第2話 フロンティア

「索敵レーダー、熱源体反応なし。俯瞰モニターチェック。周囲に敵影なし」


 正面モニターの左上に表示されるレーダーと、右側にある周辺状況をスキャンして自機を客観的に視認可能な仮想現実を作り上げる俯瞰モニターを確認して、私は事務的に観測結果を読み上げた。


『こちらからも発見できません、隊長。周辺の敵は掃討しました』

「よし、帰投する。ミーナ、ハッチを開けてくれ。フィレン、整備を頼む」

『りょうかーい』『りょ、了解……しました』


 明瞭な返事と言葉の詰まる返答。私は対照的な二つの通信を聞きながら、自分の手足のようにレンジャーを動かした。俯瞰モニターでは、白い巨人が歩いているのが見える。生まれる前の卵だった時とは違い今は人型であるレンジャーは、頭部の単眼外部カメラと両腕両足が露出し、装甲もごてごてしいものへと変化している。ところどころに卵だった時の名残があるのは、球状の方が敵の攻撃を受け流しやすいからだ。無論、それは現地人の弓矢による射的を想定したものではないが、フィレンとミーナには伝えていない。エミリーは……恐らく気付いているだろう。フロンティアでは、何が起こるかわからないのだ。

 先にエミリーが縦長の装甲トレーラーの上部ハッチの中へ入っていく。私もまるで落とし穴に自ら引っかかるような動作で、するりとビークルの中へ戻った。そうして、孵化したはずの卵が時間を遡るように球体へと直っていく。


「で、では、整備しておきますね」


 コックピットハッチを開ける私に、連絡橋からタブレット端末を持つフィレンが恐る恐る訊く。私はハッチを出て、無意味に怯える彼女の肩に手を置いた。


「それがお前の仕事だ。何も不安に思うことはない」

「す、すみません。すみま……」

「謝る理由もない。お前は何もミスをしていない。当然のことをしているだけだ」

「は、はい……」


 フィレンの不安に駆られた表情に、僅かな安堵の色が灯る。フィレンを勇気づけた私は機体が三機縦列に並んでいる格納エリアを後にしようとして、機体の横の壁に設置された得物を目にする。ヴィブロブレードには、真っ赤な血が付着していた。母親と赤子の返り血。何も悪くない人の血液。命がそこにあったという証。


「……」


 私は速やかに運転席兼居住エリアへと移動した。


「お疲れ様です、隊長。何か食べます?」

「いや」


 常に何かを食べているミーナに応えながら、私は席に座る。ディスプレイに目を移し、衛星から送られてきた情報を一瞥した。マップには複数のサークルが表示されている。そこにはたくさんの情報が含まれている。


「F-237地点で音信不通になった部隊が複数存在」

「そのようですね、隊長」


 遅れてやってきたエミリーが端末を見ながら同意する。彼女は前回の入植データも踏まえながら捕捉した。


「第二次入植計画の時も、似たような報告がされています。なんでも、帰還した兵士は何も覚えていなかったとか」

「お化けですかねー」

「お化けなんて単語を知っているのか、ミーナは」


 私はエミリーのレポートを深く追求しなかった。既に自身で調べている。代わりにミーナが知っていた死後に言及する。妹が言っていた知識の一つだ。


「私に味の素晴らしさを教えてくれた子が言ってたんですよー」

「味付きの食事には依存性があるからな」


 カグヤにもその傾向はみられる。ミーナほどではないが。以前そのことをカグに注意したところ、なぜかおかしなものを見る目つきで笑われた。それは変なことじゃないよ、と。命の設計図に刻まれた当然の摂理であって権利だよ、と。

 確かに、出撃前に食べた妹の手料理はおいしかった。だが、だからこそ危険性を再認識する。やはり私には不要なものだ。


「どうしますか? 隊長」

「……その正体を突き止めれば、貢献度は稼げるだろう」


 話題を戻したエミリーに私は合わせる。貢献度は言わば私たちの命の代金だ。貢献できない人間は処分される。そして、ホワイトベレーは既存の社会からつまはじきにされた存在だ。社会に適応できず貢献できないから、異世界に送られた。殺すか死ね。管理政府はその両極端な二択を突きつけている。

