TFC-TC-5300 ”Common sense is dangerous”
これまでも、漠然と頭に描いたことは何度もあったさ。だけど実行に移すことはなかった。
仕事で嫌なことがあった時とか、ちょいとばかし気の強い女房と喧嘩した時とかに、フッ……とそんな空想にふける程度のことだったさ。
それが遂にその日が来たんだよ。原因? うーん。何だろうな。自分でもはっきりとは分からないけど、発作的に決意したんだよ。
大学を出てから十余年。お世辞にも業績が良い会社とは言えねえけど、ちゃんと就職。優秀な社員でもねえけど、コツコツとは常識を守りながら真面目に頑張ってきたつもりさ。
結婚して子宝にも恵まれて、決して悪い人生じゃねえとは思っている。少なからず不満はあるけど、爆発させるほどは溜まってねえし適度にガス抜きとか楽しい日々も送れてる。
でも、誰でも一度や二度はあるだろ。「俺の人生これでいいのかな?」って。
俺も子供の頃には色んなものに憧れたさ。パイロットだったり、ミュージシャンだったり、正義の味方だったり、自分が主役の未来と舞台を思い描いて、アテもなく目指していたわけさ。
それがいつの間にか、年齢と知識を重ねるごとに夢物語になっていくんだよ。安定と可能性のはさみ撃ちに追い詰められて、選択肢が縮まるんだよ。
それでも中には、死ぬほど努力して夢を叶えた奴を知っている。
親や教師に「そんな夢みたいな話は諦めろ」って、ニューミュージックのエコーみたいに繰り返されても、信念を貫いてたどり着いた同級生もいたさ。
今はそれで食えてるかどうかは知らねえ。だけど結果失敗に終わっても、それを負け組だなんて言う資格なんて誰にもねえよ。そいつが後悔さえしてなけりゃ、俺はあいつを一生尊敬するさ。
でも矛盾してるんだよ俺も。先日、うちのガキが将来はファミコンのプロになるとか、何とか名人になるとか、馬鹿なこと言ってたから叱ってやった。
ガミガミは言いたくねえけど、しっかり勉強していい仕事に就いてほしいんだよ。安定した人生を送ってほしいのが親の願いさ。
でも反省もしたんたぜ。あとで、あれは昔の俺だったんじゃねえかって。
今じゃ酒の席と酔った勢いくらいでしか話せねえけど、俺は冒険家ってやつに憧れてたんだよ。お笑いだろ?
未開の島やジャングルの奥地に出向いて、猛獣とか異文化との交流が1ミリも通用しないような凶暴な部族なんかと死線を交えたりするんだよ。そんで最後は遺跡の奥で財宝を見つけてハッピーエンドってシナリオさ。
改めて思うと馬鹿らしくてたまんねえよな。現実見ろって思うよな。
実はこの決意ってやつも、本当は今日が初めてじゃねえんだ。
やっぱりいざとなると、仕事も家族も捨てて突っ走るなんて、早々できることじゃねえよ。アドレナリンだか、何だかが収まるまでの僅かな気の迷いさ。
昔、流行った歌を皮肉るわけじゃねえけど、俺はシンデレラになんかなれないまま、大人の階段を上り続ける。そんな人生がお似合いだよ。
「君。ちょっといいか」
「え、あ、はい。何でしょうか課長」
課長のひと言で現実に戻った俺は、とっさにお得意の社交スマイルに切り替える。そうだ。ここは会社だ。どうやら俺は少しばかり空想に耽りすぎたようだ。
「社長が君を呼んでいる。今すぐ行ってくれたまえ」
下手すりゃこの先、家族よりも長く一緒の時間を過ごすことになるかもしれない上司の命令に従って、俺はそそくさとオフィスを出た。
すれ違う同僚たちに弱いところを見せたくない俺は、心ではため息をつきながらニコニコ顔で廊下を歩く。
今はまだ硬い決意(笑)だけど、あと何時間かして仕事帰りに酒でも飲めば、「ま、いっか」で、全部忘れるんだよ。
いつもそうさ。あと一歩、もうひと押しあれば何か変わるかもしれねえけど、俺はこれからも、こうやって中途半端な気持ちで、自分に納得させながら人生を歩むんだろうな。
「失礼します」
そんなこんなで、妄想と心の愚痴を捏ねてる間に目的地の社長室の前に到着した俺は、心にもない敬語を吐きながら、少しばかりその気持ちを扉へのノックに乗せて伝えてやった。
社長は、俺のひと月分の給料を費やしてでも買えないような豪華な椅子にふんぞり返りながら、机越しに俺を見ている。
思わず「愛人とは上手くいっていますか?」とでも言いたくなるよ、まったく。だけど俺はサラリーマンのスマイルを崩さない。これからも哀愁を誇りに、しぶとく会社の歯車として生きてやろうと思ったその時だった。
「最近、君の成績はどうも良くないな」
社長のそのひと言で、俺の中にあった決意が遂に ” ひと押し ” された。
ー えらいっ ー
参考
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機 種:ファミリーコンピュータ
作品名:たけしの挑戦状
発売日:1986年12月10日
発売元:タイトー
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ビートたけしが全面監修したアクションアドベンチャー。
その難しすぎる謎解きと、突拍子もないゲーム内容に酷評は尽きず、ファミコン史における伝説のタイトルのひとつとして今も多くのプレイヤーに語り継がれている。
サード・パーティー 鯨武 長之介 @chou_nosuke
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