不安に駆られている少女の声が混ざる。予感がして、私は機体を急がせた。


『やっぱりこれ……ジャマーによる妨害工作なんじゃ』

『またジルさんのネガティブが出たー。そんなわけないじゃない』

『で、でもやっぱり不自然ですよ。私たち、敵地に侵攻してるんですよ。いくらインディアンの文明レベルが低いからって……おかしいです』

『何? 裏切り者が出たって言うの? でも、裏切ったところでどうしようもないわよ。確かに私たちは……強制労働させられてるけどさ』

『あまり政府の悪口は』

『どうせジャミングの嵐だから聞かれないわよ。それに聞かれたところで私は政府を裏切るつもりないし。だってあいつらの生活見た? 何もないわよ。住みづらそうなテント張って、不安定な木で作った家に住んで、することないから、どうせセックスが娯楽の毎日。あんなのに憧れて裏切るバカがいるのかしら』


 指揮官らしき女性のセリフは一理ある。セックスが娯楽の毎日かは置いといて、この世界には私たちの社会のような整ったシステムはほとんどない。カグヤがかつての地球に抱いていた憧れも、隣の芝生が青く見えただけの幻想かもしれない。

 それでもフロンティアには自由がある。予期せぬ死に見舞われるリスクもあるが、自立して生きられる自由がある。政府に束縛されないフリーダムがある。

 だから私はバカになったのだ。することのない世界に憧れた裏切り者に。


『でもセックスってちょっと……気になるなぁ。私の貢献度じゃ一生できないだろうし。ジルちゃんはどう?』

『え、あの……』

『セックスのために一生ふいにする気? バカじゃないの。でも……私たちそういう変異体バカの集まりだし……セックスしたくて裏切った奴がいてもおかしくないかも』


 推理の過程は間違っていたが、指揮官は正答に達しようとしていた。舌打ちする私に呼応するように、ミーナの通信が響き出す。


『ああ、よかった。すみませーん。ちょっといいですかー?』

『……何』


 隊長の声音が硬くなる。ミーナは気付きもせず打ち合わせ通り演技する。


『なんかここ、通信悪くないですか? 私たち、部隊とはぐれちゃって』

『あなたたちもこの先の敵地に向かおうとしてたの? おかしいわね……通信が不調になる前にはバッティングするようなチームは付近になかったけど』

『ど、どういうことでしょうね……あはは。わかります?』

『さぁ。このジャミングは大規模なようですので、森に迷っている間、長距離を移動してしまったものかと』


 エミリーがミーナをアシストするが、隊長の声色は確信的なものへと変わった。


『なるほど。一つ聞いていいかしら』

『な、何でしょう?』

『あなたたちはセックスがしたくて、管理政府を裏切ったの?』

『え? え……?』

『やはり気付かれてましたか!』


 勘のいいエミリーが最初に発砲する。瞬時に無線が大混乱に陥った。しかしこの部隊長は場慣れしている。もしかすると、第二次植民地計画の時に派兵されたことのあるベテランかもしれない。

 ノイズ交じりの交戦音がコックピット内部を反響する。その銃撃、爆撃音が連続する度に私の心拍数は上昇した。ここでエミリーたちを喪うわけにはいかない。


『全機前方の敵に火力を集中! 逃がしちゃあいけないよ!』


 隊長は半ば興奮した様子で命令を叫ぶ。混乱した敵部隊は隊長の指示に従うほどの理性は残していた。乱雑な射撃音が聞こえる。エミリーは対処できるだろうが、ミーナは危険だ。そしてエミリーはミーナを見捨てはしないだろう。

 私は隠密行動という計画をかなぐり捨て、ひたすら機体の回転速度を上げた。むしろとびきり派手な方がいい。敵の注意を私とダンゴムシに向けるために。

 木々をなぎ倒しながらダンゴムシは転がる。ようやく、敵部隊を視界で捉えた。


『楽勝ですね、ハハッ! ジルさん……一気に近接で――えッ!?』


 勝利を確信し、後退を余儀なくされているエミリーとミーナに近接戦闘を仕掛けようとしたレンジャーへ私は勢いを止めることなく激突する。突如出現した猛進のダンゴムシと衝突したレンジャーのパイロットは、絶叫を上げ地面をバウンドするように転がった後沈黙した。あれほど苛烈な勢いでは、中身はシェイクのようにかき回されたことだろう。


