エリート小学生の憂鬱

RAY

エリート小学生の憂鬱


「……『お前じゃなぁい』。地の底から響いてくるような声がぁ隣で眠っているカヲルの方から聞こえたぁ。必死に身体の震えを押さえながらぁ眠ったふりをするシンジぃ。するとぉ、床を踏みしめるような足音がぁシンジの布団の前で止まったぁ。鋭い視線がぁシンジを見下ろしているぅ。おそるおそるシンジは目を開けたぁ。するとぉ……


『お前が殺したんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!』」


 あたりに響き渡るような大声をあげると「あいつ」は悪戯いたずらを成功させた子供のように声を上げて笑った。


「どうだぁ? びっくりしただろぉ?」


 僕たちが昼食を食べ終えた頃、決まってあいつは現れる。そして、孫ほど年が離れた僕たちをつかまえて、子供だましの稚拙ちせつな怪談話を始める。


 あいつの名前は「亀田かめだ 善雄よしお」。僕たちが通う私立小学校の用務員で年は60に近い。学校の創設者の遠縁に当たるらしく、ここで働いているのはそれが理由だ。小太りの容姿でいつも背中を丸めて鈍間のろまな動きをする。そこから付いたあだ名が「ドンガメ」。


「何でも聞けぇ。何でも教えてやるぞぉ」


 それがあいつの口癖。語尾が耳障みみざわりで仕方がない。もう少し言えば、どうでもいいことばかり自慢して、自分が僕たちに一目置かれていると勘違いしている。あのくだらない話を聞くのは苦痛以外の何ものでもなく、僕に言わせれば、あいつは頭の中身もドンガメだ。


 東大にもっとも近い小学校――そんな触れ込みで入学したのに、校内にあんなバカを飼っているとは思いも寄らなかった。人畜無害ならともかく、あいつがいるだけでストレスが溜まることを考えれば、明らかに有害生物だ。そう思っているのは僕だけじゃないだろう。これまで口うるさい父兄が乗りこんで来なかったのが不思議なくらいだ。良からぬ噂が広がれば応募してくる生徒も激減する。学校側は経営の観点からもっと危機管理の意識を持つべきだ。


 ドンガメは、自分の話を僕たちが喜んで聞いているとでも思っているのだろうか。「人生の先輩たる自分の話を後輩がありがたく拝聴している」などと得意げになっているのかもしれない。本当におめでたいヤツだ。あいつのバカさ加減を見ていると、あいつを用務員として雇っている学校関係者までバカに思えてくる。自分の言動で多くの人がバカ扱いされていることに、少しは罪の意識を感じて欲しいものだ。ただ、自分のことをバカだと認識しているバカはほとんどいないことから、それは土台無理な話だろう。


★★

「ねぇ、亀田さん? 亀田さんの話って雰囲気を盛り上げる効果は抜群だけど、肝心の中身がイマイチなんだよね。僕たちが期待しているのは、そんな子供だましじゃなくて、もっとリアリティのある話。この学校に長くいるなら都市伝説の1つや2つあるんじゃない? いつも『なんでも聞けぇ』なんて言ってるんだからぜひ教えて欲しいんだけどなぁ」


 日課の怪談話を終えて自己満足に浸るドンガメに、僕は皮肉をこめて言ってみた。ドンガメは眉間みけんしわを寄せて何かを考える素振りを見せる。皮肉が伝わっている様子は微塵みじんもない。


「よぉ~し! とっておきの怖い話があるぞぉ。心して聞けぇ」


 そう言うが早いか、ドンガメは両手をパチンと叩くと得意げな顔つきで話し始めた。


「北側の昇降口の1階と2階の間の踊り場にぃ全身が映る大きな鏡があるだろぉ?」


「うん。たしか壁に古い鏡が掛ってたね。ボロボロで年代物って感じのヤツ」


「あの鏡ぃ、なんだか不気味だと思わないかぁ?」


 あまり思わなかったが、とりあえずうなずいた。


「あの鏡なぁ、いつも自分のことを見てもらいたいとぉ思ってるんだぁ」


『はぁ? どういう意味だよ。わかりやすく言えよ』


 思わず心の中でつぶやく。


「子供が自分のことを無視するのをすごぉく嫌うんだぁ。だからぁ、前を通ったら必ずのぞくんだぞぉ。」


『だから日本語になってないだろ?頼むからわかるように言ってくれよ。』


「昔なぁ、あの鏡を無視して通り過ぎようとした子供がいたんだぁ。そしたらなぁ、後ろの方からぁ……


『なぜこっちを見ないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!』


 どうだぁ? 怖かっただろぉ?」


 高らかに笑うドンガメ。その瞬間、僕はあいつに背を向けてその場を後にした。いきどおりを通り越してあきれてものが言えなかった。わかってはいたが、あいつはバカ以外の何者でもない。話に付き合った自分を情けなく思うとともに、自分の愚かさを深く後悔した。


★★★

 放課後、外を見ると音を立てて大きな雨粒が落ちていた。あたりは日が暮れたようにうす暗く校舎の中は電気が煌々こうこうと灯っている。塾に行くのが少し億劫おっくうに感じられたが、そんなことは言っていられない。僕はこの学校で1番になって東大に入るという目標があるのだから。その先どうするかはまだ決めていない。ただ、東大に入れば何にだってなれるとパパが言っていた。それが人生の成功者となるための必須条件らしい。