 無論、私はまだ死ねない。カグヤの分の貢献度も稼がねばならない。出稼ぎに来ているのだ。妹の処分を免れるために。

 だとするからこそ、危険地帯へ不用意に足を踏み入れることは避けたい。少なくとも、敵の正体を把握するまではその座標に近づかない方が得策だ。

 判断を下した私は方針を述べようとする。が、言葉は発せなかった。背後から掛けられた声に遮られたからだ。


「あ、あの、隊長……」

「どうした、フィレン」


 戻ってきたフィレンが気まずそうに言う。節電のため通信デバイスの使用は極力避けろという命令をフィレンは守り、口頭での伝達を彼女はしてくれた。話していいのか悩むように目を泳がせた後、フィレンは口を開いた。


「隊長は……グラフィック処理をしていないんですか?」

「ああ、フィルターは掛けていない」


 フィレンが訊ねるのはレンジャーのモニターについてだ。出力される映像のこと。

 通常設定では、モニターにある種のフィルターがかかるようになっている。敵をコミカルなアニメーションにしたり、醜悪な怪物に自動変換するものだ。これらの処置は殺人になれていない隊員の気を狂わせないようにするためのもの。人間の精神は脆い。殺さなければならない敵を殺しても、心が正常稼働するかは当人の資質次第となる。

 そして、ホワイトベレーは精神障害持ちの変異体バリアントの集まりだ。だから、通常はそのようなフィルタリングが施されて、リアルな死を体感できないようになっている。だが、私はフィルターを切り、観測される生の映像を出力していた。

 その方がいい。かりそめの映像では何か見落とす可能性がある。


「も、戻します、か……?」

「いや、今のままでいい。気遣いをありがとう」


 余計なお世話だという言葉を思い浮かべながら、フィレンに感謝する。やはり私の精神動作は残酷に近しい。だが、全てを見抜いているらしきエミリーはやはり隊長はお優しいですね、などと微笑みかけてくる。その姿が何かするごとにお姉ちゃんは優しいねと言うカグヤと重なって、私は思わず目を逸らした。並行して話題も戻す。


「ともあれ、今は正体不明の敵よりも安全地帯の確保が優先だ。食料と水の調達も兼ねてな」

「食べ物!!」


 ミーナが仰々しく反応を示す。私の目配せを受けて、エミリーが事前提供された地図から大型の装甲トレーラーを隠匿するのに相応しい場所を選択した。



 サバイバル技術は学んでいるが、問題は教本や訓練が地球を前提としたものだということだ。

 トレーラーを安全な森の中へと隠し、迷彩用のネットを施す。フィレンやミーナは不思議がっていたが、念には念を入れておくに越したことはない。私たちに支給された装備やビークルはどれも完全なセキュリティに保護されていないのだ。高級品が標準搭載する生体認証などの頭がいい機能はトレーラーの外部スキャナーには積まれていない。なので、自らの手で防衛策を講じる必要があった。

 もっとも、それは利点にもなりえる。例えば、同僚の部隊が放棄した装備品は特別な手続きを行わずに流用することができる。IDタグ用のコストすらケチった上層部がくれたささやかな恩恵というわけだ。

 トレーラーを隠し終えた私たちが次にするべきは食料と水の確保。補給源である川は少し離れたところにあるので、そちらは問題ない。対応するべきは食料の方だった。簡易に回収可能なのは植物だが、毒物が検出されないかどうか調査しなければならない。

 幸いなことに、有害物質をスキャニングするデバイスは付与されている。もちろん、これはホワイトベレーを気遣ったための処置ではなく、単純に現地の土壌や原生生物の調査が必要だからだ。

 死ぬか、生きるか。生きるならばきちんと仕事をしろ。

 それが上層部の方針だ。だから私たちは生命維持活動と任務を同時に行う。


「あの、隊長……」

「どうした、フィレン」


 木々の中で食用になりそうな植物を捜索していると、フィレンが迷いをみせながらも訊いてきた。言ってみろ、と続きを促す。彼女を平常に動作させるには、もう少し時間が掛かりそうだ。


