恵みの雨
多摩川多摩
梅雨入りの日
僕の前の少女が、両手をひらひらと高く上げ、それを揺らしている。そのまま半径4メートルの円形をなぞるようにして、テニスコートの中を歩いていた。
その少女の「ふしぎなおどり」に、僕は存在しない
とりあえず、僕は彼女を無視して、空を見上げた。空は薄暗く、今にも雨が降りそうだった。
今日は梅雨入りだそうだ。ネットニュースによると、関東全域は雨に見舞われるらしい。
……で、雨は? 僕たちの恵みの雨は? 雨雲どこ行ったの? ここ関東のど真ん中なんだけど?
いや、落ち着け、すぐに雨は降るはずだ。信じる者は救われる。
そうだろ? 神様。いや、絶対僕たちを救えよ、神。
「うわあああああ、雨降らないな! もう!」
テニスコートをくるくる回っていた少女が怒りながら地面にうなだれる。
そう、彼女がしていたのは雨乞い。超古典的な方法だった。もちろん結果は現れない。雲は黒いまま水一つ落とさずに静まり返っていた。
「くそ! なんて日だ」
僕は空を見上げて叫んだ。
折角今日は雨で部活が流れると思って活き活きと学校に来たのに。
うちのテニス部の顧問は怖い。しかし、雨で部活が流れた日はその顧問が来ないのだ。だから今日はウキウキしてたのに。
くそ、神め。やっぱり救いなんてないのか。
「……もう……無理なのか……」
仲間が全滅したときのRPG主人公の気持ちがわかった。いや、今は誰ひとり死んでないけど。でも、僕の気持ちの沈み具合は負けてない。
そんながっかりとした気持ちに満ちていた僕の首筋に、
ぴたっ、
と、冷たい水滴がかかった。
「あ……め……?」
次は掌に降ってきた。
「雨だ!」
彼女は空を見上げて叫んだ。顔には満面の笑みを貼り付けている。
雨が降っている! 勢いが強いわけじゃないけれど、雨が降り出したんだ!
やっぱり神って神だな!
「よっしゃあ! 雨だ!」
雨とくれば部活はない。やった! 今日は部活がない!
怖い顧問にいろいろ理由付けてきつい部活をサボる必要がないんだ!
数分すると、顧問がテニスコートに来た。恐らく、今日の部活の休みを告げに来たんだろう。そりゃそうだ。雨なんだから。
顧問は掌で雨量を確かめながら言った。
「あー、ちょっと雨降ってるな。でも、これくらいなら練習出来るだろう」
僕と少女は膝から地面に崩れ落ちた。
恵みの雨 多摩川多摩 @Tama
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