さいあいのひと
「そういえば俺、彼女できた」
「あら、そう」
広いベッドに横たわり、タバコを持つ彼の後ろ姿を眼を細めて見つめていた、午前三時。
面白い同僚の話でもするかのようなノリで、さらりと言われたその言葉に、私は極力同じようなノリで返事をする。
相手が後ろを向いていて良かった。いや、そうでもないな。こちらを向いていても私はなに食わぬ顔で返す自信がある。
「てことで、暫くナシな」
「暫くとか根性ないな。お前とはこれっきりだとか言えないわけ」
「結婚するときに言うわ」
「あ、そう。いつになるやら」
私は寝返りをうって、彼に背中を向けた。
暫くの沈黙の後、背後に彼が入り込む気配がした。
そのまま私の身体に腕を回し、私を抱き寄せる。
「なあに」
「最後に、もう一回」
「ばか」
私はそういいながら、差し出された彼の唇に自分の唇を重ねた。
「……アンタ、まだソイツと続いてたの」
「今回は短かったよ。二ヶ月くらいだったかな」
翌日のランチ。同期のクミの言葉に野菜ジュースを飲みながら返した。
「アンタたち、何なのよ……。ほんとどういう関係なワケ?」
「さあ。なんだろうね、繋ぎ?」
「うわ、ロコツ。……彼女と別れるたびにアンタと付き合って、新しい彼女ができたらサヨナラってこと?」
クミの鼻息が荒い。眼も見開いてて怖い。
「んー、ちょっと違う」
「何が」
「私と彼は付き合ったことない」
「はあぁぁ?」
「フリーの時だけ、気が向いたらセックスするだけ」
「アンタが彼氏居るときは!?」
「そしたらしないけど……彼がフリーで私に恋人いたこと、一回くらいしかない。私、そんな長く続くこともほとんどないし」
クミが口を開けたまま固まっている。
彼女の顔の筋肉は本当に良く動く。ナマケモノに半分くらい筋力を分けたらどうか。
「それ、いつから」
「え。いつからだっけな。……少なくとも高校の時には」
「はあぁぁ?じゃあ十五年近く!?」
「んー、そうなるかな。幼馴染みだったし一緒にいるのは小さい頃からだよ」
クミは私の手を唐突に掴んだ。ちょっといたい。
「合コン行こ。彼氏作ろ。結婚しよ」
「別に困ってないから良いよ」
クミのこういう、うざったいところが、好き。
「アンタ、そんなことしてたら婚期逃すわよ」
「三十過ぎてもう色々諦めてるから。今更血眼に男漁る気ない」
クミは大袈裟にため息をついた。
私は彼が好きである。ずっと。初恋は保育園の時に彼に。それからずっと。
ファーストキスも、初体験も、彼だ。
でもまだ、失恋はしていない。したと思っていない。
彼に告白をしたことがないから。
「よっ」
仕事からの帰り道。私の前に彼が現れた。
「昨日の今日で、どうしたの」
「フラれた」
「……早すぎない?どうしたの?私と昨日会ったのでも見られてた?」
「いや、それがさあ、ずっと憧れてた先輩を諦めようと思ったんだけど想いが通じちゃったとかなんとか」
「そりゃ、御愁傷様」
「家寄らせてよ。俺と呑んでよ」
「勝手にどうぞ」
彼は女性と長く続いたことがない。
最長一年くらいだっただろうか。
「……お前のせいかなぁ」
「何が」
「お前のとこが居心地良すぎて他に落ち着けないのかな」
「私のせいにしないで」
そう思うなら私と付き合えばいいのに。
でもそれは絶対に言わない。我ながら意地張りだとは思う。
彼が私を選んでくれるまで、私は彼に絶対に気持ちを伝えない。
他の人と付き合ってみたこともあったけど、ダメだった。
その隙に彼が他の女と落ち着いてしまうかもしれないと思うと、落ち着かなかった。
彼がいつでも戻ってくることができるように、私はもう男を作らない。
彼が誰かと結婚をしたとしても、私は待ち続けるのだろう。離婚しないとは限らないから。
彼が死んだら私も死ぬ。これは中学生のころから決めていること。
我ながら病的とは思うけれど、これは私の生き甲斐なのだ。今更やめられない。
ガラスの靴が回ってくるのを待つシンデレラは、きっとシワシワの老魔女になっても、ガラスの靴を待ち続けるのだろう。
擦りきれてボロボロになった恋心と、膿のように底に確かに貯まる絶望を胸に抱いて、私は今夜も彼に抱かれる。
がらくた堂 暮月いすず @iszKrzk
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