 この時間、校舎の南口は施錠されている。少し遠回りにはなるが北口から出るしかない。北口と言えば、昼休みにドンガメが話していた鏡がある場所。あんな話を聞いた後ではあまり行く気がしない。ただ、発想を変えれば、行ってみることで明日ドンガメに言うことができる。「昨日のお前の話は大ウソだった」と。そう思ったら急に愉快な気分になってきた。


 誰もいない廊下を歩いて行くと北口の昇降口へ続く階段が見えた。ふと違和感を感じた。それは、2階から踊り場にかけて電気が消えていたから。廊下の電気がいているところを見ると停電ではない。どうやら蛍光灯が切れているようだ。


 ただ、真っ暗で何も見えないというわけではなく、階段の一段一段は確認できる。ゆっくり下りればさほど問題はない。踊り場に目を向けると、薄暗い空間に鏡らしきものがあるのがわかった。思わずゴクリと唾を飲み込む。話に聞いていたよりもずっと不気味に思えるのは、たぶんこの天気のせいだろう。


 僕のいるところから15段ほど階段を下りたところが踊り場。正面の壁に鏡が掛っていて、さらに階段を10段ほど下りれば1階だ。普通に下りて行けばいやでも鏡が目に入る。変に視線をらすことで、階段を踏み外してケガをするのもバカらしい。ドンガメの話が本当かどうかを確かめるチャンスだが、今回は実行しない方が良さそうだ。


『鏡を見ずに通り過ぎたとき、鏡から声が聞こえてくるのが怖いわけじゃないんだからな』


 自分にそう言い聞かせると、僕は目線を自分の足元に落とす。

 そして、注意深く階段を下り始めた。


 校舎の壁を打つ雨の音がますます大きくなる。

 雨が激しさを増しているようだ。


 ―― ゴロゴロゴロ……


 遠くで雷が鳴っているのが聞こえる。

 決して望んでいるわけではないが、雰囲気を盛り上げるにはおあつらえ向きだ。


 なぜかとてもイヤな予感がする。


 言葉では言い表せないが、あの鏡を見てはいけないような気がする。

 ただ、見ないで通り過ぎると恐ろしいことが起きるような気もする。


 あれこれ考えているうちに、自分が踊り場に立っていることに気づく。

 僕の正面にはあの鏡がある。視線を少し上に移せば自分の姿が映る場所にいる。


『どうする……見るべきか? それとも見ないで立ち去るべきか?』


 そんな自問自答をした瞬間、背後に閃光が走る。

 続いて、耳をつんざくような音があたりに響き渡った。


 思わず顔を上げた僕の視線が鏡に向く。


  そこには僕の姿があった。

 ―― 真っ暗な背景にひとりポツンとたたずむ僕の姿が。


 ただ、それは僕であって僕ではないようにも見えた。

 ニヤリと笑いながら今にも鏡の中から出てきそうな気がした。


 時間にすれば、ほんの数秒の出来事。

 にもかかわらず、とてつもなく長く感じられた。


 不意に目から涙があふれる。大きな声をあげて泣きながら階段を駆け下りた。そして、大雨の中を傘もささずに一目散に走った。どうやって家に帰ったのか覚えていない。もちろん塾にも行かなかった。


★★★★

 次の日の昼休み、いつものようにドンガメがやって来た。

 僕は努めて飛びきりの笑顔を作ると、話相手を探しているドンガメに自分から近づいて行った。


「亀田さん、昨日の鏡の話だけど、あれって作り話でしょ? 昨日試してみたけど、何も起きなかったよ。あんなホラ話をするなんて大人として恥ずかしくないの? 最低だって言われても仕方がないよ」


 僕の手厳しい言葉に、ドンガメはバツが悪そうに視線をらす。

 

「ごめんなぁ。あの話はぁ作り話だったんだぁ。でもなぁ……」


 ドンガメの口から自分の嘘を認める言葉が飛び出す。

 すると、それが何かの合図であるかのように、前日の情けない自分の姿が脳裏に浮かんだ。その瞬間、僕は行き場の無い腹立たしさを抑えきれなくなった。


「言い訳なんかするんじゃないよ! この嘘つきが! 子供だと思っていつもいつも適当なこと言いやがって! 二度と僕たちの前で怪談話なんかするな! わかったか!」


 語気を荒らげ肩を振るわせながら吐き捨てるように言った。

 ドンガメは申し訳なさそうな表情を浮かべて下を向く。


『お前みたいなバカは一生下を向いていればいいんだよ。エリートの僕に恥をかかせやがって。このドンガメが』


 ドンガメを見下すように僕は心の中で呟く。

 そうすることで、失墜したプライドを何とか保とうとしたのかもしれない。


 そんな中、ドンガメは蚊の鳴くような声でポツリと言った。


「違うんだぁ。わざとじゃないんだぁ。すっかり忘れてたんだよぉ……鏡が割れたから修理に出してたことぉ」


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