『あらあら……ベティ! 私の可愛い話し相手を殺したね!』

「お前たちの相手は私だ」


 馬の手綱を制御するようにダンゴムシを駆る。球体から六足歩行形態へと移行し、背中に格納された多目的ランチャーの狙いを指揮官機に定めた。撃発。しかし、部隊長は避け、その後ろにいた哀れな敵兵が犠牲となった。流動装甲が爆散して、機体構成物質の破片がばらばらと散らばる。

 しかし隊長機は気にすることなく通信を送った。ランチャーの引き金を引くが、鈍足のロケット砲ではベテランを捉えるのは難しい。


『ああ、あんたあれね。異端者。シズク・ヒキガネか。うさん臭かったんだよねぇ、最初から。まさかセックスを渇望してたとは』


 私は黙す。敵の狙いを私に集中したことで、言葉のコミュニケーションを交わす必要性はなくなった。次は銃と剣で語り合えばいい。

 だが、敵は送信機能を喪失した送受信機のように一方的な話を続けた。


『にしても、やっぱりか……。はは、何だっけ? 妹の、貢献度を稼ぐためだっけ? あんたがホワイトベレーに志願したの。変な話だと思ってたのよ。妙だともね! 普通、そんな変人いないって。まだ恋人ならわかるよ。生殖相手とかさ! でも妹はないって……だって、セックスできないでしょ!』


 他人に理解は求めていない。家族のため、生殖行為に耽る相手以外の他人に、貢献度を使う変わり者は絶滅した。その認識は私にもある。私たちの世界は……貢献せよと社会は強いているが、各々の献身も結局は自身の生存のために行われるものだ。その点は変異体バリアント健常体ヘルスも相違ない。

 だから私は異端者なのだ。セックスできない相手に命を懸けているから。


『酷いよねぇ、妹をダシにして、裏切る手はずを整えたりしてさぁ! 帰りを待つ健気な妹に内緒で、一体何人の男と寝た!!』


 私は敵に反応しなかった。しかし、エミリーが声を荒げて所持しているライフルを穿つ。


『隊長を侮辱するな!』

『おやおや。あんた、部下ももしかして虜にしてるの? 魔性の女だね!』

「エミリー、下がれ!」


 エミリーは普段の彼女なら有り得ない無茶苦茶な攻撃をした。ライフルを撃ちながら左手でスタンナイフを引き抜く。ナイフを避けた隊長機が蹴りでエミリーを怯ませると、ヴィブロブレードでコックピットを切り裂いた。


『ぐッ!!』

「エミリー!! 流動装甲をキャバルリーモードへ!」


 私は戦闘中にレンジャーを騎馬から騎兵へと可変させる。マニュアルでは戦闘時の変形は推奨されていないが、今はやるしかない。無防備な可変状態の私へ敵レンジャーのメインカメラが格好の獲物を見つけた狩人のようにぎらついた。


『訓練学校で……敵前での変形はご法度だって習わなかったの!!』


 隊長機が持つカービンマシンガンの銃口が火を噴く。肌に守られていない露出した部分を銃でいたぶるように、私のレンジャーは脆い部分を次々と撃ち抜かれた。損傷率のパーセンテージが見る見るうちに増加していく。


『隊長――!!』

「左腕部使用不能……保護アーマー破損……当たれないな」

『哀れになるくらいボロボロねぇ。そして最悪なことに……あんたの相手は元正規兵の私と来てるわ』

「お前も元健常者か」


 隊長は嬉しそうに返信した。気の合う仲間を見つけたように。


『そりゃそうよ! だからこの部隊で唯一まともだって言われてたあんたとやり合えてる。バリアントってのはどこかしら戦闘面でミスをするからね……今私の前で失態を犯したエミリーって奴みたいにね!』