「なんで川の傍にトレーラーを停めないんですか? そうした方が、楽なのに」

「悪天候により氾濫する恐れがある。それに、川場は狩場でもあるからな。敵が接近してくる可能性もある」

「なる、ほど……」

「案ずるな。私は考えて行動している。無意味な作戦は執らない」

「た、隊長を疑ったわけでは……!」


 それきりフィレンは委縮して、黙々と生い茂る草花にスキャナーを翳すだけとなった。私は彼女の様子を時折気にしながら、奇妙な香りをずっと嗅ぎ続ける。

 こちらに来てからというもの、ずっと発生している様々な匂いは私の嗅覚を刺激し続けていた。空調管理されたコロニーの中では絶対に嗅ぐことのない匂いがこの世界には充満している。

 或いは、枯れる前の地球であれば同じような匂いがしたのだろうか。


「隊長、こちらへ」

「何だ?」


 感傷に耽っていると、エミリーに呼ばれて私は振り返った。エミリーは手招きをし、私はその傍まで歩く。

 すると、彼女は双眼鏡を手渡してきた。私は受け取って、彼女が示す先を眺める。


「動物か」


 草を食している茶色の動物が見えた。現在観測されている情報から推測するに、草食動物。カグヤが家で楽しそうに眺めていた動物図鑑に載っていたシカに酷似している。だが、角の形が異なっていた。

 しかし、タンパク質を確保できるのはありがたい。いくら遺伝子強化の恩恵を受けているとしても、狩らない理由は見当たらなかった。


「ライフルを貸せ」

「はい、どうぞ。照準は調整済みです」


 エミリーは所持していた狩猟用ライフルを差し出した。弾倉には即効性の麻酔銃が込められている。遠方に銃声が響かないように消音器サイレンサーも装着されていた。古めかしい銃器……自動照準調整システムが装着されていない単発式のボルトアクションライフルを私は構える。ボルトを引いて戻し風力を測定しながら、自身の勘とエミリーを信じて引き金を引いた。


「お見事です、隊長」

「褒められるようなことでもない」


 この程度の射撃で外していたら生き残れない。

 私はライフルをエミリーに返すと眠るシカを回収するために降りていく。食料として利用する性質上、強力な薬品は使用しなかった。よって、シカに命中させた麻酔銃の効力はせいぜい三分程度で、手早く回収しなければならない。私がシカの傍へ立ち寄ると、


「お前もか」


 新たなる原生動物と邂逅する。地球の知識に照らし合わせると、狼とでも言うべき存在と。どうやら群れからはぐれて孤立した獲物を狙っていた狩人は人間だけではなかったらしい。対峙しながらも、私はナイフを抜く。正規サバイバル手引書ならば、刺激しないように立ち去るなどと書かれているだろうが、悠長に逃げる時間はない。


「来い」


 狼もどき――体表が鮮やかな青色で牙はとても鋭くサーベルタイガーのように長い――へ私は襲い掛かった。狼もどきは飛び掛かってきたが、足蹴りで身体を蹴飛ばすと見かけよりも可愛らしい悲鳴が漏れる。再度野性的な突撃を加えてきた狼をナイフで狼の皮膚を浅く斬りつけると、顔面を殴った。狼が怖じる。そこそこ頭が回る不可思議な野獣は、撤退が現状取るべき最善策だと考えて逃げていった。


「こちらの狼は群れないのか。それとも偶然か」


 所見を述べながら、眠るシカの首筋にナイフを当てる。

 起きる前に事を終わらせた。後は適性な処置を行うだけでいい。


「今、フィレンをそちらに――隊長?」

「いや、気のせいだ」


 近づいてきたエミリーに応じながら、私は上げた目線を彼女に合わせる。

 気のせいのはずだ。誰かに見られていると感じたことなど。



 夕刻における食料摂取規定には、何らトラブルなく間に合った。ゆえに全員で一つのテーブルを囲み食事を摂っている。昨日とは違い、今日は備蓄食料ではなく回収した現地品を試すことにしていた。

 一目散にいただきますという古い風習の挨拶と共に、有害物質が検知されなかった――例え検知されたとしても私たちには大した効力はないだろうが――シカもどき肉へ噛り付いたミーナの顔がどんよりとする。


