蜘蛛の糸
川上 神楽
たふたふ
犬も歩けば棒に当たる、さりとて誰しも人生を棒に振るわけにはいかぬ。そう心に誓った日から7年の歳月が経っていたので或り、その頃になると小生は一世一代の博奕に出る事と相成ったのだ。ジヤーマネの源一郎に訊く処に依ると近頃では婚活パーテーなるものが流行っていると云ふではないか。月極ガレーヂ、煉瓦造りのビルヂングやらが建ち並ぶギロッポンの雑踏を掻き分け、足早に婚活パーテー会場へと向かえば足が棒になりそうであり、ピーカンの空を見上げるとオレンヂの太陽が燦々と照り付けて、テーシヤツが汗ばむ。パーテー券を握りしめる掌もじめりと汗ばむ季節なので或る。
ザギンに到着すればロイヤルホストなる会場で婚活パーテーは開催されており、小生はそもそも、皇室に招かれるやうな身分ではあらぬので厭だと一度は断ったのであったが、源一郎から執拗にパー券を渡されたものだから此れも仕方のなき事。見た処、洋館風の建物が眼的の会場と云ふわけか。なるほどな、まいうーなシースーでも喰えると云ふのか、ほほう。
ぬわっとした熱気で噎せ返るパーテー会場では艶やかなホステス、ハウスマヌカン、バスガール、スチユワーデスさんやらが集まり男性陣は皆一様に燕尾服で正装しハイカラなネクタイを締めており、正にロイヤルと云った姿容。テーシヤツ壱枚でのこのことやって来た馬鹿は小生くらいなもんで或る。これは事前に源一郎によく訊くべきであった、うまく謀られたな、いやはや、はて、参ったな、とハンケチーフで額の汗を拭った。
ビアや冷コーを片手に乾杯の音頭の声が何処からか上がり、暫くするとすらりとした麗婦が小生の元に近付いて来て、婚活パーテーは初めてですか、今日はお独りで来られたのですか、うふふ、と下着泥棒を生業とする小生に訊ねるではないか。なかなかナウでヤングなイケイケのルーギヤーで或る。
「いえ、小生は独りではありませぬ、マブダチの紹介で、ええ、マブくて、ええ、マブダチも直に馳せ参じるとの申し伝えがあります、はて、おかしいな、マブダチの姿が、ええ、マブです、マブくて」
口から木魚を出すやうな想ひで苦心惨憺に言葉を吐き出したものの、実際上、小生にマブダチ等おるはずも無い。嗚呼、全く以って小生は孤独で或る。再びハンケチで額の汗を拭った処、また先程の麗婦が婚活パーテーは初めてですか、ご趣味はなんですか、と問うでは無いか。
「や、小生は豚カツ等には興味はあらぬ、どちらかと云えばその隣りのキヤベツに興味があって参ったのであり、キヤベツにはやはりケチヤップが合ふのではないかと、そう思ふ次第であります」
此処が先途と小生は声を枯らせたのであったが思弁は中空を舞ひ拘泥、暫くすれば物も云わず麗婦は小生の元を去ってゆき、奥で阿る男性陣とひゃっひゃっとべしゃり出して迎合される、トウゲザーしようぜ等とへらへらと諂う腑抜けたヤングな男とアベックになってしまったので或る。そうする間にもほうぼうで幾多のアベックが成立し、ひやりとした眼で皆が小生に一瞥をくれる。ところで誰が下着泥棒だって? 時間差でツッコむぞ。
そうこうする内に何処からともなく、ケツカッチンです、との声が会場に響きパーテーは幕を閉じたので或る。嗚呼、まただ、これで十八連敗じゃ。小生は孤独で或る。テーシヤツは脇汗でぬむぬむになっておる、嗚呼、もっと小生もたふたふとべしゃる事が出来たならば、と悔やまれる。せめて、たふたふと。
むわむわとした心象で会場を後にしようと席を立ったその時であった。暗がりの中からぬわっとしたチョベリグな黒馬がパーテー会場に闖入し、アベック共を蹴散らしていったのであった。馬の名前は塞翁と云ふ。何故そのやうな事がわかるのかと云ふと鞍に塞翁と記されていたからであり、塞翁は次々とアベックを薙ぎ倒していったのであった。薙ぎ倒されたアベックは阿鼻叫喚、会場を煩雑に黒馬が荒れ狂う、人々は逃げ惑う、はん、其れは正しく地獄絵図のやうな景光であり、人生万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如しとはうまく云ったものじゃな、はんはん。
その景光を眼に焼き付けた小生は繁華の澱のやうなビルヂングの脇でシータクをゲッツしザギンの漆闇に揺蕩う焔のやうに消えいったので或る。
【死語の世界】
蜘蛛の糸 川上 神楽 @KAKUYA
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