『すみません……隊長』

「お前のおかげで変形できた。気にするな」


 私はエミリーに声を掛ける。隊長は愉快そうに笑った。


『やっぱりあんたはおかしいな……人の皮を被った蛇サイコパスだよ』

「かもしれない。それがどうした」

『そうだよねぇ。そうだ。だから何だって話。サイコパスだろうがバリアントだろうが、私たちにとってはどうでもいい。そうでしょう? レッテル貼りの大好きな社会がどんな評価を与えてくださったかなんて、当人である私たちにとっては何の意味もない。だって、生まれ変わることも、新しい社会適性コードを持った人間に変化することもできないんだから』

「何が言いたい」


 私は隙を探る。だが、不利な戦いを強いられていた。機体に蓄積したダメージは元より、上手く立ち回って敵の懐に飛び込んだところで、エミリーを盾にする可能性が残ってる。そして、今単騎で敵数機と交戦中であろうミーナは距離が離れすぎて状況が窺えない。そもそも彼女は先程から通信をしていない。もしかするともう死んでしまったのかもしれない。

 最悪の状況であり、敵にとっては最良だった。だから彼女は饒舌に、無意味な言葉を嘯くのだ。


『でもさ、私たちが生きるのは、どれだけくそったれだとしてもあの世界だよ。セックスしか娯楽のない、原始人レベルの文明しかないフロンティアじゃない。もちろんさ、開拓が終わればこっちに向こうの人々がより住みやすいようテラフォーミングしに来るよ。で、私たちは死んだ世界に放り込まれる。でも、こっちよりはマシだね』

「セックスしか娯楽がないのは果たしてどちらだ。いや、あちらではセックスすらも娯楽ではない。私たちが無計画に子どもを作れば人類は滅ぶ。それはこちらでも変わらない」

『そりゃあ、そうだ。確かに。あっちには……娯楽するのにも貢献が必要だ。いわゆるヘルスの皆さんは貢献に快楽を見出した気持ち悪い生き物で、私たちは違う。貢献以外のものに娯楽を求める。例えば……』


 隊長機はエミリーの機体を踏みつけた。スパーク音が響き、エミリーの苦悶の声が付随する。


『こういうサディスティックなヤツ。私は人を甚振るのが……苦しめるのがどうしても大好きでさ。それで検査に引っかかった。昔は違かった。優等生だったんだけどねぇ。でも、戦闘訓練なんてしちまったのが運のツキ。病みつきになっちゃったの。あんたもそういうとこあるでしょ? ヒキガネトリガーなんて社会性コードを持ってんだからさ』

「殺戮は好みじゃない。必要に応じて行うだけだ」

『よく言うよ! それって私よりも酷いな。私にはそれ相応の理由があるけど……あんたは自分のためなら冷酷にも温厚にもなれるってこと?』

「そうでもない。私は優しくないからな。冷酷にしかなれない」

『じゃあ優しくないあんたはこの可愛い部下を見殺しにしな!』


 喜々として発言し、ブレードが振り上げられる。私はそれが罠であると知りながらも突撃しようとして、モニターが検知した生体反応に訝しんだ。

 それは優先表示対象ではない。しかし、率先して視線を定めるべき生物だった。

 黄色い体表を持った狼もどき。腹部にはナイフで裂かれた傷の跡がある。

 あの時の狼。その狼が遠吠えすると、瞬時に虹色が光り輝いた。


『何――ッ!? 何、今のは! ぐぁ……あ?』

「油断したな」


 エミリーのコックピットに突き刺そうとしたブレードが矢によってへし折られ、動揺する敵機。その急所にブレードを貫通させることは赤子の手をひねるように簡単なことだった。


『くそ……裏切り、もの……』


 機体を爆発させないように気遣った突きで、隊長機は機能停止した。コックピットの腹部に深く刺さったブレードが、モニターから見受けることができる。刃先からは血が滴っていた。私はそちらからエミリーのレンジャーへと目を移す。彼女の機体もコックピットは裂かれていたが、隙間からは無傷の彼女の姿が窺えた。少なくとも目に見える傷は負っていない。


