異世界転移SF

深水えいな

第1話 リアルとは

「異世界は現実です。青少年よ、夢を抱け。共に『異世界転移』を!」


 街頭モニターで、エルフの格好をした売り出し中の若手女優が呼びかける。


 ああ、こんな時代になったのだなあ。


 小さく息を吐く。


 我々人類が「異世界転移」できるようになってから三十年ほど経った。


 物理学の知識を総動員し、高性能の重力波検出器や巨大粒子加速器を応用して異なる平行宇宙へ移動する――俗に言う「異世界転移」技術の実現化。


 当時はSF漫画じみた絵空事だと思われていたのが、今ではごく当たり前の事となっている。


 このような技術発展を受け、一番驚いているのは我々の祖父の時代の人だというのを最近よく耳にする。


 当時は、多くの引きこもり少年やニートのオタクたちがこれらの量産されたチープな物語に夢中になったという。


 しかしながら、最近では、当時「低俗」で「量産型」だとされていたそのジャンルを、芸術として再評価する動きが生まれている。


 今では、国内外の文学評論家たちの間ではこの頃の異世界転生小説が「先見の明があった」「様式美を備えた小説」などとして再び注目を浴びているのだという。時代は変わるものだ。


「初めに異世界転移したのは、実は人類ではなくロボットだったんですよー!」


 モニターの中のエルフ美少女が解説してくれる。


 異世界転移機が作り出した「次元の入口」に無人探査ロボットを送り込んだところ、そこが中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界であることが判明したのが異世界研究の始まりと言われている。


 それから今に至るまでの技術発展のスピードは我々の想像をはるかに超えていた。


 何体かの無人探査ロボットが送り出され、そこに我々と同じ人類や、エルフやドワーフ、獣人等が居ることが明らかになり、その報告の一つ一つに、我々は熱狂したのだ。


 次にモニターには、何やら汚らしい石ころが映し出される。


「うわ、懐かしい! 『異世界の石』だ!」


 思わず声を上げた。


 そう、それらのロボットが採取してきた「向こうの世界」の珍しい鉱石、それが「異世界の石」なのである。


 その中には、我々が普段見ることはできないものの、宇宙に数多く存在しているとされる未知の物質「暗黒物質」が含まれており、当時大きな話題になったのだ。


 この石は万博でも展示され、このちっぽけな石を見るために多くの人間が、3時間も4時間もかけて列に並んだのだった。


 かくいう私もその一人。ああ、懐かしい……。


 異世界に人間が本格的に転移できるようになったのは、それからすぐのことだった。


 モニターに、冴えない中年男性が映し出される。


 彼こそが、日本人で初めて異世界転移を果たした若豪奢光音わかごうしゃれのん氏だ。


 彼は、モニターの中で、青少年に向かって夢を持つことの大切さを語っている。



 私は数年前彼にインタビューした時の取材メモを取り出し、その時の会話を思い出した。


 『異世界転移士』はもはや世界中の若者の憧れの的であり、若豪奢さんが試験を受けた時には、その倍率は三百倍以上だったという。


「採用者は、元軍人や科学者が多かったですね。元ニートなんていうのは私ぐらいでしたよ。顔も普通、学校の成績も中の下、運動能力そこそこの、どこにでもいる普通のニートだった私が受かったのは、たまたま珍しい魔法適正があったからでしょうね。全ての魔法を無効化するという、能力がそれです」


 どう考えても普通ではない若豪奢さんが、自分を「普通」などというその謙虚さに、私は敬服した。


 若豪奢さんはさらに続けた。


「『異世界転移士』の資格を得ても、実際に異世界転移するには数々の試験をクリアしなくてはいけません。毎日の筋トレやトラックにぶつかる訓練、剣や魔法の訓練など訓練は本当にきつくてつらい日々でした」


 遠い目をする若豪奢さん。


「しかし魔法無効化能力の他に何のスキルも持たないごくごく普通のニートだった私は精一杯努力しました。そのかいあって見事、異世界転移士として実際に異世界に行くことができました」


 日本人で初の異世界転移した若豪奢氏の著書『ゼロ能力者の平凡な俺が異世界でチートでハーレムして最強になったわけ』はノンフィクション部門で52週1位をキープ。


 親が子供に読ませたい本第1位や、世界に残すべき名著1位に選ばれ、ノーベル文学賞の候補にもなっているという。


 このことを「異世界転移や転生物は低俗なライトノベルでしかありえない」といきまいていた過去の人たちに聞かせたら何と思うだろうか?



 さて、そんなわけで現実の技術となった異世界転移技術であったが、私はこれをきっかけに、異世界に憧れるニートや引きこもりの青少年が、若豪奢さんのように外に出て努力するようにならないかと少し期待をしていた。


 それで今日は、実際にニートで引きこもりでオタクをしているある一人の青年に取材をすることになったのだが、その反応は私が予想したものとは少し違っていた。


「異世界転移? そんなのオタク界隈では今は誰も興味持ちませんよ。ファンタジーは実現できないからこそ現実逃避できて良いのであって、実現可能になったら、それは現実となんら変わりません」


 彼は嬉しそうに一体の美少女フィギュアを奥から取り出した。


「今アニメやラノベで流行っているのは『学園もの』ですね。通信教育やネット授業が当たり前になった今では学校に行く、なんてのはファンタジーと同じくらいありえないことです。だからこそ、人気がでているんでしょうね!」


 美少女フィギュアは、今ではもう絶滅してしまった幻の衣服「セーラー服」を着て楽しげに笑っていた。

 

[完]

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