「あの……隊長さん?」

「何だ、ミーナ」

「これ……簡単に言っちゃうと、すごく、まずいです」

「まずいとはどういう意味だ?」

「あ、ごめんなさい、怒っちゃいました?」

「いや、すまない。まずいという単語の意味がわからないんだ」


 食べ物の味の評価単語は美味しいというポジティブなものだけではなかったのか。ネガティブな反応を醸し出すミーナに驚いていると、フィレンが遠慮がちに呟いた。


「たぶん、食べてみればわかるかと……」

「ふむ?」


 言われるがまま私は肉を摂取する。不思議な味がした。確かに、カグヤの手料理という前例と比較すると好ましくない感覚が口の中に広がっている。


「ちゃんと調理したんですか? 隊長さん」

「したはずだ。だろう、エミリー」

「ええ。血抜きはしました。火も通しました」


 エミリーはシカもどき肉を咀嚼しながら応じる。その表情は、現状を少し楽しんでいるようにも見えた。ミーナが訝しみながら訊いた。


「味付けは……?」

「味付け? 味付けとはなんだ。味とは無味タイプの栄養調整食品以外にはデフォルトで付与されているものではないのか」


 味がしない栄養食品を長らく摂取してきた私でも、そのくらいのことは知っている。私の説明を聞くと、ミーナは深々とため息を吐いた。鼻につくぐらいに。


「ダメですね、隊長さん。なってない、なってないですよ」

「私がミスをしたと言いたいのか?」

「そうです! 大きなミスです! せっかくのお肉に何の調味料も使わないとか! きちんと下ごしらえしないとか!! これただ焼いただけですよね! 塩も振らないで!」

「塩分は補給液を使えばすぐにでも摂取――」

「そういう身体のロジックの話はしてません! 塩は調味料です!」

「塩分は肉体の構成物質要素の一つ――」

「だから違いますって! 見ててくださいよ!」


 ミーナは手製の調味料が入った容器を取り出した。依存性は、という私の発言を無視して彼女は皿に盛られた肉料理に振りかける。間髪入れずにフォークで取って差し出してきた。


「食べてみてください!」

「その粉末に中毒性がないかどうかを」

「いいから!」


 やむを得ず私は摂取する。瞬時に品質が向上したと把握できた。カグヤの手料理に匹敵する美味しさだ。


「ね、美味しいでしょう?」

「否定はしないが、やはり危険だ。味というものは」

「不本意ですよ、私も」


 ミーナは気難しい顔をして腕を組む。本意ではないと態度で示す。ようやく私の言葉に耳を傾けてくれたのかという安泰は誤解だったことが直後に判明した。


「もっと美味しくできるんです。きちんと調理すれば。でも、緊急措置として塩を振りかけただけでは、少々マシになっただけと言えるでしょう」

「なぜその情熱を貢献度収拾に向けなかった」


 半ば呆れながら私が呟くと、クスクスという笑い声が聞こえてきた。発生源はフィレン。三人の視線を集めたことに気付くと、彼女は赤面し縮こまりながらも口を開けた。


「ご、ごめんなさい。嘲笑の意味ではなくて」

「それくらいはわかります。続きを」


 エミリーに諭されて、フィレンは気恥ずかしそうに述べる。


「た、ただ楽しいなって。私、いつも怖くて……不安で……本当は今回の出撃もどうにかして見送れないかなって……でも、皆さんいい人で……安心しました」

「いい人……か」

「みんな優しくて……どうにか頑張れそうです」


 フィレンが言い終えると、私は食べ終えた食器を手に取って立ち上がる。きょとんとするミーナとフィレンに口頭で説明。


「少々食事に時間を掛け過ぎた。私は周辺の巡回をしてくる。お前たちは身体を休めておけ」

「は、はい」

「はーい! じゃあ、フィレンちゃん、この料理をもっとおいしくして見せよう!」

「え? 塩だけでいいんじゃ……」


 仲睦まじい姿をしり目に、私はサブマシンガンを取ってトレーラーの外へ出る。外はすっかり暗い。が、光量がゼロというわけではなかった。

 月と、星。

 夜空が輝いている。初めての経験だ。こちらの世界には、カグヤが喜ぶものがたくさんある。だが、実際にいるのは私だ。カグヤは家の中で、車いすの上に座って私の帰りを待っている。

