復讐 ―リベンジ―

佳純優希

復讐 ―リベンジ―

 アメリカ、西部開拓時代。ここはゴーストタウンと化した、とある町の広場の処刑台の上である。

 ギラギラと真夏の太陽が照りつけている。私は、両手両足を十字架に縛られ、静かに「死」を待っている。最初は助けを求めて叫び続けたが、それももう疲れた……。


 話は今日の早朝にさかのぼる。私は西部を開拓する軍人である。軍人――と言えば聞こえは良いが、要はインディアン狩りをする人間である。もう開拓された町、ダラスには妻と子供がいる。だが……妻には男がいる。最近では私がそのことに気づいたことを知っているのか、妙にギクシャクした関係を送っていた。

 そんなわけで、私は西部に任務で出かけるとき、実に爽やかな開放感が味わえるのだ。

 今朝はもう一つ楽しいことがあった。妻が私にプレゼントをくれたのだ。何か動物の皮で作ったブレスレット一対とチョーカー。

「あなたに似合うかしら……」

「お前からのプレゼントなら、なんでも似合うさ!」

 これは妻からの和解の申し入れだと思い、それらを身につけ、これからの楽しい家族生活を思い見、まだ日の昇らぬ早朝に西部開拓地へと向かった。

 西部に行くには、小さな砂漠を越えなければならない。朝方の砂漠はまだ通れるが、日中の砂漠を越えようとするなんてことは自殺行為と言ってよい。だから、こんなに朝早く出かけるのだ。

 移動には馬車を使う。手綱を握るのはダラスで妻が知り合ったという、人の良い老人。西部開拓地で必要な、馬の飼い葉を運んでいるという。私は飼い葉の山の上にドスッと飛び乗る。後は二、三時間も寝ていれば 目的地まで運んでくれる――

 ――はずだった。


 最初に感じたのは口の中の砂の味。そして、からだ中から流れ出る汗の感触。

 暑さで歪む景色を眺めてみる。前、後ろ、右、左……。

 どうやら、砂漠のど真ん中のようだ。眠っている間に馬車から落ちたらしい。砂漠の砂が、私が落下したショックを吸収してくれたのが不幸中の幸いか。いや、そんなことも言ってられる状況じゃない。熱気よりも私を苦しめるものがある。

 両手のブレスレットとチョーカーだ!!

 この三つの輪は、はめた時からは想像もできない程にギュウギュウと私の手首、そして「首」を締め付けている! このままでは死んでしまう! 私はナイフを探して軍服の上着のポケットをさぐった。――が、私は上着を着ていなかった。下は軍服のズボンだが、上は下着のシャツしか着ていなかった。私はこの時、全てを悟った。


 私は……ハメられた。


 妻からのプレゼント、動物の皮で出来たブレスレットとチョーカーは、熱にさらされると急激に縮むものだったのだ。そして馬車の御者。今日は顔をはっきりと見ていないが、彼こそが「妻の男」だったのだ。そして私が眠り込んだのを見計らって、上着を脱がし、砂漠の真ん中に放置した。後はチョーカーが私の首を締め付け、私が窒息死するのを待つだけ――。

 冗談じゃない! こんな所で死んでたまるか!!

 私は歩き出した。太陽は南の空に昇っているはずだ。だから太陽に向かって右に歩いて行けば、西部に着くことが出来る。私は後ろを振り返り、真っ直ぐに西に行けるよう、自分の足跡を確認しつつ歩き続けた。刃物さえあれば。こんなご時世、誰でもナイフの一本は持っている。誰かに出会えれば、ナイフを借りてブレスレットとチョーカーを切り捨てられる。手首から先は、もう紫色に変色している。私の顔もこんな色になっているのか……? 確認の術はない。とにかく、人に会うことだ。


 歩き始めて三十分経ったのか一時間経ったのか、よく分からないが、小さな町が見えてきた。進路が少し南にずれていたらしい。やった! 何はともあれ、私は助かったんだ! だが、町には人影が無い。どうやらこの辺りは、まだ軍隊とインディアンが戦っている地域らしい。町に人影が無いのは、その治安の悪さゆえなのだろう。

「そんな……せっかく助かったと思ったのに……」

 私はガクリと膝をついた。もうダメ、なのか? 締め付けられた首はドクンドクンと、激しく脈打っている。

 と、その時、人の声がした。しかも一人ではない。大勢の声。そして馬の蹄の音。軍隊か? それともインディアンか? 軍隊なら私は助かる。だが、もしインディアンの集団なら、インディアン狩りをする軍隊の私は、たちまち殺されてしまうだろう。


 答えはすぐに出た。やって来たのは馬に乗り槍を持ったインディアンの集団だった。

 私は「死」を覚悟した。


「オマエ、ドウシタ? ミズ ノメ」

 えっ? 私は一瞬、わけが分からなかった。インディアンが「敵」である私を助けるなんて……。そうだ。私は軍服を着ていなかったんだ。妻の男に脱がされていたんだ! ズボンは軍服だが、砂漠をさまよっている間にボロボロになっている。女の悪知恵が逆に私を助けるハメになるとは。そう、今度こそ私は助かったのだ。彼らの槍の先でもナイフでもいい。刃物で、この忌々しいチョーカーとブレスレットを切り捨ててしまおう。


 私は首を突き出す様にして言った。

「これを切り捨てたいんだ。ナイフを貸してもらえないか?」

「!!」

 突如、インディアン達がざわめいた。そしてその目には殺意がこもっている。

「オマエ ワレワレノ カミ コロシタ」

「神? なんのことだ?」

「オマエタチ ハクジンガ ヘビ ト ヨンデイル イキモノダ」

 蛇の皮! このチョーカーとブレスレットは蛇皮製だったのか! そう言えば聞いたことがある。蛇の皮は日光にさらすと急激に縮むと。


 私はインディアン達に囲まれた。銃も刃物も持たない私に抵抗の術はない。そして私は町の広場の処刑台の十字架に、手足を縛り付けられた。

「たっ、助けてくれぇ!」

 私は叫んだ。が、インディアン達の表情に変化は無い。私を縛り終えるとインディアン達はまた馬に乗り去って行った。彼らなりの「死刑」ということなのだろう。

「助けてくれぇ!」

 私は――こんな所で死ぬのか。妻と妻の男の罠にはまって……。

 滝の様に流れ出る汗。私はその汗の感触の中で、意識を失った。


     ◇


 はっと気付いた時は夜だった。夜空の月が丸い。

「生きてる……」

 私は軍隊のキャンプの中で寝ていた。忌々しい「皮の輪」は三つとも無くなっている。

 一人の若い軍服の男が近づいてきて言った。

「死んでるのかと思いましたよ。インディアンに捕まったんですね。熱射病で殺すつもりだったんですかねぇ」

 たまらず私は訊いた。

「蛇の皮は!? ブレスレットとチョーカーは!?」

「ああ、それなら全部、汗でダブダブになってたんで捨てましたが、必要でしたか?」

「汗で……そうか、汗を吸って……」


とりあえず、今日はゆっくり休ませてもらおう。それからじっくりと考えるのだ。

妻と、妻の男への復讐を――。


<了>

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復讐 ―リベンジ― 佳純優希 @yuuki_yoshizumi

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