「無事か、エミリー」

『申し訳ありません……』

「気にするなと言ったはずだ。……グィアン」


 そして私は最後に、この場にいるはずのない男の名前を呼んだ。グィアンは木の上から降り立つと私の機体を見上げる。その横に狼が寄り添った。


「お前は私を以前から監視していたのか」

『そうだ。精霊の導きがあった』


 メインカメラを通してグィアンの表情を注視する。グィアンの表情は不変的だ。丁度私の無色と同一のもの。見下ろす私には彼の行動が効率的という以外の評定が思いつかなかった。

 この男は正しい。正しさの塊だ。例え無抵抗の家族を虐殺した相手でも、家族を、世界を救えるのなら何の躊躇いもなく利用する。妹を救うために私がグィアンを利用するように。

 不思議と悪感情も嫌悪も浮かばない。むしろ浮かんだのは感謝だった。


「助かった」

『こちらもだ。おかげでフィリ族の集落が守られた』

「ミーナは?」


 私の問いにグィアンは背後へ振り返る。直後、ミーナの機体が木々の間から現れた。隊長さーん、といつものよく通る声がスピーカーを通して出力される。


『グィアンさんのおかげで死ななくて済みましたー』

「そうか……。捕虜は?」

『います……けど、もうまともにしゃべれないみたいです』

「怪我したのか?」

『いえ。あくまで肉体的には、ですけど。ジルって子、動かなくなっちゃいましたよ』


 私はコックピットハッチを開けると外に出た。もはや慣れたもので、どこに足を掛ければスムーズに降りられるか身体が覚えている。

 新鮮な空気が身体を包んだ。機体内よりも外気温はひんやりとしている。


「お前の精霊術とやらは……誰が来るのかも、誰が危険なのかも瞬時に把握できるのか?」

「そこまで便利なものではないが……予感はする」


 私の質問にグィアンは淡々と応じる。私は力のアドバンテージを確かめるべく問いを取捨選択した。


「私が仲間になるのも知っていたのか?」

「いや、確証はなかった。だが、確信していた。お前には不思議な流れが見える」

「……どんな流れだ」


 興味本位で訊ねる。社会を内側から破壊する虐殺の匂いでも香るのかと。

 しかしグィアンが答えたのは私の予想とは違う……皆と似たようなものだった。


「穏やかな流れだ」

「誤りだな。しかし、その索敵能力と感知能力は目覚ましい。次、戦闘がある時はお前の力を借りるかもしれない」

「遠慮するな。俺たちは家族だ。俺はお前を利用するし、お前は俺を利用しろ」

「言われなくとも」


 グィアンの思考回路は好ましい。言葉こそよそよそしい雰囲気が被さったものではあるが、私はこの男を信頼し始めていた。戦闘面だけではなく、人間的な意味で。ある意味一番気が安らぐ存在かもしれない。目的のためなら容赦なく他人を利用しようと考える相手が。


「隊長……指示を」

「わかった。……どうした?」


 エミリーが珍妙な態度をとっていた。何かが不服そうに眼を伏せている。


「いえ、別に……」

「妙だな。お前らしくない」


 私はエミリーの顔を覗き込む。するとエミリーは驚いて顔を逸らした。


「も、問題は――ありません」

「緊張を感じるな。……休め。先程の戦闘が堪えたんだろう」

「そんな……ことは」

「グィアン、ミーナ。手伝ってくれ。使えそうなパーツを選択し、証拠を隠滅する。フィレンにも連絡を」


 私は彼女から離れると二人に指示を出した。エミリーが何かか細い声で呟いたが、環境音が大きく完全には聞き取れなかった。


「隊長……私の変異内容は……あなたを……あなたと――」


 騎兵と言いながらも直接は騎乗しない二つの形態を持つ機体の上で、私は作業を始める。同類の遺骸の上で。

 いつの間にか付着した血で、ベレー帽は赤く染まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る