 急がねばならない。処分期間はまだ先だが、だからと言って足踏みしていていいわけがない。

 草原の中の石を椅子代わりにして私は座る。と、トレーラーの扉が開いた。


「休めと言ったはずだ……」

「休憩中ですよ。外の空気は、気持ちいいので」


 エミリーが私の隣に立つ。滅多に表情を見せない彼女は微笑んでいた。


「あんな隊長の姿、初めて見ました。こちらの世界は驚きばかりですね」

「まだ滞在日数は三日だ。なのに、未知なる現象への遭遇率が高すぎる。これは由々しき事態だ。安全を脅かす危険因子になりえる」

「でも悪いことばかりじゃない。そうではありませんか」

「……本題は何だ。例のアンノウンについてか」


 エミリーは無意味な行動は取らない。彼女の意図を予測して呟くと、エミリーは首肯した。


「どうして、調査をしないんですか。あなた一人であれば、向かっていますよね」

「……未知の現象は危険だ。未知の敵なら、なおさらだ」

「私たちのためですか」

「いや、違う。私のためだ」


 本意を伝える。アンノウンとの接敵を避けるのは自分のためだった。

 戦術の基礎。いくらこの世界の文明レベルが私たちの文明よりも遥かに劣っているとは言え、危険は常に息を潜めている。戦闘騎兵バトルキャバルリーならば、インディアンたちの弓矢も刀剣も無効化できるが、生身の状態では攻撃が通るのだ。

 私たちに支給された軍服は、最低限の防御機構しか備えていない。白色のベレー帽と同じ着色料を用いた衣服は本来軍で使用されるべき戦闘服の性能を満たしていなかった。

 名誉の戦死をさせるためだ。インディアンが減るか、ホワイトベレーが減るか。その事項に差異はない。どちらが減っても私たちの愛すべき社会は得をする。人口削減と異世界開拓という二つの政策を政府は同時に進めているのだ。

 戦闘騎兵バトルキャバルリーがどれだけ高性能だとしても、油断すれば私たちは死ぬ。殺される。気を緩めて寝静まった夜に喉元掻き切られるか、キャバルリーが何らかのエラーを起こして行動不能となったところに奇襲を受けるかどうかして。

 だから、目に見えた危険は避ける。生存率を高めるために。目の前のボーナスではなく、地道にポイントを集積することを選ぶ。


「功を焦って損害を被れば、何の意味もない。これは戦術的観点から導き出した結論だ」

「やはり隊長はお優しい方ですね」

「お前も言うのか。わかっているはずだ。私は優しくなどない」


 ただお前たちを利用しているだけに過ぎないと言うのに。

 すると、エミリーは微笑みながら返答した。


「ええ、そうですね。私はあなたをよくわかっています」


 その表情に、私が求める理解が含まれているとは思えなかった。



 異世界開拓に休みなし。夜明けと共に進軍した私たちは、既に別のチームに壊滅させられた村落を発見した。家々が燃えて、焼け焦げた死体がいくつも転がっている。かなり強引な方法を用いたようだ。

 あまり賢いやり方ではない。


「これでは調査もままならないな」


 燃え盛る村の中を調べて早々、私は結論に達した。エミリーも私に同調した。


「先行部隊は後先のことを考えていないようですね。弾薬を無意味に消費しています」

「仕方ないと言えば仕方ないが……」


 全員が欠陥品扱いの部隊だ。効率的観点を度外視した行為を起こしても不思議ではない。それは管理政府も望むところだ。

 殺すか死ね。その一言に尽きる。


「言語データの回収が必要だったのだが」


 異世界のインディアンたちは幸運にも人語を話す。言語は情報伝達手段だ。情報収集を重点におく私たちにとって、バトルキャバルリーの次に大切なものだった。


「ここでの収集は不可能のようですね。次の地点へ」


 とエミリーが別地点への移動を提唱しようとした時だ。突然、悲鳴が轟く。

 フィレンの声だった。身体が反射的に反応し、ホルスターから拳銃を抜き取る。


「フィレン!!」


 声の元へエミリーと共に駆けていくと、フィレンは腰を抜かして座り込んでいた。何かを指さしている。そちらを見やると、男が一人蹲っていた。インディアンの戦士だ。すなわち敵であり、貴重なサンプル。

