エピローグ 有葉緑郎の非日常的な日常の一幕

 第四次テスラ抗争と呼ばれる戦いが集結してからはや三日。


 時刻は夜の十一時。俺は愛用のショゴスソファー(チビ)に座りながら原稿の執筆に勤しみ……ついに完成させた!


 パジャマ姿の俺は更新ボタンを押し、その後の静かな達成感に打ち震えていた。


「危なかった。本当に危なかった。フォロワーさんに予告していた更新に間に合わなくなるところだった」


「テケリ・リ! テケリ・リ!」


「そうだなチビ! お前の言う通りだ! よーしよしよしよし!」


 ネグリジェ姿のティナはそんな俺の姿を見て首を傾げる。


「人気と言ったって、別にまだプロじゃないんだしお金とか貰ってる訳でもないんだから良いんじゃないのー?」


「駄目! 俺自身に負けた気分になるの!」


 あの事件が終わってからというもの俺は参考人として事後処理の手伝いに追われていた。そんな中であっても完成させた原稿というのはまた格別の味わいが有るものだ。お分かりいただけるだろうか。


 ちなみにその事情聴取やら調書の作成手伝いの中で、テスラがまだ生きているという話を聞いたが知ったことではない。レクター博士よろしく牢の中でアドバイザーをしているのだとかなんだとか。


 だがいい。それは大事なことじゃない。


 仲の良い他の作家さんとお互いの作品の感想を言い合ったり、普段から真っ先に自分の作品の宣伝ツイートを告知してくれるフォロワーさんにお礼を言ったり、そういう平和な時間が俺にとっては一番の幸せだ。過ぎたことは気にしない。


 ただ……奴が脱走してくれればまた面白い話がはじまりそうだな、と少し期待はしているが。


「それにしても読者増えたねえ」


「やっぱりあの“初めてでも分かる神話生物講座”が良かったんじゃないかな。あれのおかげでだいぶ宣伝になったよ。今回のエッセイ大賞でも読者選考突破したしね」


「えへへ、じゃあネタを提供したティナに感謝するといいよ!」


「勿論、感謝してるさ。これからもよろしく頼むよ」


「これから……ね」


 ティナは一瞬だけ遠いところを見るような目をする。


「――――ねえ、ロクローはこれからどんな大人になりたいの?」


「特に何も考えてないんだ。正直言えば、なれないような気もしている」


「そんな頼りないことじゃ困るよロクロー?」


「…………」


 俺は思う。


 望者アクターとはその大きすぎる欲望を力に変える異能グリードの担い手だ。


 俺みたいな望者アクターが大人になんて成れるのだろうか?


 自制や責任なんて言葉を放り投げて、自らの興味と欲望のままに力を振るうことができる人間が、果たして真っ当に大人に成れるのだろうか。


「そういうティナは何になるんだよ」


「私はもう正義の味方やるしか無いんじゃないかな。ロクローの異能グリードでそういう風にするしかできなくなっちゃったし」


「…………」


「今は感謝してるんだ。あの時、あの3月の事件で私が私じゃなくなったから今こうして平和な時間を過ごしている。叶うならばずっとこのままでいたいくらいだよ。ちょっと歪んでいるかな?」


 そう思うのも無理はあるまい。


 俺がテスラから聞いたクティラの話が本当ならば……彼女は自らの変化を厭うことだろう。


 旧支配者を再生させる為の器になんて、今の彼女はなりたいと思わないに違いない。


「かもな。でもまあ気にするな。歪んでいようが、悪だろうが、世間から逸脱していようが、誰にだって幸せになる権利は有る。それを行使し、幸せになれるかどうかは別としてな」


「そうなの?」


「そういう人間が少しでも幸せになってほしいと思って俺は書いているよ。世の冷たさに凍えるマッチ売りの手に残る最後の光のように……な」


 それは俺やティナのような、はみ出し者の為の物語だ。呪わしき、忌まわしき、血塗られた運命から解き放たれ、優しく幸せな世界へと踏み出す為の戦いの物語だ。


 俺達にだって希望や夢や幸せがあると謳う輝く世界の物語だ。


「それって素敵だね……あれ? メール?」


「そうみたいだな」


 仲の良い人気作家さんからのメールが届く。彼は既に俺のような小説化志望ワナビーにとっての一つの目標である商業デビューも果たしており、時分の花を得ただけの俺なんかでは及ぶべくもない筆力の持ち主である。


 そして今回彼から来たメールは、彼が主催するサークルで出すアンソロへの参加のお誘いだった。


「……今度のはシェアードワールドか。俺も参加させてもらいたいものだな。上手く行けば新しい客層も……良し!」


 俺は喜々として返事を書き始める。


 あまり褒められたことじゃないが、俺には未来とか、大人とか、世界とか、そういうことは正直どうでもいい。


 とにもかくにも、他の全てを置いていく程に俺は物語が好きなのだ。それが面白いか否か、楽しめるか否か、俺の興味は其処に尽きる。


「おお、ロクローがんばって! 楽しみにしてるよ!」


「次は月面から邪神と結託したナチスが来るB級ホラーみたいな話にしようぜ!」


「そんなこと言ってたら本当に来るよ?」


「えっ、居るの?」


 また俺の部屋の窓の鍵が開き、外から椋が顔を出す。


「緑郎! 早速だがまた事件だ!」


「椋! 玄関から入ってこんか!」


 椋は草履を揃えて窓の外に置き、部屋に入ってくる。


「南極に突如として第三帝国を名乗る武装集団が!」


 本当にナチだこれ!?


「おい椋、夜中に来たってことは……緊急の依頼だよな?」


「勿論! 出撃は明日だけどその前にミーティングだよ!」


「……五分待て、このメールを返してから行こう」


「緑郎!? 世界の危機だよ!」


「その台詞は何度目だ! 週間世界の危機って感じじゃないか! そんなことより俺は次の話の準備をするんだ! 五分位許せ!」


「まったくもう……困った奴だね君は!」


「まあゆっくりしてきなよ黄印キジルシエルフ。蜂蜜酒でも飲むかい?」


「そしてイカ娘! 君は黙って……まさか君! 緑郎に変なものを飲ませ、あ ま つ さ え 変なことまでしてないだろうねッッ↑!?」


「ロクローにそんな度胸有る訳ないじゃん? チューしようとしたら逃げたし」


「ハァーッ↑↑!?」


「唐突に俺に言葉の暴力振るうのやめてくれない?」


「おのれ邪神め~~~~~~!!!!」


「へいへいやる気かい人間?」


「少し静かにしないかお前達!」


 こうして騒がしい日々は俺の手を引いてまた自分勝手に走りだす。


 でも俺は構わない。そういうのもまた愉快なストーリーだ。


 走りだそう。新たなる物語へ。


 走りだそう。新たなる一日へ。


 一山幾らの安い神話A Big Cの世界が俺を待っている。


【エピローグ 有葉緑郎の非日常的な日常の一幕 完】


【A Big C to be continued……?】

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A Big “C” 1st Season ~vs紫光帝ニコラ・テスラ~ 海野しぃる @hibiki

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