(2)

「帰ってきたことは分かっていますよ」


 呼び鈴を鳴らすと同時に玄関のドアが開かれ、そんな言葉と共にユーリさんが玄関から顔を出す。

 あ、聞こえてたのね。

 オレはその言葉にあっさり納得してしまう。

 オレとルクスは少なくとも大声を出していない。けれど、ロベルトとミリーニャはユーリさんの手伝いの件で少なくとも声が大きくなってしまっていた。そのせいなのは間違いないだろう。

 念のため、二人の様子を見てみると自覚があったらしく、申し訳なさそうに少しだけ俯いていた。


「ったく、何してんだか……」


 ルクスもジト目で二人を見ながら、改めてユーリさんを真面目な目で見つめる。

 その様子はまるで目でルクスが言おうとしていることを伝えるような感じだった。


「村の状態のことを分かったってことですね」


 ユーリさんはオレたちがそのことに気付くような言い方だった。

 同時にオレは朝、ここを出る前にユーリさんの雰囲気の違和感にようやく気付くことが出来た。

 それは、『村の様子を知り、ここに舞い戻ってくることになる』ということ。

 つまり、ミリーニャをここに送り届けるという理由は最初から意味なんて持っておらず、帰ってくる場所はここにあるということを知らせるためのもだということに。

 なんてしてやられた感じだな。

 オレはユーリさんにオレたちの行動を弄ばれたような感覚に陥ってしまい、悔しさから前髪をガシガシと掻いた。


「もしかして、ボクたちが戻ってくることはそれで気付いてたんですか?」


 オレが理解したことを、ロベルトは口に出して、ユーリさんへ尋ねる。

 ユーリさんもユーリさんでそのことに気付くと分かっていたのだろう。迷った様子を見せず、首を縦に振った。


「あなたたちが勇者という職業である以上、そのことに気付くとは思っていました。だからこそ、ここに居場所があるような言い方をしたのです。よくそのことに気が付きましたね」

「ボクはなんとなくです。たぶん、カイルくんも」


 そう言って、ロベルトはオレを見てきた。

 その視線は『ボクより深く気付いていたと思いますよ』と言っているような感じがした。


「お前、気が付いてたのか?」


 唯一、そのことに気が付いていなかったルクスが意外そうにオレに尋ねてくる 


「え? まぁ……ロベルトと同じ程度の違和感があったぐらいだけどさ」

「ふーん……」

「なんだよ?」

「なんでもねぇよ……」


 そう言ってルクスはそっぽを向く。

 間違いなく拗ねてるなー……。

 オレとロベルトは気が付いていたのだが、そのことを知らされなかったことに対し、ルクスは不機嫌になったことをオレは察した。けれど、それに対してのフォローの言葉を見つけられなかった。

 教えたところでミリーニャを送るために誰かがここに戻ってくることは間違いなかったからだ。結局のところ戻ってくるのだから、それを言ったところで意味がないと思ったからこそ言わなかったのだから。

 そんな反応を見て、ロベルトも困ったような表情を浮かべていた。


「そんなことよりも、ルクスくんが私から医療知識を学びたいというのは本当ですか?」


 オレたちの状況を察してくれたのか、話題を変えてくれた。

 その声に反応し、ユーリさんの方を見た瞬間、オレたちはゴクリと息を飲んでしまう。

 ……ッ!

 声にもならないような雰囲気がユーリさんから発せられており、ルクスの言葉の本心を真面目に尋ねていたからだ。

 職業的に中途半端な気持ちでは教えたくない。

 そのことを察するには十分な威圧を感じられたぐらいに。

 だからこそ、ルクスもまた拗ねた表情から一変し、真面目な表情へと変わる。


「当たり前です。こんなこと冗談で言えるわけがない」

「……あなたは勇者という立場です。時間はなるべく惜しいはず……。違いますか?」

「はい、その通りです」

「ということは私が言いたことは分かりますね? それだけ頑張らないといけないということです」

「そんなことは百も承知です」

「……分かりました。それではお教えしましょう。とは言っても、ルクスくんであれば、私の部屋に置いてある書物だけでなんとか出来る知識は持っていそうですがね」


 ルクスの本気の度合いを分かったユーリさんはそう言いながら微笑み、ルクスの弟子入り(?)を許可した。

 許可を貰ったことにより、ホッとした表情を浮かべるルクス。

 まさかユーリさんがそこまで真剣になると思っていなかったのだろう。

 それはオレたちも同じだからこそ、一瞬硬直してしまったのだから。


「あ、あの……白魔術師さま……」


 おそるおそるユーリさんの名を呼ぶミリーニャ。


「なんですか?」


 ユーリさんはそんな呼びかけに首を傾げながら、ミリーニャを見た。


「今の発言だと、わたしよりユーリさんの方が白魔術を学ぶ素質があるような言い方に感じたんですけど、気のせいですか?」

「え? そんなこと言いましたか?」

「はい、言いました」

「どこらへんでしょう?」


 本当に思い当たる箇所が思いつかないらしく、ユーリさんを顎に手を添え、「うーん」と考え込み始める。

 が、それを待たずしてミリーニャが口を開いた。


「『ルクスくんであれば、私の部屋に置いてある書物でなんとかなるでしょう』という個所です。わたしは白魔術師様に手ほどきを受けているので……」


 その発言をした記憶はあったらしく、ユーリさんは「あー……」と言いながら、少し気まずそうな表情を浮かべる。

 オレたちもまたその発言に少しだけ納得いくところがあったため、ミリーニャとユーリさんを見ないように顔を逸らした。

 顔を合わせれば、そのことについて巻き添えを食らうと思ったからだ。

 そして、その場の雰囲気は当たり前のように気まずくなり――。


「言葉の綾ってことで中に入りましょう。もうお昼を過ぎているのでお腹も空いてるでしょうし……」


 フォローの言葉も思いつかなかったのだろう。ユーリさんはそう言い切り、中に入っていく。

 オレたちもそれに従い、家の中に入ることにした。

 その場にはショックを受け、


「白魔術師様―ッ!?」


 と嘆きの声を上げるミリーニャを残して。

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『真の勇者』というものになるべく…… @to-ya819

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