 だが問題は、男が瀕死の重傷を負っていたことだ。


「ど、どど、どうしますか、た、隊長!!」


 フィレンが吃音交じりに指示を仰ぐ。私はもう一度男を眺めると、拳銃をホルスターに仕舞った。そして、男の前で中腰になる。


「ヴィ、ヴィルマ」

「……ダメだな」


 吟味を終えて、私は結果を述べる。ダメだ。コストに見合わない。

 男を治療し、捕虜として捕まえて言語データを収集するという選択肢も存在する。だが、件の男は今にも死に掛けていて、男を助けるということは瀕死の味方を救える貴重な蘇生薬を消費することにも繋がる。

 それは推奨できなかった。フィレンが助けるんですか? と訊ねてくる。

 その表情には期待があった。ストックホルム症候群に似ている。敵に驚きながらも同情しているのだ。

 私は応える代わりに、ナイフを取り出した。


「ヴィルマ! ヴィルマ!」


 異世界言語をインディアンは必死に叫ぶ。言葉を発するのも辛い状態だと言うのに。

 フィレンも驚きの眼で叫んでいる。隊長!? 殺すのですか!? 助けないんですか!?


「ああ、助けない」


 私はナイフを男の喉元に当てて、一文字に切り裂いた。丁度、眠るシカもどきの首を裂いたのと同じように。

 私にとってはどちらも同じだ。原生動物に変わりはない。


「あ、あ……」

「フィレン、考えを訂正しておくべきだ」


 私は彼女に向き直り、ショックを受けた顔を見下ろした。


「私は優しくなどない」


 血の付いたナイフを服の裾で拭き取る。制服が赤く染まったが、どうせ返り血が付着している。後でまとめて洗浄すればいいだけだ。

 呆然とするフィレンに背を向けて、私はトレーラーに向かった。先程収集した言語データをデータベースに登録するために。

 ヴィルマは、懇願の意を含む単語。

 殺さないで、という哀願を意味する言葉だ。



 いつもはフィルタリングされている殺人を目にしたことで、フィレンは精神的不調をきたしてしまったらしい。私は何度も嘔吐を繰り返す彼女の世話をエミリーとミーナに任せて、アップデートされた情報から目星をつけた個所を地図上にマーキングしていた。


「どうぞー、隊長さん」

「フィレンの様子は」


 医務室から何らかの飲用液を持ってきたミーナに訊ねる。


「もう何回か吐いて、酷かったですけど、今は落ち着いて眠ってますよー」

「そうか。これはお前かエミリーに」


 差し出されたカップをミーナに提げさせようとする。だが、彼女は首を横に振った。


「ダメですよー。これ、フィレンちゃんに言われたんですよ。隊長さんにって」

「……どういう意味だ?」


 私はデスクの隣に立つミーナに向き直った。ミーナは自身の頬に手を当てる仕草を取って、


「隊長さん、きっと辛いはずだから、差し上げてくださいって」

「何? 容態が悪いのは……」

「フィレンちゃんですよねー。でもきっと、辛いって。私がこんなに気持ち悪いんだから、隊長はもっと気持ち悪くて辛くて、苦しいだろうからって」

「彼女の判断は誤っている」


 と言いながらも、脳裏には妹の顔が浮かんでいた。

 カグヤも似たようなことを言って、私を気遣ってきたことがある。フィレンも同様の人間なのだろう。……優しい人間なのだ。


「私には耐性がある。問題は発生しない。精神状態もグリーンカラーだ。証明が必要なら、サイコスキャナーで検査してもいい」

「私じゃなくてフィレンちゃんに言ってくださいよ。後、フィレンちゃん、こうも言ってましたよ」

「……何をだ」


 と訊き返しながらも、彼女が言い残した言葉を私は察せていた。カグヤと同じだ。


「隊長さんはやっぱり優しい人ですって」

「やはり、彼女の判断は誤っている」


 立ち去るミーナの背姿を見送った後、私はカップ内に注がれた液体を取っ手を掴んで摂取した。

 味の評価は美味しい。心が安らぐような味だ。


「間違っている……」


 私は後に紅茶という名称であると判明する液体を飲みながらひとりごちる。

 作業を続けた。次に現地民を血祭りにあげる場所を設定する作業を。

 優しい味の紅茶を飲みつつも。

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