第一話
閉会式は十数人で行われた。元々大半のチームが帰ってしまった大会だ。スタッフも多くはないし、妥当といえば妥当。
「優勝は、株式会社ひふみチーム!」
今日一で声を張り上げたスタッフが、俺らを呼ぶ。
別に賞状とかあるわけでなく、そのうち自販機の設置について交渉が始まるらしい。締まらない大会だな。
時刻は三時。結局この時間までここにいたのか。こうやってクソ暑いところに慣れておけば、後で冷房の素晴らしさを体感できるから素晴らしい。別に暑いのを許した訳じゃないぞ。
閉会式が終わると、撤収の作業が新宿さんの方で行われた。どうやら二位チームは後片付けをする裏ルールがあったらしい。悔しそうにこちらを見る菊地さんの表情が色々物語ってたけど、俺が作ったルールじゃないんで。
「ほんとに優勝しちゃうなんて! すごいわ!」
席に戻る途中、閉会式には参加した一二三が言った。抑えきれなかったのかな。
「設計も運営もうちの会社でやってるんだからそりゃ優勝するだろ」
「そんなことないわ。決勝戦はなんかすごいことになってたけど、そんな中でも勝てちゃったんだから、向かうところ敵なしね」
「まだやるのかよ」
「さあね?」
足取りが軽い一二三は俺の右前くらいを歩く。
「それに」
一二三はこちらを振り返らずに言う。
「ついにあんたも『うちの会社』って言ってくれたしね」
「言ってねえよ」
誰がこの会社に入るか。社長の娘があれだけの社畜ぶりを発揮したんだ。下働きはどれだけ社畜なんだよ。帰れる?
一言で反論した俺だったが、一二三はそれでも笑顔をキープ。気持ち悪いな、なんだよ。
一二三はポケットから音速で携帯を取り出すと、音速で操作をはじめる。
携帯を俺の顔の前につきだすと、再生ボタンを押した。
『設計も運営もうちの会社でやってるんだからそりゃ優勝するだろ』
言ってますね。
「入社! 入社! 入社!」
「お前はこの就職難をなんだと思ってるんだ」
受験戦争を乗り越えて行きたくもない会社の面接受けてやっと就職できる今の世の中を考えろよ。
「でも、二ヶ月前とは態度が違うよ? これはもしかしてあれじゃないですか? え? あれですよね⁉」
「…………なああくふれ」
「はい」
「ちょ、こら、逃げないでよ!」
めんどくさかったんでね。
「決勝戦の時、どうしてあんなことをしたんだ? 練習通り、練習通りで勝ってきて、最後に博打を打ったけど」
「ああ、あれですか? あれは――」
あくふれは空を見上げると、
「――天井がなかったから、ですかね」
「天井?」
「はい」
あくふれはドヤ顔を決めながら続ける。
「実は、すずさん達三人と練習したとき、一度考えたことには考えたんです。でも、あの空間では壁と天井との間が狭くてできなかった。しかし今日は大空のもとでしたから、どうせ素直にやったって負けるし、と思ってたら勝っちゃったんです」
「勝っちゃったんだ」
「勝っちゃいました」
てへ、とかなんとか言って照れるあくふれ。勝っちゃったとか言うなよ、俺がどんだけ緊張してたと思ってるんだ。
でも、その軽い感じも、またこいつの良さかな。
「しかし、あくふれの水着が濡れなくてよかったよ」
「どうして?」
「色々透けてめんどくさいからだよ!」
どうしてこの人はそういうことに疎いんだろう。
「涌井さんが言ってくれたあの案よりいい案がなかったのよ」
「だから涌井さんって誰なんだよ!」
頻繁に出てくるけども!
「え? 涌井さん、ずっと私のとなりにいたけど」
…………え?
「隣?」
「そう。私が今日はこき使ってしまったけど、普段はそんなに接しないのよね」
「え、待って待って、涌井さんってもしかして……隣にいた若い人?」
「そうよ」
あ、あいつかー!
「あの人にさんざん振り回されてたのかよ! 好青年っぽいのに」
「だから好青年なんだって」
変態だよ。
えー、なんでここで長年の謎が解けちゃうのさ。涌井さんに会ってたなんて。あの人が変態だなんて。
「ところで吉永さん」
「ん?」
「さっき、私が『吉永さんにとってこの会社は?』って訊いたとき、何て言おうとしたんですか? 私答えを聞く前に飛び出しちゃったんですけど」
あくふれはただ答えが聞きたいといった表情で待っている。横から食いついてきた下心丸見えのお嬢様の表情とは大違いだ。
「そうだな……」
三番ゲートが見えてきた。まわりにあった飲み放題サービスはすでに撤収されていて、静けさが戻っていた。よく世間一般に言われる夏とは違う夏が、そこにはあった。
さっきはまともに答えようと思ったけど、このお嬢様の顔を見ると、なんだかまっすぐに答える気にならないな。
「また今度な」
「えー、なんですかそれー」
「そうよ、ちゃんと答えなさいよー」
「だからまた今度な」
夏の暑い日差しが照りつける。一日疲れたし、こんなときはスポーツドリンクでも飲んで落ち着きたい。帰りにあくふれでも買って帰ろう。
「あ、そういえば、後であくふれ一年分送っておくからね」
……そういえばそんな話あったな。結局あくふれとこれからも付き合っていかなきゃいけないんだな。
まあそれはそれでいいか。
「これからもよろしくな、あくふれ」
「はい!」
ここ最近で一番元気な声で、ここ最近で一番元気な表情で、あくふれは答える。
その様子に、思わず俺も表情が緩む。
「はい、いただきましたー」
前言撤回。
「お前は企業スパイか何かなのか?」
「企業秘密ー」
黒いものに表情を歪められる一二三に、俺は呆れを通り越した何かを覚える。
「それよりさ、何で俺を選んだの? さっき勝ったら教えてくれるって言ってたけど」
「あー、それ?」
一二三はこちらを振り向かない。
「…………これからもよろしくね、吉永くん」
突然細くなった声が横から発せられる。さっきまでの勢いはどこへやら。一二三は俺の前方に立っている。振り向かず、声だけこちらに飛ばしてくる。
たまに出てくるこいつのボソボソした声は、いつもは聞き取れないけど、今日は聞き取れた。
「どういうことだよ」
「そういうこと」
意味わかんねえよ。
「まあでも、よろしくな」
一瞬ビクッとしたようなしぐさを見せて、一二三は答える。
「当たり前よ、ばーか」
やっぱりこちらを見なかった一二三。俺はその背中を見るだけ。
飛行機雲が延々と延びる空は、夕暮れと混ざった色をしていて、きれいだった。
どりんくうぉーず! 奥多摩 柚希 @2lcola
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